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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 オニとカラスと田舎町
178/239

2年目3月「暁史恩」

 俺はその男、史恩を油断なく見据えた。


「俺になにか用なんだろ?」


 動かない表情。

 色のない瞳。

 まるでつかみどころのない、見るからに不気味な男。


「ヒマそーに見えるかもしれんけど、俺はこれで結構忙しいんだ。用件は手短に頼む」


 さらに続けてそう言ったが、史恩はピクリとも動かずに黙って俺を見ていた。


 聞こえていないのかと思ったが、そうではなかったらしい。

 史恩は瞳だけをかすかに横に動かして口を開く。


「嘘をついてまで連れと別れたということは、私の思惑を理解しているとみえる。少なくとも、私がどういう人間なのかはわかっているということか」


 なにをいまさら、と、俺は鼻を鳴らした。


「そりゃそうさ。あれだけ敵意をむき出しにされりゃ誰だって気づく。悪魔狩りだろ、あんた?」

「だったら、話は早い」


 途端、史恩のまとう空気が一変した。


 強い圧力。

 今までとは比べ物にならない物騒なやつだ。


 一瞬で全身の肌があわ立った。


(これが本気……か)


 触発される、俺の中の悪魔。


 その本能が危険を感じている。

 抵抗しなければ殺されるぞ、と。


 だが、俺はひとまずその衝動を押しとどめた。

 両手を前に出し、史恩の動きを制する。


「おい、ちょっと待て。こっちには戦う気なんてねーんだ」

「……?」

「戦わねーって」


 怪訝そうな史恩に、俺はそう繰り返した。


 というか、当たり前だ。

 俺は悪魔狩りに狙われるような悪事を働いた覚えはないし、戦いそのものを楽しむ戦闘狂でもないのだから。


「確かに俺は悪魔だ。けど、お前らに文句を言われるような悪さはしてねーぞ。それどころか、どっちかっつーと協力してるぐらいだ」

「協力?」


 史恩の切れ長の目が、俺を観察するようにつま先から頭の上までをながめ回した。


「……キミはどこから来た?」


 どうやら話が通じる相手のようだ。

 俺はホッと胸を撫で下ろしながら答えた。


「御門だ。たぶん知ってるだろ?」

「御門?」


 怪訝そうな声。

 声色にはかすかに感情の揺らぎが見えたが、表情はろう人形のようにピクリとも動かない。


(……不気味なやつだ)


 同じ悪魔狩りである神村さんも無表情だったが、この史恩に比べればまだ起伏のあるほうだったと思う。

 それに神村さんは表情を出すのがヘタなだけで、決して無感動な人ではなかった。


 が、この史恩の場合は本当にまったく表情が動かないのだ。

 動いているのは口もとと視線だけで、それさえ無駄な動きはひとつもない。


 まるでロボットのようだ、と、俺は思った。


「なるほど。御門の……」


 そして、史恩は納得したように小さくうなずく。


「つまり、キミは影刃の手先ということか」

「は? 影刃?」


 それが、悪魔狩り"御門"の幹部の役職名であると気づくのに少し時間がかかった。


「手先ってなんのことだ? 俺はただ……」


 後にして思えば、即座に否定するべきだったのかもしれない。


 ……いや、否定したとしても結果は変わらなかっただろうか。


「忌まわしきオニよ――」


 気配が再び鋭くなり、髪がふわっと風にたなびく。

 そして、史恩は吐き捨てるように言った。


「御烏様の裁きを受けなさい」

「!」


 その瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。


 やばい。

 これは、やばい――!


 なにを考えたわけでもなく、ただ自然と体が横に飛んだ。


 その直後。


 ヒュッ――ゴォォォォッ!!


「!?」


 球状の"なにか"が俺の立っていた場所に着弾し、轟音を立てながら地面の土を上空へと舞い上げた。


 振り返って驚愕する。


(……こいつ、シャレになってねぇッ!!)


 巻き上げられた砂ぼこりが晴れると、俺の立っていた位置にはクレーターのようなものが出現していた。


 あのまま、ボーっと突っ立っていたとしたら――


 冷や汗が背中を流れる。

 そして視線を正面に戻した瞬間、俺の体はさらなる戦慄に包まれた。


(あいつ、どこ行ったッ!?)


