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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 温泉に行こう
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2年目2月「ホテルフラワア」


 どこからか小川のせせらぎが聞こえてきた。


 細くてゆるやかな山道。周囲は冬枯れした木々の群れ。

 吐く息は白く、上着なしでは歩けない寒さだったが、澄んだ空気のせいかそれも心地よかった。


 凛とした冬景色。


 ああ。

 こんな状態でさえなければ、もう少しそんな風景を楽しむ余裕もあったのだが――


「優希お兄ちゃん、大丈夫ー……?」

「……まあな」


 歩の声が聞こえてきたのは背後。というより俺の背中の上。

 手の平にはずっしりとした感触。


 そう。

 俺は今、道のりのちょうど中間辺りでギブアップしてしまった歩を背負った状態で、このゆるやかに続く長い山道を必死に歩いていたわけである。


 同年代のやつらに比べればかなり軽い上に背負い慣れている……とはいっても、やはり人間ひとり。

 歩き慣れない登り坂を歩き続けるには少々手強いハンデだった。


 ついでにいうと、俺の首にはふたり分の着替え類が入ったカバンがぶら下がっている。

 この重さもバカにはならない。


「カバンだけでも私が持ったほうがいいかなあ……?」

「意味あんのか、それ?」


 結局その重量は俺の体にかかってくる気がするのだが。


 とはいえ、今回ばかりはこいつの貧弱さを責めるわけにはいかなかった。

 なにせ、ふもとでバスを降りた後、タクシーを使おうという歩の提案を却下したのは他ならぬ俺であったから。


 登りきれなかったら最後まで背負ってやるから安心しろ、との暴言つきで。

 これはもう、やせ我慢でもなんでもせざるを得ないというものである。


 荒い呼吸を隠し、1歩また1歩と前に進んでいく。


 上腕と太ももの筋肉が悲鳴をあげていたが、なるべく別のことを考えて気をまぎらわせた。

 そんな俺のやせ我慢は、もしかするとすでに精神感応(テレパス)で読まれていたのかもしれないが、とりあえず歩は気づいていない、あるいは気づかないフリをしているようだった。


