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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 オニとカラスと田舎町
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2年目3月「川釣り勝負」

 夜が明け、5日間に渡る田舎旅行も3日目を迎えていた。

 この日、少し遅めの朝食を終えたあとで俺たちがやってきたのは、鉄也おじさんの実家から徒歩30分ほどのところにある山中の小さな川の支流。


 サラサラという涼やかな川のせせらぎ。

 背後には一面の林。足もとは大小さまざまの石ころで埋め尽くされている。


「じゃあ組み合わせを決めようか」

「おう」


 この日のイベントは川釣り対決だ。

 ただの川釣りではない。対決である。

 道具については鉄也おじさんの実家から人数分借りることができていた。


 ちなみに釣りの経験はというと、俺と直斗がほんの少し、由香と歩はほぼ未経験で、事前に鉄也おじさんから基本やコツなどを軽く指導されただけ。

 ただ、俺も直斗も初心者であることに変わりはないので、それなら初心者同士いっちょ勝負でもしてみようか――というのが、ここに至った簡単な流れである。


 なお、対決は多少の経験差を考慮し、二人一組のチーム戦、男女ペアで行われることとなった。

 チームの決め方は俺と直斗がじゃんけんをし、勝ったほうが好きなパートナーを選ぶ方式である。


 結果は――


 俺がグー。

 直斗がチョキ。


「よしっ!」


 思わずガッツポーズが出た。

 じゃんけんで直斗に勝つのはいつ以来だったろうか。


「どっちにするの?」


 直斗にそう問われ、俺はこぶしを握ったまま横のふたりを見る。


「……」


 よし、とは言ってみたものの。


 釣りは完全に未経験ながらも、好奇心でワクワクしている歩。

 基本的な身体能力では歩を上回るものの、どことなく自信なさげな由香。


「……どっちもいらんってのはナシか?」

「ええー!?」


 不満そうに頬をふくらませたのは歩だ。

 由香は俺の発言を多少予測していたのか、少し苦笑しただけだった。


 俺はそんなふたりを交互に見て、


「だいたいお前らどっちもスカートじゃん。川釣りやるのにスカートとかねーわ」


 どうあがいても足手まといの未来しか見えないのだ。


「え、でも……?」


 と、由香が不思議そうな顔をして、


「釣りって、座ってお魚がかかるのを待っていればいいんだよね?」

「あー……」


 論外すぎる。


「あ、でもでも、ほら! 私、少しでも動きやすいように一番短いの履いてきたんだよー!」


 と、歩がスカートをアピールした。

 確かに今履いているのはひざぐらいまでの長さで、普段よく履いているロングスカートに比べると若干ではあるが短いかもしれない。


「わかったわかった」


 ふぅ、と、俺はため息を吐いて言った。


「じゃあ由香で」

「なんでーっ!?」


 歩の顔に縦線が入る。


「いや、なんでもなにも……」


 どちらも役に立たないのなら、手のかからない由香のほうがいいに決まっている。


「じゃあ僕と神崎さんだね。ほら、神崎さん。がんばって優希を見返してやろう?」

「うぅ……直斗さん、よろしくお願いしますー」


 いまいち納得できない表情の歩。


 こうして初心者だらけの川釣りバトルが始まったのだった。






「思った以上に歩きづらいね……」


 いったん川原を離れた俺たちは生い茂った背の高い草をかき分け、湿った土に足をとられそうになりながらも川の上流に向かって歩いていた。


 もちろん、よさそうなスポットを探すためだ。


「滑るから気をつけろよ」


 昨日雨でも降ったのか、地面がかなりの水分を含んでいた。


 恐る恐る歩く由香は、さっきからずっと俺の服のすそをつかんでいる。

 いざとなったら道連れにするつもりだろうか。


「出かける前にスカートはやめたほうがいいって言ってくれたら、ちゃんとお母さんの服借りてきたのに……」

「常識だろ。言うまでもないと思ってたんだよ」

「だって……」

「だってもなにもねえっつの……っと。この辺にするか」


 再び川原へと出て、ふたりで腰を下ろせるぐらいの適当な岩場を確保する。

 まずはここでやってみて釣れなければ移動すればいいだろう。


 下流のほうを見る。

 直斗たちはそっちですでに始めているはずだが、くねくねと曲がった川なので、ここからはその姿を確認することができなかった。


 ズボンのすそをまくり、道具を準備。


 と。

 ここでいきなり問題が発生した。


「ほい、エサ」

「……えっ?」


 俺が渡したエサ箱をのぞき込んだ由香がびっくりした声をあげる。


