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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 復讐
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2年目1月「こんなにも好きな理由」


「ちっ……!」


 ちょっと無謀だったかな、と。

 俺は雪の"冷気の渦(アイスストーム)"に全力の炎をぶつけながらそんなことを考えていた。


 今日の俺の調子はせいぜい1割から2割程度。雪の魔力はその軽く数倍はある。

 手加減を試みた形跡はあったものの、それでも俺の力で打ち消せるものではなかった。


 とはいえ。

 あいつに無闇に人殺しをさせるわけにはいかない。


 俺は相殺するのを諦め、耐える方向へと作戦を変えた。


 守るべき対象は俺のすぐ後ろ。

 この場で踏ん張ればそれほど被害が及ぶことはないだろう。


 両腕を体の前で交差させ、"太陽の拳(フレアナックル)"と同じ要領で全身に炎の鎧をまとう。


 と同時に、"冷気の渦(アイスストーム)"がまともにぶちあたってきた。


「う、ぐ……ッ!」


 全身を鋭い針の山でつつかれたような痛みが走る。

 薄く開けた視界の向こうでは、雪があいつらしくもない狼狽した表情を見せていた。


(……心配すんなっての)


 雪の力の放出はもう止まっている。

 となると、すでに放たれた分を耐えればいいだけの話。


 これを耐え切れないようじゃ、兄貴の面目丸つぶれだ。


 腹の底から力を振り絞る。


 この状況なら後先を考える必要はない。

 全身の魔力が空になる寸前までしぼり出し、この一瞬に注ぎ込むのだ。


 3、2、1――。


「……こんちきしょぉぉぉぉぉッ!!」


 轟音とともに、体を覆っていた炎が大爆発する。

 炎と氷の魔力がぶつかり合い、"冷気の渦(アイスストーム)"は瞬時に白い蒸気と化していった。


「どうだ、このやろ……ッ!」


 しゅぅぅ、と、蒸気が天に上っていく。

 どっ、と、大量の汗が背中を流れた。


「へっ……俺だってこのぐらいできるっつーの……はぁっ、はぁっ……」


 両腕を見るとそでが凍り付き、髪の先やまつ毛も霜のようなもので真っ白になっている。


「ユウちゃん!」


 慌てて駆け寄ってきた雪は、そんな俺の顔を見てホッと安堵の息を吐いた。


「あはは……風邪、ひいちゃうかもね」

「お前、な……」


 思わず脱力してしまった。


「まともだったら風邪どころの話じゃねーよ……ったく」


 愚痴を言いながら後ろを振り返ると、少年は地面にうつ伏せに倒れていた。


 どうやら多少は"冷気の渦(アイスストーム)"の余波を受けてしまったらしい。

 ただ、呼吸はしているようなので、とりあえず命に別状はないと見ていいだろう。


「……で?」


 俺は少年から視線を移動させ、その場にいたもうひとり――俺と雪のちょうど中間あたりで固まっている男を見た。


 薄っすらと記憶の中にある。

 緑刃さんから忠告を受けた、御門から脱走したという幻魔の男だった。


「まあ……なんとなく事情は読める気もするが」

「うん。詳しいことはあとで、ね。……それより」


 と、雪は少し怖い顔をして幻魔の男をにらんだ。


「あなたのしたことは許せない。人の感情を利用して悪さをしようだなんて」

「っ……」


 幻魔が息を呑む。


 普段穏やかな人間が怒ると余計に怖く感じるものだ。

 こいつの本気の怒りは、正直俺だって怖い。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 そんな雪の威圧感に押されたのか、幻魔は逃げることもできずにせっぱ詰まった声で叫んだ。