 そんな中、背中の上で弾んだ声がする。


「あ、見えてきたよー。あれだよね、きっと」

「お……どうやらそうらしいな」


 どうにかこうにか顔を上げると、少しくねった道の先に2階建ての建物が見えていた。

 本日、俺たちが厄介になる予定の温泉旅館である。




 ……さて。

 順序は逆になるが、俺と歩がふたりでこんなところにやってきた事情も一応説明しておかなければならないだろう。


 といっても理由は簡単。

 先月の歩の誕生日の際、俺が誤って(?)プレゼントしてしまった温泉旅館の宿泊券。


 これを利用するために、2月も下旬に差し掛かったこの土日を温泉旅行にあてたということである。


 なお、引率者が俺になってしまったのは歩の強い希望によるもので、いわく『クジを当てた俺が参加できないのはおかしいから』ということであった。


 余計な気づかいここに極まれり、である。


「ホテル『フラワア』……うん。ここで間違いないみたいだねー」


 歩が宿泊券と目の前の建物を見比べながらそう言った。


「ホテル、ねぇ……」


 腰を叩きながら、その2階建ての建物を見上げる。


 木造2階建て。かなり年季が入った建物だ。

 ホテルというよりは旅館、いや、民宿といったほうがピンと来るだろう。


 まあ、しょせんは商店街のくじ引き。

 こんなものだろうと思いつつ。


「結構昔からやってるところなんだって。来る前にちょっと調べてきたけど、お風呂が広くて料理もおいしいみたいだよー」


 歩は俺とは違って浮かれた様子だった。

 この古くさい見た目はそれほど気になっていないらしい。


「雪お姉ちゃんたちも一緒に来られればよかったよねー」

「まあ今回は下見だと思えばいいんじゃないか? よかったら今度はみんなで来ればいいだろ」


 できれば俺抜きでな、と、心の中で付け加えつつ。


「いらっしゃいませー」


 カラカラと入り口の引き戸を開けると、すぐに40代ぐらいのかっぷくのいい女性が俺たちを出迎えてくれた。


「あーっと……予約していた不知火です」

「ああ、はいはい。不知火様ですね。お待ちしておりました。……では、こちらの宿帳に記入をお願いします。ご兄妹ですか?」

「ええ、まあ」


 そんなようなものです、と、心の中で付け加えつつ。

 宿帳には俺の氏名を書き入れ、その下に名字を省略した形で歩の名前だけを記入した。


 見るからに高校生と中学生(小学生?)っぽい組み合わせの俺たちである。兄妹だとしてもおそらく珍しいのに、違う名字を書き入れたりすればますます奇異に映るはずだ。

 向こうがそんなことを気にするかどうかはわからないが、余計な火種は消しておくのがベストだろう。


「学生さんですよね? ご兄妹で仲がよろしいんですね」

「いえ、ケンカしてばかりです」


 適当にそう返すと、歩が不服そうに俺を見た。

 仲の悪い兄妹設定はご不満らしい。


 もちろん完璧に無視してやった。


「ではお荷物お持ちします。こちらへ」

「あ、荷物はいいです。これだけなんで」


 申し出を丁重に断り、仲居さんの案内で俺たちは部屋へと向かった。


 それほど大きい建物ではない。

 1分もしないうちに部屋に到着した。


「こちらです。どうぞ」


 外観から想像していたよりはずっと綺麗で広い部屋だった。

 張り替えたばかりなのか、畳は綺麗な緑色をしていて独特の青臭さが残っている。


「それではごゆっくり」


 仲居さんは簡単に施設の説明をして、部屋から出て行った。

 とりあえず荷物を置いて窓から外を眺めてみる。


「ずいぶん寂しい景色だな」


 視界に広がっていたのはほとんどが山の斜面。

 本当に山奥の旅館といった感じだった。


「あ、見て見てー」


 歩が旅館の案内らしき冊子を手に近づいてくる。


「少し歩いたところに小さな滝があるんだって。あとで見に行ってみようよ」

「滝ねえ。行くのはいいけど、お前、ちゃんと歩けんのか?」

「うっ……す、少し休んでからなら、どうにかー」


 背負われてきたという負い目があるためか、歩はちょっと控えめにそう答えた。


「ま、いいけどさ」


 さすがの俺も、ここまで来てずっと部屋でゴロゴロしているほどグータラではない。

 どうせ見るところも多くはないんだろうし、その滝ぐらいは見に行ってもいいだろう。


「あとはお風呂のことも書いてあるよ。夜の7時から9時までは女性専用の時間なんだって」

「女性専用? そんなのあるのか? じゃあそれ以外は男専用ってことになるぞ?」

「ええっと……ううん。それ以外の時間は混浴で……あ、これって露天風呂だけだ。室内のお風呂は普通に男女で分かれてるみたい」

「ほー」


 つまり露天風呂だけが混浴で、19時から21時までは女性専用ということらしい。


「こんなところにも女尊男卑の波が押し寄せているわけか。女に裸を見られたくない男は露天風呂に入るなということだな」

「そんなこと私に言われましてもー……」

「ま、俺はどーでもいいんだが」


 というか、混浴の時間はほぼ男性専用みたいなものなのだろう。


「あ、でも露天風呂は水着で入ってもいいみたい。水着持ってくればよかったー」


 悲しそうな顔の歩に俺は言ってやった。


「別にいらんだろ。普通に7時から9時までの間に入りゃいいだけだ」

「だってそれだとお兄ちゃんがー……」

「いや、俺は他の時間に入るし」


 すると歩ががっくりと肩を落として、


「うう……せっかく本物の兄妹みたいにお風呂で流しっことかできると思ったのにー」

「……いや。本物でもこの歳ではやらんから」


 こいつは俺と雪のやり取りをちゃんと見ていないのだろうか。


「つか、そんなに一緒に入りたいなら別に止めんぞ? 他の時間は男専用ってわけじゃねーんだし」

「うえぇっ!?」


 歩はびっくりしたような短い悲鳴をあげて、


「そ、それはさすがに恥ずかしいというかなんというか。私もその、一応は女の子のような感じになりつつあるわけでしてー……」

「じゃあ諦めい」

「……くすん。水着さえあればー」


 わざとらしく泣き真似をしてみせる歩。

 俺は苦笑しながらテーブルに置いてあった緑色のまんじゅうを取った。


 もちろんこれで、『じゃあ一緒に入る』とか言い出されたら俺も困るわけで。

 人並みの恥じらいを持つ子に育ってくれてめでたしめでたしである。


 そんなこんなで、あれやこれやと今日の予定について話し合うこと10分あまり。


「失礼しまーす」

「ん?」


 入り口のふすまの向こうから声がした。

 どうやら従業員が土間に入ってきたようだ。


「はーい。……さっきと違う人みたいだね」


 返事をしてから歩が小声で言う。


 確かに、先ほどと違って若い女性の声だった。

 それも雰囲気からすると、俺たちとそれほど変わらなさそうだ。


 しかも。


(なんか、どっかで聞いたことあるような気が……)


