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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
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2年目2月「無難≠平凡」


「おい、由香」

「え?」


 直斗や将太と、女子の人気投票について話したその日の放課後。

 俺と由香は揃って掃除当番だったということもあり、たまたま教室でふたりきりになるタイミングがあった。


 2月に入って数日暖かい日が続いたが、今日は太陽が隠れているせいか風が冷たさを取り戻している。

 俺はもちろん制服の上にジャケットを羽織っていたし、由香はコートにマフラーまで着込んでいた。


「……うーむ?」

「ど、どうしたの?」


 黙って見つめていると由香が困ったような顔をする。

 ただこんな俺の突飛な行動に慣れているせいか、顔を背けたりすることはなかった。


 それをいいことに、俺はじっくりと由香の顔を観察する。


(やっぱ普通だよなあ……)


 当たり前だが、目鼻の配置がいきなり変わっているということはなかった。


 やはり無難な顔立ちである。

 穏やかそうな印象の目、形の良い鼻、少しは自分で整えているのであろう眉、他人よりは少し小さめに感じる口。


 それらがほどよい感じで配置された全体。

 欠点らしきもののない、まさに無難な顔立ちだ。


(……いや、待てよ)


 そこで、俺はふと気づいた。


 欠点らしきものが見当たらない顔立ち。

 それはもしかすると無難ではなく、整っているということではないのだろうか、と。


(なるほど、そういう見方もあるか……)


 こうして改めて見てみると、確かにかわいいと言っていい部類なのかもしれない。


「ふむ。そうだったか」


 ひとりで納得していると由香は当然のごとく不思議そうな顔をした。

 が、やはり慣れたもので、特にその理由を問いかけてくることもなく。


「あ、そうだ。優希くん、放課後どこか寄る? せっかくだし一緒に帰らない?」

「ん? ま、そーだなぁ」


 返事を曖昧にしたまま教室の出口へ向かうと、由香はそれを了承ととらえたのかそのまま後ろについてきた。


(……そういやこいつ、例の人気投票のこと知ってんのかな)


 玄関辺りまで来て、ふと興味を持つ。

 探りを入れてみることにした。


「……お前ってさ。意外と男子連中に人気あるんだよな」

「え? どうしたの?」


 きょとんとした顔の由香。

 この反応ではまだわからない。


「いやさ。俺はよく知らねーんだけど、お前ってウチの学年じゃ木塚ってやつの次に人気らしいぞ?」

「……あ」


 それで由香はハッとした顔する。


「それって、なんか変な人気投票みたいな……」

「お。なんだ、知ってんじゃねーか」


 どうやら去年の結果もしっかり知っているようだ。

 まあ、こいつは女子の間ではかなり顔が広いし、情報が耳に入って当然である。


「うん。でも友だちからちょっと聞いただけだし、本当にあるかどうかは……」

「ホントにあるぞ。ついでにいえばお前は去年総合で7位、学年で2位だったそうだ」

「そ、そうなんだ」


 なんと答えていいのかわからないらしく、ちょっと恥ずかしそうだ。


 そんな由香の反応に、俺はいじめっ子心を微妙に刺激されて、


「いやあ、人気者はうらやましいな」

「や、やめてよ……。なんだか、その、からかわれているみたいでちょっと……」

「学年2位じゃ不満か? ぜいたくなやつだな」

「そ、そうじゃなくて。だって、誰が入れてくれたのかもわからないし……」


 この反応を見る限り、本当に嬉しさよりも困惑のほうが大きいようだ。

 まあ、自分の知らないところで勝手に順位付けされてしまうのだから、結果がよくてもそれを喜べるかどうかは性格によるかもしれない。


「……それって優希くんも投票したの?」

「ん。そりゃ一応な。神村さんと山咲先生に」

「あ……そうなんだ」

「なんだその顔。なんなら今年はお前に投票してやってもいいぞ? 1000円で手を打とう」


 そう言うと由香は少し笑った。


「そんなの嬉しくないよ。……本当にそう思って投票してくれるなら嬉しいかも、だけど」

「じゃあ1000円で本当にそう思ってやる」

「……もう」


 仕方ないな、という、見慣れた表情に変わる。


「でもやっぱり……そういうのが別に嫌ってわけじゃないけど、知ってる人とか好きな人にそう思ってもらえないとあんまり意味ないかな」

「そんなのわからんだろ。その好きなやつがお前に投票してるかもしれねーぞ?」

「それは……ないかな」

「あ? あー、まあ、その好きな相手ってのがウチの学校のやつかどうか知らんけどさ」

「……」


 由香は少し笑っただけでなにも答えなかった。


 俺はなにげなく視線を上に向ける。

 厚い雲がかかっていて、もしかすると今晩あたり雪になるかもしれない。


「つか、だいぶ前にもそんな話をしたっけな。……卒業まであと1年しかないけどいいのか? 進路がどうとかは知らんけど、そろそろなにか行動しねーと片思いのまま終わっちまうかもしんねーぞ?」

