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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
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2年目2月「極秘コンテスト」


(……まさか退学してたなんてな)


 12月の暮れの戦いの反動か、どこか気が抜けたような1月が終わった。

 なにごともなかったわけではないが、その前の月に比べればまだ平穏な1ヶ月だっただろう。


 そんな中、俺は先日あった歩の誕生パーティの席で、養護教諭の山咲先生から、晴夏先輩が年明けすぐに学校をやめていたという話を聞かされたのだった。


(ってことは、やっぱ青刃さんの裏切りとも関係あるんだろうな……)


 タイミングからしてまず間違いないだろう。

 でなければ卒業まであと2ヶ月というこのタイミングで学校をやめるなんて考えられない。


 もう会うこともないのか。

 それとも、次に会うときには――


 ……とん、とん。


「ん?」


 晴夏先輩のことを考えてボーっとしていた俺の机に、折りたたまれた紙切れが回ってきたのは3時間目の古典の授業中だった。


(……なんだ?)


 こういう風に授業中にメモ紙を回すのは女子の間だとよくやっているが、俺のところに回ってくるのは非常に珍しい。


 紙切れを開くと、ピンクと黄色の蛍光ペンで書かれた文字の列が目に突き刺さった。


『今年もやるぜ! 極秘企画、校内美少女コンテスト! 投票期日迫る!』


 デカデカと書かれているその内容を理解するのに2~3秒ほどの時間を要したが、


(……ああ、そういえばそんな時期か)


 納得しながら紙切れを前の席に回した。


 筆跡からすると、そのメモ紙の書き手は将太だ。

 ただ、コンテスト自体はあいつの企画ではなく、毎年男子生徒の間で極秘裏に行われている風見学園高等部のウラ恒例行事である。


 簡単にいえば男子生徒による女子生徒の人気投票なのだが、クラスどころか学年の垣根も越え、本当に全校を巻き込んで行われる大がかりなものだ。


 各男子生徒には2票ずつが与えられ、投票の対象となるのはすべての女子生徒プラス女性教諭。


 ウチの学校の高等部には約600人の生徒がいる。男子はその半分の約300人。

 もちろん投票しない生徒も中にはいるが、それでも毎年200人以上は投票に参加するらしい。


 この規模になると、ちょっとしたお遊びというより一大イベントといった感じで、そこまでやるならいっそ公式行事にすればいいのにと思うのだが、そこはまあ色々と大人の事情があって難しいようだ。


 女子生徒にはコンテストの存在自体が秘密ということになっている。

 といってもいわゆる公然の秘密というやつで、実際のところ1年生はともかく2年生以上ならほとんどの女子がその存在を知っているはずだ。


 その証拠に、この時期になると急に髪を切ったり染めたりで、極端なイメチェンを図る女子生徒が増えるとかなんとか。


 真偽のほどは定かではない。

 ただ、バレンタインを間近に控えたこの時期に開催されるというのも、また微妙な思惑のようなものを感じさせるイベントではあった。


 なお、昨年のグランプリは当時3年生ですでに卒業した松木だか松田だかという先輩で、俺は顔も見たことがなかった。

 準グランプリも同じ3年生でこっちは名前も覚えていない。


 俺たちの学年でトップだったのは、全体で4位に入った木塚という女子だ。

 こいつは昨年も今年も別のクラスだが、俺と同じく中等部からのエスカレーター組で、中1のときに同じクラスになったことがある。


 当時は背が小さくてやや丸っこい感じだったはずだが、それでもぱっちりとした目や整った顔の造りは印象に残っていたのでそれほど驚きはなかった。


(……そういや由香のやつも下のほうに入ってたっけ)


