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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 確執
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3年目4月「ダウト」


 いきなりだが訂正したい。


 俺たちの部屋にやってきたのは見知らぬ少女ではなく。

 過去に2回ほど顔を合わせたことがある相手だった。


「あらあら、やはり優希さんでしたわねー。ここに入っていく後ろ姿を偶然お見かけしたので、もしかしたらと思ったのですが」

「あ、お前は確か……」

「あっ、華恵さんじゃないですかー。どうしたんですか、こんなところで」


 またもやすぐに名前が出てこなかった俺と違って歩はすぐに思い出したらしく、びっくりしたような顔でそう言った。


 そう、華恵だ。

 去年の夏と今年の初めごろ、いずれも泊まった先の旅館で顔を合わせた少女である。

 風見学園の1学年後輩だということはわかっているのだが、いまだに学校内で会ったことはなかった。


「? 優希くんたちの知り合い?」


 由香がきょとんした顔をしている。

 その隣では、直斗も説明を求めるようにこっちを見ていた。

 どうやらこのふたりは初対面らしい。


「あら、失礼をいたしました」


 華恵はそう言って、スカートのすそをつまんで小さく腰を落としてみせる。

 実際には映画の中ぐらいでしか見る機会がないであろう、いわゆる西洋風の挨拶ってやつだ。


「わたくし、花見はなみ華恵はなえと申します。お花見の花見に、華やかの華、恵みで花見華恵ですわ」


 前にも聞いた自己紹介とともに曲げていたひざを伸ばし、華恵は両手を体の前で軽く重ねた。


「優希さんとは知り合いというほどでもないのですが、わたくしの親戚が経営する旅館に何度かお泊まりいただいたことがあり、そのご縁で。あ、ちなみに風見学園の新2年生ですんで、おそらくみなさんの後輩ということになろうかと思います」


 相変わらず丁寧なようでいて、どことなく適当な敬語である。


(……けど、あのときとはだいぶ印象違うな。着るものでこんなに変わるもんか)


 前に会ったときは和風の旅館ということもあって和装だったのだが、今日は藍原と同じような洋風のパーティドレス姿。あのときは結い上げていた髪を今日は下ろしていて、かなり違うイメージになっていた。

 そして、少し開いた胸もとには藍原と同じようにネックレスが――


(あれ……?)


 ふと、俺はその胸に視線を奪われた。


 といっても、もちろんイヤらしい意味ではない。

 気になったのは胸もとで光っていた宝石である。


 その赤い宝石は、華恵が首につけているチョーカータイプのネックレスからぶら下がっていた。

 そういえば旅館で会ったときも同じチョーカーをつけていて、和風の仲居服とずいぶんミスマッチだなと思った記憶がある。


 不思議な色合いの宝石だった。

 角度で見え方が変わるようにカットされているのか、小さく揺れるたびに赤と黒が宝石の中でドロドロと渦巻いているように見える。


 見つめていると、そこに吸い寄せられてしまうのではないかと錯覚してしまうような、深い赤――


「――美弥ちゃんとはどういう関係なの?」

「!」


 そんな由香の言葉で、俺はハッと我に返った。

 密かに周囲に視線を配り、誰もこっちを見ていないことを確認してホッと胸を撫で下ろす。


 それほど面識のない女の子の胸もとをじっと見つめていたなんて、誰かに見られていたら変な誤解を受けてしまうところだ。


 ちなみに先ほどの由香の問いかけは華恵に向けられたものだったらしく、華恵が首を動かして由香のほうを見た。


「はい。実を言うと美弥さんと個人的な交流はそれほどないのですが、家同士の付き合いがそこそこありまして。ぶっちゃけると、いわゆるビジネス上の付き合いというやつですわー」

