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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 オニとカラスと田舎町
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2年目3月「オニ退治」


 ドクン。

 ドクン――ッ。


 鼓動が早まる。

 全身が燃えるように熱い。


 それは衝動だった。

 暗い、暗い衝動。


『……っ!』


 燃えさかる炎の中、誰かの叫び声が聞こえる。

 風の音に混じったのは女の悲鳴か。


 そんな光景を前にして、俺は笑っていた。


 ……笑っていた?


 どう考えても笑える場面ではない。

 だが、俺はなぜか笑っていた。


 ……というか。


 これはどう考えても夢だ。


 目の前には俺を見て脅える人間らしき黒いシルエット。

 俺はそんな彼らを見下して笑っているのだ。


 こんなのは、どう考えても俺のキャラじゃない。


 つまり、これは非現実。

 ただの夢である。


 とはいえ――


 夢の中の俺は右手になんらかの凶器を持っているようだった。


 といっても、その凶器"モノ"なのか"チカラ"なのかはわからない。

 ただ、右手に人の命を奪うだけのなにかがあるということだけわかっていた。


 そして俺はその右手を振りあげる。


(……おいおい)


 それはまずい。

 夢とはいえ、そんなものを見せられたら最悪の目覚めになってしまう。


(やめろ、やめろ)


 どうにか操作しようともがいてみる。

 だが、俺はまったくためらうことなく右手のなにかを振り上げて――


(おい、こら……!)


 どうも俺の意志はこの肉体にはまったく伝わっていないようだ。

 そうこうしているうちに、映像が徐々に遠くなっていく。


(おい、ちょっと待て……)


 遠ざかっていくその光景に手を伸ばす。

 が、両手はむなしく中空を漂うだけ。


(くっ……!)


 さらに気合を入れて伸ばした手。


 そこになにかが触れた。


(……よし!)


 そのまま、それを思いっきり引き寄せる――


 ……と、その瞬間。

 視界が光で満たされた。




「ぅ……ん?」


 頭が重い。

 さっきまでの薄暗い光景は消えうせ、全身の感覚がはっきりとしていた。


「……朝、か」


 やはり夢だったのだ。


 スズメの鳴き声。

 まぶたの隙間から差し込んでくる太陽の光。

 そして、両腕の中の生温かい感触。


 どれをとってもいつも通りの朝だ。


 ……あ、いや。


 なんか違うぞ。


「ゆ、優希くん……」


 すぐ近くで驚いたような声がした。

 どうやら由香の声だ。


「お?」


 重いまぶたをどうにかしてこじ開けると、一瞬だけ視界が真っ白に染まった。


 ああ、そういえば――と、思い出す。


 俺たちは今、由香の父方の実家に遊びに来ているのだった。

 そしてどうやら、由香は寝坊した俺を起こしに来てくれたらしい。


「おぅ、由香。すまんな、わざわざ」

「それはいいんだけど……」


 ためらったような、遠慮がちな声。

 もぞもぞと腕の中の生温かい感触が動き出す。


「あの、寝ぼけてたのはわかるんだけど、そろそろ、その……」

「ん?」


 真っ白な視界が徐々に形を成して。


 まずはっきり見えたのは由香の顔。

 部屋の入り口で、戸惑ったようにこちらを見つめていた。


「直斗くん、そろそろ離してあげたほうがいいんじゃない……?」

「ん?」


 そんな由香の視線が注がれていたのは、上半身だけを起こした俺の腕の中。

 そこには――


「……苦しい」


 俺の胸に抱かれたまま、うらめしそうにこちらを見上げる直斗の顔があった。


「おわぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ゴンッ!


