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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
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2年目2月「懸念」


-----


 その日の深夜。


「……亜矢ちゃんは?」


 唯依たちが暮らすアパートの一室。

 そのリビングで声を潜めていたのは真柚だった。


 それに対し、亜矢の部屋から出てきた舞以が静かにドアを閉めて答える。


「熱もだいぶ下がったようです。ふたり揃って風邪なんて本当に仲よしですね」

「そう……よかった」


 テーブルを挟んで舞以が腰を下ろすと、真柚は視線を横に向けた。


 壁時計は0時近くを示している。

 ふたりともすでに寝巻姿だった。


「それで真柚さん。昼間の話の続きですが……」


 と、穏やかだった舞以の表情が厳しくなる。


「今回の件、真柚さんはやはりクロウの仕業だとお考えですか?」

「……わかんない。けど、絡んでる可能性はあると思う」


 そう言った真柚の顔は、昼休みに優希の前で見せたものと同様に沈んでいた。


 舞以はそんな真柚の表情を密かに観察しながら続ける。


「彼の命令だとすると、下級夜魔程度に唯依さんと亜矢さんを襲わせるのは少々不自然だと思いますが……」

「うん。私も最初はそう思ったんだけど、きっと誰かと手を組んだんじゃないかなと思って。……あの戦いからまだ1ヶ月半しか経ってないし、誰の協力もなしに戦力を整えることは不可能でしょ?」

「なるほど。それで唯依さんたちの情報がまだ行き渡っていなかった、という可能性ですね。それはあり得ると思います。だとするとクロウの目的は……」


 途中で言葉を止め、もの憂げな表情を作る舞以。

 さらに深刻そうな顔の真柚が口を開いた。


「……新聞でちょこちょこ目にするんだけど、最近この辺りで行方不明者が増えてるみたい。まだ大きなニュースにはなってないけど、もしかすると"例の禁術"を使うために素材を集めているのかも。まだ悪魔狩りへの復讐をあきらめていないとすると、クロウに残された手はたぶん、それしか……」

「……ふぅ」


 舞以は重苦しいため息をついた。


「夜魔と聞いて少し気にはなっていました。何十年も前からこの近辺に潜んでいる夜魔の一派については真柚さんもご存知でしょう? これまであまり表立って動いたことはありませんが、かなり大きな勢力だと聞いたことがあります。……あまりいいうわさのない連中です。クロウは彼らと手を結んだのでしょうか。信じたくはありませんが……」

「私も信じたくない。クロウだって悪魔狩りを憎んではいたけど、人間そのものを恨んでいたわけじゃないんだから」

「……」


 舞以はなにも答えなかった。

 それは真柚の言葉に対して否定的な意見を持っていたためだが、あえて言葉にしなかったのは彼女なりの配慮である。


 ただ、そんな舞以の心中は真柚に伝わってしまったようだ。


「……少なくとも昔はそうじゃなかった。そうでしょ?」

「なんとも言えません」


 舞以はゆっくりと首を横に振った。


「この体になって再会した後も、私は結局、今の彼について深いところまでを理解することはできませんでした。今はただ、彼が昔の面影を少しでも残していてくれることを願うだけです」

