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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 確執
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3年目4月「修行は続く」

「リベンジだッ!」


 その翌日。

 帰りのホームルームが終わるなり、教室の後ろの入り口をバーンと開いてひとりの女生徒が姿を現す。


「不知火! 今日こそはあたしに付き合ってもらうぜッ!」


 そう言いながら俺の席まで一直線にやってきたのは、昨日に引き続いての藍原だった。

 俺はため息とともに肩を落としながら、


「お断る。つかお前、昨日直斗たちと遊びに行ってきたんだろ?」

「いいジャンいいジャン。2度あることは3度あるっていうジャン?」

「なんだそりゃ。そもそもまだ1度だし。とにかく今日もダメだ」


 カバンを手に立ち上がった俺を見て、藍原はひどく不満そうな顔をする。


「え~、付き合い悪いなあ。……って、え? もしかしてまた神村ちゃんと一緒?」


 いつの間にか俺の席のそばにやってきていた神村さんを見て、藍原が驚いたように目を見張る。


「まあな」

「ちょ……ちょっとマジ? ふたりって、マジで付き合ってたりすんの?」

「おい、引っ張んな。そでが伸びんだろ」


 そこへ神村さんが口を挟む。


「藍原さん。不知火さんには、先日から神社で倉庫の整理を手伝ってもらっているのです」

「倉庫の整理? え? 要するにバイトってやつ?」

「……そういうこった」


 昨日のやり取りを反省して、事前に神村さんと打ち合わせておいた言い訳である。

 そしてこの言い訳は、うまいこと藍原を納得させてくれたようだった。


「あー、そういや不知火ってば、最近なんか疲れた顔してたもんね。てか、それならそうとなんで昨日言ってくれなかったのさ」

「別にお前に報告する義務はないだろ。ほら。わかったならさっさとそこをどいてくれ」

「むー」


 不満そうではあったが、それでも藍原は塞いでいた進路を俺に譲る。

 そしてふと、思い出したような顔をすると、


「……あ、それってさ。毎日あんの? いつまで?」

「ん? ほぼ毎日、全部片付くまでって約束だけど? それがどうした?」

「あー……っとさ」


 藍原は珍しく言いにくそうに、クセのある髪の毛先を右手で軽くもてあそびながら、


「実はあさって、あたしの誕生日なんだよね」

「あ? そうだっけ?」


 年度の初めころだということは記憶していたのだが、細かい日時まではまったく覚えていなかった。


「そうそう。でさ、いつもは別になんもしてないんだけど、今年は最後の年だし、みんなと一緒にパーッとやれないかな~と思って」

「あー……」


 ちらっと横を見る。

 神村さんはすでに教室の入り口に移動して俺を待っていた。


 ……なんだかんだ、こいつは高1の最初からの付き合いだし、由香や歩ともよく遊んでもらっている。

 誕生日ぐらいは素直に祝ってやらなきゃならないだろう、と、俺は思い、


「りょーかい。そういうことなら神村さんと相談してみるわ。お前の誕生日を祝ってやるのも、これが最後になるだろうしな」

「それ、温かいんだか冷たいんだかわかんないセリフっすね」


