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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 復讐
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2年目1月「巫女舞」

 一富士二鷹三茄子なんて言葉があるそうだ。

 夢、とくに初夢に見ると縁起がいいものを順に並べたものらしい。


 言われてみれば確かに、富士山は文句なしに縁起がいい感じがするし、鷹も強くて頭がよさそうだから縁起がいいといえなくもない。


 しかしナスってのはどうなんだろう。

 別にナスが嫌いなわけじゃないが、高級なイメージもなければ、貧乏くさいとまでは言わないが庶民の食べ物って感じがする。


 一体どこがどう縁起がいいのだろうか。


 つまり、なにが言いたいのかというと。

 俺が今しがた夢で見た、真夏の蒸し暑い部屋で七輪を前に延々と焼きナスを食わされ続ける夢は、果たして縁起がいいのだろうかという、ただそれだけのことであった。


 これはウチの天才少女にでも聞いてみるしかあるまい。


「あけましておめでとうございまーす」


 そこへタイミングよくやってきたのは、珍しく瑞希のように髪を結い上げた歩だった。

 なんとなく正月っぽい。


 が、しかし。


「30点だな」

「えっ」

「今の俺は振り袖以外は認めたくない気分なんだ」

「ええー?」


 いきなりの言葉に目を丸くする歩。


「だってお兄ちゃん、去年は無反応だったじゃない。せっかく苦労して着たのにー」

「ん? そうだったか?」


 まったく記憶になかった。

 要するに眼中になかったんだろう。


「いや、たとえそうだったとしても今年は違う。人間は日々成長するもんだからな。今はむしろ振り袖を着ずにいったいなんのための正月かって気分だし、頼むからドアを開けるときは必ずノックをしてくれ」

「……うぁ。いつものパターンかと思いきや最後の最後にお説教ですかー」

「説教っつか当然のマナーだろ」


 ジト目でにらんでやると、歩は両手を顔の前でブンブンと振った。


「ち、違うよー。もし寝てたら起こしちゃうの悪いかなと思ってノックしなかっただけで、いつもはちゃんと……」

「起こす気で来たんじゃないのか?」


 壁の時計を見るとすでに10時を回っている。

 歩はニコニコしながら答えた。


「ううん。起こしに来たんじゃなくて、起きてるかなと思っただけだよー。寝顔眺めてようかなーって」

「……悪趣味すぎんだろ」


 今度からは部屋に鍵をかけておく必要があるかもしれない。


 とまあ、そんなこんなで。


 新年1発目の朝は、おだやかな冬の風に太陽がほんのちょっとだけ顔をのぞかせているという、比較的うららかな空気の中で始まった。

 外に出ればもちろん寒いのだろうが、日光が入ってくるので家の中は暖かい。


 ちなみに先ほどの夢を歩に聞いてみたところ、そもそも初夢は元日の夜に見る夢のことだと突っ込まれてしまった。


 とりあえず今夜こそは富士山の夢を見ることにしよう。 


「はい、ユウちゃん。お年玉」


 歩とともに1階に降りて顔を洗い、両親の位牌に手を合わせて振り返ると、雪が白い封筒を差し出していた。


「おう、サンキュ」


 正月といえばやはりこれ、お年玉だろう。


 妹の手からお年玉をもらうってのもなんだか妙な感じがするが、こづかいもこいつを経由して渡されているのだからいまさらでもある。もらえるならなんだっていいのだ。


 そのままリビングに向かうと、テーブルの上にはおせち料理が並んでいた。

 半分以上残っているが、他の3人はもう食べ終わったらしい。今日明日ぐらいはコンビニ以外の近場の店は軒並み閉まっているし、この残りをちょこちょこつつきながらダラダラと家の中で過ごすことになるのだろう。


