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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 確執
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3年目4月「唯一にして最大の美点」


 頭では理解していることでも、受け入れがたい現実というのは確かに存在するものだ。


「……あ、藍原ぁぁぁぁッ!」


 そう叫んだのは将太だった。


「貴様よくも、お嬢様という存在に幻想を抱き続ける全国100万人の純情男子たちの夢をかんぷなきまでに打ち砕いてくれたなッ! 許さんぞぉぉぉぉッ!」

「え? 急にどうしちゃったの、藤井。お昼に変なものでも食べた?」

「いや、いつもどおりだろ」


 俺たちは今、藍原の誕生パーティに出席するため、迎えの車で藍原の自宅へと移動中だった。

 異様に長い車の一番後ろに由香、藍原、歩の3人がいて、対面シートの向かい側に俺と将太、それに直斗が座っている。


 シートの間にはテーブルがあって、どうやら冷蔵庫やテレビなんかもついているようだ。

 ドラマか映画でしか見たことのないような高級車である。


 窓から流れる景色はすでに薄暗闇の中。

 街灯の明かりが次々に流れていく。


「けどま。そのバカの言いたいこともわからんでもねーぞ」


 そう言って俺は、右ななめ前の藍原に軽くあごを向けてみせる。


「お前のそのカッコ、やっぱ違和感しかねーわ」

「わかってるっつーの。あたしだって着たくて着てるわけじゃないんだってば」


 頭の後ろで手を組み、口を尖らせながらそう答える藍原。


 その身を包んでいたのは薄いピンクのパーティドレスで、胸もとには真珠らしきネックレスが淡い輝きを放っていた。

 素人目に見ても、かなり高そうな衣装であることがわかる。


 そんな藍原の態度に、またもや将太が口を挟んできた。


「くぅぅっ、なげかわしい! そのようなドレス姿で堂々と足を組むとはなんたることッ!」

「いいじゃん。別にドレスが足を組んでるわけじゃないんだしさ」


 そんな将太と藍原のやり取りは、まるで礼儀に厳しい世話役と、それを適当にあしらおうとするワガママお嬢様のようだ。


(……似合ってないってわけじゃねーんだけどな)


 腐っても鯛、とでもいえばいいのだろうか。普段の様子からかけ離れているせいで違和感はあるものの、藍原の着こなし自体はそれなりにきまっていた。

 今、こうして必要以上に騒いでいる将太ですら、こいつが黒塗りの高級車から降りて出てきたときは、完全に目を奪われて言葉を失っていたぐらいだ。


 ……ちなみに。


「でも、こういうのってちょっと緊張するよね……」

「そ、そーですよねー」


 左右にいる由香と歩も、藍原が持ってきたパーティドレスに身を包んでいた。

 ふたりとも慣れない衣装だけに服に着られている感が満載である。


 もちろん俺たちも、藍原が持ってきたタキシードに着替えさせられていた。

 昨晩の雪の発言は冗談では済まなかったわけである。


「……あーあ。ホントなら不知火んとこで、雪ちゃんのおいしい料理を食べながらパーッと騒ぎたかったんだけどな~」


 藍原は相変わらず愚痴をこぼしていたが、昨日ほどは落ち込んでいないようだった。

 そんな藍原に対し、由香が疑問を口にする。


「でも、変だよね。どうして今年に限って美弥ちゃんちでやることになったの?」

「さぁね。きっと他になにかやるつもりなんじゃない? ウチの父親っていろんなことをいっぺんにやっちゃうのが好きな人だから。もしかしたら、あたしの婚約発表とかワンチャンあるかも」