「……あれ、そういえば」


 そこでふと、直斗が思い出したような顔をする。


「ねえ。花見さんの家って、もしかして風見学園と桜花女子学園の?」


 そう言うと、華恵は少し驚いた様子で直斗のほうを見た。


「あらまあ、よくご存知で。さすがは神薙直斗さん。風見学園イチの秀才というお話はダテではありませんわね」

「ん? なんの話だ?」


 俺が口を挟むと、直斗は手もとのトランプを整理しながらこっちを見て、


「花見って、風見学園と桜花女子学園の創立者の名字だよ。ほら、学校の名前にどっちも入ってるでしょ」

「え? マジでか?」


 そう言って視線を送ると、華恵は微笑みながら小さくうなずいた。


「どちらもわたくしの曾祖父が設立したものですわー。ちなみに今は経営にそれほど深く関わっておりませんので、生徒さんのほとんどは知らないかと思います。まあ、わたくしの兄なんかはコネで、桜花女子で教鞭をとらせていただいておりますが」

「……コネとか堂々と言っていいのか?」

「兄に聞かれたら、きっとキツーイおしおきが待ってますわね」


 そう言って華恵は声をあげて笑う。


「さて、つまらない大人のお話はこの辺にしましょう。……それ、もしご迷惑でなければ私も混ぜてくださいませんか?」


 そう言って直斗の手もとを見る。


「トランプ? もちろんいいよ。あ、優希。後ろのイスひとつ持ってきて」

「あー、はいはい」

「すみません」


 俺が持ってきたイスに華恵が座り、テーブルを囲むメンバーが5人になる。


「てかお前、家の付き合いで出席してんだろ? 向こうにいなくていいのか?」

「ああ、ええ。その辺はきっと兄がテキトーにやってくれますわー」

「……大変そうだな、お前の兄貴」


 同じ兄として、見たこともない華恵の兄貴にほんのちょっぴり同情してしまった。


 そうして華恵を交え、5人での"ダウト"が始まる。


 このゲームは知っている人も多いかと思うが、配られた手持ちからカードを裏向きに1枚ずつ、順番に出していくゲームだ。このとき、最初に出す人間は『1』と宣言しながら出し、次の人は2、次は3……13まで行って、そのあとはまた1に戻る。


 出すカードは宣言した数字と同じものでなければならないのだが、手持ちに該当の数字がない場合は別のカードを出すこともできる。

 このとき裏向きに出されたそのカードが、宣言した数字と不一致であることを他プレイヤーが見抜けるかどうか、というところがこのゲームのポイントだ。


 不一致を見抜かれた場合は嘘をついたプレイヤーが場に出されたカードをすべて手持ちにくわえなければならず、一致しているにもかかわらず嘘だと指摘してしまった場合は、指摘したプレイヤーが回収しなければならない。


 そうして手持ちのカードをすべて使い切ったら勝ちである。


 相手が該当のカードを持っているかどうかを手持ちや場の状況から推理する力、相手の顔色やしぐさなどから見抜く力、あるいは嘘を平然と貫き通す力が問われる、単純ながらなかなかに奥の深いゲームだ。


 そうして始まったゲームは当初の予想通り、俺と直斗の2強、由香と歩の2弱で展開していった。

 プレイヤーが5人ともなると、手持ちに該当の数字がない場面が多くなり、自然と嘘をつかなければならないケースが増える。当然、ポーカーフェイスが苦手なふたりが負け続けることになったのだ。


 ……いや、もう少し正確に言うと。


「あーん、またビリだ……。歩ちゃん、強いねー」


 10回中9回は由香が最下位だった。


「たはは……強いといってもこのありさまですがー」


 と、歩は大量に残った手持ちのカードを示す。


 ゲームはひとりの手札がなくなった時点で終了。

 そのときの手持ち札の少ない順に順位を決定していた。


「ってかさ。10回やって俺と直斗しかまだトップ取ってねーじゃん。お前ら、いくら苦手だっつっても極端すぎんだろ」

「……というか」


 直斗がトランプを混ぜながら、右隣の華恵を見る。


「僕的には、10回連続3位の花見さんが一番すごいような気がするけど」

「……んー、褒められた気がまったくしませんわねー」


 別に計算どおりの結果というわけでもないようで、華恵も苦笑していた。


「でも、これも血統なのかもしれませんわー。花見の家の人間はどうも、中庸というかつなぎ役というか、そういう役割が代々似合っているようですので」

「中間管理職みたいなもんか」


 よくわからなかったので適当な相づちを打っておいた。


 そうして11回目のゲームが始まる。

 なんだかんだで藍原が出て行ってから40分以上が経過していた。


 そろそろ戻ってきてもいい頃合だが――


 ……バタン!


