3年目5月「ギフト」
「悪魔が使う力には大きく分けて2種類ある。それが"テクニック"と"ギフト"だ」
あぐらをかいたまま少し前かがみの体勢になった伯父さんが、まずはそう切り出した。
場所は変わらず、異様な雰囲気の"断絶の結界"の中。
伯父さんは実際の訓練の前に、どうやら俺に悪魔の力についての講義を行うつもりのようだった。
「悪魔の力というのは、まず自分の体内で原料となる魔力を生み出す。それを炎や水という形に変換して体の一部、主に手の平などから放出するというのが基本的な使い方だ。まあ、これは実際に使っているお前には説明するまでもないな」
「まあ、そりゃあな」
当然のようにそう答えると、伯父さんはひとつうなずいて、
「だったら、体の中で作り出した魔力の強さを100とした場合、外に放出される魔力はどのぐらいになるかか、わかるか?」
「ん……?」
少し考える。
減ることだけはおそらく間違いないだろう。
魔力というのは全身に満ちるもので、俺の場合はそれをだいたい右の手の平に集めて外に放つが、どんなに気合を入れても集めきれない分が必ず体のどこかに残る。
さらには、集める過程で体から勝手に抜けていってしまうものがあることも感覚としてわかっていた。
考えた末に答える。
「だいたい3分の1。30ぐらいかな」
伯父さんはうなずいた。
「不正解というわけではないが、一般的な話をすると、なんの技術も持たない悪魔がこれを行った場合、実際に外に放出される魔力は10程度にまで落ちるといわれている」
「10分の1ってことか。……いや、ちょっと意外だけど、まあ納得できないわけでもねーかな」
自分の手の平を見つめながらそう言うと、伯父さんはふっと小さく笑った。
「そうか。誰にも教わらずにそこまで感じているということは、お前にはそういった才能があるのかもしれんな。ところでお前――」
と、伯父さんは人差し指を立てて俺に向けた。
「さっき使っていた"降り注ぐ火雨"だが、あれはどうやって覚えた? ……いや、お前は他にも色々な技を使っているそうだな。私がお前に使い方を教えたのは、確か"太陽の拳"ぐらいだったと思ったが……」
「あー……まあ、"降り注ぐ火雨"は敵が使ってたのを見よう見まねかな。他はなんとなく作ってみたっつーか。こういうイメージでやればもっと強い攻撃が撃てるんじゃないかと思って試してみたっつーか」
「……なるほどな」
そして伯父さんはもう一度小さく笑った。
「お前がなにげなく使っているそれらがテクニックだ。テクニックというのは体の中で作り出した魔力を効率的に外に放出するための技術。これを使うことによって、本来10しか外に出せない力が、30、50と出せるようになる。……わかりやすくいえばスポーツと同じだな。より速く泳ぐためのクロール、より高いバーを飛び越えるための背面飛び、より強いダッシュ力を得るためのクラウチングスタート」
「あー……テクニックってそういうことか」
確かに"降り注ぐ火雨"や"太陽の拳"、"爆裂花火"なんかの技は、魔力を練り出すところから放出するまでの工程がはっきりと定まっているおかげか、適当に炎を撃ったりするのに比べて効率的に魔力を使えているような感覚はあった。
「つまりゲームでいうところの通常攻撃と魔法攻撃みたいなもんか。確かに威力は強くて便利なのかもしれねーけど、結構集中力が必要だったりして消耗したりもするから、それがMPってことだな」
俺がそう言うと伯父さんは苦笑して、
「そのたとえのほうがわかりやすければ、そういう理解で問題ない。ちなみに多くのテクニックには名前がつけられているが、これにもちゃんとした理由があってな。発動時に名称を口にすることによって自己暗示がかかり、わずかながらに威力が高まる効果があるそうだ」
「……へぇ。そういや俺も無意識にやってたな」
子どものころはアニメのヒーローがわざわざ叫びながら技を撃つのを不思議に思って見ていたものだが、あるいは彼らにもそういう理由があったのかもしれない。
「無意識にやってた、か」
と、伯父さんは少し感心したような声を出して、
「敵の使ったテクニックをすぐに習得してみせたり、お前は本当にそういう方面での才能があるのかもしれんな。……学校の授業はまったく覚えられんくせに」
「……おい。このタイミングで学校の話を持ち出さなくたっていいだろ」
不服を口にすると、伯父さんはおかしそうに声をあげて笑った。
「ま、私も学校の成績ではあまりうるさいことは言えんのだがな。……さて。次はもうひとつの力、"ギフト"の話をするとしようか」
と、すぐに軌道修正する。
「ギフトってあれだろ? お歳暮とか暑中見舞いとかの」
「まあ、そうだな。ただ、この世界でいうギフトはそっちのイメージではなく、天からの贈り物、才能という意味のギフトだ。つまり特殊能力とかレア能力とか、そういう呼ばれ方をしている力のことだな」
そう言うと、伯父さんは前かがみになっていた上体を起こし、腕を組んで背中をそらすように天井を見上げた。
「そうだな……。お前にとって一番わかりやすいギフトは、女皇のひとり、ミレーユが使っていた"不可侵領域"か。去年の暮れの戦いで見ただろう?」
「ああ、あれか。なんつーか……ちょっと反則気味の力だったな」
ミレーユの"不可侵領域"は、なにもない場所にあらゆる魔力の通過を拒む空間を作り出す能力だった。
あのときは唯依と協力しての2対1だったことでどうにか勝利を収めることができたが、もしあれが1対1の戦いだったらどんな攻撃も無効化されて、おそらくは手も足も出なかったことだろう。
