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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 オニとカラスと田舎町
181/239

2年目3月「再戦」


「いくらなんでも出てくんの早すぎねーか? ずっと見張ってたのかよ。ストーカーか、お前」


 俺はゆっくりと岩場の上に立ち上がり、林の中から出てきた史恩をにらみつけた。

 もちろん、由香が離れたところを狙ってあいつが現れることは予想していたとおりだ。


「キミほどの力を持つ悪魔は絶対に野放しにはしておけない」


 昨日一昨日とまったく同じ黒のトレーナー姿の史恩が、ゆっくりと近づいてくる。

 俺はその動きを牽制するように下流のほうへ目を向けて、


「言っとくけど、少し離れたところじゃ俺の知り合いが釣りをしてる。さっきここにいたひとりもすぐに戻ってくるぞ?」

「それが?」

「ここでドンパチやらかしたらさすがに気づくんじゃないか?」

「……なるほど」


 史恩は動揺した様子もなく答える。


「それをアテにして油断したのなら愚かなことだ。我々には音と光を遮断する結界がある」

「すでに準備万端ってことか」


 周囲を見回す。

 範囲はわからないが、この周辺にはすでに結界が張られているようだ。


「昨日みたいに俺が逃げたらどうするつもりだ?」

「それも問題ない。逃げるとわかっている相手を続けて逃がすほど私は愚かではない」


 言葉の途中で、史恩の体が風をまとう。

 問答無用で戦闘モードだ。


「せっかちなやつだな……」


 俺もすぐに体を変化させる。


 今日の調子についてはすでに確認済み。

 昨日よりは若干落ちるが悪くはない。


 ……そう。

 正直に言えば、俺も最初から"やる"つもりだったのだ。


 空気を裂く音。

 史恩の手から風の刃が飛んだ。


「そんなもの……!」


 この飛び道具に大した威力がないことは昨日体験済みだ。


 両腕に力を込めると、手からひじの辺りまでが真紅の炎に包まれる。

 俺はそのまま手刀で風の刃を打ち払うと、岩場から飛び降りていったん史恩から距離を取り、林の中へと入った。


「今日は逃がさない……」


 史恩はすぐに追いかけてくる。


(……よし)


 これは予想通り。


 少し奥に入ったところで足を止めると、史恩も同時に止まった。

 そしてまっすぐ向かい合う。


「……」


 史恩が警戒したように辺りを見回した。

 たぶんワナがあるんじゃないかと思ったのだろう。


 俺は言った。


「なにも仕掛けてねーよ。ただ、ちょっとだけ戦いやすい場所に移動させてもらっただけだ」

「……?」


 もう一度、史恩の視線が左右に動く。


 周囲には背の高い木々や岩などの障害物。

 足場は昨日の雨で若干ぬかるんでいる。


「……」


 史恩が油断のない目で俺を見た。

 どうやらこっちの意図を察したようだ。


「正直、さっきまでどうするか迷ってた。けど、お前の気配を感じた瞬間に思ったんだ。……やっぱ、悪いこともしてねーのにコソコソ逃げ回るってのは性に合わねーってよ!」


 俺の足もとから勢いよく螺旋状の炎が吹き上がった。


 史恩の最大の武器はスピード。

 この地形がどちらによりマイナスとなるかは明白だ。


「それに!」


 ゴォ……ッ!!


 俺の叫びに同調するように、噴き上がった炎が何本にも分裂した。


「てめえらの考え方がどうも気に食わねえッ! 悪魔だの人間だのってだけで勝手に善悪のレッテル貼りやがってよぉッ!」

「!」


 周囲に生い茂る木々の間を縫うように、史恩めがけて炎が飛んでいく。


「っ……!」


 史恩は最初それを避けようと考えたようだが、動きにくい地形に加え、様々な方向から襲い掛かる炎の軌道を見て、すぐそれを断念したようだ。


 昨日と同じように両手首の腕輪を交差させ、防御の姿勢を取る。


「"羽撃(はばたき)"!」


 そこから一陣の風が生まれた。

 それは史恩を中心に渦を巻き、断続的に押し寄せる俺の炎を次々と打ち消していく。


 ただ、その展開も昨日すでに見せられていた。

 もちろんそれも予測済み。


 昨日と違っていたのは――


「……く」


 史恩は少しずつ俺の力に押されていた。

 押し負けているというより、力の加減に苦慮しているように見える。


(……やっぱそうか)


 この地形に誘い込んだのは、史恩が動きにくくなるからという理由だけではない。


 あの竜巻といい、風をまとっての突撃といい、こいつが使ってくる攻撃は基本的に周囲を巻き込むものがほとんどだ。ここで全力で戦おうとすれば、周りの木々をなぎ倒し、土ぼこりを派手に舞い上げながらの戦いになるだろう。


 だが、林の中に入ったとはいっても川原からそう遠く離れたわけではない。

 周囲の地形が変わるほどの破壊を続ければ、たとえ音と光を遮断する結界を広範囲に使っていたとしても、なぎ倒された木々や土ぼこりが、いずれ結界の外に異変を伝えることになる。


