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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「追及」


 瑞希の服を借りてリビングのソファに座った美矩は、どこにでもいそうな普通の少女に見えた。


 ただ、左腕に痛々しく巻かれた包帯が、彼女が悪魔狩りであることと、そして神村さんたちが窮地に立たされていることを俺に思い出させる。


 そうして落ち着きを取り戻した美矩は、瑞希が少し席を外した隙に、今日御門で起きたできごとの顛末を俺たちに話してくれた。


 先に語ったとおり、襲撃を受けた御門は大きな混乱状態にあって、彼女もすべてのことを把握できているわけではないらしい。


 ただ、そんな中でも確実だったのは、侵略者たちの中に青刃――竜夜の姿があったこと。

 そして、あいつと行動を共にしていたのが晴夏先輩たちではなく、御門以外の悪魔狩り、いわゆる悪魔排除派に属する集団だったらしいということだ。


 さらにその中には、俺が春休みに戦ったあかつき史恩しおんが属する御烏みがらすも含まれていたそうだ。


 つまり簡単に言えば、どちらが主導したかはわからないものの、竜夜と各地の悪魔排除派が手を結び、悪魔狩りの盟主である御門を乗っ取ろうと画策して、そしてそれを実行に移した、ということのようだ。


 御門と全国の悪魔狩りの関係については詳しくは知らないが、いわゆるクーデターのような感じなのだろうか。

 なにはともあれ大事件であることには変わりなく、神村さんや緑刃さんの生死も美矩にはわからないらしい。


 そして――


「どういうこと?」


 電話をしても、伯父さんどころか宮乃伯母さんにさえまだ連絡が取れていない状況。

 そんな状況の中、2階の子機から3度目の電話をかけた帰り、俺はついに痺れを切らした瑞希に階段の途中で問い詰められることになっていたのである。


「あの怪我、どう見ても誰かに襲われた風なのに、本人はおろか雪ちゃんさえ警察を呼ぼうとしない。どう考えたっておかしいじゃない」


 瑞希はリビングにいる美矩に気を遣ってか小声だったが、そんなに距離があるわけじゃないし、雨音以外にさえぎる音もない。おそらくここの会話は向こうにも聞こえているだろう。


「いや、勘違いだぞ、瑞希。あいつはなんつーか、自傷癖みたいのがあってだな。別にたいした事件では――」

「ごまかすたびに一発ずつ本気で蹴るから」

「……確実に死ぬわ」


 こいつの本気の蹴りとか、人間の肉体が耐えられるレベルのものじゃない。

 仕方なく俺は言葉を変えた。


「どうやら悪の秘密結社に追われてるらしくてな」

「蹴るわよ、本当に」

「いや、割とマジな話なんだって」


 表現はどうあれ、大きく間違ってはいないだろう。


 とはいえ……さて、どこまで説明したものか。


 瑞希は納得するまで引く気はなさそうだ。

 そして、あまり悠長にしていられる状況でもない。


 そこで一応、提案してみた。


「ぜんぶ解決してから話すってのは?」

「ダメよ」


 即答だった。

 瑞希は右手を腰に当て、少し上に立つ俺を見上げる。


「前から思ってたのよ。あんた、なんか陰で危ないことやってんでしょ」

「……なんだそりゃ」


 一応とぼけてはみたが、瑞希は見透かしたような目で言い放った。


「あんたね……私が知らないとでも思ったの? 正月、私がパパやママのところから帰ったとき、あんたわき腹を怪我してたわよね? 春休み、田舎から帰ってきたときも体中キズだらけだったし、それ以外も明らかに不審な怪我をして帰ってきたことが何度もあったわ」

「……」


 まさか、と思った。

 こいつにだけはそんな素振りをみせないようにと、細心の注意を払っていたつもりだったのに。


「それにさっき、私がリビングから離れたとき、あんたが『神村さん』って言ってたのが小さく聞こえたわ。あんた、最近神社でバイトだって言ってたけど、それも関係あるんじゃないの?」

「なんだよ、盗み聞きしてたのか。俺の怪我のことを言い当てたり、お前、いつから俺のストーカーになったんだ?」

「……サンドバッグになりたいの?」

「いいえ、ゴメンナサイ」


 どうやら本格的に言い逃れのできない状況に追い込まれつつあるようだ。


(どうしたもんかな……)