「……そうだね」


 そうつぶやいて、視線を落とす真柚。


 重苦しい沈黙が部屋を支配し、秒針の音がやけに大きく響いた。


 そして――


「……なかなか興味深い話をしているわね。ふたりとも」

「!」


 ふたりの視線が同時に動く。

 その先には半分開いた部屋のドアがあって、そこから姿を見せていたのは――


「あ、亜矢ちゃん……?」

「いえ……アイラ。そうですね?」


 舞以がそう続けると、アイラは後ろ手に部屋のドアを閉め、薄暗いリビングをゆっくりと見回しながらふたりに歩み寄っていく。


「ふたりとも娘の意識に飲み込まれたと聞いていたけど、本当なのかしら? まるで本人が目の前にいるように思えるわ。メリエル。ミレーユ」


 薄く笑みを浮かべながらそう言ったアイラに、舞以は即座に言い返した。


「飲み込まれたわけではありません。一緒になったのです。不思議なことではないでしょう? 私の母メリエルは、あなたほどワガママではありませんでしたから」


 ふん、と、アイラは小さく鼻を鳴らす。


「嫌味なところもそのまんま。いえ、磨きがかかったと言うべきかしら? そういう意味では、確かに昔のメリエルとは少しだけ違うわね」

「亜矢さんはどうしているのです? 寝ているのをいいことに、無断で体を動かしているということですか?」

「いいじゃないの。たかだか数十分の自由よ。無茶をするヒマさえないわ」


 そう言いながら、アイラはふたりが座るテーブルの脇を抜けて窓際へと歩いていった。


「ミレーユ、明かりを消して。点けておく必要はないでしょう?」

「え。……あ、うん」


 真柚が素直に電灯のスイッチをオフにすると、アイラはカーテンを開いて窓を開け放った。


 ひんやりとした風が室内に流れ込んでくる。


「……今さらですが、お久しぶりというべきでしょうか」


 改めて舞以がアイラにそう言った。

 彼女らが直接顔を合わせるのは、あの事件後これが初めてのことだった。


「そうね」


 と、アイラは窓枠に腰を下ろして冬の冷たい風に髪をなびかせながら、


「こちらはほとんどの時間を寝て過ごしているからあまり実感はないのだけど。……それで、さっきの話よ、ミレーユ」

「真柚だよ。私」


 真柚がそう抗議すると、アイラはチラッと彼女の顔を見て小さく笑った。


「本当かしら? メリエル……いえ、舞以のほうはともかく」

「……どういう意味?」


 真柚は不服そうな顔をしたが、アイラはその問いかけには答えず、


「それで? クロウが生き延びたのは確かなの?」


 舞以が答える。


「それは最後まで戦場に残ったあなたが一番ご存知でしょう? 状況的には逃げ延びたと考えて間違いないと思います」

「それで、例の夜魔たちをバックに付けたわけね」

「確定ではありません」


 舞以の慎重な回答を、アイラは鼻で笑い飛ばした。


「で? あなたたちはどうするつもり?」

「どういうことです?」

「決まってるわ。彼に協力するかどうかってこと。私はこんな状態だから難しいけど、あなたたちはまだ充分に戦えるでしょう?」

「……!」


 舞以とアイラの間に緊張が走った。


「……」


 舞以は表情を硬くし、アイラはそんな舞以を挑発的な薄笑いで見つめている。


 しばしの沈黙。


「……アイラ」


 沈黙を破ったのは舞以だった。その声は厳しい。


「確かに私は母の記憶を残しています。母の怒りや無念も、そのすべてを余すことなく理解してもいます。ですが、私は母ではありません。私――白河舞以は人間として生きることを望んでいます。それは母メリエルの願いでもあります」

「ふぅん」


 と、アイラはおもしろくなさそうに舞以を一瞥すると、続いて真柚に視線を向けた。


「だそうよ。ミレーユ。あなたはどう?」

「……アイラ。だから私はミレーユじゃ――」

「真柚。あなたはどうなの?」


 アイラの問いかけに、真柚は少し困った顔をする。


「私も舞以ちゃんと同じだよ。戦いなんてもうこりごり」


 アイラはのどを鳴らすように笑った。


「でもクロウのことも心配。そうでしょ? ミレーユの記憶を残したあなたなら当然そのはずよ」

「……」


 沈黙する真柚。

 そんな彼女を見て舞以が少し心配そうな顔をしたが、真柚はすぐに口を開いた。


「心配というか……これ以上の無茶をして欲しくないとは思うよ。お母さん……ミレーユもそう思ってるはずだから」

「お母さんが……ね。ふふ。それは本当にあなたの本心かしら……?」

「アイラ」


 舞以の言葉が、さらに厳しさを増した。


「私たちにとってはすべて過去の話です。これ以上悪魔狩りと敵対するつもりはありません。それは私たちに協力してくださった優希さんや、命がけで助けてくださった唯依さんを裏切る行為ですから」

「……」


 真柚が震えるように小さく肩を動かした。


 アイラの目はそんな真柚の動きを逃さずとらえている。

 舞以もその動きには気づいていたが、言い聞かせるような強い言葉でそのまま続けた。


「アイラ。あなたがなにを考えているのかは知りませんが、これ以上の話は無駄です。私も真柚さんも、クロウに協力することは絶対にありません」

「そう。……実にあなたらしい回答だわ。いえ、この場合はメリエルらしいと言うべきかしら」


 アイラはおかしそうに笑った。


「それで真柚。あなたは?」

「……私も同じだよ。私たちはもう戦わない」

「そ。ま、いいわ」


 アイラは軽く肩をすくめて、


「別にあなたたちをけしかけるつもりだったわけじゃない。いろいろ確認しておきたかった。それだけよ」

「確認? アイラ、あなたはなにを……」


 舞以の問いかけにアイラは答えず、窓を閉めるとそのまま部屋のほうへと戻っていく。


「じゃあ寝るわね。ふたりとも、これ以上の夜更かしは体に毒よ」


 そういい残し。

 戸惑うふたりの前で、亜矢の部屋のドアは静かに閉じた。


 そして再び沈黙。

 かち、かち、と秒針の音が響き、遠くから自動車の排気音が聞こえてくる。


「……真柚さん」


 重たい空気を振り払うかのように、舞以は強い口調で言った。


「あまり深く考えないようにしましょう。私たちは私たち。もう過去に囚われる必要はありません」

「……うん。わかってる」


 そう言って真柚はようやく笑顔を浮かべた。


「……」


 そんな真柚の表情に、舞以の瞳はさらに憂いを帯びて。

 そうしてその日の夜は静かに更けていった。


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