 もちろん腹は減っていたので、俺はまっすぐテーブルの前に陣取った。


「そーいやお前ら、初詣はもう行ってきたのか?」


 "寿"と書かれた割り箸をパリンと割ると、雪がご飯茶碗を持ってくる。


「ううん。今年はまだ誰も行ってないよ」

「お、珍しいな。いつも朝早くに行ってなかったか?」


 まずは栗きんとんをひとつまみ。

 砂糖控えめで素材の甘さが強く出ている。どうやら去年よりもさらに腕をあげたようだ。


 だし巻き卵をつまみながら、リモコンをとってテレビの電源を入れる。

 正月だから特番しかやっていないし見たいものがあるわけでもないので、いつものように適当にチャンネルを回してそのままにしておいた。


 その間に、雪が温かいお茶を入れて持ってくる。


「初詣、今年はみんなで行こうって。歩ちゃんとそう話してたから」

「みんな?」


 それで出発を遅らせたということは、おそらくその中に俺も含まれているのだろう。


「そうそう。今年はみんなで行こうよー」


 トイレから戻ってきた歩がそうせがむ。

 返事はとりあえず保留して、俺はリビングの中を見回した。


「瑞希はどこ行った?」

「お風呂だよ」

「ふむ」


 初詣にはもともと行くつもりだった。といっても別に神様へのお願いごとなんてものはなく、神村さんと緑刃さんのお見舞いついでといったところだ。

 実をいうと一昨日、つまりは大みそかの前日にも様子を見に行ったのだが、まだなにやらバタバタしているらしく、会うどころか状況を聞くことすらできずに追い返されてしまったのである。


 だから初詣に行くこと自体はまったく問題ない。


 が、しかし。


(こいつらと一緒か……)


 ちょっと気が引ける話だった。

 小学生みたいなことを言うようだが、正月早々、女3人に囲まれての初詣ってのはどうにもアレだ。それが自分の彼女ならまだしも、妹(真)、従姉、妹(偽)ではまったくカッコがつかない。


 ただ、それを理由に断るのもそれはそれでカッコ悪い気がした。


 瑞希なんかは『いまさらカッコつけてバカじゃないの?』とか言いそうだし、歩はすねるか半泣きになるだろう。

 雪にいたっては『じゃあ女装して行こうか?』とか、意味不明かつ無茶なことを言い出しそうで怖い。


「……つか、女装するほうがカッコ悪いっつの」

「え?」


 雪が不思議そうな顔をして振り返った。

 思わず声に出してしまっていたようだ。


 なんでもない、と、手を振ってニシンの昆布巻きをつまんだところで、脱衣所のドアが開き、バスタオルを頭に乗せた瑞希が現れた。


「あら、優希。今年は早いわね」

「別に早くないだろ。時計見ろっての」


 10時半になろうとしている壁時計をあごで示しながら言い返すと、


「そう? 去年は確か夕方近くに起きてきたんじゃなかったっけ?」

「うぐ……」


 確かにそうだった。

 去年はそれで神村さんの巫女舞を見逃してしまったのだ。


「今年は早かったわね」


 瑞希は嫌味ったらしく繰り返して、楽しそうに台所に向かった。


 余談になるが、ウチでは風呂上がりだろうとなんだろうと、パジャマ未満の格好で歩き回ることは禁止とされている。だから風呂から上がったばかりの瑞希もしっかりと普段着だ。

 そんなことわざわざ決めなくても、下着姿で歩き回るやつはこの家にはおそらくいないのだが、思春期の男女が一緒に暮らす関係上、念のためというやつである。


 こういう環境だと色々と気を遣うものなのだ。


「瑞希ちゃん。いま初詣に行こうって話してたんだけど、大丈夫? 湯冷めしないかな?」

「ああ、大丈夫よ。ちゃんと髪乾かして厚着していくから。ほら、優希。のんびりしてないでさっさと支度してきなさい」


 どうやら、俺の返事を待つまでもなく全員参加の方向で決まってしまったようである。






 俺たちが神社に到着したのは午前11時過ぎだった。


 日が変わってすぐに初詣に行くって連中はもちろん多いと思うが、この時間、つまりは朝食後に来るってパターンもなかなかに多いらしく、神社はいつになく人でにぎわっていた。


