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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「狂気の正体」


 桐生という男の異様な気配に警戒心を強める中、美矩は素早く行動に移していた。


「ふたりとも! さあ、私と一緒に!」


 歩と瑞希のふたりを促し、リビングの出口へと向かう。

 ただ、瑞希はさすがにこの展開についていけていなかったようだ。


「ちょ、ちょっと待って! なんで優希と雪ちゃんが残るの!? ケンカなら私のほうが――!」

「瑞希! 黙って行けッ!」

「!」


 俺もそのころには腹をくくっていた。


 史恩と桐生はここで俺と雪が食い止める。

 それが一番、生存率の高い選択であることに疑う余地はない。


「瑞希ちゃん! 美矩ちゃんと一緒に行って! お願い!」

「ゆ、雪ちゃん……」


 俺の視界の端には、銀色に染まった雪の髪が見えていた。

 もちろんその変貌は、瑞希の視界にも映っていただろう。


 そして、


「……わかったわ。ふたりとも、無事で」


 状況のすべてを理解したわけではもちろんないだろう。

 最後に彼女を動かしたのは俺たち――というよりは、雪に対する信頼か。

 いずれにしてもありがたいことだった。


 3人分の足音がリビングの外へと離れていく。

 それを視線で追った史恩が、部下らしき背後の4人に声をかけた。


「追いかけなさい」

「はい!」


 史恩の言葉に、男たちが動く。


(……させるかッ!)


 俺は庭から玄関のほうへ回り込もうとした4人の悪魔狩りを牽制しようとした。


 ……が、しかし。


「おいおい、そっちを気にしてる余裕はないだろう?」

「!」


 冷たい手が心臓に触れたような悪寒。

 気づくと、俺の眼前にガラスのように透明な刃先――槍のようなものが迫っていた。


(――ッ!?)


 その柄を手にしていたのは桐生。

 そんな長い得物をどこに隠し持っていたのか。

 いや、それよりも――


(避けられない……ッ!?)


 時間が止まったような、そんな感覚。

 のけぞっても、横に飛んでも、力を放っても、すべて間に合わない。


 先ほど感じた死の気配がノドもとにまで迫っていた。

 思わず息を呑み、歯を食いしばる。


 ――だが。


「ッ……!」


 詰めた息が喉からもれる。

 あまりにも長く思えた一瞬の後も、俺の呼吸は止まることなく続いていた。


 なにが起きたのか――


 見ると、突き出した桐生の刃先はあと数センチのところで止まっている。

 手加減されたのかと思ったが、どうやらそうではなかった。


「……」


 桐生がゆっくりと視線を俺の足もとに動かす。


 そこから鋭い氷柱が3本、桐生の胴体に向かって伸びていた。

 その切っ先から体までの距離はおそらく数ミリ。


 もしも桐生が止まることなく、そのまま俺のノドを貫いていれば、氷柱は同時にこいつの心臓をも貫いていたことだろう。


「気づいてくれてよかった」


 それは言うまでもなく雪の仕業だった。

 手の平を桐生に向け、牽制するような視線を投げかける。


「……」


 桐生は無言のまま伸ばした手を引き、一歩後ろに下がった。


 その後ろには史恩しか残っていない。

 残りの4人はすでに瑞希たちのほうへ行ってしまったのだろう。


 俺はそこでようやく自分が紙一重で生き残ったのだということを実感し、小さく息を吐いた。


「……悪い、雪」

「ユウちゃん。あっちのことは美矩ちゃんたちに任せよ?」


 少し怒ったような声色だった。

 本当に危機一髪だったからこそ、だろう。


「だな。スマン」


 油断できない相手だとわかっていながら、つい瑞希たちのほうに気を取られてしまった。

 悪いクセだ。


「……なるほどな」


 桐生が小さくうなずき、雪の作った氷柱に手を伸ばす。

 その鋭い先端に触れ、人差し指からひと筋の血が流れた。


 それを見て桐生は笑みをもらす。

 決定機を寸前で逃したにも関わらず、その態度には余裕があふれていた。


「あの一瞬でこれほどの強度のモノを造りだすとは、なかなかじゃないか」


 そう言って、ゆっくりと右手の透明な槍を振り上げる。


 ……いや。


(なんだ、あれ……)