 不満そうに言いながらも藍原は少し嬉しそうだった。


「他に誰を呼ぶんだ? 俺に声をかけたってことは直斗とか由香あたりか?」

「一昨年の海水浴メンバー、プラス来れなかった由香と歩ちゃん。あ、雪ちゃんとか瑞希ちゃんにはそっちから声かけておいてくんない?」

「将太も呼ぶのか?」


 念のために聞いてみると、藍原は苦笑しながら、


「あいつもなんだかんだ、体張ってみんなを笑わせてくれるしね。あたしは嫌いじゃないよ、ああいうの」

「そりゃまあ」


 俺だって嫌いじゃないから友だちとして付き合っているわけで。


「つか、お前だって同類だろ、あいつの」

「え。……それはさすがに傷つくにゃ~」


 ガックリと肩を落とす藍原。

 俺は笑いながら神村さんのもとへ移動しつつ、


「じゃあ、あさってな。ホントはこっちで企画してやらなきゃならんのに、手伝えなくてスマンな」

「おー、その気持ちだけで充分さ。……ほんじゃ不知火教官! バイト頑張ってください!」


 そう言ってビシッと敬礼のポーズをとる藍原。

 そんな彼女に苦笑を返しつつ、俺は今日も特訓のために神村さんと一緒に学校を後にしたのだった。






「……はぁっ! はぁ――ッ!」


 動きを止めた瞬間、気力だけで支えていた肉体の力が一気に抜けていく。


「はい、きゅうけーい」

「死、ぬ……!」


 美矩の言葉を合図に、俺は文字通り倒れこむように地面に転がった。

 大の字になって上空を見上げると、夕暮れの空を中心に周りに茂った枝葉がグルグルと回っているような錯覚に襲われる。


「ふぅ――……ゲホっ! ゲホゲホッ!」


 大きく息を吸い込むと、カラカラになったのどが悲鳴をあげた。

 足が震え、頭がボーっとしてくる。


 明らかに昨日よりもきつかった。

 どうやら走る距離を徐々に伸ばしているようだったが、山の中だと似たような景色が延々と続くので、どのぐらいの距離を走ったのかまったくわからなかった。


「いやー。優希兄様ってば予想外にしぶといですねー」


 にゅっと、美矩の顔が視界の端から飛び出してくる。


「さすが影刃様に育てられただけのことはあります。悪魔狩りの若い子たちにも見習わせたいですよ、ホントに」

「お前だってまだ若いだろーが。つか、伯父さんは関係ねーよ。別に鍛えられていたわけでもないし」


 何度かせき払いをしながらそう返し、ふと気づいた。


「……ってかお前。俺と伯父さんの関係を知ってたのか?」


 伯父さんや神村さんから聞いた話だと、その事実は悪魔狩りでも一部の人間しか知らなかったはずだ。


「え? 今さらですか?」


 美矩はヒラヒラと手を振って答えた。


「あたしは光刃様の妹役ですよ? いわば側近中の側近、スーパーエリートなんです」

「……お前みたいのがスーパーエリートね」


 御門の将来はこれで大丈夫なんだろうか。


「……といっても、それについてはまあ、こないだ影刃様がお酒に酔った勢いで口を滑らせただけなんですけど」

「そんな理由かよ!」


 この組織は本当に大丈夫なんだろうか。


「まあまあ」


 顔をしかめた俺に、美矩はちょっと笑いながら、


「言う場所と相手はちゃんと心得てると思いますよ。……ほら、あたしって緑刃様の直属で、緑刃様は影刃様を信奉してますから。あたしも事実上は影刃様の直属みたいなもんです」

