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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 確執
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3年目5月「伯父さんの実力」


 5月頭のゴールデンウィーク。

 今年は祝日と土日が連なって5連休になっているということもあり、世間はこの連休をいかにして過ごすかという話題で持ちきりになっていた。


 それは俺の周りも例外ではなく、つい先日誕生パーティをやったばかりの藍原は海外のどこだかへ3泊ぐらいの旅行に行くらしいし、おじさんが失踪事件絡みでずっと忙しくしていた由香のところも、久々の休みが取れたとかで家族3人で温泉旅行に行くそうだ。


 そんな浮き足立つ世間の中。

 俺は山登りに出かけていた。


 といっても、もちろんレジャー目的などではなく――


「おぅ、来たか優希。そのぐったりした様子を見ると、昨日もしっかり美矩にしごかれたようだな」

「……昨日っつか、ついさっきまでもその辺を走らされてたけどな」


 ただいま御門の本部に部屋を借りての、5日連続強化合宿の真っ最中である。


「いや、でも最近はなかなかいい感じになってきてますよ、優希兄様。弱音を吐く回数も減りましたし」


 と、俺をここに連れてきた鬼軍曹(みのり)がおそらくは心にもないおべっかを口にした。


「よく言うぜ。ついさっきまで男のくせに情けないだの、根性なしだの、散々言ってくれてたくせに」

「あはは、本心じゃないですってば。だってこれから限界の扉を開こうとしてる人に、だいたいそんな感じで充分ですよー、なんて言えないじゃないですか」


 それは確かにそうなのかもしれないが。


 ちなみに本日は合宿の2日目。

 初日はこれまでと同様、美矩と一緒に朝から夜遅くまで肉体を痛めつける訓練を行い、そして今日は午前5時の起床から軽いウォーミングアップと称して山中を2時間ほど走り回された後、連れてこられたのは本部から徒歩で20分ほど離れたとある施設。


 外観は学校の体育館、というよりは剣道場という感じで、内装もまんま剣道の稽古場のようだった。


 そして、そこで俺を待っていたのが冒頭のセリフ。

 灰色の作務衣姿の雅司伯父さんだったというわけだ。


 今日はここで、悪魔の力を強化するための本格的な訓練を受けることになっていたのである。


「あ、それでは影刃様。私はこれで失礼します」

「おぅ、ご苦労だったな、美矩」


 伯父さんの言葉にかしこまって退室していく美矩。

 あの美矩も、伯父さんの前では比較的殊勝な態度である。


 ……まあ、考えてみればそれも当然だろうか。

 伯父さんのことを昔から知っている俺としては違和感しかないのだが、今の伯父さんはこの組織のナンバー2であり、実質的にそれを統率している立場の人間なのである。


 入り口のドアがぴしゃりと閉まる音を聞きながら、俺は広間の真ん中にいる伯父さんに近づいていった。

 板張りの床にあぐらをかいた伯父さんがそんな俺を見上げてきて、


「ここ最近はずっと近くにいるのに、こうして会うのはずいぶんと久しぶりだな。お前以外の3人は元気にしているか?」

「ああ、ま、それなりにな。そっちこそ俺の面倒なんか見てるヒマあるのか? 緑刃さんの話じゃ、相当いそがしくしてるって聞いたけど」

「いそがしいのは私よりもあいつのほうさ。私はこうして適度な休息もとらせてもらっているしな」

「休息気分でやられちゃ困るんだけどな」


 俺がそう返すと、伯父さんはよっこいしょ、と、ひざに手をつきながら立ち上がって、


「ま、もちろん手を抜くつもりはない。……厳しすぎて後で根をあげるなよ? ついてこい」


 背中を向けて歩き出す。


 そうして伯父さんが向かった先は、この稽古場のような大広間の奥。

 そこには3つのドアがあって、どうやらその先にもいくつか部屋があるようだった。


 伯父さんが向かったのはその中の一番左のドア。

 引き戸を開けるとその先は薄暗い廊下になっていて、そのすぐ先には、この純和風の建物に似合わない鋼鉄製のドアがあった。


 しかも――


(なんだ……あれ)


