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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
162/239

2年目2月「溝」


-----


 優希が正体不明の夜魔たちに襲われていたちょうどそのころ。


「愚かな連中ね。相手の実力も見極められないなんて」


 結界内を覆い尽くす強烈な稲光が鎮まった後、地面には3人の夜魔が倒れ伏していた。

 そんな彼らを見下ろしていたのは、全身に神々しい雷をまとった少女。


「唯依。こいつらはいったい何者なの?」

「すみません、アイラさん。僕にもなにがなにやらさっぱりで……」


 そんな彼女の後ろで戦況を見守っていた唯依は、小さく首をかしげながら視線を落とした。


 放課後に美術部の亜矢に人物画のモデルを頼まれ、少し遅くなった帰り道。

 薄暗い通りに入ったところで、ふたりはいきなり見知らぬ3人の男――夜魔たちの襲撃を受けたのである。


 もちろん唯依も亜矢も反撃したのだが、3対2の戦いということもあって苦戦を強いられ、結局は亜矢の判断により、彼女の中に眠るアイラの力を借りることになったのだった。


「殺しちゃったん……ですか?」


 地面でぴくりとも動かない夜魔たちを見て唯依がそう問いかけると、アイラは不機嫌そうにしながら、


「そんなことより、あなた。ユミナの力はどうしたの? この程度の連中、ユミナの"狂焔"があれば苦戦することなんてないでしょう」

「あ、はい。えっと実は……」


 言いかけたところで、地面に倒れていた夜魔のひとりが小さなうめき声をあげた。

 どうやら息があるようだ。


 唯依は少しホッとした。


 アイラの雷撃は、本来なら彼らの命を瞬時に奪い去ってしまうほどに強力なものだ。にもかかわらず息があるということは、アイラが意図的に殺さないように手加減したということだろう。

