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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
第3部 暁の御烏様 編
143/239

プロローグ


 元日の早朝。


 障子から差し込む柔らかな日の光。

 そこは神社の奥にある、悪魔狩り"御門"本部の一室。


 そして、部屋の入り口には渋い顔で腕組みをする楓が立っていた。


「今年も神楽を舞うらしいな? 少しはおとなしく養生しているかと思えば……そのケガをおしてまでやらなきゃならんことか?」


 その視線の先には、白い肌襦袢姿で布団から上半身だけを起こした沙夜がいる。

 先ほどまで緑刃もここにいたのだが、今は他の用事があって席を外していた。


「楓さん。今日はどのような御用です?」


 問いかけに答えず、沙夜は襦袢の襟を正しながら逆にそう質問した。


 襟元からは彼女の体中に巻かれた包帯が少しだけのぞいている。

 暮れの戦いで負った傷は深く、まだ癒えていなかった。


 楓は小さく鼻を鳴らし、少し視線を泳がせながら、


「別にこれといった用があったわけじゃないが、青刃……いや、竜夜のやつにはいいように利用されちまったからな。借りを返さなきゃならない。なにか情報があればと思ってな」

「そうですか。……残念ですが、今のところ竜夜さんに関する情報はありません」

「そうか」


 楓もそれほど期待はしていなかったようで、それ以上の言葉はなかった。


 そして、しばらくの沈黙。


「……今の私には」


 沙夜がぽつりとつぶやいた。


「神社の仕事を手伝うぐらいしかできませんから」

「だろうな」


 楓は容赦なくそう返した。

 そして、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「そのザマを見りゃ誰だってわかる。とにかくさっさとケガを治すことだ。緑刃のやつも、いつまでもケガ人のお守りをしているヒマはないだろう」


 そんな楓の返しに、沙夜は少し意外そうな顔をした。

 彼女が言った『今の私』とは、ケガのことではなく、神刀"きらめき"を失くしたことを指したものだ。


 楓が本気で取り違えたのかどうかはわからない。

 ただ。


「ぁ……」


 沙夜がなにか言いかけて止まる。


 視線が迷う。

 肩を揺らして大きく息を吐く。


 そして結局、そのまま口を閉ざしてしまった。


「……」


 楓はそんな沙夜をしばらく見つめていたが、やがてなにも言わずにきびすを返し背中を向ける。


 沙夜もまた無言でそんな彼を無言で見送って。


 そして。


「……どうして」


 楓の背中が視界から消えた途端、沙夜の口からつぶやきがもれた。


 天井を見上げる瞳はひどく不安定で。

 そして、その手がギュッと布団を握り締める。


「どうして私を見捨てたのですか……教えてください、竜夜さん……」


 この数日の間、何度も何度も繰り返した沙夜の問いかけは誰の耳に届くこともなく。

 遠く聞こえるかすかな喧噪の中に溶けて消えていくだけだった。






「楓」

「……」

「楓!」

「……ん?」


 沙夜の部屋を去った楓は、長い廊下の途中で背後から呼び止める何者かの声に振り返った。


 何者かとは言ったものの、楓に進んで声をかけようとする者はこの御門ではそう多くない。

 しかもそれが女性のものだとなれば、それに該当するのは沙夜の他にはおそらくひとりだけだろう。


「緑刃か。なんだ?」


 やってきたのは沙夜の護衛役の緑刃だった。


 緑刃はきびきびとした動きで楓の前までやってくると、


「珍しいな、お前が歩きながらボーっとしているとは。光刃様の様子はどうだった? 私の前では強がってなかなか本心を見せてくれなくてな」

「ふん、さあな。ケガの具合ならお前らのほうがよくわかってるだろう」


 そっけない楓の言葉に、緑刃は表情をくもらせた。


「体についてはな。大ケガは大ケガだが、そう長引くようなものではない。……ただ、光刃様にとっては、心から信じていた者に裏切られるというのは初めての経験でな。表には出さないが、かなりショックを受けているようだ」

