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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 妹と悪魔狩り
15/239

1年目5月「事件の終わりに」


「あ、アイツ、今日も来てる……」

「誰を待ってるのかしら……」

「ストーカーだったりして……」

「……しっ。聞こえるって」


 ひそひそ声がしていた。


(……バッチリ聞こえてるっつーの)


 彼女らは俺に聞こえないように話していたつもりだったらしいが、完全に丸聞こえだった。


 別に気を悪くしたりはしない。

 ただ少し気まずいだけである。


 俺の前を通り過ぎていく4人の女生徒は桜花女子学園の制服に身を包んでいた。


 当然である。

 ここは彼女たちの学び舎である女子高、桜花女子学園の校門前なのだ。


 そんな場所で俺みたいな男子高校生が誰かを待っているような素振りをしていれば、先ほどのような反応も仕方のないことだろう。


(さて、と……)


 チラッと腕時計に目をやる。

 16時15分。


(そろそろだと思うが、さすがに恥ずかしくなってきたな……)


 これで校舎から出てきた美少女の恋人が手を振りながら駆け寄ってきてくれる、なんて展開が待っているのであれば多少の恥ずかしさなど補って余りあるというものだが、残念ながらそんなことはない。


「ユウちゃ~ん!」


 手を振りながら駆け寄ってきたのは、残念ながらこれ以上ないほどに見慣れてしまったただの妹である。

 しかもその声でさらに俺に注目が集まってしまうこととなり、俺はがっくりと肩を落とすのだった。


 ……それでもまあ。

 なんというか、一応美少女というハードルだけはクリアしている気がしてやらなくもなくもなくもない。


「? どうしたの、ユウちゃん?」

「頼む。大声でその呼び方はやめてくれ」


 そばまでやってきた雪は片手の手提げカバンを両手に持ち直し、まっすぐに俺を見るとまるで小鳥のように小さく首をかたむけた。


「どうして?」

「どうしてじゃないだろ。死ぬほど恥ずかしいんだ、このシチュは」

「?」


 雪がわからない顔をするので、俺はひとつため息をついて説明してやる。


「あのな? たとえば俺以外の、どこからどう見ても高校生としか思えない男子生徒がここの校門に立っていたとして、だ」

「うん」

「この学校の生徒がそいつの下の名前を大声で呼びながら駆け寄っていったとしたら、お前はそいつらのことを兄妹だと思うか?」

「うん、思わない。恋人同士だと思う」


 そう言って雪は笑った。

 どうやらわかってやっているようだ。


「笑うな。俺はちっとも面白くないんだぞ」


 憮然としてそう言うと、雪はおかしそうにクスクスと笑いながら、


「気にしすぎだよ、ユウちゃん。どうせみんな、明日になったら忘れてるんだから」

「何日も連続で来てたらさすがに顔覚えられるだろ……」


 俺は大げさなため息とともに、ねずみ色に曇る空を仰いでみせた。


 世間は明日から6月である。いよいよ梅雨の時期だ。

 気温はまだそれほど上がってはいないが、制服の首筋あたりがいつも湿っている感じがして不快度は日増しに上がってきていた。


「でも恋人だと思われても困ることないでしょ?」

「俺のことをいつも物陰から見つめている薄幸の美少女がショックを受けるかもしれんだろ」


 そんなくだらないやり取りをしながら、俺は雪とともに帰り道を歩き出す。

 先日のあの事件以来、俺は学校の帰りにこの桜花女子学園へと足を運び、雪と一緒に帰宅する日々を過ごしていた。


「そういや瑞希のやつは? 一緒じゃないのか?」

「瑞希ちゃんは部活だよ」

「ああ、部活か。……って、アイツなんの部活やってんだっけ?」


 なにかやっているとは聞いていたが、なんの部活だったか聞いた覚えがなかった。


「合気道部だって」

「合気道、だと……」


 俺はこめかみに指を当てた。


「アイツあれ以上強くなるつもりか? そのうち人類最強になっちまうぞ」


 もしかすると勘違いされているかもしれないので念のため断っておくと、俺が瑞希のヤツにいつもボコられているのは、冗談でやられているとか相手が女だから手加減しているとかそういうことではない。