 その必殺の一撃を放った史恩の姿が視界から消えていた。


 ……考えが甘かった。

 説得とかそういうことを悠長に考えていられる相手ではなかったようだ。


 必死に抵抗しなければ、おそらく殺される――


「ちっ……!」


 俺はすぐに悪魔の力を解放した。

 結界を確認したり、周りの目を気にしている余裕もない。


 体の芯が熱く燃え、髪が真紅に染まる。

 五感が鋭く研ぎ澄まされ、肌に触れる世界がより鮮明に感じ取れるようになった。


(……上かッ!)


 かすかな空気の動きで史恩の位置を察知する。

 俺はバネのようになった足の筋肉を収縮させ、その場から一瞬で飛びのいた。


 風が舞う。


「炎魔か……」


 上空から落下してきた史恩の蹴りが、俺のいた地面をえぐり取っていた。

 空気が渦を巻き、地面の土が舞い上がる。


 風を身にまとっての直接攻撃。

 先ほどの飛び道具ほどではないが、これもかなりの威力を秘めていそうだ。


 さらに間髪いれず、史恩の手もとから風切り音が鳴り響く。


(風の刃か……!)


 風魔かと一瞬思ったが、史恩は人間の姿のままだった。

 となると、神村さんのようになにか特殊な道具を使っているのかもしれない。


「このていど……ッ!」


 両手に炎をまとい、飛んできた風の刃をそのまま手刀で打ち落とす。


 先ほどの2回の攻撃に比べればはるかに弱い。

 牽制のつもりか。


 そうしながら俺は同時に、今日の魔力の調子を探っていた。


(……悪くないな)


 3割強といったところだろうか。


 不幸中の幸い。

 これならどうにかなりそうだ。


「……」


 史恩は俺の見せた力に少し警戒を強めたようで、いったん攻撃の手を止めている。

 その間に、俺は戦況を整理することにした。


 まず相手の攻撃。


 最初に見せた巨大な竜巻を生み出す飛び道具と、自ら風をまとって突撃してくる攻撃は要注意だ。

 まともに受ければ、今日の俺の状態でも致命傷になりかねない威力がある。


 しかし、おそらく問題となるのはそれらの攻撃ではない。


 最大の問題は――


 俺の考えがまとまりきらないうちに史恩が動く。


(こいつ……速すぎんだよッ!)


 先ほど姿を見失ったのは、俺がまだ悪魔としての力を開放していなかったからだと思いたかったが、どうやらそうではなかった。


 純粋に速い。


「くっ……」


 飛び込んできた史恩の攻撃をほぼ直感だけで横に飛んで避けつつ、その移動先に向けて炎弾を3発おみまいする。

 が、史恩は俺の攻撃に気づくと瞬時に方向転換し、気づいたときには10メートル以上離れた場所に移動していた。


 とても人間の動きとは思えない。

 まさに風。


 同じ悪魔狩りと比較しても、動きの速さについては神村さんをはるかに上回っているだろう。

 しかも動くたびに土ぼこりを舞い上げるものだから、それが煙幕にもなってますます動きをとらえにくくしてしまう。


 そしてヒットアンドアウェイ。

 体を近づけての戦いには自信がないのかもしれないが、いずれにしろ動きを追うのに精一杯のこの状況では、足を止めての殴り合いになど持ち込めるはずがなかった。


 そして、


(……来たっ!)


 史恩の両腕から球状の風の渦が放たれる。

 これがやばい。


 きわどいところで飛びのくと、風の球は俺の立っていた位置に着弾し、まるでミキサーのように地面を削りながらそこにあったものを天高く舞い上げていった。


 地面に埋まっていた岩らしきものが、いともたやすく砕け散って粉々になる。


 俺は再び戦慄した。


「だから……シャレになってねえっつーのッ!」


 いい加減黙っているわけにもいかない。

 本気で戦えば大ケガさせてしまう可能性もあるが、もうそれをためらっている場合ではないだろう。


 戦う手段はある。


「動きが速すぎるってんなら、逃げられないようにしてやるッ!」


 ゴォッ……!