 すべてを話すには並々ならぬ勇気が必要だった。

 こいつを巻き込んでしまうリスクもそうだし、真実を話そうとすればどうしても俺や雪が“人間ではない”ことにも触れる必要が出てくるだろう。


 それは正直、怖かった。


 いつかの同級生――木塚のあの態度が、どうしても脳裏を過ぎってしまう。

 俺と瑞希、雪と瑞希のこれまでの関係が壊れてしまうんじゃないかと及び腰になる。


 ただ、俺たちの正体について隠したまま話を進めたとしても、今度はどうして俺たちがそんなことに関わっているのかと瑞希は疑問を持つだろう。

 それにそもそも、この後の展開次第では、瑞希の前で人間として振る舞うことが難しくなってくるかもしれない。


「……なあ、瑞希」


 10秒ほど。

 じっくりと考えて。


「聞いて、後悔しないか?」


 決心した。


 というより、この状況になってはもう腹をくくるしかなかったのだ。


「本当の話を聞いたとして、絶対に後悔しない自信はあるか?」

「後悔?」


 瑞希はわからない様子だった。


 伯父さんの娘とはいえ、瑞希はずっと“あっち側”とは無縁で生きてきたのだ。


 きっと想像もできないに違いない。

 今まで従弟妹だと思って接してきた俺や雪が、従弟妹じゃないどころか、人間ですらない、なんて。


「なによ、あんた。そんな脅しでごまかそうとしたって――」

「ガチの話だ、瑞希。冗談抜きで」


 俺は階段の手すりを離し、瑞希をまっすぐに見据えてそう言った。


「……」


 そんな俺の態度に、それがごまかしではないと悟ったのだろう。

 瑞希も表情を変えた。


「……真剣な話? それ、雪ちゃんも関わってることなのね?」

「そうだな。あいつも俺と同じぐらい絡んでる」


 そんな俺の返答に、文字通り一瞬だけの逡巡。


「なら、聞くわ。後悔もしない」


 あっさりと。

 しかしはっきりと。


 俺の言葉を軽く受け止めた様子はなく、それでもなんの迷いもなく。


「お前……」


 思わず呆気に取られた俺に対し、瑞希は続けた。


「あんただけならともかく、雪ちゃんまで関わってるなら私だってお客さんにはなれない。心配だし、あんただけに雪ちゃんを任せてられないもの」

「……」


 相変わらずというか、なんというか。


「……ホント、お前って雪のやつに対しては異常に過保護だよな」


 呆れてそう言った俺に、瑞希は笑いながら返してくる。


「お互い様でしょ」

「……わかったよ」


 そこまで言われては、うなずくしかない。

 俺は一歩階段を下った。


「とりあえずリビングに戻るぞ、瑞希。今は簡単にしか説明できねーと思うけど、そこんところはカンベンな」

「歩は?」

「大丈夫だ。あいつも少しは知ってる」

「……私だけか」


 瑞希はそうつぶやいたがそれほど気にしている様子ではなく。

 小さくうなずいて俺に背を向けた。


 ……とにかく今は非常事態だ。

 今後の瑞希との関係とか、日常生活のこととか、その辺は成り行きに任せるしかない。


(大丈夫。どうにかなるさ)


 最後にはなかば考えることを放棄して。

 そして俺たちは雪や美矩の待つリビングへと戻っていった。




-----




 時計は夕方の5時を指そうとしていた。

 ほんの数時間前に戦いがあったはずの御門本部内は、早くも静けさを取り戻しつつある。


 侵略はそれほどに順調に行われた。

 それは侵略者たちの行動の前提に、長期に及ぶ入念な下準備があったことの証左だった。


「史厳殿。質問があるのだが」

「なんですかな、光刃様」


 パラパラという雨の弾ける音を聞きながら、史厳は光刃の私室で御門に関する資料に目を通していた。

 あらゆる場所に張られた結界、地形など、新たに覚えておかなければならないことが山積みだったのだ。


 竜夜はそんな史厳を少し冷めた目で見やりながら質問する。


「なぜ緑刃と、光刃を詐称していたあの娘を殺さなかったんだ?」

「……」


 史厳は無言で竜夜を振り返った。

 竜夜は続ける。


「影刃の手先となって御門を乗っ取ろうとしたんだ。ふたりとも死をもって償わせるべき……少なくとも史厳殿ならそう考えると思ったんだがな」

「光刃様」


 史厳は静かに資料の束を閉じ、年輪の垣間見える、したたかそうな目で答えた。


「急いては事を仕損じる、という言葉があります。それに罪を犯したとはいえ、あの娘も光刃様の血族に名を連ねる者のひとりには違いないし、生かしておけば今後の影刃との戦いに役立つ場面もあるでしょう」

「なるほどな」


 竜夜は無表情に小さくうなずくと、


「だったら緑刃は? あの女はなかなかの使い手だし、偽光刃への忠誠も厚い。生かしておけば間違いなく厄介だと思うが」

「いいえ。彼女はどうやらあの娘を本物の光刃だと信じている様子。であれば、ただ殺してしまうのは忍びないでしょう。改心の機会を与えるべきです」

「……」


 目を細めた竜夜に、史厳は口もとだけの笑みを浮かべる。


「それとも光刃様。どうしてもあのふたりを殺しておきたい理由でも?」

「いいや、別に。……そういや」


 竜夜はそっぽを向いて話題を変えた。


「さっそく刺客を街に放ったそうじゃないか。あいつらの標的は誰だ?」

「刺客? ああ」


 とぼけた様子で史厳はうなずくと、


「最近の御門では部外者の、しかも悪魔に協力させるという悪習が蔓延していたようですな。……なんと言ったかな。上級炎魔かなにかの少年、確か不知火なんとか――」


 その名前が出た瞬間、竜夜の眉がほんの少しだけ動いた。


「……なるほど、さすがは御烏の悪魔狩り。よく情報を集めているな」

「いやいや、偶然ですよ」


 史厳は相変わらず口だけで笑ってみせて、


「彼にはウチの史恩が世話になったようでね。影刃の息のかかった悪魔らしいから、早めに処分しておこうと思っただけです。なにか問題がありますか?」

「いや、問題なんてあるわけもない」


 竜夜はやはり表情を変えずにそう答えた。


「……しかし史厳殿。ろくに準備もせずに送った刺客などで大丈夫なのか?」


 そんな竜夜の言葉に、史厳は大げさに驚いた顔をしてみせて、


「史恩に加え、"水守"の雨海あまがい桐生きりゅうまで向かわせたのです。上級悪魔(ロード)の2、3人ならなんの問題もないでしょう」

「だといいがな」


 そこで竜夜はようやく彼らしい薄笑いを浮かべ、史厳に言い放ったのだった。


「御門の"はぐれ悪魔"どもは、甘く見ていると痛いしっぺ返しを食らうかもしれないぞ――」



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