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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 復讐
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2年目1月「取り違え」


 ……どくん、どくん。


 心臓の早鐘が止まない。


 なぜだ?

 どうしてこんなことになった?


 首筋を冷や汗が流れ落ちていく。


 いや、確かに俺のほうにも非はあったかもしれない。思慮が足りない部分もあった。この状況を予測しようと思えば可能だったにもかかわらず、だ。


 だが、それはいまさら言っても仕方のないこと。それよりも今は対策を考えなければならない。

 この状態をそのまま放置してしまうのは、俺にとって到底我慢できることではなかった。


 そう、誰が犯人なのかを探し出す必要がある。


 容疑者はすでに3人に絞られていた。

 雪、瑞希、あるいは歩のうちの誰かだ。


 ……真相を確かめなければならない。

 たとえそれに大きな痛みがともなうとしても。


 そう決意して。

 俺はゆっくりとベッドから立ち上がったのだった。




 ――その発端となった事件の発生は、そこから数時間前にさかのぼる。




 年が明けて最初の金曜日。

 一般的には正月も明けて平日となっていたが、冬休みはまだ少し残っていた。


 この日、雪たち3人は午前中から揃って買い物に出かけ、俺も午後からは直斗や将太たちと遊びに行く予定が入っていて、楽しい日になるはずだったのである。


 ケチの付き始めは……そう。

 昼メシを買うのに近くのコンビニまで足を向けたことだろう。


 先ほども言ったとおり、ウチの女性陣はショッピングで留守にしていた。

 由香も一緒に行っているはずだが、まあそれはどうでもよくて。


 雪は出かける前に昼食を用意していくと言っていたのだが、朝メシを遅く食べたせいかそれほど腹が減っておらず、俺はその申し出を必要ないと断ったのだった。


 が、しかし。

 いざ昼を過ぎてみるとそれなりに小腹が空いてきて、午後から遊びで体力を使うことも考慮した結果、俺はコンビニで軽い昼食を調達することにしたのである。


 肌寒い風の中をコンビニまで約10分。

 小分けソバを買ったついでに音楽雑誌なんかにも手を伸ばし、ちょうど昼時で混雑していたレジに並んで普通に支払いを済ませた。


 再び家に帰るまで10分。

 部屋に戻り、さて雑誌でも読みながらそばを食うか、と、コンビニ袋をあさったところで異変は起きたのだった。


「……なんだ、これ?」


 コンビニの袋から顔をのぞかせていたのは買った覚えのない雑誌の表紙だった。

 俺が買った音楽雑誌の表紙は黒と白が大部分を占める某アーティストの写真だったのだが、袋からチラッと見えていたのはパステルカラーの表紙だったのである。よく見るとサイズや厚みも違っていた。


 手にとってみて、すぐにその正体に気づく。


「うげ……」


 18歳未満お断りのマンガ雑誌。いわゆるエロマンガだった。

 それ系にしては割とソフトな表紙だが、それでもひと目で18禁とわかるものだ。


 もちろん自主的に買ったわけではない。

 音楽雑誌の間に密かにサンドイッチしといたとかそういうこともない。

 そもそも買ったはずの音楽雑誌が袋の中に見当たらないのだ。


 袋の底からクシャクシャになったレシートを取り出してみる。

 雑誌の値段は俺が買ったはずの音楽雑誌と一致しており、エロ本の裏に書いてある金額とは異なっていた。


 混雑していたコンビニの状況を思い返す。


 俺が商品を買ったときはふたりの店員が並んで客をさばいていた。

 精算を済ませるまでに隣はふたりの客が入れ替わっていたのだが、特に最初にいた客はかなり大量の買い物をしていてカウンターがごちゃごちゃになっていたはずだ。


 これらの状況から考えられる可能性はひとつ。

 おそらくは店員が取り違えたのだろう。


「……はぁ」


 ため息をついて手にしたエロ本をベッドの上に放り投げる。

 まあ、よそ見しながら差し出されるままに袋を受け取った俺も悪かったのかもしれないが――


「こんなもん、いったいどーしろってんだ……」


 そりゃ俺も男だから女の子の裸に興味がないわけではない。

 マンガだって大好きだ。


 ただ、マンガの中の女の子の裸となると正直あまり興味がなかった。

 試しに開いてみる気にもならず、ちょっとマニアックな香りのする雑誌タイトルに思わず笑ってしまった程度である。


 仕方ない、と、雑誌をレシートとともにコンビニ袋の中に戻す。


 事情を説明して取り替えてもらうしかないのだが、今は直斗たちとの約束の時間が迫っていて余裕がなかった。


「……とりあえず夜にでも行ってくるか」


 そのほうが人目にもつかなくていいだろう、と、念のためコンビニ袋をクローゼットの陰に隠し、小分けソバをさっと平らげると、そのまま直斗たちとの合流場所に出かけていったのだった。