「そんなつもりはなかったんだ! その少年が力を持っていたのも、私の力でそれを引き出してしまったのも偶然だし、なにより……!」


 と、幻魔は俺のほうを指差す。


「私は君に危害を加えるつもりはなかった! ただ、その男に復讐したかっただけで……!」

「ほほう」


 俺は腕を組んで軽くあごを上げる。


「俺に復讐、ねぇ」

「! いや、だから……その……」

「ユウちゃんに復讐?」


 雪は少し怪訝そうだった。


 こいつはこの幻魔が起こした過去の事件に関わっていない。

 当然、俺との因縁についても知らないはずだった。


 ただ、それでもなんとなく事情を察することはできたようで、


「でも、それで、どうして私に?」

「つ、つまりだ!」


 幻魔にはもう隠しごとをするだけの余裕がないらしく、あっさりと白状していった。


「その少年が君のことを好きだったようなので、それに協力しただけなんだ! それで、結果として恋人を取られた形になれば俺も復讐が果たせるだろうと思って!」

「……」


 雪と顔を見合わせる。


 なるほど。

 前回の事件のときにも思ったが、とことんマヌケな小悪党だったらしい。


「……あー、なんだ。お前の今後のために勘違いを訂正しといてやろう」


 俺はため息とともに言った。


「俺とこいつは兄妹だ。恋人でもなければ夫婦でもない。つまりお前の計画は根本から成立してねーよ」

「なっ!」


 幻魔が驚きの表情を浮かべる。

 というか、こいつはもうさっきからこの表情しかしていないような気がしてきた。


 そして幻魔は、その表情のままマヌケに叫んだ。


「バ、バカなぁぁぁッ! この年ごろの兄妹ってのは、町中で手をつないで歩いたりしないんじゃないのかぁぁぁッ!」

「いや、だからそれはお前の勝手な――」


 幻魔の妄想を否定しようとして、ふと思いなおした。


「……いや、よく考えたら正論じゃねーか。なんかむかつくな」


 ため息が聞こえる。


 見ると、雪が人間の姿に戻っていた。


「……事情はわかったよ。でもダメだよ、そういうことしたら」


 雪がたしなめるような口調でそう言うと、幻魔が大げさに目を見開いた。


「も、もしかして、許してくれるのかッ!?」

「私は……ね。悪いことしたのは確かだけど嘘はついてないみたいだから。ただ……」


 ゆっくりと幻魔のもとに歩み寄ると、雪はまっすぐにその目を見つめた。


「誓って。今後絶対にその力を悪用しないって」

「……」


 幻魔は驚いたように雪を見ていた。


 そして数秒の沈黙の後。


「……ち、誓おう」

「ホントに?」

「う、うむ……男に二言はない」


 うなずいて雪から目をそらした幻魔の顔が微妙に赤くなっているのが気になったが、そこは突っ込まないでおこう。


 そんな幻魔の反応に気づいたのかどうか。

 雪は小さくうなずくと、


「じゃあ、私とのことはそれで終わりね。本当はあの子にも謝ってほしいけど、それはしないほうがいいかな。ね、ユウちゃん?」

「ん? ……あー、なんだ。よーするに、こいつはそいつのせいで迷惑こうむっただけなんだな?」


 地面に倒れた少年を指差しながら聞くと、雪は黙ってうなずいた。


「オーケー。……幻魔の兄さん。あんたもそれで納得したのか? おとなしく捕まるんだな?」

「……ああ」


 幻魔は神妙な顔でうなずいた。


「迷惑をかけてすまなかった。これから私は悪魔狩りのもとで罪を償い、いずれは……」


 そう言って、ぐぐっとこぶしを握り締める。


「世のため人のため、そして平和のために戦おうではないか!」

「……大丈夫か? なんか余計にいかれちまってねーか?」


 俺は思わず呆れてしまったが、雪は嬉しそうに微笑んで、


「うん。大変かもしれないけどがんばってね」

「うむ!」


 そんな雪の言葉に幻魔は力強くうなずき、そしていきなり俺の手を握ってきた。


「昨日の敵は今日の友! いつかはともに戦おうではないか、義兄よ!」

「……ふざけんじゃねーッ!」


 そのあと、あらかじめ連絡しておいた緑刃さんの部下がやってくるまで、いつも静かなはずの夜の公園は騒がしいままだった。






「まー、わかってると思うが」


