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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 俺たちの恋愛事情
20/239

1年目7月「黒幕登場」


「うん。熱が39度ぐらい出てね」


 週が明けて月曜日の朝。


 すがすがしい朝、ではなかった。空には薄い雲が一面にかかっていて辺りは薄暗い。

 7月に入ってもまだ雨の多い日が続き、肌にまとわりつくような空気が非常に不快だった。

 歩いているだけでじんわりと汗が噴き出して来る。


「もう大丈夫なの?」

「うん。土日を入れて5日も休んだからね」


 あれから俺は何度か明日香と話をした。


 できるかぎり意識しないようにいつもと同じく接したつもりだが、明日香の方はやはり様子がおかしいままだった。

 からかってもいつものように噛み付いてこないし、他のことを考えているような感じだったのだ。


 そのことを報告すると楓はなにやら納得していたようだが、結局――


「本当は優希くんとふたりでお見舞いに行こうと思ってたんだけど、なんだかタイミングが合わなくて」

「いいよ、そんなの。期末も近いし、風邪うつしたら大変だから」

「うん。……優希くん?」

「……ん?」


 由香の言葉で俺は我に返った。


 いつもの通学路だった。両サイドには直斗と由香。

 いつもどおりでないことといえば、今日は比較的時間に余裕があるところか。


「あー、直斗の風邪の話だっけ?」


 適当に話を合わせる。

 楓が言ったとおり直斗はあれから3日連続で学校を休み、週明けの今日ようやく出てくることになったのだった。


「どうしたの? なんだか難しい顔してるけど……」


 由香は心配そうな顔で俺の顔をのぞき込んできた。


「そうか? 別になんでもねーけど」


 俺はどうやらかなり深刻そうにしていたらしい。


 もちろん、なんでもなくはなかった。

 が、その理由を由香に説明することはできない。


『……どうもあの女の周辺には見当たらないな』


 昨夜、楓はいつものように淡々とそう言った。

 結局、明日香の周りに幻魔は現れなかったそうだ。


 つまり直斗の命を狙う幻魔はまだ捕まっていない。

 向こうが諦めたのでなければ、今日明日香が昼食に持ってくるはずの弁当にも毒が仕込まれている可能性があるということになる。


『学校では俺は手を出せない。明日の昼までに俺から何の連絡もなければ――』


 お前の判断でどうにかしろ、と、楓は言った。

 要するに丸投げされてしまったわけである。


(……どうしたもんか)


 俺の頭は昨日の夜からそのことでいっぱいだった。


 いざとなれば、力ずくででも直斗が明日香の弁当を口にすることを阻止しなければならない。

 ただ、偶然を装って弁当をダメにしてしまうことにも限界がある。


(一番いいのは、それまでにどうにかして幻魔を捕まえることなんだが……)


 明日香のヤツの様子がおかしいことは確かだ。

 そして、それが幻魔の精神操作による影響であることは充分に考えられる。


 が、その明日香の周りに幻魔は現れていないという。


 楓の話によれば、犯人である幻魔はある程度の力を持ってはいるものの、対象にかけた力を永久に持続させるほどの力はないとのことだ。

 だからおおよそ2日に1回程度は対象に接触し、力をかけなおす必要があるはずとのことだった。


 つまり今も幻魔が直斗の命を狙っているのであれば、直斗が休んでいるこの数日のうちに、操作対象に少なくとも2~3回は接触していることになる。

 だが、明日香の周辺にその気配はなかった。


 となると、楓がとんでもないドジで致命的なミスを犯してでもいない限り、明日香は精神操作されていないということになる。


 楓がドジった可能性はとりあえず除外するとして――


(明日香の弁当に毒が仕込まれていたことは確かだ)


 その場合、どういうことになるだろうか。


 明日香は精神操作を受けてはいない。

 それでも明日香の弁当に毒が入っているという事実。


 ……明日香以外の誰かが、その弁当に毒を入れた可能性。


 俺はハッとした。


(……待てよ。明日香の態度の変化が別の理由だとしたら――)