 つい先日、この奥で悪魔たちとの激しい戦いがあったなんてとても信じられない光景である。


 賽銭を入れてガラガラと鈴を鳴らし、4人並んで手を合わせた。


 俺はとりあえず金が欲しいと願っておいたが、そのご利益らしきものにあずかった記憶はない。

 これまでに入れてきた賽銭をすべて合わせれば漫画の1~2冊は買えただろうに、神様というのは本当に恩知らずな生き物である。


「そういえば沙夜ちゃん、この神社の娘だって言ってたわよね」


 お参りを終え、賽銭箱から離れた辺りで瑞希がふと思い出したようにそう言った。

 そうだよ、と、雪が答え、さらに歩が付け加える。


「去年は沙夜さんが巫女舞を踊ったんだよねー。確かこのぐらいの時間だったと思うけど……」

「今年はどうなのかしら?」


 と、瑞希が拝殿の前に設置された舞台に視線を送る。

 周囲には小さな人だかりができていた。


「あ、ほら」


 雪が神社の本殿を指差す。

 見ると、そこからちょうど装束姿の一団が出てくるところだった。


「踊る前には、ああやって本殿でお祓いするんだって」

「沙夜ちゃんがやるのかしら?」


 瑞希は昨年の暮れに仲良くなった神村さんに興味津々らしかった。

 性格的には通じ合うところのなさそうなふたりなのだが、意外にも相性がよさそうなのは、やはり従姉妹という血縁の成せる業なのだろうか。


「最近はずっと沙夜ちゃんがやってたみたいだけど、今年はどうだろね?」


 と、雪は小さく首をかたむけた。

 もちろん口には出さなかったが、暮れの戦いでのケガのことが頭をよぎっていたのだろう。


 そのうち、一団の後ろのほうに巫女服姿の女の子が姿を見せた。


 やっぱり神村さんじゃない……と、俺が一瞬そう思ったのは、少女の髪型が三つ編みのお下げではなくただの垂髪だったからだ。


 しかし。


「あれ? 沙夜ちゃん、かな」


 雪がちょっと意外そうな声をあげたので、俺も驚いて目をこらしてみる。


 すると確かに。髪型こそいつもと違っているが、幾分豪華な装飾の巫女服に身を包んだその少女は、紛れもなく神村さんだった。


「そうみたいね」

「ホントだねー」


 ちょっと嬉しそうな瑞希と、やはり意外そうな歩。


(……かなり重傷だったって聞いてたけど、大丈夫なのか?)


 神村さんの状態については俺も話に聞いただけで実際に見てはいない。

 ただ、肋骨にヒビの入った俺より重傷だったと聞いているし、いくら悪魔狩りの医療技術が優れているとはいってもこの数日で完治するはずもないだろう。


 となると、相当無理をしているのかもしれない。


 そうして神村さんを見つめていると、ふと、目が合った。


「……」


 神村さんは俺、雪、歩、瑞希と、4人全員に順番に視線を止めたが、特に表情を動かすことなくすぐに正面に向き直ると、そのまま舞台の上へと進んでいく。


 やがて雅楽の演奏とともに巫女舞が始まった。


 くる、くると、緩慢ながら流れるような動きで踊る神村さん。

 時折鳴り響く鈴の音が幻想的な雅楽の音楽と絡み合う。


 純粋に綺麗だなと思うと同時に、どうやら彼女の体も順調に回復しているようで少し安心した。


 ……ただ。


「……」


 踊っている最中にも何度か重なった視線。

 揺れる瞳。


 ……なんだろうか。

 どこが、とは言えないが、その姿は以前の彼女と少し違っているような気がした。


 そして儀式は何事もなく終了し。

 そんな神村さんの状態が少し気にはなってはいたものの、瑞希たちが一緒ということもあって直接彼女を訪ねることはできず、この日はそのまま帰宅することになった。


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