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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 復讐
148/239

2年目1月「再脱走」


-----


 同時刻、薄暗くなりつつある住宅街の一角。


(……やっぱそうだよなぁ)


 そこに落胆の表情を浮かべるひとりの少年がいた。

 身長は170センチ前後。私服ではあるが見た目は明らかに学生風で、実際に彼はここから少し離れた公立高校の1年生だった。


 服装検査で引っかからない程度に軽く脱色した茶髪に、標準より少しだけ上じゃないかと自負する程度の容姿。不良でもなければ優等生でもなく、コミュニケーション能力は比較的高めで学校での友人は多い。


 そんな特別変わった生活を送っているわけでもない彼は、標準からそれほど逸脱していないいわゆる平均的な高校生だった。


 そんな彼がふとしたきっかけで、家から少し離れた喫茶店に通うようになったのは先月の上旬ぐらいからのこと。

 たまたまその店にかわいいウェイトレスを見つけたからという単純な理由だった。


 中学ではブラスバンド部に入っていて放課後も忙しくしていたが、高校で部活をやめたことで時間は余るほどあったし、冬休みに入ってからは友人と遊ぶ以外にすることもなかったため、今では週に3回程度その喫茶店に通っていた。


 コーヒー一杯、350円。

 学生である彼にとっては決して安くない値段だったが、それで1時間以上も粘るのだから、場所代と考えればそう悪くもない価格だろう。


 なにより彼の目的はコーヒーではなくウェイトレスだったのだから、コーヒーが高いとか安いとか美味しいとか不味いとかはたいした問題ではなかったのである。


 顔を覚えられるまでにそれほど時間はかからなかった。

 望みどおり彼はそのウェイトレスと顔見知りになり、今ではそこそこ親しく会話できるようになったのである。


 最近では彼女が桜花女子学園の生徒であることや、どうやら現在彼氏がいないらしいこともわかって俄然やる気が出てきたところだ。


 つい先ほどまでは。


(いくら女子校通いでも、あんな子に彼氏がいないわけないか……)