「あ! 優希くん!?」

「優希?」


 急に走り出した俺に、直斗と由香が驚きの声をあげた。

 俺はそんなふたりを振り返りもせずに、


「先に行く!」


(昼までに明日香のヤツに確かめないと……)


 そうして俺は全速力で学校へ向かったのだった。




-----




 3時間目が終わった後の休み時間。

 今井竜二は終了のチャイムと同時に席を立って教室を出た。


 3時間目は化学室での実験だったため、廊下に出ていく竜二の行動をいぶかしむ者は誰もいなかったし、密かに玄関のほうへと向かった彼の行動も誰にも気にされなかった。


「……」


 竜二はどこか遠くを見つめる視線で玄関から外に出ると、無言のまま校舎に沿って歩き、ちょうど周りから陰になって目立たない体育館の裏へとやってきた。

 ここにも体育館への入り口があるが、普段は閉鎖されていて開かれることはほとんどない。


 4時間目に体育館を使うクラスはどうやらないらしく、中はしんと静まり返っていた。


「来たか」


 そしてそこにはひとりの男の姿があった。


 茶色の綿パンに白いTシャツと七分袖の薄い上着。

 つばが大きめの帽子をかぶっていて顔はよく見えないが、声からすると年齢は30歳前後だろうか。


「……」


 一方、男と向き合った竜二はまるで催眠術にかかっているかのように虚ろで無表情だった。

 男はそんな竜二に歩み寄って顔の前に手をかざす。


「念のためだ。もうしばらくは俺の言うとおりにしてもらうぞ」


 男はそう呟き、竜二の耳元に口を寄せて何事かつぶやき始めた。


 "中級幻魔族"。

 男はそう呼ばれる種族の悪魔だった。


 悪魔の強さは大まかに言って、上位1割が上級、その下の2割が中級、その他7割が下級と分類される。

 つまり中級幻魔族というのは幻魔でも上位に位置する種族なのだが、この男自身はどちらかといえば力の弱い、落ちこぼれの部類だった。

 だから毎日決まった時間に竜二を自分のところに呼び出し、力を掛けなおす必要があったのである。


「今度こそ前回のようなアクシデントはないはずだ。今度こそ」


 この仕事が終われば彼はまた自由の身。

 そういう約束だった。


「今度こそは――」




-----




「……はい、そこまで」


 俺は頃合を見計らって体育館の陰から飛び出した。


「なっ!?」


 俺が想像していたよりもはるかにオーバーなリアクションで、幻魔と思われる男は弾かれるように竜二から離れてこちらを振り返った。


「な、なんだお前は! ここの学生か!?」


 かなり慌てている。

 もっとプロの殺し屋的なヤツをイメージしていた俺は、微妙に肩透かしを食った気分だった。


「見てのとおりここの学生だよ。つか、あんたは俺のことを知らないのか」


 そんな俺の言葉に、男は怪訝な顔を隠そうともしなかった。。


「……なるほど」


 それでだいたい理解した。

 つまりこの男は、自分のターゲットの周りにいつもいる俺の顔すら覚えていない、とんだマヌケ野郎というわけだ。


「まあいいや。俺は……そうだな。あんたが狙ってるやつの親友かな」

「どうしてここがわかった!」

「どうしてって、こいつの後をつけてきたからに決まってるだろ」


 と、棒立ちになったままの竜二をあごで示す。


 竜二は俺たちのやり取りにまったく反応していない。

 おそらくは完全な催眠状態にあるのだろう。

 好都合だ。


 幻魔はさらに取り乱していた。


「バカな! なぜこいつが怪しいと――い、いや、それ以前に、どうして俺があの男を狙っているなんてことがわかった!?」

「あー……」


 あまりにも状況を理解してなさすぎて、俺は説明するのも面倒になってしまった。


 要するにこいつは、今のいままで自分の行動が誰にも怪しまれていないと信じていたわけだ。

