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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 オニとカラスと田舎町
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2年目3月「神出鬼没」


「……くそっ! 由香ッ!」


 網膜に焼きついた光景が消えると、俺はすぐに史恩から離れて地面を蹴った。


 由香がなにモノかに狙われている。


 一瞬見えた地をはうような低い視界からして、おそらく人間ではなく獣の類だろう。

 とはいえ、魔力を発していることや俺と精神がリンクしたことから、もちろん普通の動物ではない。


 魔獣だ。


 腹を空かせたそいつが今、川原を歩いている由香の背後に迫りつつあるのだ。

 すぐに助けに行かなきゃならない。


 だが――


「なんの真似だ?」

「!」


 風の音と同時に、史恩が走り出した俺の眼前へ回りこんでくる。

 どうやら近くにいる魔獣の存在にはまだ気づいていないらしく、突然拘束を解かれたことに少なからず困惑しているようだ。


 だが、今は説明している余裕もない。


「……どけぇぇぇぇッ!」

「なにを……っ!」


 そのまま突進した俺に、史恩はとっさに腕輪を交差させた。


 来る。

 あの強力な攻撃が。


 周囲への影響を考え、史恩が攻撃をためらってくれることを期待したが、どうやら一度敗北の形になったことで、史恩のほうにもその余裕がなくなっていたようだ。


 ただ、こっちも足を止めてそれを避けるわけにはいかない。

 抵抗し、突き抜けるのみ。


 俺は足をゆるめないまま、全身の魔力をしぼり出して史恩の攻撃に備えた。


 交差した史恩の腕輪に魔力が凝縮されていく。


 ……昨日見たあの破壊力。

 正面から当たってとても無事で済むとは思えなかった。


 が、


(……ええい! ままよ!)


 迷うことなく突っ込んでいく。


「ッ……!」


 史恩が息を詰める。


 そして、直後。

 地を揺るがすような轟音とともに、史恩の両腕から膨大な質量の竜巻が放たれた――。




-----




 ソイツは森の中を駆けていた。


 その身に訪れた突然の異変。

 まるで穴に落ちたような感覚のあと、目覚めたのは見覚えのない静かな林の中。


 自分の身になにが起きたのかソイツはまったく理解することができなかった。

 いや、もしその現象を誰かに説明されたとしても、ソイツは理解するだけの知能を持ち合わせていなかっただろう。


 次にソイツが感じたのは強烈な飢餓感だった。

 そしてすぐそばにあった水の流れと、その近くを歩く獲物の匂い。


 獲物の進む速度は遅く、ソイツにしてみれば絶好の標的だった。


 本能に導かれるままに動き出す。

 四肢がうなりをあげ、全身には微弱な風の魔力をまとい、地をはうように林を駆け抜けていくのだ。


 駆ける。駆ける。

 近づいてくる川の匂い。

 近づいてくる獲物の匂い。


 歓喜の衝動がソイツの全身を駆け巡って。


 そして、林を飛び出した瞬間――


 ……突然襲い掛かった正体不明の衝撃に、ソイツの意識は一瞬で暗転した。




-----




 ゴロゴロゴロ! と、俺は勢いのままに川原の上を転がっていた。


「……え? 優希くん?」

「はぁっ、はぁっ……!」


 由香がびっくりした顔でこっちを見つめている。


 まあ当然だろう。こいつから見れば、俺がいきなり背後の林から飛び出してきて、意味もなく川原の上に転がったように見えただろうから。


 ただ、実際にはもちろん違う。


 ……まさに間一髪のタイミングだった。


 林を飛び出そうとした正体不明の魔獣に全力の蹴りを食らわせ、再び林の中へと吹っ飛ばした後、川原の上に転がると同時に全身の魔力を抑えて人間の姿へ戻る。


 同じことをもう一度やれと言われても、おそらくはできないであろう神業だった。


 そして幸い、異変に気づいて振り返った由香の反応速度は、この一連の動作よりもコンマ数秒だけ遅かったようである。


「ど、どうしたの、優希くん? 今、なんかすごい音がしたけど……」


 由香が駆け寄ってきた。


「い、いや……なんだ。魚を待つのに飽きたんでな。軽く運動してたんだ」


 俺はゆっくりと上半身を起こし、荒い息を吐く。


「か、軽く運動ってレベルにはとても見えないんだけど……」

「それは……あー、アレだ。いわゆるランナーズハイってやつ?」

「……今、大きな犬みたいなの、そこから飛び出してこなかった?」

「気のせいだ。いやむしろ木の精みたいなアレだ、きっと」

「……」


 ますます怪訝そうな顔をする由香だったが、いつもの俺の行いがよすぎるせいか、それ以上の追及を諦めてくれたようだ。

 ひとまず俺にケガがないことを確認した上で、安心したような顔をする。


「そうだよね。一瞬オオカミかなと思ったんだけど、この辺にそんなのいるわけないよね」

「……当たり前だろ」


 俺はしれっと答えたが、もちろん気のせいなどではない。

 そのオオカミのような生き物は、すぐそこの茂みの中で眠っているはずだ。


 手加減する余裕がなかったので、もしかしたら二度と目覚めない眠りかもしれないが――


 なんにしろ、由香は自分の見間違いということで納得してくれそうだった。

 俺はホッとしながら立ち上がり、服についた泥をパンパンと払う。


 そして、由香が辺りを見回しながら言った。


「ところで今、ちょっと揺れたよね? 地震かなぁ?」

「地震? ……ああ、いや」


 一瞬なんのことかと思ったが、すぐに思い当たる。

 そして俺は、林のほうを振り返った。


(……大丈夫かな、あいつ)


