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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
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2年目1月「プレゼント」


 完全に終わった。


 財布の中には10円玉が3枚と5円玉が1枚、1円玉が3枚。

 要するに38円。これが俺の全財産だ。


 これでどんな誕生日プレゼントを買ってやれというのか。


 時刻は15時40分。

 誕生パーティが始まるまであと20分。


(さぁて、どうやってごまかすかな……)


 俺の思考はすでにそっち方面へとかたむいていた。


 最後の手段を使って負けたのだから、これ以上の名案など浮かぶはずもない。

 今から家に戻って雪に頭を下げるにしても再び買いに出かける時間はないし、それならプレゼント自体を後回しにしてしまってもあまり変わらないだろう。


 そんな諦めモードで自宅に向かって歩きながら、俺は手の中に視線を落とした。


(……そういやこれ、ガス入ってんのかな)


 手の中にはライターがあった。


 先ほどゲームセンターでぶつかってきた小学生がお詫びに(どうせ必要ないから)とくれたものだ。

 いわゆるジッポ型のライターで、おそらくはこれもゲームの景品なのだろう。


「……うぉ、ついた」


 試しにやってみると、あっさりと火が灯る。

 つかないものと決め付けていたので無駄にびっくりしてしまった。


 一瞬これをプレゼントにしたらどうだろうかと考えてしまったが、すぐに思いなおす。

 あいつにライターをプレゼントしたところで、おそらくは誕生ケーキのロウソクに火をつけたところでお役御免になってしまうに違いない。


 と。


「あ、ちょっとそこのお兄ちゃん」

「ん?」


 バス停の前で、いきなり40歳ぐらいのおばちゃんに呼び止められた。

 顔見知りではなかった。


 が、


(……ああ、そういうことか)


