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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 温泉に行こう
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2年目3月「ホワイトデーと明日香の決意」


「あ、これなんてどうだろう?」

「んー?」


 その週末、日曜昼間のデパート。


 家族連れらしき客が全体の半数以上を占める中、2階にある専門店スペース、主に女性のアクセサリーなどを扱っているそのショップには、中高生らしき女子の集団、あるいはカップルらしき男女のペアの姿が多く見られた。


 そんな中、俺たちは異例の男子ふたり組である。


「結構似合うと思うんだけど、どうかな?」


 そう言って直斗が俺の目の前に差し出したのは小さなブローチ。

 それほど高価なものではなく、1000円前後で買える気軽なアクセサリーだ。


「うーん」


 シンプルであまり主張しすぎないデザインのブローチと、目の前の人物をよく見比べて答える。


「まあ……似合うんじゃないか。案外」

「……僕を見てどうすんのさ。雪に合うかどうかを聞いてるんだから」


 と、直斗は呆れ顔をした。


 ……そんなわけで。


 俺はただいま、直斗と一緒にホワイトデーのお返しを見繕っている最中である。

 しかしこれがなかなかの難敵だ。


「うーむ。歩のやつにはアメ玉でも与えておけばいいか」

「そんなわけないでしょ。気合入った手作りをもらったんじゃないの?」

「まあ、うちの連中は半分ぐらい共同制作だけどな」


 ちなみに、俺の今年のホワイトデーお返しノルマは9個だ。


 我が家からは雪、瑞希、歩の3つ。

 同級生からは由香と藍原の2つ。

 さらに後輩の亜矢から1つ(これは3姉妹合わせてということらしい)。


 その他、直斗と由香の母親である桜さんと梓さん。

 あとは俺の母親代わりの宮乃伯母さん。


 これで9個だ。


 言うまでもなく身内ばかりですべてのポジションを固めた義理チョコナインなのだが、やっかいなのはその中身で、いわゆる100円や200円の市販チョコだったのは藍原と桜さんのふたりだけだ。

 その他の7人は妙に手の込んだ手作りだったり、チョコ以外の実用品だったりするものだから、俺としてもコンビニでクッキーを買って、はい終わり、というわけにはいかなかったのである。


