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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 温泉に行こう
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2年目2月「混浴」


 静かな山奥にひっそりとたたずむ温泉旅館、"ホテルフラワア"。

 その一室には今、対峙するふたつの影があった。


「……」


 真剣な表情の女性。

 額にはうっすらと汗をにじませ、眉間には深いしわを寄せている。


 もう片方は10代半ばとおぼしき少女。

 その表情は女性とは対照的で、そこには余裕の笑みすら浮かべていた。


 ピク、と、女性が右手を動かす。

 が、思い直したようにすぐ止まった。


 それを2度、3度と繰り返す。

 そして再びの沈黙。


「くぅ……っ」


 女性は苦悶を浮かべ、そして声をしぼり出すように言った。


「だ、だめ……私にはできない……ッ!」

「いい加減にしろ」


 スパァン! と、俺の手の中のスリッパが爽快な音を立てた。


「いったぁ……!」


 悲鳴をあげてうずくまる女性――勝美さん。

 それほど力を込めたわけではないのだが、なかなかいいリアクションだ。


「優希さーん。今のは少しヒドいのではー……」

「見た目に違わぬドSっぷりですわねー」


 その場にいた他のふたりからそれぞれ感想が飛ぶ。


「な、なにをするの、優希くん~……」


 顔を上げた勝美さんも涙目で抗議してきたが、俺は冷たく言い放った。


「それはこっちのセリフだ。ババ抜きごときで10分近くも悶えてんじゃねーよ」


 なお、勝美さんと対峙していたのは歩ではなく、あのあとなぜか部屋にやってきた従業員その1、もとい華恵である。


「だって~……これ負けたら私、10回連続最下位なのよ~……」

「知らんわ。とっととやれ」


 というか、ババ抜きで10連敗ってのは、それはそれですごいことではなかろうか。


「うう……それじゃあ……」


 結局、勝美さんはそのまま華恵の手の中からババを引き当て、めでたく10回連続の最下位となった。

 感心してしまうほどの不幸体質である。


 なんともいえない情けない表情をする勝美さん。それを慰める歩と華恵。

 そんな光景を横目で見ながら壁時計に視線を送ると、ちょうど午後8時を回ったところだった。


 夕食はすでに終えている。


 そして俺は言った。


「ところで、勝美さん」

「次は7ならべでも――はい?」


 トランプを片づけながら勝美さんは早くも立ちなおり、次のゲームの準備をしていた。

 当初の暗い雰囲気はすっかり消え、今は明るい表情が目立つようになっている。


 それはいい。

 いいことなのだが――


「……そりゃさ。確かに俺は遊びに来てもいいと言ったよ? ひとりで寂しくなって我慢できなくなったら、いつでも来いってな」

「うん。だから寂しくなって遊びに来てるんだけど?」


 屈託のない返答。


「寂しくなって、つーか……」


 夕方。

 夕食。

 そして今。


 俺はため息とともに言った。


「あんた、ずっとここに来っぱなしじゃねぇか! 最初から我慢する気ねーだろ!」

「ひぃっ!」


 ビクッとなってトランプを落とす勝美さん。


 そう。この人はなんだかんだ言いながら、あれからずっと俺たちと一緒なのである。

 本来自分の部屋で食べる夕食をわざわざこの部屋に運ばせて、だ。


「ついでにお前!」


 俺はそのまま、人差し指を仲居服姿の華恵に突きつけてやった。


「お前までちゃっかり参加してんじゃねーよ! 仕事はどうした仕事は!」

「あら」


 すると華恵は口もとに手をあて、ホホホとわざとらしい笑い声をあげる。


「ご覧のとおりさぼっております」

「少しぐらいは悪びれろッ!」

「ゆ、優希さん、落ち着いてー……」


 歩が苦笑しながら俺のそでを引っ張る。

 この旅行ではすっかり俺のブレーキ係となっていた。


「あ、そうだ。ほら、お兄ちゃん。私たちちょっとお休みしてお風呂入ってくるから。勝美さん、一緒にどうですか?」


 そんな歩の提案に、勝美さんはパッと表情を明るくして、


「あ、いいわね! それじゃあいったん休憩!」


 と、はしゃぎながら準備を始める。


「……荷物までいつの間にか運び込みやがって」


 そんな彼女の後ろ姿を見て、俺は今日何度目になるかわからないため息をついたのだった。






「……あー」


 ぴちゃん、と、天井から水滴が落ち、水面に小さな波紋が広がった。

 湯に浸かった俺の目の前にはヘンテコな動物をかたどった彫刻があり、その口からは絶え間なくお湯があふれ出ている。


 旅館の外観に比べ、屋内風呂はなかなかの広さだった。

 泉質と温度の異なる湯船が3つあり、俺が入っていたのはその中でも一番大きな湯船である。


「ふーーー……」


 階段のようになった足場に腰を下ろし、あばらから上は外に出してゆっくりと浸かる。


 至福だ。

 我ながらジジくさいなとも思ったが、気持ちいいものは気持ちいいのだから仕方ない。


 軽く背伸びをしながら俺はぐるっと周りを見回した。