 桐生の右手のモノはすでに槍の形をしていなかった。

 崩れ落ちるようにして形を無くし、バレーボールぐらいの大きさの球体へと変化する。


「面白い」


 それを振り下ろす。


 パァン! と。

 雪の造りだした氷槍が甲高い音を立てて砕け散る。


 桐生の手の中の球体は姿を変え――剣の形となっていた。


(……そういう武器か)


 桐生が手にしているモノ――おそらくは水の魔力で象られたそれは、史恩の"羽撃(はばたき)"と同じような魔装(まそう)の一種だろう。


 自由自在に形を変える武具。それでいて、雪の造った氷を軽々と破壊するほどの威力。

 単純ながら、厄介なシロモノに思えた。


 その能力をあえて先にさらしたのは、桐生の余裕か。

 あるいは、そうすることになんらかの意義を感じているのか。


 そんなことをじっくりと考えているヒマはもちろんなく。

 桐生の後ろで、今度は史恩が両手の"羽撃(はばたき)"を交差させた。


「雪、来るぞ!」


 風が巻く――


 かろうじて残っていたガラス戸の縁が一瞬で弾け飛び、テレビの上にあった写真立てが宙を飛んだ。

 風の渦をまとい、史恩がこっちめがけて跳んでくる。


 こっちは何度も見せられた攻撃だが、相変わらずのパワーだ。

 まともには相手にできない。


 だが、


「……!」


 雪が史恩の動きに反応していなかった。

 ……いや。


(正面から受け止める気か……!?)


 雪の意思は、その表情ですぐにわかった。


 確かに俺には無理でも、雪の力なら対抗することができるかもしれない。

 いや、雪にはその自信があるのだろう。


「……」


 一瞬迷ったものの、俺は雪の判断を信じることにした。

 大きくは動かず、すぐフォローに入れる体勢だけを整えておく。


 直後。

 ミキサーのようになった史恩が雪と正面衝突した。


 ……いや。


 キラキラ、と、細かい氷の粒が宙を舞う。


「……!」


 衝突には至っていなかった。

 史恩は右拳を繰り出した体勢で、雪の体の少し手前で止まっていたのだ。


 その攻撃を阻んだのは、ふたりの間に現れた透き通るように薄い氷の壁。


「ッ……!?」


 なにかに気づいた史恩が飛びのく。

 そして、かすかに苦痛の声をあげて右腕を押さえた。


 どうやら少し凍りついているようだ。


「……」


 雪は史恩を黙って見すえている。

 表情にはなんの動揺もなく、その視線は普段のこいつからは考えられないほどに冷たい。


(……マジか)


 雪の判断を信じた、とはいえ、俺も驚いていた。

 あの史恩の攻撃にどれほどのパワーがあるかを知っているだけに、なおさら。


 雪の真の実力については、俺にもまだまだ把握しきれていない部分があるようだ。


 正直頼もしい。

 だが、俺も負けてはいられない。


 両腕に力を込め、そこに炎を生み出す。


「ちゃっちゃと終わらせようぜ、雪。ここをきっちり終わらせて、それから瑞希たちを助けに行く」

「うん」


 雪は一瞬だけ笑顔を見せて、すぐにその視線を正面の敵2人に戻した。


「……」


 史恩は右腕を押さえたまま、表情のない目でこっちを見ている。

 雪の力を警戒してか、すぐに動こうとはしなかった。


 その代わりに、


「なめられたもんだな、史恩。俺たち2人を前にちゃっちゃと終わらせようってなぁ、面白い連中じゃないか」


 再び桐生が一歩前に出てくる。

 今の史恩と雪のやり取りを見てもなお、その表情には余裕があった。


(こいつ、もしかして……)


