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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「来訪者」


 リビングのソファでは雪、歩、美矩の3人がそれぞれに真剣な表情で俺たちを待っていた。

 緊張した空気の中、俺と瑞希も各々に腰を下ろす。


 そして俺は口を開いた。


「で、だ、美矩。まず、これからどうするべきか考えを聞かせてくれ。今すぐに神村さんを助けに行くべきか?」

「いえ、それは無謀です。ここの戦力だけでは……」

「他にも協力してくれそうなアテがあるけど、それでも無理か?」

「はい……」


 少しうつむいた美矩の表情は暗い。


「青刃様のほか、悪魔狩りでもトップクラスの実力者が、確認できただけでも2人います。それにいくらなんでも全体の数が違いすぎて……」

「なるほどな」


 確かに今回の相手は個人ではなく組織だ。

 2桁、3桁の悪魔狩りが相手となると、さすがに数人で挑むのは無謀だろう。


「なら結局、伯父さんの力を借りるしかないってことか」

「はい。まずは影刃様と合流するのが先決です」

「……伯父さん?」


 その単語に、当然のように瑞希が反応した。


「なに? もしかしてパパも関係してる話なの?」

「ああ」


 俺がうなずくと、美矩がハッとしたような顔で瑞希を見る。


「そういえばこの方、もしかして影刃様と宮乃様の……?」

「宮乃……様? ……ちょっと優希。どういうこと?」

「すぐ説明する」


 両方から質問されて、俺はまず瑞希を見た。


「瑞希。まず最初に言っとくと、この話は伯父さんがずっと昔から関わってることだ。お前が生まれる前から……ってか、伯父さんが関わらなかったらお前は生まれてなかったっつーか」

「どういう意味?」

「グダグダ説明してるヒマはないから色々はぶくぞ。こいつ――美矩が所属してる組織ってのがあってだな。宮乃伯母さんはそこの偉い人の血縁なんだ。だから宮乃"様"」

「……」


 瑞希は困惑した様子で雪を見たが、雪がうなずくのを確認して少し表情を険しくする。


「続けるぞ、瑞希」

「……」


 瑞希は無言でこっちに向き直った。


「伯父さんは今、そこの組織でそこそこ偉い立場だ。俺も詳しいことまでは知らんけど――」

「影刃様……いえ、雅司様は、実質私たちのトップと言っても過言ではない方です」


 と、美矩が補足する。


「その……組織ってのはなんなの?」


 まだまだ半信半疑という様子で、瑞希が疑問を口にする。


「会社? 政治結社? パパはなにをやってるの?」


 まあ、一般人の発想からするとそんなところだろう。


「こっからがたぶん突拍子もない話だ。けど、全部ホントだからな」


 俺はひと呼吸置いて続けた。


「この世界には不思議な力を持った"悪魔"ってのが存在する。伯父さんのいる組織は、悪い悪魔を退治するための組織だ」

「……」


 瑞希が大きく眉をひそめた。

 が、


「瑞希ちゃん。ユウちゃんの言ってること、全部本当だよ」

「……雪ちゃん」


 困った顔で雪を見る瑞希。


 おそらくは、みんなが口裏を合わせてからかっているんじゃないかと疑っているのだろう。

 が、それが冗談だと告白する者はいない。


 当然だ。

 すべて本当のことなのだから。


「続けるぞ、瑞希。で、今回の事件はその組織内のクーデターみたいなものらしい。色々派閥があるらしくてな」

「そうです。私たちを襲ったのは雅司様をよく思わない一派で――」

「ちょっ……ちょっと待って。少し」


 どうやら許容量を超えたらしい。


「……なんなの、その話。いきなりそんな非常識なこと言われても」

「だから言ったろ。突拍子もない話だって」


 もちろんすぐに信じられない気持ちはわかる。

 ただ、今はこいつが納得するまで悠長に待っていられる状況でもなかった。


 この状況を一刻も早く先に進めるためには――


(……雪。いいよな?)


 チラッと視線を送ると、雪はすぐに意図を察したのか少しだけ視線を泳がせ、そして神妙な顔をしながらうなずいた。


 さすがのこいつも、その決断には多少のためらいがあったらしい。


「瑞希。今から証拠を見せる」


 そう言って俺はソファから立ち上がった。


 ……こいつを信用させるのに、もっとも早くて簡単な方法。

 それは、現実を突きつけることだ。


「証拠?」


 深呼吸。


 本当に大丈夫か、という心の声は今も聞こえている。

 だが、この状況になってしまってはすべてを知られるのもどうせ時間の問題だ。


 だったら――


「実際に見たら、いくらお前だって信じるしかないだろ? 悪魔の存在を」


 相変わらずの強い雨がガラス戸を叩いていた。


 魔力が俺の全身を巡る。

 そして変貌。

 髪の先からゆっくりと。


「……!」


 そんな俺の姿を見て。

 瑞希の両目が驚きに見開かれた。


 ……これで今までの日常とは完全にお別れだ。


 手に込めた魔力が徐々に体の外に染み出す。

 それはやがて具現化し、炎の形を取って――


 ……と。


「?」


 そのとき、俺は違和感に気づいた。


「瑞希……?」


 驚きに見開かれた瑞希の目は、俺を見ていなかった。

 いや、瑞希だけじゃない。瑞希の隣にいる歩も驚いた顔をしていて。


 それはまるで、庭に倒れる美矩を見つけたときの俺のような――


「!?」


 そして俺は"それ"に気づく。

 と、同時に。


 ――ガシャァァァァァン!!!