 ピンと来る。


 いや、この場面に立ち会っていればおそらく誰でもわかっただろう。

 そのおばちゃんは火のついてないタバコを指の間に挟んでいたのだ。


「火、貸しましょうか?」


 こちらから申し出ると、おばちゃんは嬉しそうにうなずいた。


「悪いね。ライター、家に置いてきちまってさ」

「どうぞ」


 ライターを貸すと、おばちゃんはタバコに火をつけて大きく煙を吐き出した。


 実にうまそうだ。

 タバコってやつは俺もいたずらで口にしたことはあるが、その魅力は理解できないままだった。


「どうもお兄ちゃん」

「……あー」


 差し出されたライターを受け取ろうとして思いなおす。


「それ、使っちゃってください。どうせゲーセンで取ったものなんで」

「え? いいのかい?」

「俺が持ってても使い道ないですし」


 そう答えると、おばちゃんは少し考えたが、すぐになにごとか思いついた顔をして言った。


「んじゃ、代わりと言っちゃなんだけど、これをあげるよ」


 ポケットをごそごそと探り、取り出したのはしわくちゃになった紙切れ数枚。


「これ、向こうのスーパーでやってるくじ引きの券。今日までなんだけど、どうせあたしは行けないからさ。代わりにやっといでよ」

「くじ引きっすか」


 あまり興味はなかった。


「まあ、景品はトイレットペーパーとかだから、お兄ちゃんにはあまり嬉しくないかもしんないけど」

「あー……いや。じゃあありがたく使わせてもらいます」


 断ろうかとも思っていたのだが、考え直してありがたく使わせてもらうことにした。

 というのも昨日、トイレットペーパーがなくなりそうだと雪がつぶやいていたことを思い出したのだ。


 もちろん運よくそれが当たるとは限らないが、スーパーはこの帰り道の途中でもある。

 ちょっと寄り道するぐらいで大した手間でもなかった。


「んじゃ、幸運を祈ってるよ。どうもね」


 おばちゃんがバス停の灰皿にタバコを落としたところで、ちょうどバスがやってくる。


「いえ。こちらこそ」


 そう返すと俺はおばちゃんに背中を向け、帰り道の途中にあるスーパーへ向かって歩き出した。






 カーテンを閉めて薄暗くなった部屋の中にロウソクの明かりが灯っている。


 そして響く歌声。


「はっぴば~すで~とぅ~ゆ~」


 誕生日といえばやはりこの歌だが、この歳になると歌うのが少し苦痛になってくる。

 微妙に羞恥心をあおるメロディだと思うのは俺だけだろうか。


「ふぅ~」


 歌が終わって、歩がケーキに刺さったロウソクの火を吹き消す。


 大きなロウソクが1本と小さなロウソクが4本。

 14歳である。


「お誕生日おめでとう、歩ちゃん」


 控えめな拍手とともにその場にいるメンバーから祝福の言葉が飛び、歩はちょっとはにかんだような笑顔を見せていた。


 我が家で催されるパーティにしては静かな立ち上がり。

 その理由はもちろん、将太と藍原という2大トラブルメーカーが不在だからだ。


 にぎやかなのも悪くはないのだが、たまにはこういう落ち着いた雰囲気もいい。


 ちなみに、このパーティに歩が自ら呼んだのは3人だった。


 直斗と由香は予想通り。

 ただ、もうひとりは予想していた神村さんではなく。


「おや。てっきりアルコールの類を持ち込んで悪さをすると思ってたのですが、予想外に健全なパーティのようですね」

「……ウチを不良のたまり場かなにかと勘違いしてませんか?」


 いきなり失礼な発言をかましてくれたのは、休日にもかかわらず白衣のようなコート姿にメガネをかけた優男風の麗人。


 養護教諭の山咲先生である。


 確かにしょっちゅう保健室に世話になっている歩にしてみれば、ある意味母親のような存在ともいえる人だ。声をかけたのも当然といえば当然だろう。


 ちなみにこの山咲先生は由香の母親である梓さんと幼なじみという関係でもあり、ここにいるメンバーだと瑞希以外は結構古くから面識があった。


「家主が不良ですからね。疑われても仕方ないと思いますよ」

「俺のどこが不良だと?」

「主に数学と英語の成績でしょうか」

「……」


 そういう意味の"不良"ならば反論できない。


 そんなこんなで雪がケーキを切り分け始め、その間にみんなから歩へ誕生日プレゼントが渡されていく。

 なお、神村さんは一足先にプレゼントだけ届けに来て、そのまま帰ってしまったそうだ。



 全員がプレゼントを渡し終え、最後に俺の番が回ってくる。


「あー……」


 俺は少しためらったものの、


「じゃあ俺からはこれってことで」


 差し出したのは封筒だ。


「?」


 予想外の形状だったためか、歩は少し不思議そうな顔をしながら受け取る。


「なんだろ……?」


 さっそく封筒を開け、中から出てきたのは1枚の紙切れ。


「……え?」


 その表面に印刷されている文面に、歩の表情がさらに不思議そうになる。

 そして真意を尋ねるかのように俺の顔を見た。


「……」


 視線をそらす。


 歩の言いたいことは充分に理解できたが俺にだって答えようがなかった。

 なにしろそれは、スーパーのくじ引きでたまたま当たった景品なのだから。


「歩? どうしたの?」


 聞いたのは瑞希だ。

 他の面々も興味しんしんに歩の答えを待っていた。


「え、ええっとー……」


 歩が確認するように俺の顔を見たが、別に隠す必要もないので黙ってうなずいてみせる。


「あの。……温泉の宿泊券みたいです」

「温泉の宿泊券?」


 その場にいた全員が怪訝そうな顔をして、まるで示し合わせたかのように同時に俺を見る。


 俺は視線をそらしたまま答えた。


「あー、なんだ。つまり温泉にでも行ってゆっくり体を癒して来いということで」

「それで、温泉?」


 疑わしい顔の瑞希。

 当たり前だがまったく信じてない様子だ。


 と、そこへ、


「……あ」


 歩の背後から券面をのぞき込んだ雪が、妙に納得したような顔をした。


(……気づかれたか?)


 こいつはそのスーパーによく行くから、おそらくくじ引きをやっていることは知っているはずだ。

 もし景品の内容を見ていたとしたら、真相に気づいたとしてもおかしくはない。


 ただ、雪は結局その場ではなにも言わなかった。


 瑞希が言う。


「だいたいあんた、こんな券が1枚あったって、歩をひとりで行かせるわけにはいかないじゃない」

「あ、でも」


 そんな瑞希の言葉に、歩が券面をみんなに示して言った。


「ペア宿泊券って書いてるから、ふたり行けるみたいだよー」

「ああ、それじゃきっと優希が連れて行ってくれるんだね。いいじゃない。温泉旅行」


 と、直斗がとんでもないことを言い出す。


「え。いや、そういう意味じゃないんだが……」


 しまった。

 いくら相手が歩でも、ペア宿泊券ってのはちょっと意味深すぎたかもしれない。


 ……というか、なんとなくだが直斗も事の真相に気づいていて、それでからかっているんじゃないかという気がしてきた。


 そこへ由香が口を挟む。


「でも、せっかくのプレゼントなんだし、優希くんと行ってくるのが一番なんじゃない?」


 いかにもこいつらしい、なにも考えてない発言だった。


「待て待て、お前ら。そんなめんどい――じゃなかった。いくら相手が歩だからって、年ごろの男女が泊まりがけってのはマズイだろ。いくら相手が歩だからって」

「ゆ、優希さん、そんな、2回も言わなくても……」


 そんな歩の抗議はとりあえず無視して、


「……なあ。山咲先生?」


 このおかしな流れを断ち切ろうと、俺はこの場で唯一の大人である山咲先生に話を振った。


 が、しかし。

 どうやらその選択は誤りだったようだ。


「別にいいんじゃないですか。健康面を考えても温泉というのは悪くないですし」

「……おい、せんせー」


 山咲先生は一足先に食べ終えて空になったケーキの皿をテーブルの上に戻し、雪から受け取ったコーヒーをひと口。


「こういうとき"間違いが起きる"なんてことを皆さんよく言いますが、間違いというのは誤りのことですからね。双方合意で愛があれば間違いではなくむしろ正解なんです」

「……飛躍させすぎです。つか、教師としてその発言はいかがなものかと。精神的に未熟な子どもの場合はどうだとか色々あるでしょうに」


 というか、そもそも最初からそんな心配はしていない。

 俺が言っているのは世間体のことであり、それを建前にして面倒ごとを回避したいだけなのだ。


 そこへ、ずっと傍観していた雪がようやく助け舟を出してくれる。


「じゃあそのことは後でゆっくり相談しよっか? みんな、今はひとまずケーキを食べちゃって。テーブルが片づかないとお料理も出せないから」


 そんな雪の言葉に、なぜかちょっとそわそわしていた歩がパッと顔を上げた。


「あ、じゃあ私、オードブルの配膳の準備を――」


 それを瑞希が止める。


「主役は黙って座ってればいいのよ。雪ちゃん。私、手伝うわ」

「あ、私も手伝うね」


 瑞希と由香がそろって立ち上がる。


 ……と、まあ。

 こんな感じで歩の誕生パーティはなごやかな雰囲気のまま進み、完全に夜が更ける直前ぐらいにお開きとなったのだった。


 余談ではあるが、くじ引きの件はやはり雪にバレていて、結局プレゼントを買いなおすハメになってしまったということをここに付け加えておく。


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