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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 侵食
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2年目3月「力量」


 晴夏先輩に対して手加減をするつもりはいっさいなかった。


 彼女のグループがかなりの情報収集力を持っていることは間違いない。

 それに加え青刃がグループのリーダーだったというなら、俺の実力についての情報などはもちろん承知の上だろう。


 その上で俺のケンカを買ったということは、晴夏先輩の力が俺と同等、あるいはそれ以上であると、少なくとも先輩自身はそう考えているということになる。


 つまり最低でも上級悪魔クラスの力。

 となれば、手加減をする必要は感じなかった。殺し合いまでする気はもちろんないが、力でねじ伏せるためには手加減をする余裕はない。


 と。

 俺はそう考えていたのだが――


「……どういうつもりだ? やる気がないのか?」


 魔力を発して全身に炎をまとい戦闘態勢となった俺に対し、晴夏先輩は余裕の笑みを浮かべたまま構える素振りすら見せていなかった。


「気にしなくていいわ。かかってらっしゃい」

「……」


 相変わらずの挑発的な発言。

 明らかに俺のことをバカにしたセリフだったが、そんな彼女の態度は怒りよりもむしろ疑心をあおり、俺は逆に冷静になった。


 おそらくはなにか企みがある。


(だとしても……やるしかねぇよな)


 彼女がなにを企んでいるかまでは推測のしようがない。

 それにこれはこちらが売ったケンカだ。いつまでもにらみ合っているわけにはいかないだろう。


 なにかあったとしても。

 それならそれでその企みをぶち抜いてやるまでだ。


 右手に力を集中させる。

 まずは飛び道具で様子見、と、魔力を集中させた俺の右手が炎をまとう。


 ……その"不可思議な現象"に俺が気づいたのは、そのときだった。


「?」


 若干の違和感。


 自分の右手に視線を移動させる。

 そして驚いた。


「……なんだ?」


 このぐらいの力を込めればこの程度の魔力が生まれる――みたいなことは、力の扱いに慣れている悪魔なら自分で把握しているものだ。

 俺の場合はそこに今の調子という要素が加わってくるわけだが、それもだいたい体内を巡る魔力の量みたいなもので感覚的にはつかめる。


 しかし。


 辺り一面をオレンジ一色に染める業火をイメージしたはずの右手の炎は、なぜか風に吹き消されてしまいそうな頼りないヨレヨレの炎にしか成長しなかった。


「……どうなってんだ、これ」


 これでは、まるでガス欠のライターだ。


 今日の調子については昨日の日没後に確認済みだった。

 絶好調とまではいかないが平均以上で、史恩と戦ったときと同じぐらいだったはずである。


 俺の調子が悪いわけではない。


 にもかかわらず――


「!」


 俺はハッと視線をあげて正面を見た。


「覚えておくといいわ」


 晴夏先輩はいつの間にかその姿を変えていた。


 尖った大きな耳。

 艶のあった黒髪は青白く輝き、手の平も水色の光に包まれている。


 その小さな指先がこちらに向けられた。


「底の浅い感傷で相手構わずケンカを売れるほど、あなたは強くはないのよ。優希くん」

「……これが、その自信の根拠かよ」


 おそらくは晴夏先輩がなにかやっている。

 そうとしか考えられなかった。


(けど、いったいなにを……) 


 さっき発動した結界にそういう効果があったのだろうか。……いや、両方の魔力を抑制するならともかく、相手の魔力だけを極端に制限するなんてそんな便利な結界が存在するとは思えない。


 となれば、晴夏先輩自身の能力だろうか。


(……なんにしても、このままじゃ勝負にならねぇ)


 体に異常は感じない。

 体内を駆け巡る魔力の感覚もいつもと同じだ。


 力が出ないというよりは、対外に放出された瞬間に空気に溶けるように霧散してしまう。

 そんな感じだった。


 100の力を放出して、実際に具現化するのは10。

 いや、下手をすればそれ以下か。


(3割の力がたったの3分にしかならないってんじゃ、勝負になんねぇぞ……)