 ちなみに直斗はもっと悲惨だ。


 俺の9個から瑞希と亜矢を除いた7個、いや、自分の母親である桜さんを除いて6個。

 ただ、それ以外に、同級生や先輩後輩からかなり大量のチョコレートを受け取っている。


 その数は、俺が把握している限りでも20個以上。


 ただ、実を言うとこれでも中等部時代に比べればだいぶマシになっていた。

 当時はバスケ部に所属していたこともあって今よりさらに顔が広く、中等部卒業直前のバレンタインなどは1クラス分にも相当する数のチョコレートをもらったこともあるのだ。


 さすがにこづかいの前借りをすることになったよ――と、当時の直斗は笑っていたものである。


「えっと、あの子はこれ集めてるって言ってたっけ。先輩にはこれが似合いそうかな……」

「……お前さ」

「うん?」


 小さなクマのキーホルダーを手に、直斗が振り返る。


「それ、もしかして全員別々にお返しする気か?」

「え? そんなわけないでしょ」


 直斗は苦笑した。


「市販のチョコをくれた子には、普通のお菓子で返そうと思ってるよ。ただ、やっぱり手間を掛けてくれた子には、僕もちょっと考えなきゃダメかなと思って」

「なるほど」


 つまり、直斗が現在手にしているカゴの中身は、それなりにそれっぽいものを贈ってきた相手へのお返しというわけだ。


 何個あるのだろうか。

 数える気にもならない。


 もちろんその中には雪や由香の分も入っているのだろうが、それを除いてもすごい数だ。


「んで? その中に本命のお返しはいくつあるんだ?」

「全部義理だよ。だって本命は、僕にその気がない限り受け取っちゃいけないと思うし」

「……うーむ」


 そういう考え方もあるにはあるだろうか。

 ただ、こいつが義理だと思っているチョコの中には明日香のものも混じっているはずだし、はっきり言わないだけで実際には本命がたくさん混じっているのだろう。


 直斗としても、わざわざその場で本命かどうかを聞いたりはしていないはずだ。

 あるいは、本命だと言えば受け取ってもらえないということがすでに知られているのかもしれない。


 結局、すべて買うのに2時間近くかかった。


 建物内のファストフード店で昼食を済ませ、デパートを出る。


「しっかし、改めてみるとすげぇ量だな……」


 俺は直斗の紙袋をのぞき込みながらそう言った。


 ほとんどが手の平に収まるサイズの小さなものばかりだが、それでもかなりのカサがある。

 さらに直斗は、それと違う店で買った小さな紙袋も3つ手にしていた。


「そうかな? 僕も気の利いたお菓子なんか作れればいいんだけど。なんだか楽に済ませちゃってるみたいで申し訳ないよ」

「楽、ねえ」


 俺なんかこいつの半分以下のお返しを考えるだけでも疲労困ぱいの状態だというのに。


 しかもこいつの場合は、きちんと相手に合わせて考えながら選んでいるんだから上等だ。

 女の気持ちってのは俺にはわからないが、彼氏にするならこいつほどできたやつもそうそういないんじゃないかと思う。


 気は利くし、頭もいい。見た目はちょっと小柄で女顔だが、よほど好みにうるさくない限りそれを理由に敬遠するということはないだろう。


 それに、これはあまり知られていないことだが、こいつはこう見えて騎士属性――つまり、自分の大事なものは体を張ってでも守ろうとする気概の男だ。

 出会った当時なんかは、会うたびに由香を泣かせる俺との間で何度も壮絶なバトルを繰り広げたものである。


 そんなところも、世の夢見る乙女たちにとっては好感度アップの要因になるだろう。


(……なのに、こいつもやっぱりそういう話には縁がねーんだよな)


 それについては本当に不思議で仕方ない。

 やはり俺たちの周りには、色恋沙汰と縁遠くなる呪いでもかけられているのだろうか。


「あるいは、もしかして女じゃないほうに興味があるというアレなのか……」

「……なにがどうなってそんなことを言い出したのかわからないけど」


 俺のそんなつぶやきに対し、直斗はやれやれと肩をすくめて、


「もしそうだとしたら、そんなアレの相手として真っ先に疑われるのは君だけど、いいのかい?」

「死んでもゴメンだ」

「同感だね」


 そんなくだらない話をしながら家路をたどっていく。


 いま俺たちが歩いている道は風見学園の正面にある国道で、交通量がかなり多い。

 歩道と車道の間にはガードレールが設置されているし、片側2車線の道路だ。


 卒業式を終えて最初の日曜日ということもあってか、辺りには私服姿ながら風見学園、あるいは桜花女子学園の卒業生と思しき集団が多く見られた。


「そういえば雪は今日もアルバイトしてるの?」


 ふと思い出したように、直斗がそんなことを聞いてきた。


「あー、どうだったかな。確かそのはずだが」

「じゃあ寄っていこうか? どうせそんなに遠回りでもないし」

「んー……」


 確かにあいつの働く喫茶店"三毛猫"は、ここからだとほぼ通り道だ。

 寄るのは面倒でもなんでもないのだが――


「あいつが働いてるからって、別に割引になるわけじゃねーんだよなぁ」

「いいじゃない。たまには顔ぐらい出してあげなよ。雪もきっと喜ぶよ?」

「妹喜ばせて俺になんの得があるってんだ。めんどくせえ」


 正直、俺のような金欠学生にとって喫茶店というのは微妙に敷居の高い場所である。

 ケーキなんかの甘い食べ物が目的ならそれなりの見返りもあるのだろうが、俺の場合は紅茶かコーヒーだけを頼むことがほとんどだ。


 それはそれで美味いとは思うのだが、ぶっちゃけた話、家でも同じとまでは言わないまでも、それに近いレベルのものがタダで飲めてしまうので、余計に割高に感じてしまうのである。


