2年目2月「結果発表」
土日祝日と3連休の休み明けとなった翌週の火曜日。
先週末で締め切られたミスコンの集計結果が男子生徒限定で回付された。
グランプリは3年の深山とかいう人で、俺は顔も知らなかったが、どうやら昨年は準グランプリだったようなのでおそらく順当な結果だったのだろう。
そして準グランプリは俺の知ってるやつだった。
といっても由香ではない。
木塚でもない。
(……なるほどね)
これは予想していなかったし、そいつに投票しようなんてことは一瞬たりとも考えなかったが、こうして結果が出てみれば納得。
中身とは裏腹に、清楚なお嬢様風の外見。
中身とは裏腹に、おしとやかで優しそうな雰囲気。
中身とは裏腹に――いや、もういいか。
そう。
今年の準グランプリに輝いたのは、唯依と一緒に暮らす3姉妹の三女、白河舞以だった。
あのいじめっ子気質な性格のイメージが強すぎて、外見の印象はいつも意識の外に行ってしまうのだが、改めて思い返してみると確かに見た目は美少女なのだ。見た目は。
さて。
せっかくなので、その他で俺の知っているメンバーを探してみよう。
木塚は去年と同じく4位。
そして由香は将太の努力もむなしく6位だった。
それでも俺としてはよく頑張ったと褒めてやりたいところだ。
あと、正直ネタ枠としか思えないのだが、歩が13位に入っていた。
おそらくウチのクラスの連中がいたずら半分で入れたのだろうが、かつてはあまりなじめていなかったクラスによく溶け込んでいる証拠なのだと思えば喜ばしい結果だろう。
この辺りは教室内でもあいつをよく構ってくれる由香や将太に感謝すべきかもしれない。
その1つ下の14位に3姉妹の長女、真柚がいた。
野球部のマネージャーをやっているし、あのとおり人なつっこい性格だから部の先輩にもかわいがられているのだろう。順当。
さらに下となると得票数もひと桁になって混沌としてくるのだが、一応ギリギリのところに亜矢や藍原の名前も見つけることができた。
ランキングは30位までだが、高等部の女子(プラス女性教諭)が200人以上いることを考えれば名前があるだけでもそれなりということになる。
なお、俺が投票した神村さんと山咲先生は今年もランク外だった。
見た目だけならどちらもトップ10の器だと俺は思っているのだが、参加者が揃ってステージ上でアピールするわけでもないので、やはり知名度や社交性が重要なランキングだということだろう。
……そんな中。
「あら、優希さん。お久しぶりです」
「うげ……」
思わずそんな悲鳴を上げてしまった昼休み。
今日は由香が風邪で病欠のため弁当がなく、購買でパンを買うことになったのだが、その帰り道で俺は不幸にも今年のミスコン準グランプリの女生徒に目を付けられてしまったのだった。
「ただ声をかけただけですのに。そんなカエルのような悲鳴を上げなくてもいいじゃありませんか」
と、舞以はいかにも裏がありそうな微笑みで近づいてくる。
「それにどうせ悲鳴をあげるならもっと苦しそうな悲鳴にしていただかないと。こちらとしても甲斐がないというものです」
「……断末魔を上げろってことか?」
「ふふ、そう警戒なさらないでください。大恩ある先輩をいじめたりはしません」
先輩じゃなければいじめるのが当然と言わんばかりのセリフである。
いや、恩がなかったら先輩でも問答無用だったと解釈すべきだろうか。
そんな舞以と会うのは彼女の言うとおりかなり久しぶりだった。
暮れの事件後初めて、かれこれ1ヵ月半ぶりということになるだろうか。
「お前ら、あれからうまくやってんのか?」
「ええ、特に問題なく。亜矢さんとアイラもなんだかんだで仲よく同居しているようです」
「同居ねぇ……」
妙な表現だと思ったが、実際のところそういう感覚なのかもしれない。
親子とはいえ、プライバシーがまったく考慮されないというのはぞっとしてしまう話だが。
「ま、問題ないならいいさ。あんま唯依のやつをいじめてやんなよ」
「まさか。私が唯依さんをいじめるはずがないじゃありませんか」
「……どの口が言うんだよ」
「私はただ、愛しい弟を精一杯にかわいがってあげているだけですよ」
「へーへー。唯依のやつも優しい姉さんを持ってうらやましいこった。……で?」
これ以上続けてもあいつがかわいそうになるだけなので、俺は話題を変えることにした。
「お前のことだ。久々だからってだけじゃないだろ? 俺になにか用か?」
そう指摘すると、舞以はうなずいて真面目な顔をする。
「はい。実は――」
「あー! 舞以ちゃんが男の子と逢い引きしてる!」
舞以が口を開きかけたところで、その背後から甲高い声が聞こえた。
「……と思ったら、なぁんだ。優希先輩かぁ」
小走りに駆け寄ってきて、俺の顔をのぞき込むなりつまらなさそうな顔をしたのは3姉妹の長女、真柚だった。
またうるさいのがやってきた――と、俺は少々うんざりしつつも、
「なんだとはなんだ。失礼なやつだな」
「あ、そういう悪い意味じゃなくて。ようやく舞以ちゃんに日ごろのお返しができると思ったのに……」
「……真柚さん?」
「わ、冗談だよ、冗談! 舞以ちゃん、そんな怖い顔しないで!」
真柚がビビった様子で慌てて弁解する。