「婚約発表だぁ?」


 まるで芸能人気取りである。

 いや、実家の規模を考えると、芸能人よりむしろ希少な存在なのかもしれないが。


「基本的にはそういうのノーサンキューなんだけどね。でも、お金持ちで仕事のできるイケメンなら政略結婚ってのもアリっちゃアリかな~」

「ふっ、バカバカしい」


 そんな藍原の発言を笑い飛ばしたのは、やはり将太だった。

 ビシッと人差し指を藍原に突きつける。


「貴様のようなエセお嬢様にそんな完璧超人はもったいない! 貴様の相手など、ボウフラみたいにフラフラしてるロクデナシ男で充分だ!」

「え? キミのこと?」

「ど……どういう意味だぁッ!」


 どういう意味もなにも、そのままの意味でしかなかった。


「あー、ごめんねぇ。あたし理想はそんな高くないほうだと思うけど、キミはさすがにきついかなぁ」

「じょ、冗談は顔だけにしたまえ! 誠実を絵に描いたようなこの俺のどこがロクデナシだというのだ! ……なぁ、みんな!?」


 将太が顔を真っ赤にして周囲に同意を求めたが、歩がかろうじて愛想笑いを返しただけで、誰ひとりとして賛同する者はいなかった。


 そんなこんなで。

 約40分ほどの移動で、俺たちは目的地へ到着した。


「あー、ここか……」


 この辺は郊外のいわゆる高級住宅地で周囲には比較的大きめの家が並んでいるのだが、そこはその中でも一段ときわだった豪邸だった。


 大きな門が自動で開き、車がゆっくりと敷地内へ入っていく。

 窓の外を見る一同の口数は、さっきまでより明らかに少なくなっていた。


「どうぞ」


 車が止まると同時にドアは外側から開かれ、そこでは正装の男がかしこまっていた。

 そして眼前には、まるで美術館かと思うような邸宅。


「うわぁ、お城みたい……」

「す、すごいですねー……」


 そんな豪邸に、由香と歩はさっそく圧倒されてしまったようだ。


「……うっわ。マジすげぇ」


 同じく将太がもらした感嘆の声を背中に聞きながら、俺たちは案内されて邸宅の中へと足を踏み入れる。


 そして通された先は小さな一室。

 とはいっても30畳ぐらいの広さはあるだろうか。

 中央には白いクロスの大きなテーブルがあり、その上にはケーキとたくさん料理が並んでいた。


「ここでやるのか? ……思ったより普通だな」


 先ほどここまで案内してきた男の姿がないのを確認して、俺はそんなことをつぶやいた。

 いや、もちろんテーブルの上に並んでいる料理はかなり豪勢なものだったのだが、わざわざ藍原の家でやるというから、もっと大勢を招いてのパーティ的なものを想像していたのである。


 だが、それに藍原が答えた。


「隣がホントのパーティ会場だってば。でもほら、向こうと一緒だといろいろとメンドーでしょ? だからワガママ言ってこっちにみんな用の部屋を用意してもらったの。あたしは途中でちょこちょこ抜けるかもしんないけど、この中なら基本的に自由にやって大丈夫だから」

「あー、なるほどな」


 やはり、こいつなりにかなり気を遣っていたようだ。


 しかし、まあ。

 車中での話の蒸し返しになるが、こうした明るいところで改めて見ても、いかにもお嬢様然としたドレス姿に、こいつのざっくばらんな口調はどうにも違和感が拭えなかった。


 と、そこへ。


 キョロキョロと辺りを見回していた将太が、急に憤った様子で口を挟んでくる。


「……おい、藍原! 約束が違うじゃないか!」

「約束? なんのこと?」


 藍原が聞き返すと、将太は頭の上で右手をぐるっと大きく回して、


「さっきからずっと観察していたが、この屋敷にはメイドさんがいない! これはいったいどういうことか、説明したまえ!」

「メイドさん? ……あー、ごめんねぇ。お手伝いさんはいっぱいいるけど、たぶん藤井が想像してるような格好じゃないかなあ。年配の人が多いし」

「くぅぅぅぅ、ますますなげかわしい!」


 悔しそうにじだんだを踏む将太。


 と。

 俺はそんな将太の様子を見ながら、こそっと直斗に耳打ちした。


「……おい、直斗。将太のやつ、今日は一段とテンションおかしくねーか?」


 いつも以上にウザいというか、妙に藍原に突っかかっているというか。

 そんな俺の疑問に、直斗は苦笑しながら答えた。


「あー……たぶんアレじゃない? 藍原さんの見慣れない姿を見ちゃったせいで、どのキャラで接すればいいのかいまいち定まってない、みたいな。ほら、将太って女の子相手には結構細かい気を遣うから」

「あいつ、普段そんなこと考えながら生きてんのか?」


 思わず呆れてしまった。

 が、しかしまあ。


「なあ歩ちゃん! 豪邸といったらメイドさんだろ!? これは我々の常識だよな!?」

「えっ、わ、私ですかー? ええっと……確かにゲームとかだとお屋敷にはメイドさんがたくさんいたりとかありますけどー……」

「しょ、将太くん。歩ちゃん困ってるよ……」


 困惑したようにそう言いながらも、歩も由香も少し笑っていた。

 屋敷の豪華さに萎縮していたこのふたりも、どうやら将太の意味不明なテンションに引っ張られて多少は緊張がほぐれたようだ。


 計算なのか天然なのかはわからないが、こうして身を削って場の雰囲気を変えられるところが、将太の唯一にして最大の美点である。


「いいか、歩ちゃん! そもそもメイドというのはだな――」


 ちらっと藍原のほうを見ると、呆れた顔をしながらもそんな将太を好意的な目で見ている。

 どうやらあいつもその辺はわかっているようだ。


「……あ、ほんじゃ、さっそくだけどちょい抜けるから。1時間もしないで戻れると思うから、テキトーに飲んだり食ったりしててよ」


 そう言い残して藍原が部屋を出て行く。


「おー、了解ー」


 言葉を返しつつ、藍原がドアを開けたときにチラッと見えた本当のパーティ会場とやらは、やはりテレビやマンガでしか見たことのないようなキラキラした光景で、いかにも別世界という感じがした。