 俺の足もとから、噴火のように勢いよく吹き上がる炎。

 強熱が体中を駆けめぐり、全身の血液が沸騰する。


 そして炎は巨大な塊となって俺の左腕に集中した。


 見よう見まね。

 左腕を前に伸ばし、弓を引き絞るように右手を後ろに引く。


「逃げ場がないほどに覆い尽くすッ! “降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)”!!」


 見えない弦を解放すると、左手にあった巨大な塊が爆発するように四散し、無数の炎弾となって包み込むように四方八方から史恩に襲い掛かっていった。


「!?」


 史恩が驚いたように動きをゆるめる。

 即座に進路を変えようとしたようだが、広範囲に散らばった俺の炎はすでにその進路までも覆い尽くしていた。


(……やりすぎたか?)


 一瞬そんな考えが頭をよぎった。


 いくらあれだけの力を持っているとはいえ、相手はおそらく生身の人間だ。

 悪魔狩りが着ている戦闘服は、悪魔の魔力を軽減させる特殊なものだと聞いたこともあるが、それでもあるいは、大ケガどころか命まで奪ってしまうかもしれない。


 そんな懸念を抱いたのである。


 ……ただ、結果的にそれは無用な心配だった。


 それも、俺にとっては最悪の方向に。


「……舞い上がれ」


 史恩は避けるのを諦め、足を止めて両手を顔の前で交差させた。

 トレーナーのそで口がずれ、両手首にはめた奇妙な装飾の腕輪がカチ、と、ぶつかる。


「舞い上がれ。"羽撃(はばたき)"――」


 その瞬間、史恩の体から一陣の風があふれ出す。


「……ッ!?」


 それは信じられない光景だった。

 史恩の体を飲み込もうとしていた俺の業火は、その風によってまるでロウソクの炎が吹き消されるかのように一瞬ですべて消し飛んでしまったのである。


 しかも――


(今日は絶好調っつってもいい状態なんだぜ、俺……)


 おそらくは昨年の暮れ、4人の女皇たちと戦ったときと比べてもそん色ない。

 いや、おそらくはそれ以上のはずだ。


 にもかかわらず。


「……」


 史恩はなにごともなかったように交差させていた腕を下ろし、再び俺を見据えた。


(……こりゃ)


 "羽撃(はばたき)"というのはあの腕輪のことだろうか。

 神村さんの持っていた神刀"(きらめき)"と似たような性質のアイテムなのだろう。


(……勝てんな)


 お手上げだ。

 少なくともこの状況だと、今の俺ではどうあがいても勝てそうにない。


 それほどに、史恩と俺の間には大きな力の差があった。


(じゃあ……どうする)


 即座に頭を切り替え、この場を切り抜ける策を考える。


 これだけ派手にやり合っている割に、周りで騒ぎが起きる気配はない。

 つまり、範囲はわからないが、おそらく音と光を遮断する結界が張られているのだろう。


 ただ、その結界に人の侵入を防ぐ力はない。

 誰もやって来ないのはここが田舎で、もともと人がそう通る道ではないためだ。


 となると、少しでも時間を稼いで誰かが通りかかるのを待てば、史恩は諦めて退散するかもしれない。


(……いや。望み薄か?)


 昨日、全員で歩いたときのことを思い出す。


 何時間か歩いて、人とすれ違ったのはほんの数回だった。

 確率的に考えると、人が通りかかるよりも俺が力尽きて倒れてしまうほうが先だろう。


 冗談じゃない。

 こうして戦うこと自体も不本意だが、殺されるのはもっと不本意だ。


 だったら……どうするか。


 方法はおそらく、ひとつしかなかった。


「仕方ねぇな。こうなっちまったら」


 心を固め、大きく深呼吸してから史恩をにらみつける。

 黙って殺されるわけにはいかない。


「あんた、史恩だったっけ? 俺も覚悟を決めるぜ。見せてやるよ、本当の力を」

「本当の力?」


 史恩は怪訝そうに言った。

 それでも表情は相変わらず動かない。本当にピクリとも動かない。

 まるで人の顔の形をしたお面をつけているんじゃないかと疑うほどだ。


 ただ、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。


「……行くぜ、史恩ッ!」


 俺の全身が再び業火に包まれる。

 そのまま右手を史恩に向けた。


「っ……」


 警戒したのか、史恩は再び"羽撃(はばたき)"を顔の前で交差させる。

 そして俺は全身の力を一点に集中させた。


 ……両足へ。


「!?」


 背後で驚きの声が上がった。


 史恩の一瞬の戸惑い。

 それは俺にとって好都合の展開だった。

 その間に、史恩に背を向けた俺はすでに10メートル以上の距離を移動していたのだ。


 つまりは戦略的撤退である。


(……冗談じゃねーっつーの)


