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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 オニとカラスと田舎町
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2年目3月「春休み」


 昔の夢を見た。


『……ふん』


 近所に古い公園がある。

 今でこそほとんど人が訪れることのない場所だが、小学校低学年だった当時の俺たちにとって、そこは一番主要な遊び場だった。


 そして、毎日のように雪、直斗、由香や他の友人たちと遊んでいたその公園に、ある日不敵な、今にして思えばとても小学生とは思えない冷たい笑みの子どもが現れたのだ。


『お前が優希か』


 そのときが最初の出会いで、あいつはいきなり現れて一方的に俺と接点を作り、そしてあっという間に姿を消した。


『楓だ。覚えておけよ。いずれ嫌でも関わることになる。俺はお前に――が――』


 映像と音声が乱れて、夢はそこで終わった。






「……とまあ、そんな夢を見たわけなんだが」


 そして朝食後。


 瑞希が朝風呂に入っているタイミングを見計らって、俺は少し気になっていた今朝の夢の話を雪に振ってみたのだった。


「楓ちゃんの夢?」


 雪は洗い物をしている。

 その隣には歩の姿もあった。


「歩。お前はあいつのこと知ってるんだっけ?」

「楓さん? うん。会ったことはないけど、話は聞いたことあるよー」

「あいつってどういうヤツなんだ?」

「え?」


 唐突すぎて歩には意味がわからなかったようだ。

 俺は言い直した。


「いや、俺らと同じ悪魔で、悪魔狩りとなにか関係があるってのはわかってんだけどな。逆に言えば、それ以外のことはなにもわからねーんだ」


 もちろん今までだって気にしていなかったわけではないが、あいつが現れるときはいつもそれ以上に優先すべきことがあって、結果的にうやむやのままになってきているのだ。


『いずれ嫌でも関わることになる』


 それは夢の中の楓が言ったセリフだが、かつてあいつが実際に俺に対して言った言葉そのものでもある。

 一語一句そのままとは言わないが、意味は間違っていないはずだ。


 結果としてその言葉は現実になったわけだが、そうだとすると不思議なことがあった。


(あいつはそのときから、俺が人間じゃないと知ってたってことになるよな……)