 あの牧原瑞希という女はガチで滅茶苦茶に強いのだ。


 空手、柔道、剣道……パッと思いつく武道は一通り経験があるそうだし、どの分野においても天才的な才能を発揮する、ナチュラル・ボーン・ファイターなのである。


「アイツなら男相手でもチャンピオンベルトを取れそうな気がしてならん」

「そうかもね」


 雪はおかしそうに笑っていたが、ヤツと毎日いがみ合っている俺としては笑えない話だ。

 そのうち『あ、間違った』ぐらいのレベルで骨の2、3本はヤラれそうな気がしている。


「……あ、そうだ」


 雪が急になにかを思い出したように立ち止まった。


「今日は買い物して帰らないと。冷蔵庫からっぽだった」

「デパートか?」


 雪は困った顔をしてうなずいた。

 この町唯一のデパートは、ここからだと桜花女子学園のある方角、つまり今まで俺たちが歩いてきた道を逆走した先にあるのだ。


「やれやれ。ここまで来てUターンか」


 雪は申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね。あ、ユウちゃんは先に帰ってていいから」

「バカ。それじゃ俺がわざわざ迎えに来た意味がないだろ」

「大丈夫だよ。もうひとりでも――」

「ダメだ」


 俺は少し強い口調で言った。


 たぶん危険はない。

 学校で注意していた変質者の話も最近は聞かなくなった。


 が――


(今はまだひとりにできねーよ……)


 態度には出さないものの、雪が事件のことを引きずっているのは明らかだ。


 無理もない。


 殺した相手が罪を犯した悪魔だったとしても、それはあくまで結果の話。

 力を制御できず意図せずに相手を殺してしまったことは紛れもない事実で、そのショックがそんなに簡単に消えるはずもないのだ。


 自分の意思で暴走悪魔を退治してきたこととは、根本的に事情が異なる。


(……もう、力は使わせないほうがいいのかもな)