 伯父さんいわく、御烏の悪魔狩りは一般人を巻き込むことをよしとしないらしい。

 だから史恩は、戦いを継続するために、近くにいる由香たちに気づかれないよう力をセーブしながら戦わなければならないのだ。


 俺はそこにつけ入る隙があると踏んだのである。


(やられっぱなしじゃ気が済まねーからな……)


 そして思惑どおり、史恩は防戦一方だ。

 俺は身動きの取れない史恩に対しさらに断続的に攻撃を加えつつ、気づかれないよう少しずつ間合いを詰めていった。


 そう、俺の作戦はこれで終わりではない。

 最後の一手は、昨日気づいたあいつの弱点。その可能性を突くことだ。


(……今だッ!)


 ある程度間合いが詰まったのを見計らい、俺は陽動の意味でひときわ大きな炎を放つと同時に、全力で地面を蹴った。


「!?」


 史恩もすぐに俺の動きに気づき、炎を打ち払いながら飛びのこうとする。

 だが、後ろ向き、しかも障害物の多い地形で全力の跳躍ができない。


 さすがに俺のほうが速かった。


「逃がすかッ!」


 自ら放った炎を追いかけるようにして、史恩の体に腕を伸ばす。

 史恩は再び腕を交差させて"羽撃(はばたき)"を発動しようとしたが、俺の手のほうが一瞬早かった。


 俺の右手が史恩の左手首を捕らえる。


「ッ!」


 史恩はとっさにそれを振り払おうとしたが、その力は拍子抜けするほどに弱い。

 やはり――と、俺は弱点がそこにあることを確信した。


 史恩の弱点。

 それはおそらく、単純な肉体の強さだ。


 昨日の戦いでこいつが俺に接近してきたのは、全身に風をまとって突撃してきたときだけ。

 それも攻撃が外れるとすぐに間合いを広げようとしたし、決して近接したままで戦闘しようとはしなかった。


 つまりこいつは、こういう状態になることを嫌っていたのだ。


 案の定、俺がつかんだ手首から返ってきた抵抗は並の成人男性――いや、下手をすると婦女子程度のものでしかなかったかもしれない。

 悪魔の力を解放している俺にとっては、まさに赤子の手をひねるようなものだった。


「逃がさねえっての!」


 左腕を後ろにひねり上げ、体当たりするようにうつ伏せに押し倒す。


「う……ッ!」


 史恩はかすかに苦痛の声を上げた。

 それでも表情がまったく動かないのが不気味ではあったが――


「さて、と。妙な動きはするなよ」


 勝負はあっさりとついた。

 想像していたよりも細い手首をつかんだまま、もう片方の手で肩を押さえつけ体の動きを封じ込む。


「く……っ」

「だから動くなって。骨、折れるぞ」

「……」


 一瞬抵抗しようとしたものの、史恩はすぐに意外なほど大人しくなった。

 少し不気味だ。


「あー……と」


 さて、ここからどうしたものか。


 地の利を生かした奇襲でとりあえず有利な体勢に持ち込んだものの、史恩が俺以上の実力者であることに変わりはない。

 なにもせずに解放すれば、すぐにでも仕返しされてしまうだろう。


 俺は油断しないようにしながらも、口調をやわらげて言った。


「まず落ち着け。な? 昨日も言ったが、俺は別にお前をどうこうするつもりはない。単に襲われたから抵抗したまでのことだ。オーケー?」

「……」


 史恩はなにも答えない。

 しかも、この体勢だと表情がまったく見えないため、こっちの言葉に対してどんな反応をしたのかもさっぱりわからなかった。


 やりづらいなと思いつつも言葉を続ける。


「で、俺はあんたたちがどういう考えの持ち主なのかもわかってる。あんただって俺がどういう素性の悪魔なのか、もうある程度は知ってるんだろ? 御門からなにかの話がいってるはずだ」

「知らない」


 史恩は即答した。


「知らない?」


 伯父さんがああ言った以上、組織としては情報が伝わっているはずだ。

 となると、ウソをついているのでなければ、単に史恩個人の耳には入っていないということか。


「まあ、だったらそれはいいや」


 とりあえずその真偽はおいておく。


「なんにしても、俺はあんたが思ってるような悪いやつじゃねーんだ。俺がここに来たのはただの旅行だし、あんたらに迷惑をかけるようなことをするつもりもない。だから今後一切、意味もなく襲い掛かってくるのはやめにしてくれ」