 たぶん先日失敗したこともすべてはただの偶然で、毒を使って直斗を殺そうとしたことは誰にも気づかれていないと思っていたのだろう。


「まあ、あれだ。このバカ竜二についてはうまく操れていたんじゃないか? 少なくとも俺は今日までこいつの様子がおかしいなんて思わなかったからな」


 正しくは気にも留めていなかった、だが。


「だ、だったらなぜ――」

「こいつの妹が気付いていたのさ。なにかおかしい、ってな。……あれだな。たいして仲よさそうに見えなくても、兄妹ってのはやっぱり互いのことを見ているもんなんだな」

「バ、バカな! そんな、俺の介入に気付かれるようなおかしな行動はしていなかったはずだ!」


 幻魔が両手を大きく広げて主張する。

 なんだかそのオーバーなアクションがクドく感じてきた。


「聞いてみたんだよ。お前の兄貴、最近おかしなところはないか、ってな。……なんて返ってきたと思う?」


 俺はそのときのことを思い出して苦笑しながら、


「最近の兄さんはまともすぎておかしい、気持ち悪い、なにか悪い病気にかかっているんじゃないかと心配だ、だとさ」

「……!」


 幻魔も呆気に取られた顔をした。


 おそらくは怪しまれないようにと、あまり目立たないように行動させていたのだろう。

 それがまともすぎて裏目に出てしまったわけだ。


「まあアレだ。刺客に変人を選んでしまったのが運のつきってことで。あんたには少なからず同情するよ」

「くっ……! だ、だが!」


 幻魔は悔しそうな顔をしながらも、それでもまだ虚勢を張った。


「俺の前に出てきたのは失敗だったな! 言っておくが俺はそんじゃそこらの雑魚とは違う! なにしろ俺は"中級幻魔族"だ!」

「……はあ」


 中級悪魔といえば確かに手強い相手のはずだが、あんな醜態を見せられた後ではいまいち迫力がない。


「中級幻魔族ねえ」


 俺はポケットに突っ込んでいた右手を体の前にかざした。

 今日は3割ぐらいですこぶる調子がいい。

 この相手なら姿を変えるまでもないだろう。


「そんじゃちょっくら試させてもらうとするか。その中級幻魔とやらの力をな!」


 右の拳が凝縮した炎を纏う。

 場所が場所だ。あまり派手な力を使うわけにはいかない。


 小さく強く。

 拳にまとうのは凝縮した熱の塊。


 俺の得意技のひとつ。

 "太陽の拳(フレアナックル)"だ。


「な、な、な……ぁ!」


 幻魔は今までで一番大きく目を見開いた。

 どうやら俺の右手に生まれた小太陽が秘める威力を感じ取ったようだ。


「……バカな! お、お前、お前、一体何者……!」

「言っただろ。お前が殺そうとしてるヤツの親友だって」


 右の拳を握り締めたまま、俺は幻魔へと歩み寄る。


「さて一緒に来てもらおうか。大人しくしないと……蒸発しちまうぜ?」

「くっ……!」


 そのとき幻魔は意外な行動に出た。


「……竜二!?」


 それまで棒立ちになっていた竜二に幻魔が何事か命令すると、竜二が俺に向かって拳を振り上げ突っ込んできたのである。


「ちょっと待て! お前……!」


 後ろに下がる。竜二の拳が空を切った。


「ふ……ははははは!」


 先ほどまでの追い詰められた様子はどこへやら。

 幻魔が勝ち誇った笑い声を上げた。


「どうだ!? こいつは確かお前の同級生だったな! そいつを倒さない限り俺のところまでは来られないぞ!」


 竜二は俺と幻魔の間にしっかりと入って通せんぼをしていた。

 表情は虚ろなままで、まだ催眠状態にあるのだろう。


 幻魔はニヤリと口元を歪めた。


「ふふ、いくらとんでもない力を持っていようと、操られた友人を傷つけることはできまい! 俺を捕まえたくばそいつを攻撃するしかないぞ!? ふふふ、ははははは――……」


 ゴツン!!


