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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
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2年目2月「悪魔と人間」


「もううわさになってるよ、優希。木塚さんに告白されたらしいってこと」


 翌朝の登校時、さっそく直斗の口からその話題が飛び出した。


 まあ意外でもなんでもない。

 木塚は例の人気投票で学年1位になるような注目度の高い生徒だし、むかし俺と木塚に接点があったことを知っているやつは少ないだろうから、ああやって廊下で話しているだけでも興味を引く光景だろう。


「え、本当?」

「なにを告白されたんですか?」


 どうやら初耳だったらしい由香と、相変わらずトボけた発言の歩。


「あー……」


 そして当然のごとく返答に詰まる俺。


 見上げた空はどんよりとくもっていた。

 今日は午後から雨になるかもしれないということで、雪に言われて折りたたみ傘をカバンの中に忍ばせている。


「まあ、そんなようなことがあったかもしれん」


 結局、消極的に肯定することにした。


 あまり公にしたい話ではないが、あれだけ目撃されていればおそらく隠しても無駄だろうし、嘘をつけば痛くもない腹を探られることにもなりかねない。


「木塚さんって、もしかして昨日のお昼休みにお話ししてた人?」


 歩もようやく昨日の記憶に思い当たったようだ。


「ちょっと見ただけだったけど、きれいな人だったよねー」

「それなりにな」

「なんか他人事みたいだね、優希」


 そう言ったのは直斗だった。


 他人事。

 言われてみれば確かに、実際に俺の感覚としてはそんな感じだったかもしれない。


 とにかく1日経ってもあまり実感はなかった。


「まあ、ひとまず断る理由は思い当たらないんだけどさ……」

「え?」


 そんな俺のつぶやきに反応したのは由香だった。


「なんだよ。なにか変なこと言ったか?」

「え? あ、えっと……」


 無意識の反応だったのか、由香は自分でもびっくりしたような顔をする。

 そして、しばらく困ったように視線を泳がせた後、小さな声で言った。


「その、だって雪ちゃんが……」

「……は? あいつは関係ねーだろ」


 意味不明だった。


 由香はまた、少しだけ間を空けて続ける。


「だって優希くん……そういうのは自分より雪ちゃんが先だって、昔からずっと言ってたじゃない」

「ああ、そういう意味か」


 確かにそんなことを言った記憶がある。

 相変わらず変なところで記憶力のいいヤツだ。


「けど、それって嫁に出すとか出さないとかの話だろ。つか、いつの話だよ。小学校のときじゃないか、それ」

「で、でもほら。お付き合いするってことは一応そういうことで……」

「あー……」


 その辺の感覚は人によるだろう。


 このぐらいの年齢で付き合い始めたヤツらが結婚までいくのは現実的には少ないだろうが、結果はどうあれ、ゴールはそこにあると言えなくもない。

 特にこいつの場合は強くそんなことを考えていそうだ。


「ってか、ちょっと話がズレたな。断る理由がないから受けるつもりだとかじゃなくて、断る理由がないのに断るのってどうなんだろうなと思ってさ」

「え? 断っちゃうの?」

「……お前、結局どっちでも驚くのな」


 まあ、それはいいとして。

 昨日あれから色々と考えてみたが、まず最初に達した結論は断る理由がないということだった。


 なにしろ木塚にはマイナスになるような要素があまり見当たらない。

 ややはっきりとモノを言えないという性格も、由香との付き合いで慣らされている俺にとっては大した問題ではなかった。


 そしてそんなことを考えていて、もうひとつ気づいたことがある。


 それは、自分がなによりもまず断る理由を探していた、ということだ。


 つまり結局のところ、俺の本心は乗り気ではないのだろう。

 理由は自分でもよくわからない。


「そういう気持ちなら断るべきじゃない?」


 はっきりとそう言ったのは直斗だった。


「優希の場合、付き合ってから気が変わるとかってタイプでもなさそうだし。自分が気づいていないだけでなにか理由があるんだと思うよ」

「理由、ねえ」


 その言葉はきっと正しいのだろう。

 ただ、その理由とやらがなんなのかわからないというのはすっきりしない話だった。


 ……いや。

 一応、可能性としては思い当たることもある。


 自分が人間ではない、ということだ。


 これまでは、はっきりと意識していたわけじゃない。

 というか、意識するきっかけがなかったというべきか。


 たとえば普通の人間と付き合って将来結婚することになったとすれば、そこで俺はひとつの選択肢を迫られることになるだろう。


 悪魔であることを一生隠し通すか。

 あるいは告白して、相手の理解を求めるか。


 そしてそこを乗り越えたとしても、今度は子どもが人間と悪魔のハーフになってしまうという問題が出てくるし、子孫には血の暴走というリスクも付きまとう。

 ハーフならほぼ大丈夫とはいえ、4分の1、8分の1と血が薄くなっていけばそのリスクはどんどん上がっていくはずなのだ。


 だから現実問題として、普通の人間と付き合うのは実はかなりハードルが高いんじゃないかということはぼんやりと考えていたりする。


 誰かに体験談を聞いてみたい気もした。


 残念ながら身近にそういう夫婦は存在しない。

 俺が気づいていないだけで実は結構いたりするのかもしれないが、少なくとも俺は存在を知らなかった。


(悪魔と人間、か)