「緑刃さんが、伯父さんを信奉……?」


 あのマジメな緑刃さんと、ちゃらんぽらんな伯父さんの顔が同時に頭に浮かぶ。

 どうにもピンとこない話だった。


「小さいころから相当かわいがられていたみたいですしね」

「あー……なるほど。刷り込みってやつか」

「光源氏計画ってやつですか? そういや宮乃様も、影刃様と出会われた当時はまだ8歳でしたねー」

「……」


 伯父さん、あんたって人は。


「……さて、と」


 美矩はゆっくりと立ち上がってズボンの汚れを払う。


「んじゃ、そろそろ戻りましょっか。日も沈みそうだし、もうひとつの訓練の時間もなくなっちゃいますからね」

「いや、まだキツ――」


 息を切らしてそう言いかけた瞬間、頬のあたりに風を感じた。

 横目で見ると、顔のわずか数センチの地面にクナイのような刃物が突き刺さっている。


「あんまりモタモタしてると、あたしの手もとが狂っちゃいますよー」

「……はいはい」


 おちゃらけてはいるものの、こういうときはまるで容赦がない。


「よっ……おっとっと……」


 かろうじて立ち上がることはできたものの、足がガクガク震えてまともに走れそうになかった。


「……おい、美矩。ホントにこの状態で帰れってのか?」

「あ、大丈夫です。ほとんど下りだし、いざとなったら転がってください」

「ふざけんな!」


 スパルタを通り越して、これはもはやイジメではなかろうか。


「はい、優希兄様。ちゃっちゃとスタートです」


 それでも少しは気を遣ってくれたのか、駆け出しはゆっくりだった。

 太ももを叩きながらどうにかこうにか足を動かす。


 そうしながら俺は言った。


「……てか、お前さ。その"兄様"って呼び方いい加減やめねーか? お前より年上ってこと以外、兄貴の要素なんてひとつもねーだろ」

「まー、そうですけどなんとなくです。……あ、だったらホントにあたしの義兄様になってみるってのはどうです?」

「はあ?」


 走ってるんだか引きずってるんだかよくわからないフォームで必死に後を追いながら、前を走る美矩に疑問の目を向ける。


 すると美矩は速度を緩めずにこちらを振り返って、


「沙夜姉様と結婚すれば、ほら。晴れてあたしの兄様じゃないですか」

「……いや、ありえねぇよ」


 色々な意味で。


「そっかなー? それだけの根性があれば、もしかしたら影刃様と宮乃様みたいに認められるかもしれませんよ?」

「いや、そりゃ本人同士にその気があればって話だろ。それに神村さんが前に自分で言ってたぞ。立場的に悪魔相手だとどーのこーのって」


 そんな俺の言葉に、美矩は一瞬ぽかんとした顔をすると、


「……あ、そっか。優希兄様ってそんなんでも一応悪魔なんですもんね。スパッと忘れてました。……んー、そっか。意外にいい案だと思ったんだけどな」

「ちっともよくねーよ。だいたい神村さんが嫌がるだろ、そんなの」

「あー、まあ、沙夜姉様の考えはあたしにもわかりませんけど」


 そう言って美矩は俺から視線を外し、正面を向いた。


「どこの誰ともわからない男よりは、だいぶマシだと思うんですけどねー。どうせ1年後にはイヤでもなんでもそうなるんだし」

「……ん? どういう意味だ?」 

「あ、そうそう」


 俺の問いかけに対し、美矩はまるでごまかすようにポンと手を打って再びこちらを振り返った。


「修行始めたばかりの子がよくやるんです。疲れたからって足をひきずるように走るから……」

「ん?」

「ここの張り出た根っこに足をとられるんですよね」


 ひょい、と、軽く飛び上がる美矩。


「は……?」


 足もとに視線を向けるヒマもなく、足の甲を軽い衝撃が襲った。

 バランスを崩し、思いっきり前のめりになる。


「おわ……ッ!」


 多少スピードに乗っていたこともあって、踏ん張るのは不可能だった。

 反射的に両手を前に出して地面とキスをするのはまぬがれたが、そのまま勢いで1回転し、背中から地面に叩きつけられる。


「……ぐふっ!」


 どうにか受身を取ったが、一瞬だけ息が詰まった。


「……あらら」


 立ち止まり、すぐに引き返してきた美矩が自分の額に手を当てる。


「だから忠告したじゃないですか。根っこに気をつけてって」

「おま……っ!」


 俺は軽くせき込みながら、


「あんな直前でどうにかできるわけねーだろ! ……つか、なに嬉しそうに笑ってんだお前!」

「いやいや、気のせいですって。それにほら、反射的に受身を取る練習にもなったじゃないですか。なかなかいい反応でしたよ、優希兄様」

「……モノは言いようだな。くそったれ」


 俺をワナにかけて楽しんでいるとしか思えない美矩に、今はそれ以上の文句を言う気力もなく。

 ついでに、先ほどの神村さんの話もうやむやのまま流されてしまったらしい。


 そうして俺の修行の日々はまだまだ続くのであった。


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