 幻魔の男と気絶した少年を悪魔狩りへ引き渡した後。

 俺と雪がようやく帰路についたのは夜の10時を回ったころだった。


「昨日言った兄離れうんぬんってのは普段の話だ。どんなときも俺を頼るなとか、そんな話をした覚えはねーからな」

「ごめんね」


 雪が謝ったのはそれでもう3度目だった。

 自分の判断が誤っていたという自覚はあるらしい。


 もちろん、こいつが今回俺を頼らなかったのは、昨日の話だけが理由ではないだろう。

 自分でどうにかできるという判断もあったのだろうし、それに加え、おそらくは年末に負った俺の怪我のことを考慮したのだろうとも思う。


 ただそれでも。

 言わずにはいられなかった。


「一緒にいてもいなくても、年を食っても家庭を作っても、俺は一生お前の兄貴だ。だから俺はずっとお前に偉そうなことを言ったり理不尽な要求をしたりするし、お前はその分、俺を頼ったり迷惑をかけたりしてもいい」

「うん。ごめんね」


 4度目。

 ただ、そうしながらも雪はずっと幸せそうに微笑んでいた。


「……で」


 いい加減言ってやる。


「お前、いつまで俺のそでをつかんでいるつもりだ?」

「一生、でしょ?」


 俺はため息を吐いて、


「だから言ってるだろ? それは特別なときの話で、普段はちゃんと兄離れしろって」


 すると雪はおかしそうにクスッと笑った。


「ユウちゃんと一緒にいるときはいつでも特別だよ。だから、いいよね?」

「……」


 果たして本気なのか冗談なのか。

 いずれにせよ今日のような無茶をされるよりはマシか、と、俺はそれ以上言わないことにした。

 

 冬の綺麗な星空を眺めながら、しばらくは暗い夜道を無言で歩く。


「……ねえ、ユウちゃん」


 ふと雪が口を開いたのは、家まであと5分という辺りだった。


「来世って、あると思う?」

「……来世? どうした急に?」

「あの男の子とちょっとそんな話をしたものだから。……来世があるとしたら前世もあるんだよね。前世の私たちってどんなだったと思う?」

「……」


 そんなものあるはずないと答えるのは簡単だったが、言い切れるほどの根拠があるわけでもなかった。

 頭の悪い俺には、肉体と精神のなんたるかを語る知識すらないのだ。


「さあな。前世ってのがあったとしたらの話だが、顔見知りですらなかったんじゃないか? 世の中、こんだけの人間がいるんだしな。たまたま知り合う可能性なんて天文学的な確率だろ?」


 そもそも人と人であったかすら定かではない。

 トンボとカエルだったかもしれないだろう。


「かもしれないね。……でも、私はそうは思わないの」


 隣を見ると、雪は視線をななめ上に向けて星空を見つめていた。


「私とユウちゃんが一緒に生まれたのは偶然なんかじゃなくって。前世も来世も、私はなにか理由があっていつもユウちゃんのそばにいるんじゃないのかな、って」

「ふーん……ま、もしかするとそういうもんなのかもな。前世なんてもんがあればの話だが」


 正解のない話だ。

 仮に前世があったとしても、その記憶がなければないのと同じ。

 そして俺は、インチキくさい番組以外で前世の記憶があるという話を聞いたことがない。


「あるんじゃないかな、きっと。じゃないと説明できないもの」

「説明できない? なにをだ?」


 そう聞くと、雪は視線をななめ下に落とし、俺のそでを軽く引いて言った。


「私がユウちゃんのこと、こんなにも好きな理由、だよ」

「……」


 辺りに誰もいないことを思わず確認してしまった。

 そんな俺の反応を見て、雪の表情がちょっといたずらっぽいものに変わる。


「ね? 前世からずっと一緒だったんだって考えたら、ちょっとロマンチックだと思わない?」

「……思わねーよ。怪しい宗教かキャッチセールスみたいなこと言いやがって」


 そっか、と、雪は小さく首をかしげた。


「ユウちゃんが違うなら気のせいかもね」

「あたりめーだ」


 まったくこいつは、と、俺は肩を落としながら。

 結局家に到着するまで、やはり雪は俺のそでをつかんだまま離さそうとしなかった。


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