 "日常と非日常"とも言い換えられる、その境界にある問題。


 木塚の告白は、俺がぼんやりと抱えていたその懸念について、改めて考えさせられるきっかけになっていたのだった。






「悪魔と人間の婚姻、ですか」

「そういうのどうなのかなと思ってさ」


 こういう問題について相談できる相手というのは非常に限られていた。

 一番最初に思いつくのはもちろん伯父さんだったが、こんなことをわざわざ電話して聞くというのも気が引けたし、あの人の場合、電話の向こうでニヤニヤしながら、


『なんだ。もしかして瑞希を嫁に欲しくなったのか?』


 とかなんとか言い出しそうで嫌だ。


 というわけで、その日の昼休み、俺が相談した相手は神村さんだった。


「神村さんならそういう例も知ってるだろ?」


 空いていた前の席に腰を下ろして向かい合うと、神村さんはゆっくりと視線を外に向けた。

 3時間目辺りから急に降り出した雨が強く窓を叩いていて、どうやら帰りまで止む気配はなさそうだ。


「私の知っている限り、正体を明かして普通の人間と婚姻した悪魔というのはほとんどいないです」


 と、神村さんは視線をこちらに戻した。


「やっぱりそうか。じゃあ正体を隠してってことだと?」

「そちらのほうがまだ現実的ですし、我々の立場としてもそちらを推奨しています。一般の人間にとってそれまでの常識を破棄するのは簡単ではありませんし、必要がない限りは正体を明かさないほうが無難でしょう」

「けど、子どもとかはどうすんだ? いずれバレちまわないか?」

「ほとんどの場合は問題ないです。小さいころから人間として暮らし、自分が人間だと思い込んでいる限りにおいては力に気づかないまま一生を終えることが多いのです。もちろんなんらかのきっかけで目覚める可能性はありますので、注意して観察していく必要はありますが」

「ふーん、そういうもんか」


 とすると、俺が想像していたよりはハードルは低いのかもしれない。

 しかし、神村さんはすぐに続けた。


「ただしそれは、親である悪魔のほうに、それ以降力を使うことなく生涯を終える覚悟がある場合の話です。親が日常的に力を使っていればハーフの子供は自然とその刺激を受け、それによって目覚める可能性も劇的に高くなるでしょう」

「あー……それはわかる気がするな」


 納得した俺に、神村さんは小さくうなずいてみせて、


「ですから、たとえば不知火さんの場合、相手に人間を選ぶのであれば、私たちのような悪魔狩りから選ぶのがもっとも安全でしょう」

「悪魔狩りから?」

「はい。それでしたらそもそも秘密にする必要はありませんし、実際にそういった例も少なくありません」

「ふぅん。そういうもんなのか」


 悪魔が悪魔狩りの中から嫁探しをするというのはなんとも変な感じがするが、確かにそれが一番合理的なのかもしれない。


 悪魔狩りの女性。

 知り合いで思いつくのは神村さんに緑刃さん、あとは美矩ぐらいか。


「ってことは俺の場合、神村さんと結婚すればなんの問題もないってことだな」

「その可能性はまったくありませんが、仮にということであればそうです」

「……相変わらず容赦ねーな」


 思わず苦笑する。

 もちろんこっちも冗談で言ったのだが、事実だとしても言い方ってものがあるんじゃなかろうか。


 ……なんて思っていると、意外にも向こうからのフォローがあった。


「不知火さんがどうということではなく、私の立場の問題です」

「あー……なるほど」


 悪魔狩りのトップ。その血統。

 そういうものなのかもしれない。


「じゃあ神村さんも俺と同じで、恋人探しは制限付きってことか」

「……」


 冗談交じりの俺の言葉に、神村さんは無言だった。


 俺の軽口に辟易したのか。

 それともなにか思うところでもあったのか。


 いずれにしろ、これで聞きたいことは聞けた。


「サンキュ、神村さん。参考になったよ」


 そうして俺は、食べかけの弁当箱を持って退散することにしたのだった。


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