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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 温泉に行こう
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2年目2月「重い女性」


「で……あんた、勝美さんだっけ?」

「はい……あの」


 いったいなんの因果だろうか。

 旅館の部屋に戻った俺たちの前には、佐伯(さえき)勝美(かつみ)と名乗った女性の姿があった。


 ここまで聞き出した話によれば年齢は24歳、独身。職業はごく普通の事務員。

 服装はこの年齢の女性にしては少々地味で、顔立ちは結構整っているほうだと思うのだが、負のオーラがそのよさを完全に打ち消してしまっているようだった。


 とにかく暗すぎるのだ。

 死刑宣告を受けた囚人のごとく。


「まず最初に言っておくが……」


 と、テーブルを挟んで向かい合う勝美さんに視線を向ける。

 その脇では歩が全員分の茶を準備していた。


「まだ死ぬつもりなら、頼むから今度は俺たちの目の届かないところでやってくれ。ハッキリ言って迷惑だ」

「す、すみません。さっきは余裕がなくて、つい……」


 ぐすっ、と鼻をすすり上げる勝美さん。

 そんな俺たちの様子を見て、歩が苦笑しながら口を挟んでくる。


「優希さん……その、もう少し優しい言い方をしてあげたほうが……」

「そうか?」


 仕方ないので言いなおすことにした。


「どうか俺たちが見てないところでご臨終なさってくださいませ」

「そ、そういうことじゃないよー!」


 まあ、歩の言いたいことはわかっている。

 だが、他に言いようがないのだから仕方ないだろう。


 俺はこの自殺志願者になど一切関わりたくはなかったのだ。


 そりゃ目の前で死のうとしている人間がいれば、声をかけて思いとどまらせる程度のことはするが、その後のことまで面倒を見られるかといったらそれは別問題だ。


 俺はカウンセラーではない。


 ……それに、まあ。


 うつむいてすすり泣く勝美さんをチラッと見る。


 どうもこの人の場合、俺たちの目の前でやろうとしたこと自体がわざとだったという疑いが強いのだ。

 本気で死ぬつもりだったようには見えない。


 そもそもあの池は滝のしょぼさからも想像できる通りそれほど深くはなかった。

 柵から水面までの高さもせいぜい2~3メートル程度。意識がある状態で飛び込んだら、よほど水温が下がっていない限り死にたくても死ねないだろう。


 つまり、本気で死にたかったというよりは、止めてもらってとにかく話を聞いて欲しかった、というような思惑がありありと透けて見えていたのである。


「ぐすっ……ご迷惑をおかけしました」


 しかも当の本人は先ほどからずっとこんな感じですすり泣くばかり。

 とても7つも年上とは思えない。


「で、でも……私なんてもう、生きていても仕方ないんです!」

「ほぅ」

「……」

「……」


 一瞬の沈黙。


「……あの。理由を聞いてくださるのでは?」


 と、上目づかいで俺を見る勝美さん。


 このありさまである。


「正直、聞きたくないんだが……」

「……優希さーん」


 再び歩のクレームが入った。

 こいつもこの人の思惑には気づいているようだったが、その辺はお人好しゆえか。それでも話を聞いてやってくれという目でこっちを見ている。


 仕方がない。


「じゃあどうぞ。勝手に話してくれ」

「は、はい! それじゃあ……」


 そのときの俺はかなり露骨に嫌そうな顔をしていたはずなのだが、勝美さんは気にした様子もなくパッと明るい顔になった。

 よほど話を聞いて欲しかったらしい。


「実は――」


 そうして彼女の語った話は、だいたい俺が事前に想像していたとおりのものだった。


 要約すると次のようなことである。


 勝美さんには高校時代から付き合っている彼氏がいる。名前は克己(かつみ)

 名前が彼女と同じ読みなので途中で少々混乱したが、ともかく付き合い始めてかれこれ8年。別々の大学に進んだ後もまったくトラブルなく交際は順調に進み、お互いに社会人となって約3年。


 そして最近になって当然のように結婚の話が出て、実際に結婚式の日取りを決める段階まで進んだらしい。


 と。

 ここまで聞けば、自殺する理由なんてなにもないように思えるのだが――


「それが最近になって、急に、やっぱりもう少し考えさせてくれって言い出して……」

「ほぅ」


 俺には経験がないのでよくわからないが、まあそこそこありそうな話ではある。


「きっと他に好きな女ができたに違いないんです! だから、私はもう……!」

「ほほぅ」

「……」

「……」


 再び沈黙。

 そして再びの上目づかい。


「あのぉ……それだけですか? 今の私、すごくかわいそうじゃないですか?」

「あー……」


 どうやら彼女はなにか勘違いをしているようだ。

 俺は思わずため息をついて、


「あんたがかわいそうかどうかはそれだけじゃわからんし、俺はただ話を聞くと言っただけだ。恋愛相談をしたいなら別を当たってくれよ。俺なんかただの平凡な高校生だし、こいつなんか――」