「え……エサって、これ?」

「ああ。ミミズだぞ」

「ミミズ!?」


 一瞬にして由香の顔面が蒼白になった。

 まあ、想定内の反応ではある。


「わかったわかった。じゃあエサは俺がつけてやるから」

「う、うん……ごめんね」

「ま、苦手なやつは結構多いだろうしな」


 こいつにこういう顔をされると、なんだかこっちが悪いことをしたような気分になってついつい世話を焼いてしまう。

 昔、実際にいじわるをして何度もこんな顔をさせてしまったから、なおさらだ。


 とりあえずエサ箱からミミズを取り出し、自分のと両方につけてやる。


 そうして釣りが始まり、時間が流れた。


「……ほら、来てる来てる!」

「え? わ、えっと……」


 ぱしゃっと水がはねて、由香が慌てて竿を引く。


 そこには30センチ以上の大物が引っかかって――いたりはしなかった。

 どうやらエサだけ取られてしまったようだ。


「難しいね……」


 なにもなくなった釣竿の先を悲しそうに見つめ、しょぼんとした声を出す由香。


「ま、お前には最初から期待してないし」

「そんな、ひどいよ……」


 開始から2時間が経過。

 まだ1匹も釣れていない由香はさすがに落ち込んでいるようだ。


 正午はとっくに過ぎ、時計は午後1時を指そうとしている。


「あと1時間か……」


 終了時刻は午後2時。

 ここまでの釣果は俺の釣った小さなヤマメが3匹だ。


 向こうがどの程度釣れているのかはわからないが、昼食にするにはちょっと少ない。

 俺がヘタなのか、日や時間が悪いのか、あるいはこんなものなのか。


 そしてさらに30分が経過した。


 パシャパシャと、川の中央にある大きめの石で水しぶきがはねている。


 しばらく無言が続いていた。

 後ろにあるカゴの中では俺の釣った4匹目のヤマメが跳ねている。


 ――と。


「あの……優希くん」


 由香が急にそわそわしながら言った。


「私、その、ちょっとおトイレに……」

「ん? ああ」


 午前中からずっと続けているし、確かにそろそろ催してきてもおかしくない時間である。

 俺はくるっと背中を向けて、


「いいぞ。あっち向いててやるから」

「え?」


 一瞬なにを言われたのかわからなかったようだが、すぐその意味に気づいたらしい。

 由香はまるで湯を沸かしたように顔を真っ赤にした。


「こ、ここじゃしないよ! ちゃんと下のほうにおトイレあったから!」

「ああ、そうだったか」


 もちろん本気ではない。

 トイレの場所については俺も事前に確認済みだ。


「結構距離あるぞ。大丈夫か?」

「う、うん。……行ってきてもいいかな?」

「いいもなにもねーだろ」


 生理現象だし、ダメと言ったからって我慢できるものでもあるまい。


 ……ただ、俺は少し考えた。


 そして、


「じゃ行くか」

「え?」


 由香が不思議そうな顔をする。


「優希くんも行くの?」

「いや、俺は別に大丈夫なんだが……ほら。はぐれたら困るだろ?」

「え、でも……大丈夫だよ。川沿いに歩くだけだもの」


 戸惑ったような顔をする由香は、明らかについてきて欲しくなさそうだった。


 確かに、下のほうにあったトイレというのはきちんとした建物ではなく単なる囲いみたいな貧相なものだったし、女子トイレによく付いているという擬音装置みたいなものも当然ないだろう。


 ついてきて欲しくない、というこいつの気持ちはいくら俺でも理解できた。


 ただ……いや。


「わかった」


 さらに少し考えて俺はそう答えた。


「んじゃ俺はここで続けてるわ。転ばないように気をつけろよ」

「あ、うん」


 ホッとした顔をする由香。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「おぅ」


 軽く手を上げて見送ると、俺はとりあえず釣りを中断して竿を脇に置いた。


 時計を見ると短針は1時と2時の間、長針は37分と38分の間を指している。

 そのまま視線を横に向けると、由香の後ろ姿はだんだんと小さくなっていて、ちょうどくねった川の曲がり角に差しかかろうとしていた。


 間もなく、その後ろ姿は俺の視界から消えるだろう。


 辺りが急に静かになって。

 サラサラという川のせせらぎが不思議なほど大きく聞こえてきた。


「さて……」


 カゴをのぞくと今日の昼メシが4匹。


 ひゅぅ、と、やはり少し強めの風が吹いて。


 同時に声が聞こえてくる。


「今日こそは……逃がさない」

「……やっぱ来やがったか」


 確信とともに声の方向を振り返ると。

 そこには、木々の隙間から姿を現し、ゆっくりとこちらに近づいてくる暁史恩の姿があった。


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