「うーん……それでもいいのかも」

「いいのかよ……」


 消極的にもほどがある。


 あまり他人の恋愛話に口を挟むガラじゃないのだが、ちょっと勇気づけてやろうかと思い、


「人気投票もそうだけどよ。お前は見た目も中身もそこそこいい線いってんだから、そんな消極的になることないんじゃないのか?」

「うーん……でも、ほら」


 由香は首に巻いたマフラーの端を軽く弄びながら答えた。


「その男の子の周りに、私よりずっとかわいい子がたくさんいるとしたら?」

「……そりゃご愁傷様としか言いようがねーけど」


 確かに難儀な話だ。


「けど、俺に言わせりゃ、そんなしょーもない女たらしなら、逆にとっとと見切っちまったほうがいいと思うけどなー」

「べ、別にそういうことじゃないと思うけど……」


 と、由香はなんともいえない顔をする。


「ま、どっちにしろ決めるのはお前だし。俺がとやかく言うことじゃねーけど」


 あまりこの話題を引っ張っても仕方ないだろう、と、俺はそこで締めることにした。


 仮にその本命がダメだったとしても、こいつには斉藤とか1年の木村とか、かなりレベルの高い恋人志願者が複数いる。

 木村に至っては、卒業までに由香に恋人ができなければ再アタックすると未だに明言しているようだ。


 今の本命とは、むしろうまくいかないほうがこいつにとって幸せなのかもしれない。


「ま、世の中半分は男だからな。ひとりに固執する必要なんてねーし。いい男なんてその辺にいくらでも転がってるもんだぞ、俺みたいに」

「あ、うん……」

「……おい。今のは突っ込むところだぞ」

「あ、そ、そっか。ゴメン」


 由香は慌てて、それから困ったように少し笑った。


 こういう様子を見ると、こいつ自身は言葉通りにそんなに急いでいないように見える。

 本人がそれでいいなら今のままでいいのだろう。


 卒業まで1年。

 なんだかんだで1年もあるし、その先だってまだまだ続くのだ。


 そして俺はふと尋ねた。


「そういやお前、学年1位だった木塚のことは知ってるのか?」

「あ、うん。もちろん知ってるよ。昔は同じクラスだったこともあるし……でも、そんなにお話ししたことはないかな。そのころはあまり口数の多い子じゃなかったし」

「あ、やっぱそっか」


 俺の記憶にうっすらと残っていた地味そうなイメージは、どうやら間違いではなかったようだ。


「高等部に来てからはクラスも遠いし、ほとんどしゃべったことないけど、すごくかわいくなったよね、木塚さん」

「ふーん。昔同じクラスだったことは覚えてるんだが、顔の印象はそんなに残ってないな。今は廊下ですれ違っても気づかないかもしれん」

「そうなんだ。……あ」


 家が近づいてきて、由香はふと思いついたように言った。


「ねえ、優希くん。雪ちゃんは今日喫茶店のアルバイト?」

「あー、どうだったかな。……ああ、そうだ。昨日歩のやつに晩メシの支度を頼んでたから、今日はバイトのはずだ、確か」


 そう言いながら腕時計を見る。

 掃除当番でいつもより少し遅くなったから、雪はもう店に入っている時間だろう。


 すると由香は少し嬉しそうにうなずいて、


「じゃあたまには雪ちゃんのところに寄って行かない? 働いているところも見たいし」

「ん。まー、別に構わんが」


 今は小づかいをもらったばかりで財布の中は温かい。

 それにうまくいけば雪のやつにおごってもらえるかもしれないから、特に断る理由はなく。


 その日は結局、由香と1時間ほどを喫茶店"三毛猫"で過ごし、そのあと由香を家まで送ってから帰宅することになった。


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