 パーティ会場側のドアが勢いよく開いたのは、ちょうどそのときだった。


「大変、大変、大変だッ! 一大事だぁッ!」

「……あ、歩。それダウトな」

「ええッ! ……ゆ、優希さん、やめといたほうがいいよー。私が嘘ついてるからとかじゃなくて、今回は優希さんに勝ってもらいたいから……」

「いや、意味わからんし。お前、完全に顔に出てるから」

「そ、そんなー……」 


 ガックリとうなだれ、出したカードを確認することもなく山のようになったカードを引き上げていく歩。

 これで今回も、こいつの勝ちはほぼなくなったといっていいだろう。


 あとは直斗とどのように雌雄を決するか。

 今回のゲームも焦点はそこだけだ。


「うー……1回ぐらい勝ちたいよー」


 大量の手札を見つめて悲しそうな顔の歩に、直斗が笑いながら、


「神崎さん、このゲームはやっぱり不利みたいだね」

「ってか、こいつが異様に強いのは神経衰弱ぐらいだろ」


 トランプは基本的に駆け引き要素の強いものが多い。

 いくら記憶力がよくても、それを活かしきれなければなんの意味もないのだ。


「じゃ、ダウトは今回までにして、次は7並べでもやろうか。あれならみんな平等だし」

「……そうか? あれはあれで駆け引き要素強い気もするが」


 それも織り込み済みで言っているのだとすれば、相変わらず腹黒いやつである。


「……あのー。それよりみなさん」


 と、そんな俺たちのやり取りに華恵が口を挟んできた。


「お友だちが、そこでものすごく淋しそうな顔をされているのですが」

「……お?」


 すっかり忘れていた。

 先ほど勢いよく入ってきたのはどうやら将太だったらしい。


「おかえり、将太」

「将太さん、おかえりなさいー」

「……あ、将太くん。戻ってたんだ」


 ドアに背中を向けていた由香は、どうやらゲームに頭を悩ませすぎて本当に気づいていなかったらしい。


「く……」


 将太は手をプルプルと震わせていた。


「く、くく……」

「え、九九ですかー?」


 歩のマジボケに反応することもなく。

 将太はいきなり怒りを爆発させた。


「……くぉらぁ、貴様らぁぁぁッ! なにをのんきにトランプなんぞしておるかぁぁぁぁッ!!」

「えっ! しょ、将太さん、急にどうしたんですかー?」


 驚いた様子の歩を無視して、将太はドスドスと足音荒く室内に入ってくる。

 そして、おそらくは見知らぬ存在であろう華恵のことを気にとめた様子もなく吠えた。


「どうしたもこうしたもなぁいッ! 聞け、お前らッ!」

「聞いてやってもいいが、そろそろ耳から手を離してもいいか?」


 俺と直斗、それにちゃっかり由香もこいつが叫ぶ前に耳を塞いでいた。

 付き合いがそれなりに長いからこそ可能な芸当である。


 そんな俺たちの反応に、将太はますます顔を真っ赤にして、


「くぅぅぅ! 優希よ! 親友の大ピンチだというのにその冷たい態度! 断じて許しがたいぞッ!」

「はぁ? ピンチ?」


 将太の言葉に俺は眉をひそめて、


「なんだよ、お前。もしかして本当に黒服にでも追っかけられてんのか? どんな悪さしたんだ?」

「ちがぁぁぁぁうッ! 誰が俺のピンチだと言った! 藍原だ! やつの大ピンチだッ!!」

「藍原の?」


 一同があぜんとする。

 もちろん、いきなり突拍子もない話をされてという意味もあったが、それ以上に、こいつが藍原のことをためらいもなく“親友”と表現したことに少し驚いたのだった。


「……」


 みんなで無言で視線をかわした結果、代表して俺が口を開く。


「……なんなんだ、そのピンチってのは」


 全員の視線が将太に集まる。

 そして将太は言った。


「聞いて驚くなよ、お前ら! 今そっちの会場で、藍原のやつが本当に政略結婚の犠牲にされそうになっちまってるんだッ!」

「政略……」

「……結婚?」


 そんな将太の言葉に。

 俺を含めた一同は再びあぜんとして、一瞬静まり返ってしまったのだった。


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