 と、思い出す。


 下のほうといっても公表されるのは30位までだ。

 約300人の中の30位だから充分に健闘である。


 ちなみに昨年俺が投票したのは神村さんと山咲先生で、残念ながらどちらもランクインはしなかった。


「優希、アレ回ってきた?」


 昼休み、直斗から開口一番でその話題が出た。


 教室には俺と直斗のほかに5~6人の生徒しか残っていない。

 以前も何度か言ったように、この学校では昼食を教室以外の場所で食べるのがスタンダードなのである。


 歩は由香たちのグループに混ざってどこかに行ったようだし、将太は例によってどこかほっつき歩いているようだ。


「おー、回ってきたぞ。つか、1年前のことだからすっかり忘れてたわ」

「去年は神村さんと山咲先生に入れたんだっけ?」


 向かいの席に座ってこちらを向いた直斗に、俺は眉をひそめてみせる。


「なんで知ってんだよ。誰にも言ってないのに」

「人のうわさは恐ろしいものだからね」


 と、直斗は簡単に言い放つ。

 どうにも釈然としなかったが、もしかすると書いているところを誰かに見られたのかもしれない。


 今年は気をつけよう。


「僕は去年、由香と木塚さんに入れたよ」

「げ、マジ? つか、お前がきっちり投票していることにまず驚いたんだが」

「こういうイベントは難しいことを考えずに楽しまないとね」


 と、直斗。

 確かにこいつらしいといえばらしい。


「けど、由香ねぇ……。幼なじみのひいき目で見れば、まあそれなりに無難な顔してると思うが」

「そのひいき目、実は逆補正がかかってるんじゃないの?」

「んなこたぁない」


 実際、この世の女性を容姿のみで半分に分けたら間違いなく上側に入るだろうとは思っている。


 ただ、あいつはこういうおふざけのイベントで投票するには、あまりにも存在が近すぎるのだ。

 仮に雪のやつがこの学校に来ていたら間違いなく上位に入っていただろうと思うが、それでも俺は絶対に投票しない。


 そういうことである。


 ただ、そんな俺よりもさらに長い付き合いであるはずの直斗には、そういうためらいはないようだった。


「由香はかわいいと思うけどね。本当の意味で幼なじみのひいき目ってやつも入れたら、この学年で1番じゃないかな」

「……お前、よく真顔でそんなこと」


 俺は呆れた。

 こいつは案外、他人の前でも子どもを遠慮なく褒めちぎってしまう親バカタイプなのかもしれない。


「ホント……お前って昔からあいつにだけは甘いよな」

「そうかな?」


 と、直斗は少しとぼけた感じで言う。


「君の雪に対する甘さほどじゃないと思うけど?」

「……最近使いすぎじゃねーか、その切り返し」


 しかしまあ、実際こいつにとっての由香ってのは、俺にとっての雪と似たようなものなのかもしれない。

 昔、まだそれほど仲がよくなかったころなんかは、俺が由香のやつをいじめていると必ずこいつが邪魔に入ってきたものだ。


「僕は今年も由香に入れるつもりだけど、君は?」

「ん。どうすっかな……正直、知り合い自体少なねーから選択肢がな」

「あの3人は?」

「3人? ……ああ」


 一瞬誰のことかわからなかったが、すぐに唯依のところの3姉妹だと気づいた。


「案外ランクインするかもな、あいつら。絶対入れねーけど」

「優希、あの子たち苦手だって言ってたっけ?」

「やや苦手、普通に苦手、論外の3段活用だ」


 しかしその論外がランク入りしてしまうような気がしてならない。

 男ってのは中身よりもまず外見に注目してしまう悲しい生き物なのだ。


「ま、今年も神村さんと山咲先生かな。先生はどう考えても"少女"じゃねーけど」


 最後に弁当箱に残ったほうれん草のバター炒めをつつきながらそう答える。


 ……と、そのときだった。


「ちょぉぉぉぉぉぉっと、まったぁッ!」


 教室に響き渡る大声。


「優希! そいつぁ聞き捨てならねぇぞぉッ!」


 どたどたと騒がしく近づいてくる足音。

 振り返るまでもない。


「……ふぅ」

「おい! なんだその反応!」