「それで?」


 そっけない返事。

 口をつぐんだ俺に、史恩は続けた。


「キミが身の潔白を証明するためには、向こうの世界に帰るしか方法はない」


 有無を言わさぬ口調。

 俺はそのシリアスな空気に抵抗するように、軽くおどけながら答えた。


「帰るもなにも、俺は別になにかを企んでここにいるわけじゃねーぞ。もともとこの世界で生まれたんだ。帰るんならこっちだぜ?」

「だったら、この世界に足を踏み入れた両親や先祖を恨みなさい」


 あくまで淡々と。

 ……さすがにむっときた。


「なんだそりゃ。だったらなにか? ただこの世界に住んでるだけで、命を狙われても仕方ないとでも言うつもりか?」


 怒りをこらえながらそう言うと、史恩はやはり淡々と答える。


「そう。キミらはこの世界に存在するだけで有害だ」

「!」

「っ……!」


 史恩がかすかに苦痛の声をあげた。

 思わず手に力が入ってしまったようだ。


 俺は口調を強めた。


「ふざけんな。てめえら何様のつもりだよ。……悪魔だってだけで無差別に殺そうってか? だったらてめえらは、無差別に人間を襲って殺す暴走悪魔と同じだ。いや、わかってやってる分それよりタチがわりぃよ」


 怒りをこらえてしぼり出した俺の言葉に、史恩は一瞬の沈黙のあと、答えた。


「そう思うなら私を殺せばいい」

「! てめえ……!」

「キミらに個体差があることなど承知の上。だが、力を悪用する連中が圧倒的に多いのも事実だ。我々はそれを未然に防ぐ最良の手段を選んでいるだけなのだから」

「だからって罪のない悪魔まで殺していいってのかよ!」


 ついに怒りを押さえきれなくなり、吐き捨てるようにそう叫ぶ。

 だが、対する史恩はあくまで冷淡だった。


「悪さをしてから善悪を判断しろというのなら、その最初の犠牲者に償うすべをキミが示してみせろ。そうすれば私もキミの言葉に耳を傾けよう」

「っ……」


 口調は静かなのに、その一言一言にはいっさいの迷いがない。


 確固たる信念。

 歩み寄りとか妥協とか、そういう道を探る余地さえない絶対障壁。


 そしてこいつの言っていることは、あくまで極論ではあるものの、100パーセント間違っていると言い切れるものではなかった。


 ひとつ深呼吸。

 冷静になれ――と、心の中で2度つぶやく。


「……そりゃ、悪いことをする連中がいるのは確かだ。けど、だからこそ俺たちは悪魔狩りに協力してる。そういう連中と戦ったりもしてる。それさえも認められないってのか?」

「それはキミや御門のやり方だ。我々には我々のやり方がある」

「くっ……」


 八方塞がりだった。

 今の俺には、こいつの信念をくつがえすだけの言葉が思い浮かばない。


「それに――」


 それでもさらに言葉を探そうとした俺に、史恩はポツリとつぶやくように言った。


「……ただでさえ今は、不穏な時期」

「なに? ……なんのことだ?」


 しかし、そんな俺の問いかけに対する返答はなく。


「だから、キミのような強力な悪魔を放っておくわけにはいかないんだ」


 ひゅぅ、と、周りで風が小さく渦を巻いた。


「くそっ……」


 体は完全に拘束している。

 ただ、史恩はそれでも抵抗の意志を失っていなかった。

 おそらくは完全に動けなくなるほどのダメージを与えない限り、戦いをやめるつもりはないのだろう。


 しかし、これほどに強固な信念を持った相手。

 それはイコール、命を奪ってしまうことにもなるかもしれない。


(……やるしかないのか)


 迷い、唇をかみ締める。


 異変が起きたのは、そのときだ。


「……なんだ?」


 辺りに立ちこめていた風の魔力の気配がさらに大きくなっていた。

 史恩が抵抗を強めているのかと思い、拘束した手に力を込める。


 が――


 違和感。


(史恩じゃ……ない?)


 俺には他の悪魔の精神に同調する特殊能力がある。

 その性質上、魔力そのものの存在を感じ取る力には自信があった。


 俺の周囲には風の魔力が満ちている。

 それは史恩がつけている腕輪から発せられるもの。


 ……そう、思っていた。


 しかし。


(……おかしいぞ。他にも風の魔力を発しているヤツがいる)


 史恩のものに比べると小さい。

 それゆえにここまで気づかなかったのだろう。


 近く、だけど少し離れたところに。

 間違いなくもうひとつ、風の魔力を発するモノの存在があった。


 それはごく小さく、下級悪魔のそれにも及ばない程度のもの。


 しかし――


 嫌な予感。


 ――パチッ。


 "耳鳴り"が鳴った。

 そしてまばたきをした一瞬。


 網膜に焼きつく映像。


 ――深い茂み。地をはっているかのような低い視界。


 本能を刺激する飢餓感。

 その視線の先にあったのは、川原を歩いているポニーテイルの後ろ姿――


(まさか……!)


『……つまり、その辺にも大きめの"ゲート"がある』

『結界で守られている御門と違って魔界の獣が出て来たりということも頻繁にあるそうだ』


 伯父さんの言葉が頭によみがえって。

 俺はそこで初めて、由香の身に予期せぬ危機が迫っていることに気づいたのだった。


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