 俺が自分の力に気づいたのは小5のときだ。

 つまり楓は、俺自身よりも先に俺の力のことを知っていたということになる。


 今朝の夢でそのことに気づかされ、俺はますますあいつの素性が気になったのだった。


 幼なじみとはいっても、実際のところはそれほど長い期間を一緒に過ごしたわけではない。

 印象こそ強かったが、俺たちの前から姿を消したのは、出会ってからまだそれほど経っていない時期だったはずだ。


 あいつの家や家族についても、なにも記憶になかった。


「雪。お前、あいつのことどのぐらい知ってた?」

「ん……」


 雪は少し考えて、


「楓ちゃん、自分のことあまり話さなかったし、たぶんユウちゃんより知らない、かな?」

「だよな。俺だってほとんど知らねえ」

「あ、でも」


 と、雪はなにごとか思い出した顔をして、


「ナオちゃんなら、ユウちゃんより詳しいんじゃない? 確かナオちゃんと仲がよかったような記憶があるよ」

「……そうだったかぁ?」


 ピンと来なかった。

 昔のことだから記憶が曖昧なのだが、俺にはむしろ楓と直斗が一緒にいた覚えがほとんどない。


「違ったかな?」


 雪も言ったそばからあまり自信なさそうだった。


「でも私、なぜかわからないけど、ナオちゃんと楓ちゃんが兄弟だって勘違いしてたことがあるぐらいだから……」

「兄弟?」


 それまた斬新な解釈だが、直斗は間違いなくひとりっ子だ。

 それに、もしそうだとしたら直斗まで人間じゃなく悪魔だってことになってしまう。


「……」


 一瞬、先日の明日香の件が思い起こされた。


 ……いや、まさか。


 確かに、弁当に毒を入れられそうになった件といい、あいつがこっちの世界とまったく無関係だとは言えないが、それはいくらなんでも話が飛躍しすぎだろう。


 そう、思いたい。

 それに――


 俺は言った。


「直斗に楓のことを聞いたときは、まったく覚えてないって言ってたぞ、確か」

「うーん?」


 雪は首をかしげるだけだった。どうにもはっきりしない。

 俺は視線を横に移動させた。


「ってことでお前の出番だ、歩」

「えっ? あ、え、ええっとぉ……」


 俺と雪の視線を受けて、歩が石化したように固まる。


「さあ。速やかに答えよ」

「で、でも、私もお父さんから名前を聞いたことがあるぐらいで……」

「それでいいぞ。さあ」

「う、うん……」


 うなずいて、数秒。


「えっと……楓さんのお父さんが悪魔狩りの偉い人だったみたいでー」

「ふむ」

「私のお父さんとも仲がよかったみたいでー」

「ふむふむ」

「それでー……」

「ふむ?」

「えっとー……」

「……」

「……」

「……それだけか?」


 そう聞くと、歩は申し訳なさそうな顔をしながらコクリとうなずいた。


「……役立たずめ。洗い物に戻るがいい」

「うわーん」


 そして歩は食器洗浄機と化した。


 ……ま、もとからそれほど期待をしていたわけではない。

 ただ、まったく収穫がないというわけでもなかった。


(楓の親父さんも悪魔狩りだった、か。……けど変だな。俺たちの正体は悪魔狩りも知らなかったはずだが……)