 わき目も振らずに必死に走る。

 俺はこんな勝ち目の薄い、しかもなんの意味もない戦いを命がけでやっていられるほど酔狂な人間ではないのだ。


 そもそも、史恩がわざわざ遠くからプレッシャーを向けて俺ひとりをおびき出そうとしたのは、俺を直斗たちから引き離そうと考えたからだろう。

 つまり、あいつも一般人のいるところで戦うつもりはない。


 だったら話は簡単だ。

 誰かがいるところまで逃げればいい。


(……来たか)


 背後に強烈な圧力を感じる。

 追いかけてきていた。しかも猛烈な速度で。


 背筋がブルッと震える。

 鳥肌が立つ。


 今にもあの竜巻が背後から飛んでくるんじゃないかと、生きた心地がしなかった。


 が――


「……?」


 急に背後の圧力が消える。

 なにがあったのか、と、一瞬不思議に思ったが、俺はすぐにその原因に気づいた。


(……誰か来る)


 進行方向から人の気配が近づいてきていた。

 俺は慌てて速度をゆるめ、力を収めて人間の姿に戻る。


 その直後、


「……あれ、優希? どうしたの、汗だくだけど」


 ゆるやかなカーブの途中ではち合わせた救世主は、よく見知った顔だった。


「……おぅ、直斗か」


 張り詰めていた緊張が一気にしぼんでいく。

 額の汗を拭って後ろを振り返ると、やはり史恩の姿は消えていた。


 瞬間、背中にも汗がどっと吹き出す。

 安堵に思わず足の力が抜けた。


「……ふぅ」


 冗談抜きで危なかった。


「どうしたの?」


 その場にいきなりしゃがみこんだ俺を、直斗は怪訝そうな顔で見ていた。


「あ、もしかして本当に全力で走ってきたとか? 時間はたっぷりあるんだから無理しなくていいのに」

「あー……」


 そんな直斗の言葉に、こいつらと別れたときの適当な言い訳のことを思い出して、


「まあ、そんなとこだ。少しは体も温まるかと思ってな」

「財布は?」

「あった」


 と、最初からポケットに入ったままの財布を取り出してみせる。

 直斗は笑いながらうなずいた。


「盗まれてなくてよかったね。……本当に大丈夫?」

「ああ……ってかお前、どうして来たんだ? 喫茶店に入ったんじゃなかったのか?」


 ようやく心に余裕も出てきて、俺はそんな疑問を投げかけた。


「それが、実は僕もみやげ物屋に忘れ物しちゃってね」

「はあ?」


 そんなバカなと思ったが、直斗はすぐに付け足した。


「僕の場合は買い忘れだけど。友達のみやげばっか考えてて、母さんのみやげを買い忘れたんだよ」

「ああ……それはやばいな」


 直斗の母である桜さんは怒ったりするようなことはほとんどないが、逆にこれ見よがしにすねたりするし、一度ヘソを曲げるとなかなか機嫌を直してくれない困った人である。


 なんにせよ、おかげで助かった。

 ゆっくりと立ち上がる。


 直斗が言った。


「あ、そうだ。神崎さんは喫茶店で待ってるから、優希は先に戻ってて。僕はちょっと走って買ってくる」

「あ、ちょい待った」


 俺はすぐに直斗を呼び止めた。


 史恩が俺を追うのをやめたのは、間違いなく直斗が近づいていたからだ。

 つまり、一般人の前で戦うつもりはないだろうという推測が裏付けられたことになる。


 となると、無用な戦いを避けるためにも今は直斗から離れるべきじゃない。

 今日はひとまずひとりにならないようにして、旅館に戻ったら電話で伯父さんなり神村さんなりに相談するのがベストだろう。


 俺はそんなことを考えながら直斗に言った。


「みやげ物屋ならあとでまた寄るだろ? 買うのはそのときでいいんじゃないか? 今日は由香のやつもいなかったわけだし」

「あ、それもそっか」


 直斗はあっさりと納得してうなずく。


「じゃあ一緒に戻ろうか。神崎さんをあまり待たせても悪いし」

「おぅ」


 密かに安堵し、俺はそのまま直斗と並んで喫茶店へと足を向けた。


 なお、その日はずっと直斗たちと一緒に行動していたためか、史恩の気配を感じることは二度となかった。


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