 嫌な笑み。

 さっきからずっと感じていたその"嫌な"ものの正体に、俺はそのときようやく思い至った。


「こっちはむしろ日が変わるまで相手してもらいたいくらいだってのに、さ」


 手にしていた剣が形を崩し、再び槍の形を取る。


「なんたってひさびさの、追い込みがいのありそうな獲物だ。もしかしたらこっちが負けるかもしれないぐらいの、な」


 負けるかもしれない、と、そう口にしながらも、桐生の表情は嬉しそうに歪んだ。

 その笑みに潜む狂気の正体は、おそらく――


「史恩、お前は男のほうをやれ。この女は……俺の獲物だ」


 ――戦闘狂。


 頭のバンダナを大きくなびかせて、桐生が動く。

 同時に史恩も動いた。


 ふたたび風が巻く。

 言葉どおり桐生は雪へ、史恩は俺のほうへとターゲットを絞ったようだ。


「ユウちゃん――」

「こっちは気にすんな! 自分の相手に集中しろ!」


 俺をかばうような動きを見せかけた雪に釘を刺し、すぐに回避の姿勢を取る。


 さすがに雪と同じような芸当はできない。

 ただ、何度も見せられた攻撃だ。軌道を予測し、避けることは不可能ではなかった。


 2度、3度。

 短い距離で突進を繰り返してくる史恩の攻撃を避ける。


 以前の戦いでは周囲を気にして全力を出せていなかった史恩だが、今回はそういう類の遠慮はないようだった。

 なんらかの対策をしているのか、あるいはそれに目をつむってでも俺たちを退治しなければならなくなったのか。


 周囲で破壊音が鳴り響く。

 テレビが、テーブルが、つい先ほどまで使っていた洗い物のマグカップが、次々に壊れていく。


「やろぉ……人の家だと思って!」


 だから、というわけではないが。

 史恩の攻撃を避けているうちに、俺はいつの間にか庭へと飛び出していた。


 冷たい雨が俺の力に触れ、白い蒸気が上がる。


「……ユウちゃん!」

「そっちを気にしてる暇はないぞ、女」


 雪の呼びかけは桐生の言葉と、続いた破裂音のようなものにかき消された。

 なにが起きているのかを確認する余裕はなかったが、どうやら向こうも本格的なバトルが始まったらしい。


「雪! こっちは大丈夫だッ!」


 今はお互い、目の前の相手に全力を注ぐしかない。

 特にあいつの場合、俺を気にして集中力を切らしてしまいそうなのが怖い。


(……いや、人のことは言えねぇか)


 とにかく。

 あいつを心配させないように戦わないと。


「ふぅぅ……ッ」


 庭に飛び出したことで史恩の連続攻撃はいったん止んでいた。

 その隙に、と、体勢を立て直すと同時に集中力を高める。


 イメージするのは細い穴から勢いよく吹き出す炎。


 精神を研ぎ澄ませ、体の中の魔力を無駄なく変換していく。

 確か、こういうのを"テクニック"というんだったか。


 ここまでのわずかな訓練にどれほどの効果があるかは半信半疑ではあったが、こういう事態になってはとにかく全力を尽くすしかないだろう。


 魔力の調子自体は3割弱。

 かなりいいほうだといえる。

 あとはこの力をどれだけ活用できるかだ。


「ふ――ッ!」


 短く息を吐くと、体を覆う魔力が爆発的にふくれあがった。


「……!」


 後を追って庭に出てきた史恩が、一瞬だけ足を止める。

 その反応を見る限り、以前の俺より少しはマシになっているのだろうか。


 ほんの少し、ほんのわずかにではあるが自信を深め――


「……来い、史恩。お前の望みどおり決着をつけてやる」


 両拳に炎を灯す。

 そして俺はその拳を史恩に向けた。


「んでもって、とっ捕まえたら神村さんの前に引きずり出して謝らせてやっからな。覚悟しとけッ!」

「……」


 史恩は無表情のまま、ゆっくりと両腕を交差させ――


 こうして、俺VS史恩、雪VS桐生の戦いが本格的に始まったのだった。


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