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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 復讐
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2年目1月「雑誌のゆくえ」

 いったい誰が俺の部屋からエロ本(しすたぁ天国ぱらだいす)を持ち去ったのか。

 その真相は、リビングのドアを開けた瞬間にあっさりと判明した。


「あら、優希。帰ってたの?」


 俺の姿に最初に反応したのは、入り口から一番近いソファの上にいた瑞希だった。

 その態度にはいつもとなんの変わりもない。


 しかし、その直後。


「あ、お、おかえりなさいっ! 優希さん、今日はー……そ、その……ずいぶん早かったねー!」

「……」


 台所で雪と並んでいた歩が、俺を見るなり明らかに挙動不審な動きをした。

 顔を真っ赤にし、平静を装おうとしながらもまっすぐにこっちを見られず視線がさまよっている。


 思わず俺はため息をついてしまった。


 よりにもよってこいつだったか、と。


「おかえりなさい、ユウちゃん。……歩ちゃん、どうしたの?」


 雪が歩の不審な動きに気づいた。

 そんな雪の言葉で瑞希も気づき、どうしたの? と、怪訝そうな顔をする。


 注目を浴びて、歩はさらに慌てたようだった。

 身振り手振りを交えて必死に言い訳する。


「え、あ、ななななんでもないよーただ優希さんがどこに行ってたのかなと思っただけでそそんな変なことなんてなにもー」

「句読点がなくなってるぞ、歩」


 一方。

 俺はそんな歩を見て冷静さを取り戻していた。

 テンパってるヤツがすぐそばにいると逆に客観的に状況を見れるようになることがあるが、まさにそんな状況である。


 しかし、まあ。

 歩のこの慌てようを見る限り、俺が危惧したとおりの勘違いをされていることはまず間違いないだろう。


 俺は手招きした。


「おい、歩。ちょっと来い」

「へぇっ!?」


 奇声が上がった。

 この慌てっぷりは正直ちょっとおもしろい。


「話があるから。ちょっと来い」

「わ、私?」

「この家に歩はお前しかいないだろ。いいから来い」


 有無を言わせぬ口調でそう言うと、歩は観念したような顔になった。


「う、うんー……」

「どうしたの?」


 瑞希がこっちにも不審そうな目を向けてきたが、その理由を丁寧に説明する気にはなれず。


「まあ、なんだ。これからの共同生活をスムーズに進めるための確認というか打ち合わせというか」

「いまさら?」


 瑞希の不審はさらに強まったようだが、歩が素直にこちらにやってきたのでそれ以上説明することなくリビングを脱出することができた。

 雪も不思議そうに首をかしげていたところをみると、どうやらアレを目撃したのは歩だけだったようだ。


「……さて」


 やってきたのは俺の部屋。


「なんで呼ばれたかはわかってるな?」

「え、えっと……わかりません」


 少し落ち着きを取り戻したのか、歩の口調は元に戻っていたが、やはりそわそわと落ち着かない態度だった。


 俺はベッドの上に腰を下ろし、クローゼットの陰を指差す。


「嘘つくな。そこにあったコンビニの袋と中身を持ち出したのはお前だろ?」

「う……」


 歩は視線を泳がせて言葉を探したようだが、すぐに観念したようにうなだれた。

 つまりイエスということだろう。


「やっぱそうか」


 まあここまではわかっていたことだ。


「で、でも!」


 歩がパッと顔を上げ、早口でまくし立てる。


「ゆ、優希さんも、その、男の子だし! あ、あの、なんていうか、ああいう本を持ってても普通だと思うし! べ、別にびっくりなんてしなかったしー……」

「……さいですか」


 普通だと思うしびっくりもしてないやつが、なぜにそれをわざわざ部屋の外に持ち出したりしたのか。

