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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 そこにある溝
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2年目1月「ふたつの変化」


 異様に長く感じた冬休みも先週で終わり、新学期が始まって数日が過ぎていた。

 俺たちにとっては色々なことがあった冬休みだったが、大多数の人間にとってはおそらくなんの変哲もない日々だったことだろう。


 もちろん学校の風景も休み前と比べてほとんど変わってはいない。


 ほんの一部を除いて。


「優希先輩、こんにちは……」


 昼休み。

 廊下でばったりと出くわしたのは、1コ下の後輩であり、先日の戦いで大車輪の活躍をした唯依だった。


 なぜかぐったりと疲れ切った顔をしている。


「お前、死相が出てるぞ」


 人生に疲れきったサラリーマンなんかはこんな顔をしているんじゃないかと、世のサラリーマンを敵に回しそうなことを考えながら俺は唯依にそう言った。


 どうしたとは聞かない。

 なぜなら俺は、だいたいの事情をすでに知っていたからだ。


「……あ、いたいたー!」


 挨拶を交わした直後、廊下の向こうから元気な女の子の声が聞こえる。

 そしてこっちに駆け寄ってきたのは、唯依と一緒に暮らす3姉妹の長女、真柚だった。


「唯依くん、早く早く! みんな待ってるよ――あっ」


 真柚は俺の存在に気づいて足をゆるめると、丁寧に頭を下げる。


「こんにちは、優希先輩」

「よぅ。久しぶりだな」


 軽く手をあげて真柚に応える。

 あの戦い以降こうして彼女と顔を合わせるのは初めてだが、思った以上に変わりないようだ。


「なにか大事なお話中だった?」

「いや。今さっき、たまたま出くわしただけだ」

「じゃあ唯依くん連れてっても大丈夫?」

「別に構わんが……」


 ちらっと見ると、唯依が諦め顔をしている。


「よかった。じゃあ唯依くん、戻ろっか。今日のお弁当はちょっと自信作で……」


 真柚に手を引かれていく唯依を見て、俺はなぜか小学生のころに習った、荷馬車で売られていく仔牛の歌詞を思い出していた。


(……ま、がんばれよ、唯依)


 あの3姉妹にそれぞれ女皇たちの人格が残ってしまったという話はすでに唯依から聞いていた。

 ただ、本人たちはあんな騒ぎを起こすことは二度とないと誓っているようだし、実際にそんな気配はないからとりあえず問題はなさそうだ。


 ただ、それで以前とまったく同じ状態に戻ったのかといえば、どうやらそういうわけでもないようで。

 どうもあの3人、以前にも増して唯依に構うようになってしまったらしい。


 以前は多少遠慮していた校内でもああやって周りを気にせずに仲よくしているし、今の様子を見ると昼メシも一緒に食べているのだろう。


 女皇たちの記憶が残ったことが原因なのか、あるいはあんな戦いを乗り越えて絆が深まったのか。

 原因ははっきりしない。


 ただ、あの様子では周りから変な目で見られるようになる日も近いだろう。

 唯依の心境、察するに余りある。


 とまあ。

 これが、冬休み前後で変わった周囲の風景のひとつだ。


 まあ、アレに関しては、唯依にとっては大変なことなのかもしれないが、結果的には前よりも仲よくなったという話なので、たいした問題ではない。

 せいぜい唯依が胃を痛めてしまわないように祈るだけのことだ。


 問題があるとすれば、もうひとつの変化のほう。


「……今日も沙夜さん来ないみたいだねー」


 唯依と別れて教室に戻ったところで、歩がトテトテと小走りに駆け寄ってきた。

 その視線は心配そうに空っぽの窓際の席に向けられている。


「みたいだな」


 短くそう答えて、俺もその空っぽの席に視線を送った。


 そう。

 始業式の日からずっと、神村さんが学校に姿を見せていないのである。


 もちろん、今までにも彼女が欠席することはよくあった。

 なにしろ悪魔狩り"御門"の当主という身分だ。学校に来られない用事だってたくさんあるだろう。


 が、しかし。

 あの戦いが終わった後ということもあって、始業式からずっと姿を見せないのはタイミング的にちょっと心配だった。


 正月に巫女舞を踊る神村さんを見てから約半月。

 あの時点であれだけ動けた彼女が、ケガの影響だけで学校に来られないとはとても思えない。


 とすると、原因は体の問題ではないのだろう。


(……緑刃さんが言ってた、組織内の問題か)