 カラン、カラン。


 ……と言いつつ、結局来てしまった。


「おや、いらっしゃい」

「いらっしゃいませー」


 ふたつの声が同時に聞こえる。

 バアさんはいつもどおりカウンター内のイスに座っており、雪は奥のフロアで接客中だったようだが、すぐに俺と直斗の姿に気づいてこちらに戻ってきた。


 銀色のトレイを胸の前で抱え、ちょっと不思議そうに俺と直斗の顔を見比べると、


「どうしたの? ナオちゃんと一緒に来るなんて珍しいね?」

「あれ? その言い方だと優希は結構ここに来てるの? なんかめんどくさいとか言ってたけど……」


 そう言って直斗が俺の顔をチラ見する。

 雪はくすっと笑って、


「いつも文句ばっかりだけど、結構様子見に来てくれてるよ。昨日も来てくれたし――」

「あー、うっさいうっさい。どーでもいいっての、そんなこと」


 俺は無理やり話をさえぎったが、直斗が隣で笑いをこらえていた。

 いきなり不愉快な展開だ。


「お買い物の帰り?」


 と、雪が俺たちの荷物に目をとめる。


「うん、ちょっとね」


 まさかホワイトデーのお返しだと言うわけにもいかず、直斗は曖昧にそう答えた。


 とはいえ、雪もそれでおおよそ察したのだろう。

 そのことについてはそれ以上なにも言わず、


「じゃあ奥の席に案内するね」

「案内?」


 俺は反射的に店内を見回した。


 店の中には見える範囲に3人ほどの客がいるだけ。

 カウンターもテーブル席もガラリと空いている。


「その辺でいいだろ、別に」

「僕もそれで構わないけど……」


 直斗も少し不思議そうだったが、雪は少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、


「今日はお店がすごく混んでてね。ユウちゃんとナオちゃんには相席をお願いしなきゃならないの」

「……はあ?」


 さっぱり意味がわからん。

 ……が、そんな俺たちを置いて、こちらへどうぞ、と、雪はさっさと歩き出してしまった。


 一瞬だけ直斗と顔を見合わせ、仕方なくその後についていく。


 そうして案内されたのは、一番奥にある4人用のテーブル席。

 そこには俺たちに背を向ける格好で、客らしきひとりの少女が座っていた。


 見覚えのあるシルエットだ。


 雪がその少女に近づいていく。


「お待たせしましたー」

「あれ、雪さん? ずいぶん早くない――」


 振り返った少女と俺たちの視線が重なった。


「げっ、優希せんぱい……あっ! 直斗先輩! こ、こんにちは! 偶然ですね!」


 俺を見て眉をひそめた後、直斗を見て顔を輝かせる少女。

 その正体についてはあえて言及するまでもないだろう。


 直斗がにこやかに応える。


「こんにちは、明日香ちゃん。どうも相席をお願いしなきゃならないみたいなんだけど……いいかな?」

「そ、それはもちろん! 大歓迎です!」


 突然のことに戸惑いつつも、明日香は迷うことなくそう答えた。

 相変わらずわかりやすいヤツである。


「お水持ってくるね」


 雪は自然に直斗を明日香の正面の席へと誘導し、すれ違いざま俺に向かって軽く目配せをしてみせる。

 頃合いを見てふたりきりにしてやれ、ということだろう。


「でもちょうどよかったよ、明日香ちゃん。卒業式終わったし、学校はもうずっとお休みだよね?」

「あ、はい、そうですけど……」

「じゃあ入学式までは会える機会ないだろうし、ちょっと早いけど、これ」


 と、直斗は大きな紙袋とは別に持っていた小さな包みを明日香のほうへと差し出した。


「え? これって……?」

「バレンタインのお返し。偶然会ったついでみたいになって申し訳ないけど、ちゃんと明日香ちゃんに選んだものだから」

「え、え……?」


 突然の展開に明日香は焦っているようだ。


 先日の話しぶりからすると、こいつ自身はお返しがもらえるかどうか半信半疑のようだったし、先日俺に向かって言った例の決意のことも頭をよぎったのだろう。


(……こりゃ、早めに離脱したほうがいいな)


 思った以上に展開が早い。


 そして退散する理由をどうしようかと考えていると、


「お待たせしました」


 明日香が注文したらしい商品を雪が運んでくる。


 チョコバニラのクレープとミルクココア。

 甘いもの好きの明日香らしい組み合わせだ。


 雪はまずそれを明日香の前に置いてから、一緒に載せていた水のグラスを直斗の前へ。


 そして――


「あれ? おい、雪。俺の分は?」

「あ、そうだ、ユウちゃん」


 さも今思い出したと言わんばかりの顔をして、雪は言った。


「ゴメン。今さっき家から電話があって、瑞希ちゃん、急に熱が出て晩ご飯の買い物行けなくなっちゃったんだって」

「あん? あー、そりゃまずいな。……しゃーない。じゃあ俺が代わりに行ってくるか」


 わかりきった嘘である。

 そもそも瑞希のやつはちょっと熱が出たぐらいで動けなくなるようなタマじゃない。


 俺は席を立った。


「んじゃ直斗。そういうことだから、悪いな」

「了解。牧原さん、お大事にね」


 そんな俺たちの演技に気づいたかどうかはわからないが、直斗は特に怪訝そうにするでもなくそう言って手を振った。


 一方。


「……」


 明日香はそんな俺たちのやり取りにも無反応で、じっとうつむいたままココアをかき混ぜている。


 かなり緊張しているようだ。

 この感じだと、なにごともなければこのまま帰り道で決行、ということになるのだろうか。


(……ま、頑張れよ)


 心の中で少しだけ真面目に激励の言葉をつぶやいた。

 それ以上、俺にしてやれることはない。


「ありがとうございました。……ごめんね、ユウちゃん」


 最後に少し声をひそめる雪。

 そんな雪に無言のまま手を振って、俺は喫茶店を出た。


(……さて、どうなることやら)


 店を出て見上げた空は、少し赤味を帯び始めていた。


 脈はある、と思う。

 直斗が現在フリーであることは間違いなく、そしてあいつは明日香に対してかなり好感を持っている。


 第三者である俺の目から見れば、直斗が断る理由はまるで思い当たらなかった。


(……断る理由がない、か)


 考えて苦笑。

 つい最近、自分についても似たようなことを思ったな、と、そう気づいたからだ。


 もちろん俺のときとは状況が違う。

 人ならざる者である俺と違い、直斗にはそういう普通の付き合いをためらう理由はないのだ。


 そのはず、だ。


 しかし。


「……」


 なぜだろうか。

 俺はこのとき、今回の結末を心のどこかで予測できていたような気がした――


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