 問い詰めてやりたい気分だったが、それはひとまず後回しだ。


 まずは誤解を解いておかないとまずい。

 いろいろと。


「あー、あのな、歩――」

「そ、それに!」


 口を開こうとしたところで、歩はさらに必死に声を張り上げた。


「ゆ、優希さんがどんな趣味を持ってても、優希さんは優希さんだしっ!」

「お、おい、ちょっと――」

「雪お姉ちゃんにも絶対に言わないよ! わ、私、墓の下まで持ってくつもりだし!」

「いや。だから――」

「あ、も、もちろん瑞希お姉ちゃんにも秘密だよね! わかってるから!」

「ちょっと待――」

「あ、あと私も、その、できるだけいつもどおりにするから、だからー……」

「……」


 もう泣きたい。


 ついでに歩が微妙に俺から距離を取っている。

 これは普通の手段ではフォロー不可能なのかもしれない。


 ……というか、もう逆にどうでもよくなってきた。


「歩。いいからちょっと聞け」


 少し強い口調でそう言うと、歩の口がピタッと動きを止めた。

 唇を結び、頬を染め、緊張した面持ちで俺を見つめている。


 ひとつ息を吐いて、

 俺は続けた。


「今まで黙っていてすまんな、歩。実を言うと、俺は女の子に『お兄ちゃん』と呼ばせるのが大好きなド変態なんだ」

「え、あ……え?」


 真面目な顔でのカミングアウトに、なんともいえない表情をする歩。


「ついでに言うと、そう呼んでくれる女の子が大好きだ」

「そ、そうなんだー……」


 案の定、歩が引きつった顔をする。

 何事かに必死に頭を働かせているらしく、視線の動きもあっちこっちと忙しない。


 どうやら、冗談だと気づくほどの余裕はなさそうだ。


 俺は密かに笑いをこらえながら、


「そこで、歩。俺はお前にひとつ言っておかなければならないことがある」


 そう言って、俺はゆっくりとベッドから腰を上げた。


「え……」


 あちこちにさまよっていた視線が俺の顔の上でフリーズする。

 顔には妙に硬い笑顔が張り付いたままだ。


 そんな歩を見つめたまま、近づく。


「あ、あわわ……」


 歩は混乱している。

 ただ、後ろには下がらなかった。


「そ、そういえば私、晩ご飯の支度を手伝わないと――」

「まあ待てよ。最後まで聞け」


 正直、俺はこの時点で笑いをこらえきれなくなっていたのだが、そんな俺の表情の変化にも歩は気づくことはなかったようだ。


 さらに1歩。

 息がかかりそうな距離にまで近づくと、歩は目を見開いたまま、蛇ににらまれた蛙のように動かなくなった。


 オーバーヒートでもしてしまったのだろうか。


 俺は必死に笑いをこらえながら、ゆっくりと手を伸ばす。


「あ、わ、私、ばばば晩ご飯をー……!」


 歩が我に返ってようやく動き出す。


 少しホッとした。

 このまま動かなかったらどうしようかと思っていたところだ。


「まあ、待てって。逃げなくてもいいだろ」


 そう言いながら歩の右手をつかむ。


「うぅ……」


 振り返った歩は泣きそうな顔で俺を見上げた。


 マジ泣きの一歩手前だ。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。


「ま、待て待て。落ち着け、歩」


 本当はもう少し引っ張る予定だったのだが、こうなっては仕方ない。


「お前、精神感応(テレパス)が使えんだろ。その右手から俺の心を読めっての」

「え?」


 と、歩は俺につかまれた右手に視線を落とす。


 そして一瞬の間。


「……ああああーっ!」


 歩が大きな声を上げた。

 どうやらすぐに真相にたどり着いたようだ。


 俺はそれを確認してから歩の手を離した。


「ったく。まさかここまで気づかんとは……」


 両手を広げながら歩に背中を向け、小さく首を振りながらベッドの上に戻る。


「……ひ、ひどいよ、お兄ちゃん!」


 最初は呆然としていた歩だったが、すぐにほっぺたをふくらませて抗議してきた。