見ると舞以は微笑んでいた。
どうやらこれが彼女の"怖い顔"らしい。
形の上では真柚が長女で舞以が三女のはずだが、力関係はまったく逆なのだ。
それは母親と融合した今でも基本的には変わっていないらしい。
舞以は薄く笑いながら、
「まあ、今の件については家に帰ってからじっくりとお話ししましょう。……それよりも優希さん。これから少し、私たちにお時間をいただけませんか?」
と、言った。
もちろん断るつもりはなかった。
……そして数分後。
(とはいえ、微妙だなこりゃ……)
後輩の女生徒ふたりに囲まれ、1年生の教室で昼メシを食べる俺。
周りから見てこの光景は果たしてどう映っているのだろうか。
唯依と亜矢のふたりが風邪で休んでいるという状況が、そんな俺の居心地の悪さに拍車をかけていた。
「どうしました、優希さん? なんだか座り心地が悪そうですけれど」
「いや、別に」
しらじらしい舞以の問いかけにそう返し、開けたばかりのメロンパンにかぶりつく。
真柚がそんな俺を見て不思議そうな顔をした。
「あれ? 優希先輩っていつもお弁当じゃなかった?」
「ん、まー、今日はたまたまな。……で、話ってのは?」
「内容はだいたい予想できているかと思いますが、先週の悪魔がらみのお話です」
と、舞以が声をひそめる。
「先週の夜、唯依さんと亜矢さんが何者かに襲撃されたお話はご存知ですよね?」
「ああ、よく覚えてる。こっちもちょうどその日に別のトラブルがあってな」
先週の、木塚と一緒に夜魔に襲撃されたあの事件。
病院からの帰宅後、唯依たちも正体不明の悪魔に襲われたらしいという話を雪から聞かされていた。
「トラブル? ……もしかして優希さんも襲撃されたんですか?」
舞以は表情をくもらせた。
「ああ。といってもこっちは悪魔狩りの手伝いをしている身だからな。唯依たちと違って、襲われる心当たりがまったくないってわけでもないんだが」
「そうですか……」
舞以がチラッと隣の真柚に視線を送る。
「……」
真柚はうつむいて深刻そうな顔をしていた。
また戦いに巻き込まれるんじゃないかと不安なのだろうか。
舞以が視線をこちらに戻して続ける。
「優希さん。その件について悪魔狩りの方々はなにかおっしゃっていましたか?」
「いや、今のところはなにも。一応同じ日のできごとだし、関連についても調べてると思うが……そっちはなにか心当たりがあるのか?」
「それは――」
舞以が一瞬ためらうように言葉を止め、真柚がそれに続けた。
「ううん、なにも。ただ、優希先輩には報告しておいたほうがいいかなぁと思って」
「……」
舞以が口を閉ざす。
そんなふたりの態度に俺は少し違和感を覚えた。
「……優希さん」
しかし、俺がそこに突っ込むよりも早く、舞以が再び口を開く。
「その夜魔たちについて、なにかわかったら私たちにも情報をいただけないでしょうか? ……正直、そういったことにはもう関わらずにいたいのですが、唯依さんや亜矢さんが襲われたとなると、そんな悠長なことは言っていられませんので」
「ああ。ま、それは構わんけど……」
そう答えつつ、先ほどの態度が気になって真柚のほうを見ると、真柚は視線を机の上に落としたまま、箸の動きも止まっていた。
「……なあ。お前らのほうは本当に心当たりがないのか?」
やはり気になって、俺がもう一度念を押すと、
「ええ、今のところは……。かつての仲間にも夜魔はそれほど多くありませんでしたし、もし彼らと関係があるのなら、あの程度の戦力で唯依さんや亜矢さんを狙ったのは不自然に思います」
「ま、そりゃそうか」
実際にアイラに一蹴されてしまったのだから、それももっともな話である。
とすると、真柚の妙な態度は、単に唯依たちが襲撃されたことで動揺しているせいなのかもしれない。
「わかった。とりあえずなにかわかったら連絡する」
ひとまず納得し、改めて協力を約束すると、舞以は深々と頭を下げてきた。
「いつもお世話になりっぱなしで申し訳ありません。よろしくお願いします、優希さん」
「いや、まあこっちの厄介ごとのついでだしな」
そう答えると、舞以は顔をあげてニッコリと微笑んだ。
「すみません。このお返しはいつか、真柚さんが体で払うと言っておりますので……」
「……え! ちょっ、舞以ちゃん!?」
真柚が跳ねたように顔を上げる。
俺は極めて冷静に返した。
「普通にいらん」
「なにそれ! 失礼すぎるっ!」
先ほどまでのしおらしい態度が嘘だったかのように、真柚の口から猛烈な抗議の声が飛んだ。
とりあえず無視して、未開封のコロッケパンを手に立ち上がる。
「んじゃ自分とこ戻るわ。ランク上位のふたりに囲まれてるって状況はあんま心臓によくないしな」
「ランク上位? なんのこと?」
俺の言葉に真柚はきょとんとしていた。
1年生なら例のランキングのことを知らない女生徒もまだまだ多い。
唯依がわざわざそういうことを話題にするとも思えないから、本当に知らないのだろう。
チラッと舞以のほうを見ると、なんともいえない微笑のままだった。
こっちはもしかすると知っているのかもしれない。
「そのうちわかる。……じゃあな。お前らも一応気をつけろよ」
そうして俺は、真柚の疑問に答えることなく1年の教室を出たのだった。