 言うまでもなく、俺のような凡人にはあまり居心地がよくなさそうな場所である。


「……あいつ、ホントに金持ちのお嬢様だったんだな」


 今さらの言葉が無意識に俺の口をついた。


「いいや! 俺は断じて認めんぞ!」


 そして意味不明な意地を張る将太。

 直斗が苦笑しつつ、


「じゃ、藍原さんが戻るまで自由にやってようか。1時間ぐらいならすぐだと思うし」


 その言葉に、とりあえず各々がテーブルの上の料理に手を伸ばしていった。


 ……いや。

 ただひとり、将太だけがおもむろに藍原が出て行ったほうのドアに向かって歩き出す。


「おい、将太。便所ならそっちじゃねーぞ。そっちはパーティ会場だ」


 俺がそう指摘すると、


「わかってる。……ふっ、優希よ。お前はここがどこなのか理解していないようだな」

「はあ?」


 また意味不明なことを言い出したようだ。


「いいか、ここは大金持ちである藍原の家だ。……それはどういうことか。つまり、ここに招かれる客もまた大金持ちばかりということではないか?」

「いや、金持ちじゃない俺らもこうして招かれてるんだが……」

「ということは、だ!」


 話を聞かないのは相変わらずである。


「客の中には当然! 藍原のようなエセではなく、本物のお嬢様たちが俺を待っているということ! そういうことだろう、優希!」

「……あー」


 まあ言いたいことはわかった。

 つまりは、いつものアレをここでもやろうということだろう。


 俺は肩を落とし、軽くため息をつきながら言った。


「どーでもいいけど、騒ぎだけは起こすなよ。藍原のやつにメーワクがかかんだからな」

「……ふっ、見くびるなよ、優希。俺はこう見えても小心者なんだ。こんなところじゃさすがに遠くから眺めてくるのが精一杯さ」


 低い声でそう言って、グッと親指を立ててみせる将太。

 カッコいいセリフのようでいて、めちゃくちゃカッコ悪い。


「では、皆の衆。オヴォワール」


 そうして将太は静かに部屋を出て行った。


「……なんだ、オヴォワールって?」


 相変わらずウザさ満点の男である。

 しかしまあ、今日は俺たちも正装だし、会場をブラブラしているだけなら特に問題は起きないだろう。


「将太さんってエネルギッシュですよねー」


 と、歩なんかは逆に感心した様子だった。


「正直ムダなエネルギーだけどな。……じゃ、俺らは俺らでテキトーにやってるか」

「そうだね。……あ、そうだ。使うかどうかわからなかったんだけど、一応トランプ持ってきたんだ」


 と、由香がハンドバックの中からプラスチックのトランプを取り出す。

 とたんに歩が目を輝かせた。


「あ、いいですねー。やりましょやりましょー」

「あー、別にいいけどさ。こいつの記憶力が役に立たないゲームにしようぜ。ポーカーとかブラックジャックとかバカラとか」

「微妙にバクチ臭のするラインナップだね。あ、優希。後ろのテーブルこっちに持ってこようか」


 直斗の言葉に振り返ると、壁際にちょうどいい大きさのテーブルが置いてあった。

 それを部屋の真ん中付近に移動させ、イスに座って4人で囲む。


 直斗が言った。


「ゲームだけど、たまにはダウトとかどう? 記憶力も大事だけど、ウソをつく技術も必要だから、神崎さん的にはプラマイゼロぐらいになるんじゃない?」

「お、いいな、それ」


 俺が賛同すると、歩が悲しそうな顔になって、


「あのー、それってとても記憶力でカバーできる気がしないのですがー……」

「なに言ってんだ。もっと自信持てよ、天才少女」

「ううっ……」


 歩は本気で自信なさそうだった。

 それを由香がフォローする。


「大丈夫だよ、歩ちゃん。私もほら。ポーカーフェイスとか苦手だから」

「……」


 まあ、確かに。

 記憶力という武器を一応持っている歩に比べ、由香はほぼ丸腰のようなものだ。

 むしろダントツで最弱だろう。


 というか、このゲームはどうあがいても提案者である直斗が一番強いに決まっていた。

 あとは俺がどれだけそこに迫れるかだ。


「じゃあ配るよ」


 そうして直斗がカードをそれぞれに配り始めた。


 ……いや。

 配ろうとした、そのときである。


 カチャリ、と、音がして、パーティ会場側のドアが静かに開いたのだ。


「おぅ、将太。ずいぶん早かったな」


 俺はそうと決め付けて、口を開いてからドアのほうを振り返ったのだが――


「って。……誰だ?」


 開いたドアの隙間から顔をのぞかせていたのは、似合わぬタキシード姿の将太ではなく。

 桜色のドレスに身を包んだ、まるで見知らぬ少女だったのである。


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