 あの戦いの直後に起きたというなんらかの事件。

 その詳細については俺はまだなにも知らされていなかったが、緑刃さんの態度などから事の重大さはなんとなく感じていた。


「優希さん、なにか聞いてないの?」

「なにも。訪ねていってもなかなか会えねーし。……ま、きっとたいしたことじゃない。あんま心配しすぎんなよ」


 気になることは気になる。

 が、今はただ待つことしかできなかった。






 そんな俺に思わぬ展開が訪れたのは、その日の放課後のことである。


「優希くん」


 おそらくこの学校でもっとも短いであろう岩上先生のホームルームが数秒で終わり、さて帰ろうかとイスから腰を上げようとしたところで、由香がカバンを手にこちらにやってきた。


「なんだ、お前か。やっかいごとなら今はノーサンキュだぞ」


 由香の顔を見るなり俺がそう言ったのは、少し上目づかいの彼女の表情に、なにか頼みごとがあるらしいことを即座に悟ったからである。


「あ、ううん違うの。ちょっと聞きたいことがあって」


 そう言って手を振る由香は、冬休み中に髪を切ったらしく若干イメージが変わっていた。

 といっても大幅な変更ではなく、前髪や後ろのポニーテイルがちょっと短くなった程度だ。


「聞きたいこと? スリーサイズなら上から85、71、88だぞ」

「……」

「冗談だって。頼むから黙らんでくれ」

「え?」


 由香はハッとして、


「ご、ごめん。あ、そうなんだーと思って感心しちゃった」

「信じんなっての。で、お前は?」

「え? わ、私?」


 なぜか慌てふためく由香。

 なにを勘違いしたのかは一目瞭然だった。


「お前のスリーサイズを聞いてるわけじゃねーぞ。お前のほうの用件は?」

「あ、そ、そうだった」


 ホッと胸を撫で下ろす由香。

 新年早々のボケラッシュで、俺の脳内ランキングおとぼけ部門の順位に変動が生じそうだ。


 磐石の雪はともかく、2位の歩の座が危うい。


「えーと、実は……」


 と、由香はカバンを俺の机に置いてガサガサとなにかを探し始めた。


「……」


 横から少し身を乗り出すような体勢だったので、目の前わずか数センチのところに由香の胸元がある。

 いくら幼なじみとはいえ無防備すぎやしないかと思ったが、まあせっかくなのでちょっと観察してみることにした。


 先ほどスリーサイズの話が出たときは妙に慌てていたが、周りと比べて胸が特別に貧相だということはなさそうだ。

 もちろん冬服の上からの見た目だし、下着でもだいぶ変わるという話も聞いたことはあるが、まさかこの歳で大量のパッドを詰め込んでいるわけでもないだろう。


 少し視線を下に落とす。


 ウエストも極端に太いということはなさそうだ。

 結論としては、別に聞かれて恥ずかしいようなスタイルではないように思える。


 ただ。


「なあ、由香。お前、もしかして少し太ったか?」

「!?」


 なにげなく言った俺の言葉に、由香はびっくりするほどの速さで身を引いた。

 そしてカバンの中から勢い余って出してしまったノートで、真っ赤になった顔を半分隠しながら、


「み、見てたの? わ、わかっちゃった……?」

「いや、見てたっつーか、なんとなく思っただけだが……」


 本当になにげなく言っただけで確信があったわけでもない。

 が、この反応を見るとどうやら図星だったようだ。


 由香は少し暗い顔をして、


「この時期って私、毎年そうなの。油断するとすぐ太っちゃって。で、でも、優希くんに指摘されるなんて、もしかしたらいつも以上なのかなぁ……」


 俺が普段そういうことを言わない分、余計にショックだったらしい。

 一応フォローしておくことにした。


「いや、まあ気にすることないんじゃね? 電車で席を譲られるほどじゃねーし」

「妊婦さんレベルってこと!?」


 なぜか由香はさらに落ち込んでしまった。

 フォローには失敗したようだが、面白いからそのままにしておく。