「信じてた人間に裏切られたってんなら、お前だって同じじゃねぇのか?」


 そんな楓の指摘に、緑刃は軽く肩をすくめて、


「否定はしないさ。ただ、光刃様は私よりもずっと繊細な方だ」

「繊細、か」


 楓の脳裏に先ほどの沙夜の姿がよみがえる。

 もちろん彼女の様子がいつもと違うことは気づいていたし、その原因が青刃の裏切りにあることはわかりきっていた。


 ただ、それでも楓はそっけなく返す。


「それをケアするのはお前らの役目だろ。俺には関係ねぇ。ただ、竜夜のやつには俺を利用した報いを受けさせる。それだけのことだ」

「そうか。……いや、お前はそれで構わないよ」


 緑刃は納得したようにうなずいて足を前に進めると、すれ違いざまに楓の肩を軽く叩いた。


「なにかわかればすぐに知らせる。そのときは力になってくれ。今の沙夜には、特にお前が必要だ」

「……ずいぶんと忙しそうだな」


 立ち去ろうとした緑刃の背中にそう問いかけると、軽いため息が返ってくる。


「見ての通り、忙しいどころの騒ぎじゃない。問題が山積みになっている」

「だろうな」


 と、楓は周囲に視線を向けた。


 いつもは静かな本部内に、慌しい足音がひっきりなしに響いている。


 だが、それもそのはず。

 組織のナンバー2だった紫喉とその側近たち、つまりはこの御門の運営を実質的に担っていた幹部の大半が、竜夜の裏切りによって一斉に命を落としてしまったのだ。


 今はその紫喉に次ぐナンバー3、ここの支部組織である"見崎みさき"を率いる影刃がやってきて、ほぼ不眠不休で事後処理に当たっていたが、一段落というにはまだほど遠かった。

 当然、若手幹部の一番手である緑刃も首が回らないほどの忙しさだったのである。


 それと、もうひとつ。


「……神刀が奪われたことを他の組織にどうやって隠し通すか。それが一番の難問だ」


 と、緑刃は肩を落として言った。


 竜夜に奪われた神刀"きらめき"は、悪魔を退治する力を秘めた強力な武器というだけではない。

 この本部の奥にある、魔界と人間界をつなぐ国内最大級の"ゲート"を封じる結界の要だったのだ。


 もしそこが破られるようなことがあれば、御門だけではなく全国各地にも大きな影響が出る。

 こと神刀の行方に関しては、御門の中の問題だけでは済まされないのである。


「特に紫喉様と蜜月の関係にあった組織の動きは気になるところだ。悪魔排除派の幹部の方々が避難所で一斉に命を奪われたということもそうだし、影刃様は悪魔に対する主張の違いで紫喉様と対立関係にあったからな」

「影刃のクーデター……ってことか?」

「我々からすればバカげた話だが、外から見ればそういう風に見えなくもないだろうさ。特に影刃様のお考えに否定的な連中はな。……その上で、"煌"を失ったことまで知られたら」

「全国の悪魔排除派の組織が動く、か」


 再び、緑刃のため息が響く。


「特に紫喉様以上に極端な悪魔排除論を掲げている組織がな。彼らは常日頃から我々御門の悪魔に対する対応に不満を隠さないからな」

「"御烏みがらす"と"水守みもり"か。どちらも話の通じない狂信者どもだな」

「……同じ悪魔狩りとしてあまり悪口は言いたくないが」


 緑刃は言葉を濁したが、楓の表現にほぼ賛同という表情だった。


「なんにしろしばらくはバタバタしている。すまんな、楓。暮れの戦いの礼もろくにできなくて」

「ふん……最初から期待していない」


 ぶっきらぼうに答えた楓に、それでも緑刃はもう一度すまんと言ってその場を離れていった。


「……確かに厄介だな」


 緑刃の姿が廊下の向こうに消えた後、建物の出口に向かって歩きながら楓はそうつぶやいていた。


「御烏に水守、竜夜、どさくさに紛れて姿をくらましたクロウ、か」


 ピタリと足を止めて振り返る。

 その視線は沙夜のいる部屋の方角へと向けられていた。


「……この程度でダメになるようなら」


 視線を戻し、再び歩き出す。


「その理想を叶えることはしょせんお前には無理だった。……そういうことだ。沙夜」


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