 と、親指でななめ後ろにいる歩を指差す。


「見てのとおり、恋愛の"れ"の字も知らんお子様だぞ。そんな俺らが、あんたの命がかかったハードな恋愛相談にどんなアドバイスをしてやれるってんだ」

「あ、あの、優希さん。私もその、少女コミックとか結構読んでて、少なくとも"れん"の辺りぐらいまではわかっているような気がしなくもなかったり……」

「……ほら、この程度だよ。あんたはそんな俺らになにを期待してんだ?」


 背後でガーンという擬音が聞こえたような気がするが、とりあえず無視しておいた。


 勝美さんはそんな俺の顔をうかがうように見て、


「いえ、ですけど……優希くんってなんか、結構遊んでそうに見えるし、そういうことも詳しいのかも、とか……」

「おい。ほぼ初対面のくせにいわれのない誹謗中傷はやめてくれ」

「そうでなくとも、その、少しは同情してくださるとか……」

「……あのな」


 再びため息が出る。

 なんだか子どものお守りをしているような気分になってきた。


「俺はあんたの彼氏の人となりをこれっぽっちも知らない。だから、どうしてそういう結果になったのかもまるで想像できん。要するにコメントのしようがねーんだよ」

「そ、そんなぁ……」


 勝美さんが再び涙ぐんだところで、歩のフォローが入る。


「で、でもほら! 今のお話だと、他に好きな女の人ができたかなんてわからないですよ! ね、優希さん!」

「……ま、そりゃそうだ。今の話だけで決め付けるほうがおかしい」


 これはフォローではなく、実際にそうだと思う。

 そもそも別れ話を切り出されたわけではなく、結婚を延期したいというだけのことなのだ。たとえば仕事が忙しくなりそうだからとか、長期出張がありそうだとか、考えられる理由はいくらでもあるだろう。


「そ、そうでしょうか……」


 そんな俺たちの言葉に、勝美さんの表情に少しだけ希望の光が灯った。


 結局のところ、励ましてもらえればなんでもいいということなのだろう。

 落ち込んでいるときってのは案外そういうものなのかもしれない。


「その、男の人的にはどうなんでしょうか? 優希くん……どう思います?」

「いや、だからわからんって」


 俺は今まで婚約したこともなければ、直前になってそれを破棄したこともないのだから。


 ただ、このままでは堂々巡りになりそうだったので、仕方なく付け加えた。


「8年も付き合ってて婚約するところまで行ったんだろ? じゃあその彼氏は少なくともあんたのことが好きで結婚するつもりだったんだろうし、それを直前で延期したいってことはそれなりの事情があったってことだ。もしかしたら俺らなんかには想像もできないような深い事情がな」

「そ、そうなのでしょうか……でも、私にはなにも」

「だから、簡単に言えないような事情だったんだろ。……ま、他に好きな女ができたからって可能性もゼロじゃないとは思うが」

「……ぐすっ」


 最後の言葉に、天国から地獄へ突き落とされたような顔をする勝美さん。

 これはこれで結構おもしろいかもしれない。……いや。


「ま、ともかく」


 壁時計を見るとすでに16時半。

 かれこれ1時間ほどはこの人の愚痴に付き合っている計算になる。


 このままだとせっかくの旅行がこれだけで終わってしまいそうだ。


 俺はいい加減に話を切り上げることにした。


「今日は温泉にでも浸かって嫌なことは忘れとけ。で、明日でもいつでもいいから、戻ったらすぐそいつに理由を問いただすこと。もちろん、不安で不安で仕方ないってこともちゃんと伝えるんだぞ? それでもなにも解決しないようなら、そんなクズ男はとっとと見切っちまえ。以上」


 一気にそこまで言い切ると、勝美さんはやはり上目づかいにこちらを見た。


「な、なんか優希くんって、頼りがいのある年上のお兄さんみたい……」

「あんたが子供すぎるだけだっての」

「もしかして長男? 長男でしょ? なんか弟とか妹の面倒を見慣れてるって感じ」

「……俺のことはどーでもいいっつーの。わかったのか?」


 声にドスをきかせて念押しすると、勝美さんは少し心細そうにして、


「はい……でもあの、ひとりきりだとどうしても悪いほう悪いほうばかりに考えちゃって……また死にたくなっちゃうかも……」

「……どうしろと?」


 あきれ気味にそう聞くと、勝美さんはすがるような目でこちらを見た。


「……優希さーん……」


 背後からは、"なんとかしてあげて"というニュアンスの歩の声。


(……なんの罰ゲームだ、こりゃ)


 まるで四面楚歌。

 どうやら、俺はすでに回避不可能な強制イベントに突入してしまっていたようだ。


 これ以上は抵抗してもおそらく無意味だろう。


 仕方なく俺は言った。


「わかったわかった。じゃ、ひとりで寂しくなったら遊びに来ていいから。部屋、どこだっけ?」

「ここの隣の部屋です……」

「って、隣かよ……ああ、もう。だったらいつでも来いよ。話し相手ぐらいならしてやるからさ」


 ほとんどやけくそである。

 しかしそれでも、勝美さんの表情は嘘のように明るくなった。


「あ、ありがとうございます! 決しておふたりの邪魔はしませんので!」

「もう邪魔なんだけど、まあいいや」


 そういえばこの人にはまだ俺たちの関係を説明していない。

 先ほど歩が不用意に名字から名乗ってしまったので、変に思われているかもしれなかった。


 さすがに俺とコレがカップルに見えているということはないと思うが――


「ああ、でもうらやましいわぁ。私が貴方たちぐらいのころはまだ付き合い始めで、ふたりっきりで温泉旅行なんてとてもとても……」

「おい……」

「本当にうらやましい。……うらやましすぎて、死にたい……」

「……うおぉい!」


 ふらっと部屋の窓に歩き出した勝美さんを慌てて止める。


「……はっ! す、すみません。私としたことがボーっとしてしまって、つい……」

「ボーっとしたら自殺しようとすんのかよ、あんたは!」


 なんという難儀な。

 というか今までどうやって生きてきたんだ、この人は。


 勝美さんは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げて、


「ホントーにすみません。彼にも何度も注意されているんですけど、私ってなんでも悪いほう悪いほうに考えてしまうクセが染み付いてしまっていて……」

「……限度があるっつーの」


 クセというか、それはすでに病気なのではなかろうか。

 正直、温泉旅行よりも病院のほうをオススメしたいところである。


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