 後から考えると、これがうかつだったのである。




「じゃあね、優希」

「おぅ、じゃーなー」


 家の前で片手を上げて直斗を見送る。


 今日はなかなかに充実した日だった。

 直斗も将太も特に変わりなく、ちょろっとやったボウリングでは直斗を寄せ付けずにダントツのトップ。ゲーセンでもハイスコア連発で、俺はかなりいい気分で帰宅したのである。


「ただいまー」


 玄関に入ってそうつぶやきながら靴を確認する。


 それぞれサイズの違う特徴的な靴が3つ。

 どうやらウチの女性陣は全員帰宅しているようだ。


 ただ、いつもならわざわざ出迎えに来る雪と歩の反応がない。

 おそらくは台所で夕食の支度をしていて、俺の声が聞こえなかったのだろう。


 と、そこで俺は思い出した。


(……あれ、今のうちに処分しとくか)


 帰ってきてまたすぐ出て行くとなれば不審がられるし、ただいまの声が届かなかったのはむしろ幸いだ。

 このまま気付かれないように部屋に戻って、すぐにコンビニに向かったほうがいいだろう。


 そう決断して俺は静かに階段を上っていく。

 別にコソコソしなくても、見つかったら正々堂々と事情を説明すればいいのだが、実のところ、できることなら誰にも気づかれたくない"ちょっとした理由"があった。


「やれやれ……ただいまっと」


 部屋に戻ってとりあえずひと息。

 西日が差し込んで部屋の中はオレンジ色に染まっていた。


 窓の外をちらっと見ながら、暗くならないうちに、と、クローゼットの陰に隠しておいたコンビニ袋を手に取る。


 手に取る。


 手に――


(……は?)


 その瞬間、背筋にぞっと悪寒が走った。


 ない。

 手の平に触れるはずのビニール袋の感触がそこになかったのだ。


 とりあえずクローゼットの陰をのぞき込む。

 が、結果は同じ。


 ビニール袋は忽然と姿を消していたのである。


(……どういうことだ?)


 どくん、どくん、と。

 心臓が大きく脈を打ち始めた。


 これはいったいどういうことだろうか。


「……落ち着け。俺」


 ひとまずベッドに腰を下ろし、手を組んで数時間前の記憶をたどってみた。


 取り違えられた雑誌とそれが入ったビニール袋。

 クローゼットの陰に置いた。これは間違いない。


 とすると、考えられる可能性はただひとつ。

 誰か、もしくは複数の人物がそれを発見して持ち出し、あるいは処分した、ということだろう。


 この時点で、誰かにあの雑誌を見られたことが確定ということになる。


 背中にじわっと嫌な汗が浮かんだ。


 誰に見られたのだろうか。

 雪か瑞希か、それとも歩か。

 見知らぬ誰かが侵入して持ち出したというのが俺にとっては最善だが、それはまずないだろう。


 普通に考えれば雪に発見されるのがマシだろう。

 あいつならおそらくなにも言ってくることはないし、黙っていればそのまま何事もなく終えることもできる。レシートを見せて事情を説明するにしてもおそらくは一番楽だ。


 が、しかし。

 あくまでそれは普通に考えれば、の話。

 今回は普通ではなかった。


 俺ができれば誰にも知られずに済ませたいと考えた"ちょっとした理由"。

 それはちょっとマニアックな香りただようあの雑誌のタイトルにある。


 表紙に。

 デカデカとルビ付きで。


 そこにはこんなタイトルが躍っていたのだ。


 "しすたぁ天国ぱらだいす"――。


(……クリティカルすぎんだろ! 立場的にッ!)


 だから今回に限っては雪も歩もマズイのだ。

 あえていうなら瑞希が……いや、それはそれで血の雨が降りそうな気がしないでもないが、ストライクゾーンど真ん中どころかむしろ危険球な他のふたりに見られるよりはいくらかマシってもんだ。


(勘弁してくれよ、マジで……)


 これはいったいどのような悪事のむくいなのだろうか。

 ここまでの人生が常に清廉潔白だったとはいわないが、少なくとも今回の件に関して俺にそれほどの非はないはずだ。


 シャレにもならない。


 万が一、発見したのが雪か歩だったとして。

 誤解を解くまでの数分間、俺はあのふたりから向けられる疑惑の視線に果たして耐え切れるだろうか。


 それならまだ、瑞希にののしられながら必死に誤解を解くほうが気が楽というものだ。


 瑞希なら。

 瑞希ならまだ救いがある。


 ただ……俺は同時に、発見したのが瑞希である可能性がもっとも低いこともわかっていた。

 理由は簡単で、俺の部屋を訪れる回数が他のふたりに比べて圧倒的に少ないからである。


「……瑞希様、お願いします。たまには気まぐれを起こして俺の部屋に来ててください」


 声に出してみると、ますますありえない気がしてくるのだが――それはともかく。


 真相を確かめなければならない。

 たとえそれに大きな痛みがともなうとしても。


 さあ、行け――。


 そうして俺はゆっくりとベッドから腰を上げ、3人が待つリビングに向かって階段を下りていった。


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