 思わず足を止めて正面を凝視する。


 そのドアの一面には、まるで呪文のような真っ赤な文字が――いや。


 よく見るとドアだけではない。

 その周りの壁にも、同じものがびっしりと刻まれていた。


(……異様だな)


 判読不能な赤い文字がびっしりと書かれているだけでも不気味なのだが、あるいは夜光塗料かなにかで書かれているのだろうか、文字そのものが薄っすらと発光しているように見えてさらに異様だった。


 そんな俺の反応に気づいた伯父さんが顔をこちらに向ける。


「心配するな、優希。これはただの結界だ。"断絶の結界"といってな。内から外、外から内への魔力をほぼ完全に遮断する効果がある」


 そう言いながら、伯父さんは鋼鉄製の分厚いドアをゆっくりと押し開いていった。

 不思議なことに、ドアが動いても赤い呪文はその場に浮かび上がったまま。どうやら直接書かれていたわけではなかったようだ。


 伯父さんが宙に浮かぶ赤い文字を気にせず中に入っていく。

 俺もすぐ後に続いた。


 中に入って、俺は再び足を止める。


(……ここも、か)


 その先にあった部屋は想像よりも広く、先ほどの稽古場と同じぐらい、学校の体育館よりは少し狭いぐらいだろうか。


 ただ、窓がひとつもない。

 周囲の壁にはやはり赤い呪文がびっしりと刻まれていた。


 頭上を見上げてみると妙に天井が高く、普通の建物の4~5階分ぐらいはあるだろうか。

 そこには10個ほどの光体があって部屋を薄く照らしていたが、どうやら普通の電球ではないようで、ふわふわと微妙に動いている。


(まるで異世界だな、こりゃ……)


 俺がひと通り室内の状況を確認して正面に視線を戻すと、部屋の中央辺りまで進んだ伯父さんがこちらを振り返って、


「この結界内なら、お前がいくら暴れても周りに迷惑がかかることはない。力の使い方を練習するにはうってつけの場所だろう?」


 確かに伯父さんの言うとおりだ。

 魔力を体内で生み出す練習は基本的にどこでもできるが、その力を具現化して放出するところまでとなると、練習できる場所なんてのは現実にはほとんどない。


「けどさ、伯父さん。この……断絶の結界だっけ? これってどんな魔力も遮断するんだろ? そんな便利なものなら、たとえばこの結界を盾みたいに使って戦いに応用したりはできねーのか?」


 ふと気づいた疑問をぶつけてみると、伯父さんは笑ってその可能性を否定した。


「いい考えだがそれは無理だ。この断絶の結界は移動させながら使うということがそもそもできないし、作ってから安定するまでに50年から100年かかるといわれている」

「50年から100年!? そんなにかかんのか!」


 驚いて周囲を見回してしまった。

 つまり、この結界は少なくとも50年以上前に作られたということだろうか。


「ああ。だから、戦いに使うとすれば広範囲攻撃に対するシェルターのような使い方ぐらいか。しかも遮断するのは魔力だけだから、こうして結界内に入られてしまえばなんの意味もない」


 伯父さんはそう言いながら、壁の赤い文字を手の平でなぞるようにした。


「この結界というものは確かに便利なものだが、基本的には効果と制約の等価交換でな。効果の高い結界にはそれなりの強い制約がかかる。作るのに時間がかかるとか、使い方が限定されるとか、時には人の命が必要だったりとな」

「……人の命?」


 思わず聞き返すと、伯父さんは小さく鼻を鳴らして笑った。


「ま、ひとつのたとえだ。詳しいことを教えてやってもいいが、今日の目的はそれじゃないからな。……さて、と。まずは現状の確認をしておくか。なんでもいい。お前の全力の攻撃を私に向けて撃ってみろ」