 少年はたったいま、そのウェイトレスがアルバイトの帰りに、高校生風の少年と手をつないで帰る場面を目撃してしまったのだった。


 ……言うまでもなく、そのふたりは別に恋人同士ではないのだが、この少年がそんな事情を察することができるはずもなく。


 それでまあ、このように落胆していたというわけである。


「……ま、しょうがねぇか」


 とはいえ、少年はそんなことをいつまでもウジウジ悩んでいるような性格ではなかった。

 それならそれで仕方ない。一応、明日にでもなにげなく確認してみて、それで本当に彼氏だったのなら諦めよう、と、すぐに割り切ってきびすを返したのである。


 しかし。


 そんな彼の前に、異様な風体の人物が現れたのはそのときだった。


「……協力、してやろうか?」

「!」


 少年はびくっと肩を震わせ、踏み出そうとした足を止めた。


 振り返った先にいたのはひとりの男。

 黒いロングコートにサングラス。人相はわからないが声からすると20代半ばから後半といったところだろうか。


 もちろん少年の顔見知りではなかった。


「……なんですか?」


 少年はやや驚きながらも、まだ人通りの多い時間帯だったということもあって普通にそう尋ねた。

 怪しい格好ではあったがどちらかといえば貧相な体格の男だったし、ヤクザとかそういう方面の人間にも見えなかったので案外警戒心が薄かったのである。


「案ずるな。決して怪しい者ではない」


 そう言いながら男がサングラスを外す。


「ただ、君のその思いを応援してやろうというだけのことだ。さあ、素直になるがいい」

「……」


 少年は即座に察した。

 これはきっと、関わってはいけない類のアレな人間なのだと。


「あー、そういうのいいっす。興味ないです」


 と、会話を断って立ち去ろうとする。


 が、しかし。


「……!?」


 少年は混乱した。


 踏み出そうとした足。

 それがピッタリと地面に貼り付いたように動かなくなっていたのである。


 いや、足だけではない。


「ぁ……」


 サングラスを外した男から目をそらすことができなかった。

 体が凍り付いたように固まる。


「安心するがいい」


 男がにやりと笑みを浮かべた。


「私がお前の望みを叶えてやる。必ずな」

「う、あ……」


 そんな男の言葉を最後に。

 少年の意識はやがて混濁し、暗い闇の底へと落ちていったのだった。






 ちょうどそのころ、悪魔狩り"御門"の本部にある緑刃の執務室。


「あのー、美琴(みこと)姉様?」

「なんだ、美矩(みのり)。……ここでは緑刃と呼べ」


 眉をひそめてたしなめる緑刃に、はーい、と軽い返事をして、美矩は部屋の中へと入ってきた。


 部屋には西日が差し込んでいる。

 まもなく夜の帳が下りる時間だ。


「お客さんがいらしてたみたいですね? また他の悪魔狩りが嫌味を言いに来たんですか?」

「用件は?」


 緑刃は忙しそうにしながら、強い口調で美矩の軽口を封じた。


「ああ、それなんですけど」


 それでも美矩はたいして悪びれもせず、部屋の入り口辺りに正座して一応のかしこまった態度を取る。


「えっとですねぇ。実はいつ言おうか迷っていたんですけども」

「なんだ? また悪い知らせか?」

「ええ、ええ。悪いといえば悪いんですけど、よくよく考えたらそれほどでもないのかもしれないという気がしないでもないです」

「……簡潔に言ってくれ」


 渋い顔をした緑刃に対し、美矩は一言。


「悪魔が脱走しました」

「……」


 緑刃が一瞬だけ返す言葉に詰まる。


「……誰がだ? いや、いつ?」


 そして、すぐに険しい表情になった。


 この御門では、人間に危害を加えた悪魔を何人も捕まえて閉じ込めている。

 脱走したのが凶悪な悪魔だとすればもちろん由々しき事態だった。


「年末の混乱に乗じて、ひとりが。……あ、いえいえ。もちろん今日まで言わなかったのには一応理由がありまして」

「理由?」

「脱走したのって、例の幻魔なんです」

「例の?」


 数秒の沈黙。


「……あいつか」


 緑刃はなんとも微妙な表情をする。


「ええ、あいつです。で、まあ、美琴姉様もお忙しそうでしたし、急いで報告するまでもないかなーと。あ、もちろんとっくに捜させてはいますけどね」

「そうか。……いずれにしても報告だけはしっかりしてくれ。事態の重さを判断するのは私の仕事だ」

「はい。すみません」

「しかし、やつはこれで2度目の脱走か?」


 緑刃がそう言うと、美矩は笑いながら答えた。


「いやあアレじゃないですかね。あまりにもマヌケすぎるものだから、見張りもついつい気を緩めてしまうというか……」

「それで何度も脱走されては困る」


 苦い顔をした緑刃に、美矩は軽く肩をすくめてみせて、


「ま、そりゃそーですけどね。あ、お叱りは担当者に直接でお願いしますね。あたしは今回は悪くないですから」

「わかっている。光刃様には私から報告しよう。引き続き捜索を続けさせてくれ」

「了解っ!」


 びしっと敬礼して、美矩は元気よく部屋を飛び出していった。


「……やれやれ」


 そんな美矩の後ろ姿を見送ってため息をつき、緑刃は手元の書類に手を伸ばす。

 美矩にすべて任せっぱなしにするのはやや気が引けたが、今はそこまで手が回らなかった。


 ただ。


「……そういえば」


 ふと、思い出したようにつぶやく。


「あの幻魔、前回の脱走時は確か優希くんに捕まったのだったな。……うぅん」


 しばしの思案。

 やがて緑刃は手元を素早く整理すると、その幻魔に関する資料を確認するべく立ち上がった。


 ――不知火家に1本の電話がかかってきたのは、それから約1時間後のことである。


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