 つまり全員生きている可能性が高いということだ。


 そんなことを考えながら、唯依はアイラの問いかけに答えた。


「母さんのあの力、あれ以降は使えなくなってしまっていて」

「使えなくなった? ……ふぅん」


 アイラは少し興味深げに目を細める。


「自分の役目はもう終わったとでも言いたいのかしらね。相変わらず気に入らない女」

「あの……ありがとうございました、アイラさん」


 おずおずと礼を述べた唯依に、アイラはフンと鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。


「今回はたまたま気が向いただけよ。毎回助けてあげるとは限らないわ。だいたい――ああ」


 と、急に不機嫌そうに顔をしかめる。


「どうしたんですか?」


 唯依が聞くと、アイラは虫を追い払うように頭の近くで軽く手を振った。


「あの子がうるさいのよ。用は済んだからさっさと引っ込めって」

「亜矢ですか?」

「ええ。ホント、融通のきかない子だわ」


 亜矢とアイラ。ひとつの体にふたつの人格。

 彼女たちが今現在どういう関係にあるのか、実のところ唯依はよく知らなかった。


 ただ、感覚を共有したり言葉を発さずに会話をしたりということが可能で、主導権はあくまで亜矢が握っているようだ。


「じゃあ私は帰るわね。それと、その連中はそのままにしておかないほうがいいわ」

「あ、はい、わかってます。警察に連絡を――じゃなくて、優希先輩に連絡したほうがいいですね」

「そういう意味じゃなくて」

「え?」


 唯依が怪訝な視線を向けると、アイラは少し神妙な表情で夜魔たちを見下ろしていた。


「ただの通り魔じゃないかもしれない。ということよ」

「え? それってどういう……」


 そんな唯依の問いかけを待つことなく、アイラは目を閉じた。


「あっ、アイラさん!」


 亜矢の体を覆っていた魔力が急激にしぼんでいく。

 額の角が消え、外見が人間のそれへと戻った。


 そして、閉じた目がゆっくりと開く。


「慣れないわね、この感じ」

「……亜矢? 大丈夫かい?」


 眉間にしわを寄せ、亜矢は小さく頭を振った。

 状況を再確認するように左右を見回し、倒れた3人の夜魔をチラッと見てから視線を戻す。


「最後、思わせぶりなことを言ってたわね、あの人」

「うん……通り魔じゃないかもしれないって。どういう意味だろ?」

「最初から私たちを狙っていたということでしょ。本当かどうかはわからないけど」


 唯依は夜魔たちの顔をもう一度見たが、やはり見覚えはなく。


「とりあえず……どうしようか?」

「まずは不知火先輩に連絡じゃない? それともこいつら、このままにしていく?」


 そういうわけにもいかないだろう、と、唯依はちょうど近くにあった公衆電話から、優希の家へと連絡することにしたのだった。




-----




「……ふぅ」


 戦いの終わりを告げる火柱が、その力を弱めていく。

 全身の魔力を収めながら、俺はゆっくりと周囲に視線を配った。


 戦場が民家のすぐそばだったということもあって少し心配だったが、どうやら敵の張った"音と光を遮断する結界"は正常に機能しているようで、騒ぎが起こる様子はない。


 まずはそのことに安心し、俺は制服の内ポケットから腕輪のようなものを取り出した。

 それは神村さんからもらったアイテムで、原理はよくわからないが、手でつかんで魔力を流すことで現在地の情報とともに悪魔狩りへ緊急呼び出しの連絡が行くという便利な代物である。


 その形からわかるように腕輪のように手首にはめておくこともできるのだが、見た目的には少々微妙なので、俺はいつもポケットに入れて持ち歩いていた。


 軽く力を込めて魔力を流し込む。

 これまでの経験からすると、悪魔狩りが駆けつけるまでは5分から10分といったところだろう。


 俺は改めて周囲を見回した。


 地面に倒れたふたりの夜魔は完全に意識を失っている。死なない程度に加減はしたつもりだが、それなりに重いダメージを負っているだろう。

 仮に意識が回復したとしても、また襲いかかってくる心配はおそらくない。


 ひとまずそちらは、これから駆けつけるであろう悪魔狩りに丸投げするとして。


 俺のほうの問題はこっちだ。


「あ……」


 木塚は塀に背中を預けた格好のままで腰を落とし、くぎ付けになったようにこちらを凝視している。

 そんな木塚に、俺は軽い調子で声をかけた。


「ジーパンでよかったな。その体勢、スカートだったらパンツが見えてるところだったぞ」

「……」


 返事はなかった。


 無理もない。

 この状況で突っ込みを入れてこいというほうが無茶な話だ。


「あー……なんだ」


 戦いが終わったことで実感が戻ってきたのか、木塚の表情は逆に恐怖の色が濃くなりつつあるように見えた。


 どうしたものか。

 見られてしまった以上、彼女の扱いも悪魔狩りに相談する必要があるだろう。つまり、彼らが来るまではここにいてもらわなきゃならない。


 なるべくいつもの調子になるように意識しながら、再び声をかける。


「木塚。色々言いたいことはあるだろうけど、まず落ち着いてくれ」


 一歩近づくと、木塚がビクッと震えた。

 そこで俺は初めて、自分が悪魔の姿のままだったことに気づく。


(……お前が落ち着けって話だな、こりゃ)


 自嘲気味にセルフ突っ込みを入れながら、まずは人間の姿に戻った。


「し、不知火くん……?」


 そこで初めて、木塚の表情がほんの少しだけ和らぐ。


「今のは……?」

「あー、アレだ。手品みたいなもんだ」

「手品……?」


 信じたという顔ではなかった。当然だ。


「そ、そう。手品……そうなんだ」


 そう言いながら、木塚は震える足でどうにかその場に立ち上がる。


「じゃ、じゃあ私、仕事あるし、戻るね……」


 早口だった。


 わけのわからないこの状況と、得体の知れない相手の前から一刻も早く逃げ出したい。

 そんな木塚の気持ちが伝わってくる。


(……ま、そりゃそーか)