「ははは……は?」


 幻魔の勝ち誇った笑い声が、惚けた言葉に変わった。


「これでいいんだろ?」


 と、足もとに倒れた竜二をあごで示す。

 殴ったのはもちろん"太陽の拳(フレアナックル)"ではなく、素の拳だ。


「催眠状態ってのは反射的に避けようともしないんだな。変なとこ打ったりしてなきゃいいんだが、まあいいか」


 竜二は完全に気絶しているようだった。


「な、な……」


 幻魔は顔を真っ赤にして、


「お、お前、それでも人間か!? 自分の親友を傷つけるとは!」

「親友どころかそもそも友だちでもねーし」

「ば、バカな! 人間ってのは自分の友だちを傷つけない生き物じゃないのか! そういうときは殴るんじゃなくて、頼む、正気に戻ってくれぇぇぇ、と、叫ぶものだろう!?」

「バカはお前だ」


 どうやら真性のようだ。

 ちょうど4時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響く。


「……くそっ!」

「あ、おいッ!」


 幻魔がとうとう背中を見せて逃げ出した。

 ここで逃がしてしまったら厄介だ。


「逃がすかッ!」


 すぐに追いかける。

 と、そのときだった。


「……?」


 ずし、と、空気が重くなったような感覚。


(これは――)


 圧迫感。 

 閉塞感。

 周囲の喧騒もどことなく遠のいている。


 四方八方すべてを隙間のない壁で塞がれた様な違和感。

 それは覚えのある感覚だった。


(悪魔狩りの……!)


 雪が悪魔狩りに狙われたあのときと同じだ。

 そして、


「わっ!」


 幻魔の逃げた先から驚いたような声が聞こえ、尻餅の音がそれに続く。


「あ、あんたは――」


 幻魔は怯えたような声で、尻餅をついたまま少しずつ後ろ、つまりこちら側に下がってくる。

 楓が来たのかと思ったが、その予想は外れていた。


「観念してください」


 体育館の陰から現れたのは、風見学園の制服に身を包んだお下げ髪の女生徒。


「神村さん?」


 神村さんはチラッとこちらを見た。


「不知火さん。授業が始まっています。教室にお戻りください」

「え? いや、だけど――」

「あとは私にお任せください。神薙さんのお弁当についてもこちらでなんとかします」


 抑揚のない調子でそう言った。


 俺は少し迷ったが、彼女が悪魔狩りの関係者であることはわかっているし、尻餅をついた幻魔はすでに戦意を喪失しているようだ。

 ここは彼女に任せてもいいだろう。


「けど、神村さんはいいのか? 授業」

「え?」


 少し冗談交じりに聞いてみると神村さんは少し意外そうな顔をして、


「はい。保健室に行っていることになってますから」

「仮病か」

「そうですね」


 神村さんは素っ気なく答えて幻魔に向き直った。


(……でも、今ちょっと笑ったかな?)


 もしかしたら錯覚だったのかもしれない。

 ただ、それを確認する間もなく続けて神村さんは言った。


「今回の件、不知火さんのおかげで助かりました。感謝します」

「ああ、いや。こっちの都合もあったからな」


 そんな神村さんの言葉は、最初に抱いた印象よりも若干やわらかかった。


(嫌われてると思ったけど、勘違いだったのかもな……)


 単に彼女がそういう性格だったというだけかもしれない。

 俺は勝手に納得して、


「じゃ後は任せる。俺は戻るから」

「はい。ありがとうございました」


 そんな神村さんの言葉を背に、一仕事終えたという満足感を覚えながら俺は教室へと戻っていったのだった。


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