 俺の知る限り、その事実を知っていたのは伯父さんと伯母さんだけのはずだ。

 とすると、楓の親父さんと伯父さんの間に、悪魔狩りとは違うなんらかのつながりがあったということだろうか。


 ただ、それ以上はいくら考えても推測の域を出ることはなく。

 結局、楓の正体については結論が出ないままだった。






「そういえば、もうすぐ春休みだよね」


 由香がそんなことを言い出したのはその日の朝、登校途中のことだ。

 一緒にいたのはいつもの登校メンバー、つまり俺と直斗、由香と歩の4人である。


「みんなはもう予定とかある?」

「僕は特にないかな」


 最初にそう答えたのは直斗だった。


「歩ちゃんは?」

「私もないですー」


 歩の答えにうなずいて、由香の視線は最後に俺のほうへと向けられる。


「毎日ゴロゴロ家で過ごす予定だ」


 機先を制してそう答えると、由香は微妙な表情になった。


「予定ない……ってことだよね?」

「ま、キャンセルできない予定じゃないことは確かだな。……で?」


 この様子を見ると、どうやら珍しく由香のほうから春休みについてなにか提案があるようだ。


「あのね。私、春休みにお父さんの実家に行くことになってるの」

「実家?」

「うん。私、まだ一度も行ったことなくて……初めてなんだ」

「……ああ」


 そして思い出した。


 由香はこの通り、いかにも平々凡々としたイメージの似合う人間であるが、実はそれなりに複雑な家庭に暮らしている。


 父親の鉄也おじさんはすでに50歳を過ぎたベテラン刑事で、母親の梓さんとは20以上の歳の差夫婦だ。


 そして由香は、そんな鉄也おじさんと血のつながりがない。

 なにしろ、梓さんが鉄也おじさんと初めて会ったとき、お腹の中にはすでに由香がいたらしいのである。


 梓さんと由香が母娘で15歳しか離れていないことなんかも合わせて考えると、まあ色々あったんだろうなと想像できるだろう。


 まあ、そんな事情もあってか、鉄也おじさんと梓さんが結婚するときには、おじさんの実家からかなり反対されたそうで、結局は10年以上も絶縁状態だったらしい。


 だから由香が父方の実家に今回初めて行くことになったというのは、最近になってようやくその関係が多少なりとも修復された結果ということなのだ。


 ちなみに母方、つまり梓さんの実家とはそれとは違う理由で絶縁状態らしい。

 こちらは修復の見込みゼロだと、梓さんが以前笑いながら話してくれた。


 そんな由香の家の事情を思い出しながら、俺は答える。


「いいことじゃんか。お前にとっちゃ初めてジイちゃんバアちゃんに会えるってことだろ?」


 過去にどんな事情があろうと、そしてたとえ義理だとしても、初めて祖父や祖母というものに会えるのだ。

 それが悪いことであろうはずがない。


 まして、由香はこれまで父と母以外に親戚がまったくいない環境で育ったのだから。


 と、俺は素直にそう思ったのだが、


「う、うん。それはそれで楽しみなんだけどね……」


 言いよどむ由香。


「なにかあるの?」


 直斗がそう尋ねると、由香は神妙な表情でうなずいた。


「お父さんの実家ってすごく田舎なんだって。それで、退屈かもしれないから、お父さん、お友だちも連れてきなさいって」

「ああ、そういうことか」


 ようやく由香の提案の趣旨が俺にも理解できた。


「……どうかなあ?」


 と、由香が俺や直斗の顔をうかがうように見る。


「それって本当に俺らでいいのか? 女友だちのほうがいいんじゃねーの?」

「あ、私は一応女子ですよー」


 歩がどうでもいい主張をする。

 もちろん無視してやった。


「もちろん雪ちゃんも誘うし、美弥ちゃんとか瑞希ちゃんにも聞いてみるつもりだけど」

「ん? 美弥ちゃんって誰だ?」

「藍原さんのこと……って。優希くん、毎回言ってるよね、それ」


 と、由香が苦笑する。

 もちろん、わかっててやっているのだ。


「けど、そんなにゾロゾロ連れて迷惑じゃねーのか?」

「ううん。なんかお家、すごく広いみたい。部屋もいっぱいあるから大丈夫だって」

「なんだよ。その実家って、もしかしてとんでもない資産家だったりすんのか?」


 ついでに後継者が親父さんしかいなくて、ゆくゆくは莫大な資産が由香に舞い込んで来るとか……そういうどこかで見たようなオチがあったりするのだろうか。


 だが、由香は首をかしげて、


「ど、どうだろ……でもお家が広いのは田舎だからなんじゃないかな? 土地が安いとか……」


 その辺は聞いてないらしい。

 現実にはおそらく由香の言ったとおりだろうと思うが、それでも貧しい家でないことは確かだろう。


「それで、その予定はいつからなの?」


 と、直斗が軌道修正する。


「えっと……来週の金曜日から火曜日まで、だったかなぁ」

「はっきりしろよ。けど、要するに春休み入ってすぐってことか」


 終業式が来週の木曜日だ。それほど遠い話ではない。

 しかも5日間の長丁場。


「あ、あの、無理にとは言わないんだけど……」


 遠慮がちな由香。

 ただ、そう言いながらも表情には若干の期待がにじんでいて。


 気持ちはわからなくもない。

 こいつだって両親の事情はわかっているだろうし、そんな中で絶縁状態だった見知らぬ祖父母に初めて会うのだ。緊張もするだろう。


「……」


 俺は直斗と顔を見合わせた。

 どうやら同じことを考えていたようで、すぐにうなずき合う。


「一応母さんに聞いてからだけど」


 と、最初に直斗が答えた。


「なにもなければ僕は行くよ。母さんと梓さんの仲だから、ダメとは言わないと思うけどね」

「あ、私もー」


 言いかけた歩がチラッと俺の顔色をうかがう。


「行きたいんですがー……」

「ん、まー、俺もヒマだしな。付き合ってやってもいいぞ」

「ホント? よかった……」


 パッと由香の表情が輝く。


「じゃあ優希くん、雪ちゃんにも……」

「ああ、雪のやつには俺から言っとく。けど、問題は5日間もバイトを休めるかどうかだろうな。春休み入ってすぐだから微妙だが……」

「うん。無理はしないでって伝えて。あと瑞希ちゃんにも」

「そっちは保証しない」

「じゃあ、瑞希お姉ちゃんには私から言っておくよー」


 と、歩が言った。


 そんなこんなでとんとん拍子に話は進み――


 最終的に雪はアルバイト、瑞希は部活、藍原は家の用事で参加することができず。

 結局このときの4人で、その1週間後、由香の父方の実家へと遊びに行くことに決まったのだった。


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