「なんの用だ、将太?」


 と、俺は相変わらずハイテンションなツンツン頭のクラスメイト――将太に、ひたすらに冷たい視線を投げかけた。


「おぅ、それよそれ!」


 しかしそんな俺の視線にもまったく動じることなく、将太は近くにあった無人のイスを適当に引っ張ってくると、腰を下ろすのとほぼ同時にこぶしで俺の机を叩いた。


「今年は昨年の雪辱を果たさねばなるまい!」

「雪辱?」


 言ってる意味がわからずに直斗と顔を見合わせる。


 現れたタイミングからして例のコンテストの話らしいことは間違いない。

 ただ、俺たちがいったいなんの雪辱をしなければならないというのだろうか。


「貴様ら!」


 そんな俺たちの反応を見て、将太は俺と直斗にそれぞれ人差し指を突きつけた。


 ……オーバーアクションが限りなくウザい。


「貴様らは悔しくなかったのか!? 我らのアイドル由香ちゃんが、昨年あれほどの屈辱的な順位に甘んじてしまったというのに!」

「はぁ?」


 なにを言い出すのかと思えば。


「去年は健闘だったろ。つか、いつからアイドル扱いになったんだアイツ」

「本人が聞いたら真っ赤になって慌てそうだね」


 と、直斗が苦笑する。

 だが、将太は例によって俺たちの言葉を聞いていない。


「今年こそは彼女を学年トップへ! そして校内トップへと! 我らの力によって導くのだ!」


 ぐっとこぶしを握り締めて力強く演説してみせる将太。

 ひとりで勝手に盛り上がってしまっている。


「学年トップ、ねぇ……」


 見ると、直斗は最初から相手にする気がないようでマイペースで弁当を食べ続けていた。

 ただ、俺はもう食べ終わってしまっていたので相手をするしかない。


「……無理なんじゃね。普通に考えて」

「あうち! なんてことを!」


 バチ当たりとでも言わんばかりに、将太は両手で顔を覆うリアクションをする。


「貴様、今の発言で全校38名の由香ちゃんファンを敵に回したぞ!」

「ずいぶん具体的だな」


 俺がそう突っ込むと、直斗が横から口を挟んだ。


「去年の得票数じゃなかった? それ」

「38? そんなに入ったのか?」


 それはそれで驚きだった。


 300人中の38人といえば10パーセント強。

 投票を棄権するやつらもいるから実際にはもっと高い割合だろう。


 直斗が言った。


「そりゃそうだよ。だって去年は総合7位だったからね。ウチの学年では木塚さんに次ぐ2位だし」

「……マジか?」


 驚いてぽかんとしてしまう。

 30位ぐらいだと思ったのはどうやら俺の思い込みだったようだ。


(……学年2位? あいつが?)


 しかし、である。


 よくよく考えてみれば、同じクラスの斉藤とか1年の木村とか、あいつに一目惚れしたなんていう男子生徒を俺は昔から何人も見てきた。

 それに男友だちこそ少ないものの、交流が広いから顔もそれなりに売れている。


 冷静に考えると、その順位を不思議に思うのは俺ぐらいなのかもしれなかった。


 ただ。


「だからこそだ、優希よ。今年こそは由香ちゃんに、せめて学年トップを取って欲しいじゃないか!」

「んー……」


 微妙だ。


 理由はないが、どちらかといえばならないほうがいいんじゃないかと思った。

 なんというか、それはあいつらしくない気がしたのである。


 結局、俺は素っ気なく答えた。


「ま、どうでもいいわ。応援するなら勝手にしろ」

「なにぃ!? 貴様、それでも幼なじみか!?」

「お前の中の幼なじみ像は一体どうなってんだよ。とにかく俺は関係ねーし」


 このままおとなしく話を聞いていたら、由香の選挙活動を手伝わされかねない。


 弁当箱をカバンに入れて席を立つ。

 昼休み終了まであと5分だ。


「あ、おい優希! どこ行く!」

「便所だよ。ま、あれだ。陰ながら応援しててやるからせいぜい頑張ってくれ」


 と、俺はなにごとかわめいている将太を無視し、逃げるように教室を出たのだった。


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