 庭に続く大きなガラス戸が、甲高い音を立てて砕けた。


 飛び散る破片。 


「くっ……!」


 俺が負傷した美矩を、雪が瑞希と歩を守るようにして部屋の奥へ逃れる。


 強い風と雨が室内に流れ込んできた。

 そして、ガラス戸だったものの向こうに視線を向けると――


「お前……!」


 雨の中。

 そこには6人の男たちが立っていた。

 

 その中にひとつ、見覚えのある顔。


「暁……史恩かっ!」


 まるで能面のような無表情。

 真っ黒のトレーナーに薄手のマフラー。

 事件から1ヶ月以上経っているが、あのときと変わらぬ出で立ちだった。


「忌まわしきオニよ、今度こそ逃がさない」


 どうやら神村さんたちを襲撃したその足で、まっすぐ俺を退治しにやってきたらしい。


(いくらなんでもせっかちすぎるぜ……)


 こいつの強さは身に染みてわかっている。

 それに後ろの部下らしき5人も、おそらくは手練れの悪魔狩りだろう。


 これは厄介なことになりそうだ――と。


 そう考えて、俺はすぐに思いなおした。


(……こいつ)


 史恩の部下だろうと思った、残りの5人。

 その中にひとり、明らかに異質なオーラをまとった悪魔狩りがいたのだ。


 それは史恩のすぐ後ろに立っていた男。


 歳はおそらく俺たちよりも少し上、史恩と同じぐらいだろうか。

 長いバンダナを頭に巻き、無造作に伸ばした髪が風に揺れている。口もとに浮かべた笑みの向こうにはまるで牙のような八重歯がのぞいていた。


「史恩。こいつと、後ろの小柄な女だな?」


 男はそう史恩に問いかけ、返事を待つことなく、


「そうかそうか。なるほど、少しはおもしろそうだ」


 満足そうにうなずいて、ニヤリと口もとを歪める。

 ……嫌な笑みだった。


「まさか……」


 と、背後の美矩がつぶやく。

 心なしか、若干の恐怖に彩られた声。


「御烏の史恩に、水守の桐生まで――」


 その言葉で俺は理解した。


「……こいつも悪魔狩りでトップクラスのひとりってわけか」


 つまり史恩と同等。

 そう考えるべきだろう。


 ……チラッと後ろを見る。


「ちょっと! なんなのよ、こいつら……ッ!」

「優希お兄ちゃん……!」


 瑞希と歩の声に、心臓の鼓動が速まる。


(どうする……瑞希と歩を巻き込むわけには……)


 いや、迷っているヒマはなかった。


「雪、美矩。……ふたりを頼む。外に連れ出してくれ」

「え、ユウちゃん――」


 驚いたような雪の言葉を待たず、手加減なしに力を解放する。


「……優希!? あんた……!」


 瑞希はそこで初めて、俺の変貌した姿に気づいたようだ。

 ただ、今の俺にはそこまで気を回す余裕はない。


 史恩の後ろにいた悪魔狩りらしき4人が家に侵入してくる。

 それを見て、俺の全身が体が燃え上がった。


「勝手に上がりこんでんじゃ……ねぇッ!!」

「っ……!」


 侵入しようとした悪魔狩りたちの眼前に火柱が吹き上がる。

 続けて俺は言った。


「雪! はやく、瑞希と歩を連れて行け!」


 だが、すぐに美矩が悲鳴のような声を上げる。


「む……無理ですッ! いくら優希さんでも、ひとりで戦えるような相手じゃ――ッ!」 

「……ゴメン!」


 美矩が言い切る前に、雪がそう言いながら俺の右隣に並んだ。


「美矩ちゃん! 2人をお願い!」

「おい、雪! 勝手なこと――!」

「……ダメッ!!」

「!」


 あまり聞いたことがないようなヒステリックな声で、雪が俺のそでを強く引っ張った。


「お、おい、雪……」


 驚いて雪を見ると、


「ダメだよ、ユウちゃん……あの人」


 雪の視線は、桐生という男に釘付けになっていた。


「私が行ったら、あの人に殺されちゃう」

「殺されるって……お前なにを……」


 雪の視線を追う。

 そして――


「!」


 背筋を、冷たいものが駆け上った。


「……」


 史恩の少し後ろで俺たちの様子を見つめる、桐生というその男。


(……こいつ)


 軽薄な笑みの向こうに、確かに見える狂気のかけら。


 史恩とは違う。

 女皇たちとも違っている。


 どちらかといえば、かつて多く戦ってきた暴走悪魔たちのような異常な気配。

 そこにただよう強い死の香りに、俺は完全に反論の言葉を封じられてしまっていた。


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