 戸惑う俺を、晴夏先輩は楽しそうに見つめて、


「来ないの? なら、こちらから行くわよ」

「ちっ……!」


 危険を感じ、俺は全身の力を総動員して右手に火球を作り出した。

 生まれた火球は俺の感覚に反してやはり小さいものだったが、牽制程度には使えるだろう。


 晴夏先輩目掛けてそれを放つ。


 が――


「無駄なこと」

「!」


 放った火球は、晴夏先輩の体に届く前に小さくなって途中で自ら消滅した。

 まるで空気に飲み込まれるように。


 明らかにおかしい。


 俺の作り出す炎は自然現象の炎とはまったくの別物だ。魔力が炎のような形と性質を持って具現化しているだけで、自然の雨に影響されるなんてことはもちろんない。


 いったい、どうなっているのだろう。


 晴夏先輩の魔力は彼女の体を覆っている程度で、まだ放出されていないように見えた。

 まさか、その身にまとう魔力の余波だけで俺の火球をかき消し、俺の力そのものも抑制しているというのだろうか。


 仮にそうだとすれば、彼女の力は想像を絶するものだ。

 あの4人の女皇たちをも凌駕する。


 ……いや、そんなことはないはずだ。

 女皇たちに関する晴夏先輩の過去の言動を思えば、彼女の実力は少なくとも女皇たちと同等以下のはずだ。


(あるいは、なにか特殊な力……?)


 だが、それ以上考える猶予は与えられなかった。


「今後は身のほどを知ることね。それが結果的にあなたの寿命を延ばすことにもつながるわ」

「ちっ……余裕ぶりやがって」


 自分の力にうぬぼれていたつもりはない。

 俺より強いやつがいくらでもいることはわかっていた。


 先日の史恩だってまともにやれば俺より強いし、4人の女皇たちも1対1で勝てるような相手じゃない。

 敵ではないが、楓や雪もおそらく俺よりは強いだろう。


 けど、それだって今日ほどの差は感じなかった。

 戦いようによってはなんとかなる。手も足も出ないわけじゃない……そういうものだったのだ。


 ただ、今回は違っていた。


(……納得いかねぇ!)


 もう一度力を振り絞る。

 足もとから螺旋状の炎が噴き上がった。


(もう一度……!)


 顔見知りということで無意識のうちに手加減していたのかもしれない。

 だが、今度こそ正真正銘の全力だ。


「……」


 晴夏先輩が目を細めた。

 冷たい、呆れたような目。


「くらえ……ッ!」


 放たれる螺旋状の炎。


 が、しかし。

 炎は最初こそ勢いよく飛んでいったが、すぐに尻切れトンボのようになって晴夏先輩の眼前で消滅してしまった。


「またか……! どうなってやがる!」


 力をぶつけて相殺したような気配はない。

 空中で徐々に勢いをなくし、そのまま自ら消滅してしまっているのだ。


(……くそっ)


 原因はわからない。

 単純な力の差とは思いたくないが、しかし力が役に立たないことは事実。


 となれば、あとはもう肉弾戦に活路を見出すしかない。


 が――


「相手と日が悪かったわね。不知火優希くん」

「!」


 晴夏先輩の足もとが激しく輝いて、その魔力が初めて具現化する。

 そこからあふれ出したのは大量の水。


(水魔か……ッ!)


 相性的にも最悪だ。


 晴夏先輩が右手の人差し指をこちらに向け、冷たい微笑を浮かべた。


「頭を冷やしてあげる。私のほうからもあなたに色々と話したいことがあるから」

「ち……っ!」


 晴夏先輩の言葉と同時に、轟音を立てて押し寄せてくる大量の水。

 激流。


「こ……の、野郎……ッ!」


 魔力を封じられた俺に、その攻撃に抵抗する術はなかった。

 かろうじて記憶にあったのは、反射的に防御の姿勢を取ったところまで。


 直後。

 全身を襲った激しい衝撃に、俺の意識は一瞬で暗闇の底へと落ちてしまったのだった。


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