「~~~~っ!」


 あまりの驚きに飛び上がってしまい、すぐ後ろにあった柱に後頭部を強打してしまった。


「……なにやってんだよ、まったく」


 俺の腕から解放され、ふぅ、と息を吐いた直斗が呆れ顔をする。


「びっくりしたよ。肩を叩こうとしたら突然抱きついてくるんだもの。そのクセ、いい加減に直したほうがいいんじゃない?」

「いや、俺にそんなクセはないんだが、夢が……つか、なんでよりにもよってお前……」

「なに? どうせ寝ぼけて抱きつくなら由香のほうがよかった?」

「そりゃお前、男よりは女の子のほうがいいに決まって……って、おい。悪質な誘導尋問はやめろ」


 つい本音が出てしまった。


 由香が視界の端で目をそらしている。

 これが恋愛ゲームなら、きっと好感度の下がる効果音が鳴っていただろう。


 直斗は苦笑して、


「でもよかったと思うよ。これが僕じゃなくて由香だったら、今ごろは――」

「ユウくん!」


 少し騒々しい足音とともに、ひとつの影が部屋の中へと踏み込んできた。


「ほらほら、いつまで寝てんの! 休みだからってダラダラしてたらブタになるわよ、ブタ! はい、さっさと起きた起きた!」


 しびれを切らした様子で入ってきたのは、Tシャツにジーンズというラフな格好で、娘とお揃いのポニーテイルを揺らした梓さんだった。


「……ほらね」


 と、直斗。


「……確かに」


 そんな場面をこの人に見られていたら一大事だった。

 少なくともこの旅行中ぐらいは、奴隷のような扱いを受けることになっていたに違いないのだから。




 ……とまあ、そんな朝の一幕があった後。


 外は今日も晴天。

 じゃりじゃりという、土の道を踏みしめる足音が3つ。


 俺たちは朝食後、昨日と同じように旅館周辺の田舎道をさまようことにしたのだった。


「あのねー」


 と、話を切り出したのは歩である。


「昨日のお話、由香さんのおバアちゃんに詳しく聞いてみたんだー」


 俺は一番後ろの歩を振り返って、


「昨日の話? なんのことだ?」

「神社のこと?」


 すかさず直斗がそう付け足すと、歩はニコニコしながらうなずいて、


「はいー。どうしても気になったから聞いてみたんですけど、すごく丁寧に教えてくれました。この辺りの人はみんな知ってる話らしくて」

「ほぅ。どんな話なんだ?」


 特別興味があったわけではないのだが、他の話題もなかったので少し掘り下げてやることにした。


 ちなみに先ほど足音が3つと言ったとおり、この場にいるのは俺と直斗と歩だけだ。

 由香は梓さんや鉄也おじさん、そのご両親と一緒に先祖代々の墓参りに出かけたのである。


 そして歩がさっそく嬉しそうに語り始めた。


「むかーし、むかし。この地はたくさんのオニであふれ返り、そこに住む多くの人々を大いに困らせておりました」


 まるで子どもに語りかけるような口調だ。


(そういやこいつ、将来の夢は小学校の先生だっけ……)


 なんとなくそのことを思い出し、そしてなるほどと納得した。

 案外、似合っているかもしれない。


「この地を守っていた"つがい"のカラス、御烏様は、それらのオニを追い払おうと何度も試みたのですが、うまくはいきませんでした。オニたちの数があまりにも多すぎたためです」


 のどかな田舎道。

 右手を見ると、昨日訪れた神社の鳥居がずっと遠くに小さく見えていた。


 わぁぁぁぁ、と、歓声を上げながらランドセルを背負った数人の小学生が横を駆け抜けていく。

 この辺の地域は、今日あたりが終業式だったのかもしれない。


「ちょうどそのころ、ひとりの英雄がこの地を訪れました。彼は何十年も旅をしながらオニを退治してきたとっても強い人物でした。そこで御烏様は、彼にオニ退治を依頼することにしたのです」


 途中に幅50センチほどの小さな川があり、いかにも素人くさい丸太を削った粗末な橋がかけられていた。

 大人であれば軽くまたいで越えられるほどの川だから、おそらくは先ほどのような子どものために住民が作ったものなのだろう。


 すぐ近くでは水車の回るガタガタという音が聞こえてくる。


 俺たちの歩いているコースは昨日とほとんど変わらないはずだが、時間帯が違うせいだろうか。

 新しい発見がいくつかあった。


「御烏様の案内を受けた英雄はふたりのおともを従え、天から授けられた刀を用いてオニたちと戦いました。そして長い長い戦いの末、彼らを滅ぼすことに成功したのです」

「それ、昨日直斗から聞いた話とほとんど変わんねーじゃん」


 俺はそこでようやく口を挟んだ。

 だが、歩は小さく首を横に振って、


「ここからだよー。……だけど実は、戦いが終わった後も、オニたちは全滅したわけではありませんでした。英雄との戦いの途中で改心したオニたちは、御烏様と一緒にこの地を守り続けることで、その罪を許されることになっていたのです。ですが……」


 と、少し声のトーンを落とした。


「そのオニたちは命惜しさに降伏したフリをしていただけで、本当は改心なんてしていませんでした。しばらくして英雄がこの地を離れると、彼らは隙を見て"つがい"だった御烏様の片方を殺してしまうのです」