 俺は密かにそんなことを考えてもいたが、ともかく今はそういった諸々のことに整理がつくまで、極力そばにいてやるべきだろう。

 兄として、妹の危機に気づけなかったせめてもの罪滅ぼしという意味でも。


「ほら、行くぞ。戻るったってたいした距離じゃないだろ」

「……うん。ごめんね」


 そうして俺たちは今来た道を戻ることになった。


「あ、そうだ。そういえばユウちゃん、あれから楓ちゃんと会った?」

「ん? いや。どこにいるのかわかんねーし」


 楓もそうだし、悪魔狩りともあれ以来一度も接触していない。


「そうなんだ……」


 雪はちょっとがっかりしたような顔をすると、さらに厚みを増した曇り空を見上げながらつぶやくように言った。


「今ごろなにをしてるんだろうね、楓ちゃん――」




-----




「……やれやれ。不便なところだ」


 先ほどの雪の質問に答える者があったとすれば、"山登り"とでも回答していたかもしれない。


 足下にボウボウに生えた背の高い雑草を踏みつけながら、深い樹木に囲まれた獣道――とも言えないような斜面を楓は登っていた。


 それほど気温が高くないことは幸いだったが、さすがに4時間もこんなところを歩き続けていれば、さすがの楓もうんざりとしてくる。


 そしてようやく視界が開けた。


「……これだけ大きい施設があるってことは、この辺りにも"ゲート"があるのか」


 深い森に囲まれた盆地にひっそりと建っていたのは神社だった。


 いや、神社のような施設といったほうが正確だろうか。

 そもそもここは険しい山の奥で、一般の参拝客が容易に訪れることができるような場所ではない。


 入り口付近の鳥居にはまるで門番のように神官風の男がふたり立っていた。


「待て」


 鳥居をくぐろうとして呼び止められる。

 楓はチラッと男たちを見て、


影刃えいはを呼べ」

「なに?」


 影刃というその名に、男は露骨に表情を厳しくした。

 その名は普通の少年が知っているような名前ではなかったのだ。


「何者だ? 我々の同士とは思えないが……」

「心配するな。少なくともお前らの敵じゃない。楓が来たと伝えればわかる」

「楓……?」


 男たちは顔を見合わせ、やがて片方の男が奥へ向かう。

 が、楓はすぐにその男を呼び止めた。


「ああ、待て。その必要はないらしい」

「なに? ……あ」


 振り返った男は楓を見て、それから驚きに目を大きく見開いた。


 いや、男が見ていたのは楓ではない。

 その背後の人物だ。


「……相変わらず趣味のいいご登場だな」


 首筋に刃物を当てられながらも、楓は平然とそう言い放った。


「お前こそ、相変わらず生意気そうな顔をしてるじゃないか」


 楓の背後から首元に短刀を当てていたのは、まるで長旅を越えた僧侶のようにボロい作務衣をまとった細身の男性だった。


 見た目の年齢は楓の倍以上、おそらく40代だろう。

 どちらかといえば温厚そうな目をしているが、全体的な印象は不思議とシャープだ。


「とりあえず離れろ。でないと、力ずくで引き剥がすことになるぞ」

「冗談の通じないやつだな」


 作務衣の男性は笑いながら短刀をくるっと回して鞘に収め、楓の体を解放した。


「影刃様、この少年は……」

「私の知り合いだ。心配ない。下がっていいぞ」

「は、はい」

「……さて」


 門番の男たちが下がったのを見て、その男性――影刃は頭を掻きながら楓の正面に回った。

 中途半端に伸びた髪には白髪がかなり混ざっている。


「珍しいじゃないか、お前がこんなところまでやって来るなんて」

「誰が好きこのんでこんなカビ臭い神社に来るか」


 ふん、と、鼻を鳴らして楓は冷たく言い放った。


「言うじゃないか。これでも私はここで毎日寝起きしているのだがな」

「カビ臭いお前にはお似合いじゃないか」

「まあ、そうか」


 影刃は笑って石段に腰を下ろした。


「つまり私に用があったわけだ。それもそこそこ重大な」

「俺にとっちゃそこそこ、だな。お前にとっちゃかなり重大だろうが」

「……」


 その言葉に、影刃の眉間の皺が少しだけ深くなった。


「不知火――か?」

「わかっているじゃないか」


 影刃はふぅーっと長い息を吐く。


「お前が来た時点でそうではないかと思っていた。……詳しく話してくれ」

「そのつもりだ」


 そして楓は簡潔に先日の事件のあらましを影刃に説明した。


「強い力を持っているというだけで標的にされたか。紫喉は相変わらずだな」

「あっさり宗旨替えされたら、それこそビックリだろ?」


 そんな楓の軽口には答えず、影刃はあごに手をあてながら、


「光刃様はなんと?」

「いつもどおりさ」

「ふむ、そうか」


 腕を組む。


「その流れを見るに、紫喉はお前と不知火雪の関係には気付いていなかったか」

「さあ、どうかな。最初は俺に雪を殺せと言ってきたぐらいだ。気づいていなかった可能性は高いが、薄々勘付いていてわざとけしかけた可能性もある」

「お前が下手を打つのを待ったということか。……なんにしても」


 影刃はニヤリと笑って、


「緑刃を巻き込んで事を進めたのは正解だったな。あいつは実直な娘だ。いくら紫喉の命令でも曲がったことに手を貸すような性格じゃない。……お前もずいぶん頭を使うようになったじゃないか」