「で? 脱線し続けてるけど、結局聞きたいことってなんだったんだ?」

「……あ、うん。あのね、神村さんのことなんだけど」

「神村さん?」


 意外な人物から名前が出てきたものである。


「神村さん、先週からずっと風邪でお休みしてるでしょ? だから」


 と、由香は手にしていたノートを俺の前に出して、


「もう2年生も終わるし、今の時期に長く休むと勉強も大変だから、お見舞いも兼ねてノートを持っていってあげようかなって」

「ノート?」


 目の前に差し出されたノートは綴じられていないタイプの、いわゆるルーズリーフノートというやつだった。

 ペラペラとめくってみると、どうやら新学期が始まってからの全教科分だ。


「お前が写したのか?」


 こいつが普段使っているのはきちんと綴じられているタイプの大学ノートだ。

 つまりこのルーズリーフは、こいつが後から自分のノートをそっくり写したものということになる。


「うん。休み時間とかヒマだったから」

「ふーん」


 俺はそのノートを由香に返しながら、


「お前、そんなに神村さんと仲よかったっけ?」

「え? ううん、あんまりお話とかはできてないかな。神村さん、そういうの好きじゃないみたいだから。……でもね」


 と、由香は照れくさそうに笑った。


「もしかしたらこれがきっかけで仲良くなれるかもしれないし、なんて。ちょっと思ってたり」

「……なるほどな」


 俺が納得したのは、由香のその発想に対してではない。


(これが友だちをたくさん作る秘訣ってやつなのかね……)


 普段の態度から引っ込み思案に思われがちな由香だが、同性とのコミュニケーションに関しては意外なほどに積極的だ。

 だから昔から女友達が多いし、こんな性格だからどんなグループともそれなりに付き合えてしまう。


 小1のころからこいつを見てきているが、男子にいじめられることはあっても、女子とトラブルになっている姿を見たことはほとんどなかった。


 神村さんとの組み合わせでどうなるのか興味はあった。


 それに……もしかすると、これは降って湧いた幸運かもしれない。


「でね」


 ルーズリーフノートをカバンにしまいながら由香は言った。


「神村さんってあの神社の子だっていうのは知ってるんだけど、住んでいるお家もそこでいいのかなって。私、ああいうのよくわからなくて。優希くん知らない?」


 結局、聞きたかったことってのは単にそれだけらしい。

 俺はすぐに答えた。


「ああ、あそこで間違いない。ってか、これから行くんだろ? なら、俺も付いてってやるよ」

「え?」


 驚いた顔をする由香。

 ただ、由香がそんな反応をしたときには俺はもうカバンを手に席を立っていた。


(これなら神村さんに会えるかもな……)


 と、俺は考えていた。


 神村さんだって表向きは普通の女子高生をやっているわけで、周りの人間に怪しまれない程度のカモフラージュはしているはずだ。となると、こうしてクラスメイトが訪ねてくるという状況も想定しているだろう。


 個人として訪ねるとなかなか会うことができない。

 が、クラスメイトとして訪ねれば別の結果が出るかもしれなかった。


 まあ、ダメでもともと。

 放課後はどうせヒマなのだ。


「ほら、行くぞ、由香」

「え? あ、ちょ、ちょっと待って!」

「ああ、それと」


 慌てて追いかけてきた由香に言ってやる。


「お前、もともと細いほうなんだから、今ぐらいならぜんぜん気にしなくていいと思うぞ。少なくとも俺はそう思う」

「あ……う、うん」


 そう言うと、由香は少し安心したような表情になる。

 どうやら今度はうまくフォローできたようだ。


 そうして俺は由香とともに、クラスメイトとして神村さんの家を訪ねることになったのだった。


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