「ああ、そういうことか」


 直斗の話だと、オニたちとの戦いの最中に死んでしまったような感じだったが、実際には戦いが終わった後にだまし打ちされたということらしい。

 結果としては変わらないが、それによってオニの卑劣さが印象深くなっている。


「それで怒り狂った御烏様は、残ったオニたちを今度こそ完全に退治し、二度と彼らがこの地に足を踏み入れることがないよう、あの神社の高台から今でもずっと監視を続けているのだそうです」


 どうやら、それで歩の話は終わりのようだった。


「なるほどねぇ。じゃあそのカラスにとってオニってのは、旦那か奥さんを殺した憎き仇だってわけだ」


 俺がそうまとめると、歩は少し眉をひそめて、


「カラスじゃなくて御烏様……」

「要するにカラスだろ?」

「うう、なんか違うけど……」


 納得できないらしい。


(……しかし御烏様、か)


 歩の話した伝承自体は結局どこにでもありそうなもので、それ自体に興味を引かれることはなかった。


 ただ――


「でも、そういう神話の伝承って意外に根拠があったりするからね。オニなんて実際にはいないとしても、たとえばこの辺りで悪さをしていた賊だったとか。英雄はこの辺りの領主様だったとかね」


 と、直斗。


 本当にそうなのかもしれない、と、俺は思っていた。


 昨日神社で会った能面のような顔の男――史恩のことを思い出す。


 俺を見たときのあの目。

 俺の中の悪魔を触発しそうになったあの気配。


 伝承にあるオニが悪魔のことだとすれば、もしかするとあれは、御烏様とやらが史恩の体を通し、憎き仇である悪魔――つまり俺のことを見ていたのかもしれない、と、そんな風に思ったのである。




 それからも俺たちはしばらくアテもなく歩き続けて――


「……疲れたねー」


 歩がそんなことを言い出したのは、旅館を出て1時間ほどが経ったころだった。


 俺も直斗も歩の速度に合わせてゆっくり歩いていたのだが、それでも1時間歩きっぱなしなのはそれなりの重労働だったようだ。


 それに、途中から昨日と違うルートを歩いているとはいえ、さすがの田舎の景色にも物珍しさがなくなってきている。


「じゃあ、そこで少し休んでいこうか?」


 直斗がそう言って道の先を指差した。


 見ると、そこには田舎町に似つかわしくない、といったら失礼だが、周りの風景から少し浮いた感じのお洒落な喫茶店があった。

 外装も新しく、おそらくは最近建てられたものだろう。


「賛成ー!」


 すぐさま歩が手を上げる。

 俺にも断る理由はなかった。


 店の前まで行くと、営業中の看板がかかっている。

 窓ガラスから中を見ると客らしき姿はひとつもなく、カウンターの奥で人影らしきものが動いているのが見えた。


 高床式の建物で、入り口の前には3段ほどの階段がついている。


 まず直斗が階段を上がり、その後に歩が続いた。

 そして最後に俺が階段に足を伸ばす。


 そのときである。


 ひゅぅ……


「うわっ……」


 強い風が吹いた。

 直斗が顔をしかめ、歩はいつものようにスカートを押さえる。


 そして、


(……この風)


 その感覚は、たぶん俺だけが感じたものだろう。


 昨日と同じだった。

 そう。御烏神社であの男が現れたときと。


 そして肌を突き刺す、何者かの強い視線。


(……いる)


 あの男が、どこかから俺を見ている。


「……」


 少し迷った後、俺は喫茶店のドアに手を伸ばしかけていた直斗に言った。


「悪い、直斗。俺、さっき寄ったみやげ物屋に財布忘れてきたらしい」

「え?」


 びっくりした顔で振り返る直斗。


「ちょっと全力で走って取ってくるわ。ふたりとも店に入って待っててくれ」

「え、あ……優希さんー?」


 それ以上の疑問の声が上がらないうちに、俺はふたりに背中を向け、言葉通り全力で来た道を戻っていった。


(……間違いねーな)


 自分に向けられてた視線が強さを増していくのを感じる。


 ひとつ目の角を左へ曲がった。


 道の脇に生い茂る木々にさえぎられ、直斗たちのいる喫茶店が視界から消える。

 それはつまり、向こうからもこちらの姿が見えなくなったということだ。


 そして――


 俺は足をゆるめた。


「……」


 予想通り。

 そこには昨日と同じ、黒のトレーナーに薄手のマフラーを身につけた能面のような顔の男――暁史恩が俺を待っていたのである。


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