 俺以外に客の姿はない。一応俺たちの他に、家族らしき4人組と老夫婦の泊まり客を廊下で目撃していたが、やはり今日の客はそれほど多くないようだった。


「ふぅ……」


 さらにのんびり10分ほど浸かり、湯船から上がる。


「さて、と……」


 大きめのタオルをくるっと腰に巻いて、露天風呂に続く入り口を見る。

 俺が入ってきたときに立ててあった、"女性専用時間"の立て看板はなくなっていた。


 時計を見ると21時を数分過ぎている。

 つまり、今は男も利用可能になっているということだ。


「行くかー……」


 俺は露天風呂が結構好きだ。

 特にこの時期だと、熱い湯と冷たい空気のコラボレーションが最高なのである。

 入らない手はない。


 俺は迷わず入り口のドアに手をかけた。

 二重になっているドアを抜け、外へ出る。


 ……すると。


「あわわっ、や、やっぱり誰か来たよー……」

「大丈夫大丈夫。ほら、優希くんだし」

「……」


 嫌な声が聞こえてしまった。

 即座に回れ右。


「……あ! ちょっとちょっと、優希くん! なんで逃げるの!?」

「なんでって、そりゃ……」

「大丈夫だってば! ほら、ふたりともバスタオル巻いてるし!」


 必死に引き止めようとする勝美さんの声に、一応足を止めた。


「あー……」


 少し迷う。

 が、すぐに寒さに耐え切れなくなったのと、いかにも温かそうな真っ白い湯気を上げている露天風呂の誘惑に負け、結局そのまま湯船へと近づいていった。


 湯船の周囲は密度の濃い湯気のせいでかなり視界が悪い。

 それでもふたつの人影があることはわかった。


「優希くん、こんばんは~」


 額に薄っすらと汗を浮かべ、満面の笑顔で手を振ってくる勝美さん。

 すでに化粧を落としているようだったが、見た目はあまり変わらなかった。


 そして、


「あ。ど、どーもー……」


 その隣にどこかぎこちない態度の歩がいる。

 長い髪を頭のてっぺんでまとめているせいか、いつもと印象が違っていてなんとも不思議な感じだった。


 ……いや。

 それは髪型が違うからというより、本来あるはずもないこのシチュエーションのせいだったのかもしれない。


 ふたりとも先ほどの勝美さんの言葉通りバスタオルを体に巻いていた。

 マナー的に大丈夫なのだろうかと一瞬思ったが、水着OKなのだからバスタオルも大丈夫なのだろう。


 ああ、いや。

 そんなものを観察している場合ではない。


 寒すぎる。


 俺は急いでふたりから少し離れた場所に体を沈めた。

 じんわりと体の中に熱が染み込んでくる。


 ホッと一息ついて。


「……んで? お前、恥ずかしいからどうのとか言ってたんじゃなかったのか?」


 そう問いかけると、歩は口もと近くまで湯の中に沈んだ状態で、


「そ、その。ひとまず誰か来るまでは入ってても大丈夫かとー……」


 もごもごと言い訳する。

 そこに勝美さんのフォローが入った。


「いや、だってほら。どうせ男湯は優希くんしかいないと思ってたし。他の人が来たら逃げればいいからって歩ちゃんを誘ったの」


 こちらは歩とは対照的に堂々としたものである。

 もちろんバスタオルがあるからだと思うが、そこはこう見えても大人の女性ということか。


「それに、ほら。優希くんの若々しい半裸を見るチャンスかなと思って――」

「よし、帰る」

「じょ、冗談よ~!」


 慌てる勝美さん。

 ネガってみたりハシャいでみたりと、本当に忙しい人だ。


「でも、優希くんってば思った以上に筋肉質なのね。なにかスポーツでもやってるの?」

「いや、別に。毎朝走ってるからそのせいかな」

「あら、健康的じゃない。あ、でも私もこう見えて学生のころはバスケ部だったのよ。あれって、太ももにすごい筋肉ついちゃうのよね。今はだいぶ落ちちゃったけど」

「あー。俺の知り合いにも結構バスケ部多いから、それわかるわ」


 そんな世間話をしつつ、のぼせてきたらいったん出てひと休みしたのち、また湯の中へ。

 そんなことを繰り返しながら露天風呂をゆっくりと楽しむ。


 もちろん勝美さんも俺と同じようなことをしていた。


 ただ約1名。

 湯船に沈んだままのやつがいる。


「おい、歩。お前、いい加減のぼせるぞ」

「そ、そう言われましてもー……」


 顔を真っ赤にしながら、歩はバスタオルの胸元を必死に隠している。


「いざとなると、その、決心が……」

「なんの決心だよ。アホか」


 そんなに恥ずかしいなら最初からやめておけばいいものを。


「……わかったわかった。じゃあほら、あっち向いててやるから。その間に上がって休むなり女湯に戻るなりしろって」


 そう言って俺が顔を背けると、歩は申し訳なさそうに、


「たはは……す、すみません……」


 ざばっと音がして、ようやく湯から上がったようだ。


 が、しかし。

 急に立ち上がったのがよくなかったのだろう。


「……あ、うぁ……頭がクラクラ……」

「わ! あ、歩ちゃん、危ない!」

「!」


 異変に気づいて俺が振り返るのと、全身真っ赤になった歩が湯船に倒れ込んだのはほぼ同時で――


「……ここにも安息の時間はなし、か」


 俺は深いため息をつきながら、転覆しつつあった歩を抱き上げるはめになったのだった。


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