「ただの気まぐれさ。俺は力ずくでやったって構わなかった」

「冗談を言うな。お前ひとりでどうにかなるものか」

「……ふん」


 楓は反論しなかったが、表情を見ると影刃の言葉を肯定したわけでもなさそうだった。


「いずれにしろ、あのふたりの存在を組織に知られてしまったわけか。まいったな」


 と、影刃は白髪混じりの頭髪をかき回す。


「そりゃそうさ。あれだけの力を持ってるヤツらが人間のフリして一生過ごそうなんて無理な話だ」


 そんな楓の言葉に影刃はうなずきながらも、


「アレらの親には借りがあるのでな。組織の一員としても、せめて子供たちは無関係のまま過ごさせてやりたかったが……まあ仕方あるまい」

「これからどうするつもりだ?」

「そうだな」


 影刃は思案げな顔をすると、ポンと膝頭を叩いて、


「ここはひとつ、お前に一任してみることにするか」

「なに?」


 怪訝そうな楓に、影刃は真顔のままで言った。


「向こうの状況はお前のほうが詳しいだろう。私もそう簡単にここを離れられないのでな」

「"ゲート"の周期が近いのか?」


 そう言って楓は神社の奥へ視線を送る。


「それもあるし、それ以外の時期も不安定でな。たまにこういうときがある。だからあのふたりのことはお前に任せたい」

「俺の好きにやって、あいつらが無事で済む保障はないぞ?」

「ま、大丈夫だろう。お前はなんだかんだと友だち思いだからな」


 楓は目を細めた。


「……冗談だろ?」

「冗談だ」

「……」

「そして冗談だ」

「どっちが」


 影刃は笑いながら自分のこめかみに人差し指を当てた。


「どっちか、あるいは両方だな」

「……」


 はた目には意味の通じない会話のように思えたが、楓はその意味を理解したようで、


「そんな面倒なことはゴメンだ――と言いたいところだが」

「言っても構わんぞ?」

「ふざけるな。俺の体がそんなに自由じゃないってことぐらい知ってるだろう」


 憮然とした楓の言葉に、影刃は笑いながらゆっくりと腰を上げて、


「まあ頼む。紫喉のヤツも一度失敗したらそうすぐには動けないだろう。……もう行くのか?」

「カビ臭い神社にはあまり長居したくない」


 楓は影刃に背中を向け、軽く手を振ってそのまま立ち去っていった。




-----




「思ったよりたくさん買っちゃったね。ユウちゃん大丈夫?」

「なんてことねーよ」


 買い出しといえばだいたい俺が両手にいっぱいの荷物を抱え、隣を歩く雪と瑞希は手ぶらと相場が決まっているのだが、不思議と雪とふたりきりで行ったときはそういうことにならない。

 雪は必要な物だけきっちり買って、余計なものには絶対に手を出さないからだ。


 帰りはそれぞれ小さなビニール袋をひとつずつぶら下げているだけだった。


「今日は玉子が安かったからどうしても行っておきたかったの」

「玉子?」


 自分のビニール袋をのぞき込むと、確かに玉子が2パック入っていた。

 俺は残念な顔をして、


「玉子が入っているんじゃ、振り回して遊べないじゃないか」

「入ってなくてもやっちゃだめ」


 雪は真顔でそう言った。


「ダメなのか。ひとつ勉強になったな」

「良かったね。食べ物を無駄にする前に気がついて」

「まったくだ」


 意味も他愛もない会話をしながら帰り道を進んでいく。


 17時を過ぎても辺りはまだ明るかった。

 まもなく6月だ。夏至が近い。


 と。


「……ね、ユウちゃん」


 帰り道も中ほどに差し掛かったところで、ふと雪が足を止めた。


「今日はあっちから帰ろっか?」

「……」


 その言葉の意味するところはすぐにわかった。

 雪が指差したのはあの日、事件のあった路地に面した通りだったのだ。


 あれ以来、俺が意識的に避けてきた場所でもある。


「……別に構わんけど」


 あえて素っ気なく。

 避けていたということを悟られないように。


 ……いや、それはあまり意味のないことだったか。

 雪が知らずにその道を選んだはずはないのだから。


 そうして俺たちは道を折れ、斜めに伸びる影を見つめながら歩いた。


 この時間はまだ人通りが多い。

 改めて思うと、あのとき人がまったく通らなかったのはやはり不自然で、やはり悪魔狩りたちがなにかやっていたのだろう、と、思った。


「……」


 いつの間にか無言の時間が続いている。

 一緒にいて無言になることは別に珍しいことじゃないが、今日のそれは少し居心地が悪い気がした。


 密かに隣の表情をうかがう。

 まっすぐに正面を見据えて歩く雪の横顔は、心なしか緊張しているようにも見えた。


(……思い出しているんだな、やっぱ)