それこそ、この部屋に入るときに俺が言った、断絶の結界を持ち運んでいるようなものだ。
伯父さんは続けた。
「ギフトの特徴は、まず、体内で生み出した魔力を体から放出するという形式にとらわれないことだ。そして、力そのものに通常ではありえない特性を持つ場合があること」
「あー……」
ミレーユの“不可侵領域”は両方の特徴に当てはまる。
さらには――
(晴夏先輩のあの力。あれも、もしかして……)
「そして最後に」
「!」
伯父さんの言葉にハッとして、再び話に集中する。
「誰にでも習得できる可能性があるテクニックと違って、ギフトはその才能を与えられた人間にしか扱えない……ということだ」
「まさに天からの贈り物ってことか」
俺はそうつぶやくと、ふと思いついて質問してみた。
「なあ、伯父さん。女皇の話が出たからついでに聞くけど、やっぱ他の女皇もギフト持ちだったのか? ほら、メリエルの"氷眼"とか……」
だが、伯父さんは首を横に振った。
「いや。あの3人の中でギフトを持っていたのはミレーユだけだ。メリエルの"氷眼"は高度なテクニックだし、アイラにいたってはテクニックすら使っていない。ただ適当に自分の魔力を放出して暴れていただけだ」
「それであの強さかよ」
テクニックとギフトの存在を知ることで、俺は改めてその異常さに気づかされたのだった。
「まぁな」
と、伯父さんは小さくため息をつく。
「魔力の強さだけでいえば、アイラは本当に別格だった。何十年も悪魔を退治してきたベテランの悪魔狩りたちが、なんの技術も持たない子どもに手も足も出せずに敗北し続けたんだからな。……本当に強い力を持たされただけの、ただの子どもだったのだが」
「……」
「ま、話を戻すか」
そう言って伯父さんはごまかすように再び天井を見上げた。
……そこに、一瞬だけ浮かんでいた複雑そうな表情。
おそらくは伯父さんも、かつて戦った女皇たちに対してはなんらかの特別な思いがあるのだろう。
「さて、ここからがお前の特訓に関する話だ。……全部が全部というわけではないのだが、ミレーユの例を見てもわかるとおり、特殊な性質を持つギフトは戦いに有用なものが多い。お前が身につけるべき"万象の追跡者"というのは、このギフトに該当するものだ」
「……ん? ちょっと待て」
そんな伯父さんの言葉に、俺は当然のように疑問を口に出した。
「あんたさっき、ギフトは努力で身につけられるもんじゃないって言ってなかったか?」
「もちろんそうだ。だが、お前には"万象の追跡者"を習得する才能がある」
「……」
唐突すぎていまいちピンと来ず、疑問を示すように眉をひそめてみせると、伯父さんは待て待てというように右手をこっちに向けながら説明を続けた。
「まず前提として、ギフトというのはその個人固有のものというわけではない。もともとは古代の悪魔たちが普通に使用していた力で、どこかの段階で失われたそれがごく低い確率で現代の悪魔に発現するものだ。同じギフトを持つ悪魔が同時に存在することは確率的にほぼないが、過去にさかのぼれば必ずどこかにはいる。記録として残っているかどうかは別にしてな」
「先祖返りみたいなもんか? けど、どうして俺にその"万象の追跡者"とかいうギフトの才能があるってわかるんだ?」
「それは簡単なことだ。お前がとっくにそのギフトを使っているからさ」
「は?」
言われた直後はなんのことかわからなかったが、すぐに思い当たった。
「……耳鳴りと同調のことか?」
言われてみれば確かに。
あれはもちろん悪魔としての力ではあるものの、炎魔の通常の力とはまったく異なる性質のものだ。
伯父さんはうなずいて、
「そう。その"同調"というギフトを戦いに応用したものが"万象の追跡者"だ。……そもそも、氷魔の両親から生まれたお前が使う炎の力もある意味ではギフトの一種だし、お前のような突然変異種はギフトのかたまりのようなものだからな」
「……わかったようなわかんねーような。ま、とりあえずうなずくしかねーんだけどさ」
一応、納得した。
なんにしても、俺になんらかの新しい可能性が眠っていることは確からしい。
であれば、ひとまずその辺のメカニズムはどうだって構わないのだ。
そんな俺に伯父さんは言った。
「ただ、勘違いはするなよ。お前にあるのは才能だけだ。それを使いこなすためには――」
「わかってるって」
俺は伯父さんの言葉を途中でさえぎって、
「この期に及んでラクをしようなんてことは思っちゃいねーよ。……あんただって、ホントは寝るヒマもないほど忙しいのに、こうして時間削って付き合ってくれてんだろ」
「ん? さっきも言ったが、私は別にそこまで忙しくしてはおらんぞ」
しらばっくれる伯父さんに、俺は笑って言った。
「バーカ。目の下のクマ、隠しきれてねーぞ」
「……」
伯父さんが反射的に目元に手を伸ばしかけて、思いなおしたように止まる。
そして一瞬の沈黙の後、ニヤッと笑みを浮かべた。
「……ったく。ナマイキなことを言うようになったもんだ。いったい誰に似たんだろうな」
俺はそんな伯父さんに笑い返して、
「どう考えたってあんただろ。個人的にはこっちも認めたくねーことだけどさ」
珍しく伯父さんをやり込めてやって、気分よくその場に立ち上がる。
「んじゃ、さっそくはじめようぜ。その"万象の追跡者"とやらの特訓をさ」
「……根をあげるなよ、優希?」
不敵な笑みを浮かべ、この部屋に来るときと同じセリフを口にしながら伯父さんも立ち上がった。
こうして俺の、新たな力を手に入れるための特訓が始まったのである。