 ちょっと嫌な予感がした。

 そしてふすまが開く。


「あらあら、やはり予想どおりでしたわー」


 その向こうから顔を出したのは、やはり俺たちと同じ年ごろの少女だった。


 肩のちょっと下ぐらいまでのゆるやかなウェーブの髪。

 少々垂れ目がちで穏やかそうな顔。

 印象的だったのは、和装の仲居服とあまりにミスマッチな、首に巻いた複雑な模様のチョーカーだった。


「どうも、こんにちわー」

「お、おぅ……」


 予想外になれなれしい。……いや。


(そういや、このやり取りもどっかであったような……)


 記憶をたどる。

 しかし、覚えはあるがはっきりと思い出せない。


「あら、お客様。今回は別の方をお連れでしたか。こちらもまた妹様で?」


 俺が考えている間にも、若い仲居の少女はズカズカと部屋に上がりこんできた。

 丁寧な口調の割に態度は妙にずうずうしい。


 ……というか、いま確かに『今回は』と言った。


 記憶をさらにたどる。


 旅行。

 といえば、昨夏の海水浴。


 あのときは確か、雪が風邪をひいたために遅れて移動して――


「……あ」


 そこでようやく、その少女の顔が記憶の網に引っかかった。


「お前……もしかしてあのときの、従業員その1か?」

「あら? ひょっとしてひょっとすると今まで忘れておられましたの? ……いやですわー。それでは私、見知らぬ人の家に土足で上がりこむ非常識さんみたいではありませんか」

「……」


 この口調、間違いない。

 だが、名前はなんといったか。思い出せなかった。


「優希お兄ちゃんの知り合い?」


 歩は当然のごとく不思議そうな顔をしている。

 そんな俺たちの反応を見た少女が軽くせき払いをして、居住まいを正した。


「では改めまして。わたくし、花見はなみ華恵はなえと申します。お花見の花見、華やかの華に恵みで花見華恵ですわ」

「……ああ、そうそう」


 小気味のいい響きだったということだけ覚えていた。


「略して花子さんだったな、確か」

「ご不浄にずっとこもっていろとおおせで?」


 おかしそうに声を上げて笑う華恵。


 花見華恵。

 昨夏の海水浴で起きたちょっとしたアクシデントの結果、雪とふたりで泊まることになった『花見旅館』で、夏休み限定で働いていた従業員だ。


 そして確か、偶然にも俺たちが通う風見学園の1学年後輩という話であった。

 残念ながら、あれ以降も学校の中で顔を合わせることはなかったが。


 そのときの経緯について歩に説明してやると、歩は妙に感心したようだった。


「へぇぇー、そんな偶然ってあるんだねー」

「ああ……ってか、あれ。それでお前、なんでここにいるんだ?」


 と、質問する。

 前に泊まった花見旅館では、確か経営者の親戚で、夏休み限定でバイトさせてもらっているとかそういう話だった気がする。


 そんな俺の疑問に、華恵は当然のような顔をして答えた。


「ここも私の親戚の旅館だからですわー。花見グループはこの近辺でいくつも旅館を経営しているのです」

「……マジか」


 思わず呆気に取られてしまったが、よくよく考えればここのホテル名である『フラワア』というのも、つまりは花のことである。

 言われてみれば納得でもあった。


「夏休み冬休み以外でも、予定のない土日はやはり働かせてもらっているのですわ。なんといっても花の女子高生。色々と入用だったりもしますので。……それで優希さん。今回のお連れ様は前回と違うようですけども、どのようなご関係で? 宿帳には名字をあえて書かれなかったようですが」

「……あー」


 まさかこんな山奥で知り合いに会うとは思いもよらず。


 ……どうやら今回の旅行も平穏無事では済みそうにない。

 俺は早くもそんな予感がひしひしと湧き上がってくるのを感じていたのだった。


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