 ここは兄としてなにかアクションを起こし、不安がっている妹を安心させてやるべきだろう。


 とっさに思いついた方法は3つ。


 1.冗談を言って和ませる。

 2.適当に会話を振って気を紛らわせる。

 3.肩を抱き寄せて『俺がついてるよ』と甘く囁く。


「……それはねーよ」

「うん?」

「いや、なんでもない。ひとり言だ」


 突っ込みだけついつい口に出てしまったようだ。


「ふーん……? ね、ユウちゃん」


 ピタリ、と、雪の足が止まる。

 立ち止まったのは、やはりあの路地の前だった。


「どうした?」

「あのときの話、してもいい?」

「……」


 雪のその言い方は、俺があまり触れたがっていないことをわかった上での言葉だ。

 だが、当事者があえて踏み込もうとしているのであれば、俺がそれを拒否する理由はなかった。


「あのとき……ね」


 無言で先をうながすと、雪は視線を落として切り出した。


「ものすごく怖かった。自分がやっちゃったこともそうだけど……それでもう、みんなやユウちゃんと一緒にいられなくなるんだなって、そう考えるとすごく怖かったの」

「……ああ」


 そのときの雪の気持ちは、あの日"同調"した俺にはよくわかっていたし、仮にそれがなかったとしても理解するのに苦労はしなかっただろう。


 こんな力を持っていて、日常と非日常の世界を行き来していても、軸足はいつでも"こっちの世界"に置いておきたい。

 "こっちの世界"のことがものすごく大事だから――というよりも。


 俺たちはそれを守りたかったからこそ、非日常の世界に首を突っ込んだのだ。


 だから、そう。

 それを壊してしまいそうになったあの事件。


 ……やはりまだ引きずっているのだろうか。


 俺は頭の中で、そんな雪にかけるべき言葉を吟味した。

 が、口を開く前に雪が続ける。


「でもね。不謹慎だけど、嬉しいこともあったんだよ」

「……嬉しいこと?」

「うん」


 くるっと振り返った雪の表情は、俺が想像していたような暗いものではなかった。


「ユウちゃんが、私を助けに来てくれたこと」

「……」


 ほんの少し影を残してはいたものの、そこにあったのは吹っ切れたような笑顔だった。


「あんなことがあったのに、ユウちゃんは私のために叫んでくれた。私を見捨てないでいてくれた。……それで思ったの。こんなことがあっても、ユウちゃんは私の味方になってくれるんだなって。そう思ったら涙が止まらないぐらい嬉しくなっちゃって」

「そりゃまあ……兄貴だからな」

「ありがとね、ユウちゃん」


 雪は微笑んだまま上目づかいに俺を見つめた。


「まだあのときのお礼を言ってなかったから、今日はどうしてもそれを言いたかったの。この場所で」

「あー……」


 俺は視線をさまよわせた。


「……兄貴だからな」


 結局それ以外になにも言えなくてそっぽを向く。


 ……こんなシチュエーションで気恥ずかしくならないヤツが果たしてこの世にいるのだろうか。


 そんな俺に、雪はもう一度、ありがとね、と言って歩き出した。


 礼を言いたかったというのも本心だろうが、おそらくそれは"もう大丈夫"というサインだったのだろう。

 明日からはもう迎えに行く必要もないかもしれない。


(……俺のほうが心配しすぎだった、ってことか)


 我が妹は俺が思っている以上に強く成長しているようだ。

 そう思い、俺はホッと胸を撫で下ろして再び夕日の方角へ向かって歩みを進めたのだった。


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