 普通の人間がこんな光景をいきなり見せられて、すぐいつも通りに戻れるはずはない。

 つい先日、神村さんが言ったとおり。

 人間ってのはそう簡単に非常識を受け入れられる生き物ではないのだ。


「木塚」


 そんな彼女をすぐに日常の世界に戻してあげたいのはやまやまだ。

 が、残念ながら今は引き止めなければならない。


 これ以上刺激しないようにと両手を軽く広げ、立ち去ろうとする彼女の進路に慎重に立ち塞がる。


「っ!」


 木塚はそんな俺の動きに過敏に反応し、一瞬逃げ出そうかと迷うような表情を見せた。

 が、この近距離では思い切ることができなかったのだろう。


「し、不知火くん……」


 足が震えている。完全に脅えていた。

 それはこの状況にではなく、俺に対してだ。


 そんな彼女の気持ちはよく理解できる。……が、それでも、やはり気分のいいものではなかった。


「……なあ、木塚」


 俺は俺で気持ちのコントロールに少々苦心しつつ、なんとかいつもの調子を維持する。


「とりあえずもう危険なことはない。だからまず、深呼吸して落ち着いてみるってのはどうだ?」

「あ、で、でも私バイトが……」


 それでも会話を切り上げようと必死な木塚。


「……」


 仕方なく、俺ははっきり言ってやることにした。


「あのな、木塚。お前の考えてることや心配してることはだいたいわかってる。その上で言うが、まず俺がお前に危害を加えることは絶対にない。それをまず信じてくんねーか?」

「……う、うん」


 あまり考えた様子もなく木塚は何度もうなずいた。

 たぶん今は、なにを言ってもこの反応が返ってくるに違いない。


「で、だ」


 ため息をつきたくなる気持ちをどうにかこらえて続ける。


「まず、お前をこのままバイト先に戻すわけにはいかないんだ。すまないとは思うんだが」

「そ、それって……」


 予想通り木塚が不安そうな顔をした。

 俺はすぐに付け加える。


「けど危険なことはなにもない。それは約束する」

「なにをするの……?」


 難しい問いかけだった。


 悪魔狩りや悪魔の存在というのは、一般人にはずっと隠されてきている。

 とはいえ、今回のように偶発的に存在を知られてしまうことは多々あるだろうから、悪魔狩りはなんらかの対応策を持っているはずだ。


 木塚ひとりのことなら、唯依のような幻魔の力を使って記憶を操作してしまうのが楽そうだが、ただ、俺は実際にどのような手段が取られるのかを知らなかった。


 ひとまず、俺はその推測をかなりオブラートに包んで答える。


「なんつーか、偉い人の前で約束してもらうだけだ。ここで見たことを他の人にしゃべらないってな」

「……」


 木塚の視線は忙しなく動いていた。

 俺を振り切って逃げようというつもりはないようだが、それは俺のことを信用しているというより、恐怖心から動けないというだけだろう。


(……ま、ヒステリーを起こさないだけマシってもんか)


 そう考えてみれば、木塚はむしろ俺のことを信用している、あるいは信用したいという気持ちが強いと考えるべきなのかもしれない。


 俺の気分的にもそう考えたほうが楽だった。


 そうして約10分。

 俺はどうにか木塚をなだめすかしながら、この場にとどめることに成功した。


 悪魔狩りがやってきたときもやはり脅える様子を見せたが、その場でなにやら処置が施されると木塚はすぐに意識を失い、待機していた救急車で病院に運ばれることになった。


 結局のところ悪魔狩りがとる手段はやはり簡単な記憶操作らしく、コンビニを出て俺を追いかけた直後に貧血を起こして倒れ、俺が救急車を呼んだという設定になるようだ。


 ただ、記憶を完全に消すということはできないそうで、木塚はこのできごとを夢のようなおぼろげな記憶として認識するらしい。


「今後はなるべく彼女に関わらないようにしてください。なにかの拍子で記憶がよみがえってしまうこともありますから」


 そんな悪魔狩りの忠告に生返事をしつつ、俺は付き添った病院を後にして家路についた。


 木塚たち普通の人間と自分との間に、確かに存在する深い溝。

 その存在を強く認識しながら――


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