 そう言って伯父さんは自分の胸を軽く叩いてみせる。

 当然、俺は眉をひそめた。


「全力で? おいおい。宮乃伯母さんを未亡人にしちまうのはまだ早すぎるんじゃねーのか?」

「私の体より宮乃の心配か。冷たいな」


 伯父さんは苦笑しつつ、


「まあ遠慮するな。こう見えても、お前が生まれる前からこの仕事をやっているんだ。それに、たまには伯父としての威厳も見せ付けてやらんとな」

「……」


 どうやら本気のようだ。

 なら仕方ない。


 もちろん伯父さんのことだから、俺の攻撃を防ぐなんらかの対策は用意してあるのだろう。


「言っとくけど、今日の俺は調子悪くねーかんな。後悔すんなよ?」


 そう宣言し、悪魔の力を解放する。

 全身から炎が噴き上がり、髪は一瞬で真紅に染まった。


 右手を伯父さんに向ける。

 そこに炎の塊が生まれた。


「じゃあ……行くぜ?」

「おう、殺す気で来い」


 一方の伯父さんは腕を組んで棒立ちのままだった。


「手加減なしで行くからな!」


 本当に大丈夫かと少しだけ不安になりつつ。

 俺はこぶしよりふた回りほど大きな火球を伯父さん目掛けて放った。


 ……だが。


「おいおい」


 伯父さんはため息とともに、火球に向かって軽く手を払うような仕草をした。

 すると――


「!」


 俺は目を見張った。

 伯父さんに迫っていた火球はその仕草ひとつで、まるで強風にさらされたロウソクのようにあっさりとかき消されてしまっていたのである。


(……なんだ、今の?)


 なにが起きたのか、と、伯父さんの様子を観察する。


 伯父さんは素手のままだった。いくら悪魔狩りとして鍛えているだろうとはいえ、体は生身の人間のはずだ。なにもなしに素手であの火球を軽々と払えるはずはない。


 となると――


(……そういえば)


 ふと気づく。

 うっすらとではあるが、伯父さんの周りにはどうやら魔力のようなものが漂っているようだ。


(とっくになにか使ってるってことか……)


 おそらくは神村さんが使っていた刀や史恩が持っていた腕輪のような、それ自体が魔力を秘めた特殊なアイテムだろう。


「もういっぺん、殺す気で撃ってこい。それともお前の全力はその程度か?」

「……冗談だろ」


 確かにあえて手加減しようとは考えていなかったが、殺す気で撃ったかといえば答えはノーだ。


 そしてがぜん興味が湧いてくる。

 あの伯父さんが、悪魔狩りとしてどれほどのものなのか、と。


「……」


 無言のまま構えなおすと、そんなこっちの意思が伝わったのか、伯父さんもニヤリと笑って今度は軽く構えを取った。


 ……イメージする。


 爆発的にふくれあがる炎。

 そして雨のように降り注ぐ火の雨。


 左手を前に出すと、そこに生まれた炎が一気に燃え上がって大きな塊になった。

 右手を後ろに引き、半身になって狙いを定める。


 今度は本当に、無抵抗のまま直撃すれば命を落とすレベルの攻撃だ。


「……」


 それを見た伯父さんがかすかに浮かべていた笑みを消し、スッと目を細めた。


 家庭では見たことのない表情。

 おそらくはこれが、悪魔狩りとしての伯父さんの顔なのだろう。


 そこには、あの史恩と同じような強者の威圧感が漂っていた。


 であれば、もちろん手加減する必要なんてない。

 今はただ、この攻撃に全力を注ぎ込むだけ。


「……行くぜ、伯父さん。今日の俺にできる全力の攻撃だ」

「来い」


 伯父さんが低く短くそうつぶやいて。

 そして俺は、右手に引き絞った見えない弦を解き放つ。


「……"降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)"!!」


 左手の巨大な炎が弾け飛び、その破片が無数の炎の矢となって伯父さんに飛んでいく。


「この技……なるほど、そうか」


 伯父さんはわずかに驚いたような反応をみせたが、すぐに表情を引き締めた。

 そしてその額に"なにか"が浮かび上がる。


(……なんだ? 光の輪……?)


 伯父さんの額に現れたのは、まるで西遊記の孫悟空がつけているような光輝くサークレットだった。

 それと同時に、伯父さんの全身が細かい光の粒子に覆われる。


「……おぉぉぉぉぉっ!」

「!」


 伯父さんがにぎりしめた右こぶしを後ろに引くと、その周囲に光の粒が飛び散った。

 そして飛躍的に高まっていく魔力。


「はぁッ!!」


 そして気合一閃。

 ゴォ……ッ、と。突き出した伯父さんのこぶしから、強烈な光の風が放たれた。


「っ……!」


 その風圧に思わず顔を背ける。

 そして――


「……ふぅ」


 一瞬の後。


「ひさびさだったが、それほど衰えてはいないようだな」


 そのつぶやきに視線を正面に戻すと、伯父さんを四方八方から包み込む勢いで迫っていた俺の"降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)"は、そのすべてが跡形もなく消え去っていた。