 由香の耳に届いたであろう地響き。

 実をいうと、それは史恩の腕輪の魔力によるものではなかった。


 ……史恩が俺に攻撃しようとした瞬間、うなりをあげて俺の背後から飛んできた漆黒の波動。

 地響きの正体はそっちだ。


 そして、その波動の発生源は、もちろんあいつだった。




-----




「く……っ」


 音と光を遮断するその結界の中では、まだ地鳴りのような低音がこだましていた。

 そこには腕輪を交差させた体勢で固まった史恩の姿があり、その正面には対峙するひとつの影がある。


「さすがは御烏の後継者だな。今のをすべて受けきるとは」


 金色に染まった髪に大きく尖った耳。

 そして全身に黒い光をまとった少年。


 楓だった。


「その闇の魔力。キミはまさか御門の……」


 いったん言葉を切った後、史恩は両腕を下ろしながら意外そうな目を楓へ向けた。


「まさかキミが……いや、キミほどの存在を私が見落としていたとは……」

「フン……んなことよりどうするんだ、暁史恩。まだ続けるつもりなら、あいつの代わりに俺が相手になってやってもいいんだぜ?」


 と、楓は相変わらずの挑発的な態度で言い放つ。


「……」


 史恩は一瞬言葉に詰まったが、やがて小さく息を吐くと全身の力を抜いて、


「なるほど。話に聞いていたとおり、あっちとこっちでは完全に別モノというわけか」

「……」


 無言を返した楓に、史恩はチラッと川原のほうへ視線を向けた。


「あの魔獣、他にも一緒に流されてきたのがいるかもしれない。今はそっちの確認が先。キミらの退治はまた次の機会だ」


 そう言って背中を向ける。


「……ふん」


 楓のほうも無理に戦うつもりはないようだった。


 そして、ひゅぅっ、と一陣の風が吹いて。

 史恩の姿は、まるで風にさらわれたかのように楓の視界から消えていた。




-----




「……あ、優希さーん」


 楓の状況を気にしつつもいったん釣り場に戻ると、そこにはふたり分の釣竿とカゴを抱えて途方に暮れる歩の姿があった。


「おぅ、歩。なんだ? 直斗のやつはどこいった?」

「直斗さんはおトイレです。私だけひと足先にここに」

「トイレ? お前、途中で会わなかったのか?」


 そう振ると、由香は不思議そうに首をかしげて、


「ううん、会わなかったけど……たぶん行き違いになったんじゃないかな」

「ふーん」


 トイレまでの道のりは、わざわざ山の中に入って大きく遠回りでもしない限りほぼ一本道だ。

 途中で行き違いになる可能性はまずないので、由香が女子トイレにいる間に直斗が男子トイレの中に入ったということか。


 そんなどうでもいい考察をしていると、トテトテと小走りに駆け寄ってきた歩が小声で耳打ちしてくる。


「優希さん、さっきの地響きって……」

「ん。……ああ」


 歩は少し不安そうな顔をしている。

 どうやらそれがただの地震でなかったことに気づいているようだった。


「ま、一瞬だったし、小さかったからな。特に問題ないだろ」


 近くにいる由香に不審に思われないよう、曖昧な言葉に大丈夫だというニュアンスを混ぜて返すと、歩はとりあえず安心したようだ。


 実際、あの後に大きな力の衝突は感じられない。


 史恩の力の性質から考えて、あいつが楓とガチでやり合っているとしたら、結界の外にも確実になんらかの影響が出ているはずだ。

 それがないということは、おそらく楓がうまくあの場を収めたということだろう。


(……けど、妙だな)


 それはそれとして。


 先ほどは緊急事態のためにそれほど考える余裕がなかったのだが、こうして落ち着いてみると俺の頭には当然の疑問が浮かんできていた。


(楓のやつ、なんでこんなところにいたんだ?)


 そうなのだ。

 なんたってここは、俺たちの住む町から車で6時間もかかる田舎町である。


 もちろん俺は、楓のやつが普段どこを根城にしているのかも知らないので、偶然この辺りにいただけという可能性もゼロではないのだが、いくらなんでも神出鬼没すぎる気がした。


 それとも、あいつはストーカーのようにいつも俺たちを追いかけ回しているのだろうか。


 よく考えれば今回以外にも何度かタイミングよく現れているので、その可能性も決して否定できないわけじゃない。

 ただ、なにもないのに俺たちの後を追い回しているあいつの姿はどうにも想像できなかった。


 と、そこへ。

 下流のほうから直斗が歩いてやってきた。


「あれ? どうしたの、みんなで集まって」


 その問いかけに由香が答える。


「うん。ほら、さっき地震があったでしょ? それでみんなの無事を確認してたとこ」

「地震? そういえばちょっと揺れたかな? ……優希、どうしたの?」

「ん?」


 気づくと直斗が不思議そうな顔でこっちを見ていた。……というより、俺が無言で見つめていることに向こうが気づいた、と言うべきか。


「……いや」


 なんでもない、と、態度で返しつつ。


「ま、せっかく全員集まったんだ。予定よりちょっと早いけど今日はお開きにするか」


 みんなに対してそう言いながら、俺は先ほどの疑問にもうひとつの可能性を見いだしていた。


(……こいつがいるから、ってことなのかもな)


 いつかの直斗が狙われた事件のことを思い出し、あるいは、楓はなんらかの理由で直斗のことを護衛しているのかもしれない、と思ったのだ。


 もちろん、たいした根拠もないただの推測にすぎないが――


「じゃあ結果報告といこうか。ね、優希」

「ああ……」


 生返事をしつつ。

 それでもまだ、俺の頭の中には拭いきれない違和感が残っていたのだった。


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