「わ、私、ホントにビックリしちゃって、ど、どうしようかと思っちゃったのにーっ!」

「バカ、そりゃ俺のセリフだっつの。なんか知らんけど部屋から勝手に物を持ち出されたあげく、不名誉な疑いまでかけられてたんだからな」

「……う。そ、それはー」


 反論の言葉が出なくなる歩。

 一応俺の口からも、そのエロ本が俺の部屋にやってきた経緯について改めて説明しておく。


 聞き終わって歩はがっくりと肩を落とした。


「だ、だって普通、お店の人が間違ったとか思わないしー……」

「そりゃそうだけど……アレだ。俺としてはお前に信用されてなかったって事実が悲しいわ。俺とお前の絆はその程度の薄っぺらいものだったんだな」


 大げさに言ってため息をついてみせると、歩は慌てて手を振って弁解した。


「そ、そんなんじゃないよー! べ、別にそれで優希お兄ちゃんが嫌いになったとかじゃなくて、それよりも、その、もしかしたら私も、その……」


 ごにょごにょと小さな声で何事かつぶやいていたが、俺が黙って見つめていると、


「う……ご、ごめんなさいー」


 がくっとうなだれ、歩がついに謝罪の言葉を口にした。


 完全勝利。

 思わず心の中でガッツポーズが出た。


 ……しかしまあ。

 こうして結果だけを見ると、あのエロ本を見つけたのが歩だったのはむしろ幸いだったのかもしれない。

 精神感応力(テレパス)があるから説明が楽だし、嘘をついていると疑われる心配がないのがなによりだ。


 これが瑞希だったら信用されるまでに軽く数時間は必要だったことだろう。


「ところでお前。……ああ、立ちっぱもアレだから座れよ」

「あ、うんー」


 うなずいて、歩はベッドの上、俺の隣にちょこんと腰を下ろした。


 近い。

 さっきまで距離を取られていたと感じたのは、どうやら気のせいではなかったようだ。


「で? なんでわざわざアレを持ってったんだ? 持っていかなきゃ俺だって見られたことに気づかなかったかもしれんのに。……いや、結果的には気づけてよかったんだけどさ」

「たはは、そ、それはー……」


 と、歩は照れ笑いを浮かべながら、


「びっくりしすぎちゃって……気づいたら自分の部屋に持ってきちゃってたの。雪お姉ちゃんに見られたらマズイ! と思っちゃってー……」

「……あのな」


 気が利くのか利かないのかよくわからないやつである。


「つか、お前の部屋にあるのを見つかったらどうすんだよ。ますますややこしい話になるだろーが」

「面目次第もございませぬ……」


 本当に申し訳ないという顔で深く頭を下げる歩。

 実は天才少女であることを忘れそうになるのはいつもどおりである。


「……ま、いいや。袋にレシート入ってただろ。コンビニ行って取り替えてくるから持ってきてくれ」

「うんー」


 歩がようやく笑顔になってそう答え、ベッドから腰を上げる。


 ……と、そのときだった。


「歩ー?」


 声。

 瑞希の声だ。


 いつの間に2階に上がってきたのか、どうやら歩の部屋の前にいるようだった。


「雪ちゃんが呼んでるわよー。いる? いないのー?」


 そう言いながらドアノブに手をかける音。


 俺はなんとなく嫌な予感がして、


「おい、歩。まさかとは思うが、お前あの袋……」

「あっ!」


 歩がハッとする。


「ベ、ベッドの上に置きっぱなし!」

「入るわよ、歩」


 ガチャ、という音。


「み、瑞希お姉ちゃん! だめーッ!」


 歩が慌てて部屋を飛び出していった。


「……結局そうなるのか」


 これが運命だったようだ。

 どうやっても俺のほうにとばっちりが飛んでくるのは避けられそうにない。


「はぁぁ……」


 数秒後、おそらくは鬼の形相でこの部屋にやってくるであろう瑞希の顔を思い浮かべながら、俺は暗い気持ちでため息をついたのだった。


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