 見たところ伯父さんにダメージはない。

 どうやら完璧に相殺されてしまったようだ。


「……やるじゃねーか」


 両手を下ろし、力を収める。

 伯父さんは満足そうな顔をして、


「どうだ? 少しは見直したか?」

「……そーだな。この感じじゃ、あんたがこの御門で有数の使い手だって話もまんざら嘘じゃなさそうだ」

「なんだ、お前まだ疑ってたのか」


 伯父さんは平然とした顔でパンパンと手を払った。


「ま、今のは実戦ならまずは避ける方法を考えるべきだが、今日はお前の力を測る意味もあったからな。……さて。下準備も終わったことだし、いよいよお前がこれからやるべきことについて話をするとしようか」


 そう言って、その場にあぐらをかいて座りこむ伯父さん。

 だが、俺はその伯父さんの言葉を止めて、


「待てよ、その前にひとつ聞かせてくれ。……額のそれ、今はもう消えてるみたいだけど、なんなんだ?」

「ん……ああ、"輝輪(きりん)"のことか。これは御門が所持する魔装(まそう)のひとつで……魔装といってもわからんよな。要するに、お前が戦った史恩の"羽撃(はばたき)"なんかと同じ性質のものだ。"羽撃(はばたき)"のような一級品よりは少し格が落ちるがな」

「格が落ちる? ……見た感じ、同等以上に思えたけど」


 そう言うと、伯父さんは笑いながら、まあ座れ、と、自分の正面を指差した。

 俺が素直に従ってその場に腰を下ろすと、


「この"輝輪(きりん)"はな。確かに力の強さは"羽撃(はばたき)"あたりにも充分に匹敵するものだが、"羽撃(はばたき)"や多くの悪魔たちのように魔力を放出する機能がないし、身体能力そのものをあげるような効果も備わっていない。単に肉体による攻撃や防御に光の魔力を付加するだけのものだ」

「近接専用ってことか? けどさっき、光の風を起こして俺の攻撃を相殺してただろ?」

「ああ……あれは別に"輝輪(きりん)"を使って風を起こしたわけじゃない。私の拳圧に光の魔力が乗っただけのことだ」

「……拳圧? あれが?」


 思わず疑いの目を伯父さんに向けてしまった。


 確かに、空手の達人なんかが拳圧でロウソクの火を消す、なんてのはよく聞く話だ。

 ただ、あれが現実にできることなのかどうかがまず疑わしいし、そもそもさっき伯父さんが起こした風はとても拳圧というようなレベルのものではなかったはずだ。


 だが、


「おいおい、いまさらなにを言ってるんだ」


 伯父さんが笑いながらそんな俺の疑問に答える。


「お前がこれから本格的に足を踏み入れようとしているのは、それこそお前の好きなマンガみたいな世界なんだぞ? 悪魔なんてものがいるんだから、拳圧で強風を起こせる人間がいたってなにもおかしくはあるまい」

「なんか論点がズレてる気がしないでもねーけど、まあ」


 確かに、こんなことで伯父さんが嘘をつく理由はない。


(……そういや、美矩のやつも言ってたっけな。伯父さんは天然のスーパーマンだって)


 つまりこの人は実際にそのレベルの達人、いや、文字通りの超人ということなのだろう。


「納得したか? では本題に入るとしようか」


 そんな伯父さんの言葉に、俺は黙ってうなずいた。


 少しでも強くなるために。

 これまでやってきたことは前菜のようなもの。


 いよいよ、ここからが本番だ。


「お前がこれから行うのは、とある特別な能力を身につけるための訓練だ」

「特別な能力を身につけるための訓練?」


 オウムのように聞き返した俺に、そうだ、と、うなずく。


「お前が身につけるべきその能力は、"万象の追跡者(オールトレーサー)"。……おそらくは、今のこの世でお前にしか扱うことのできない、お前だけの特殊能力だ」


 伯父さんは力強くそう言ったのだった。


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