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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 妹と悪魔狩り
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1年目5月「落ちてくる夜空」


 リーダー格の男がすぐには動けないのを確認し、俺は視線を他のふたりの男へと向けていた。

 小太刀を携えた男たちがなにか叫んでいる。


「どけ……!」


 目で威圧する。

 男たちはそれでも怯まず、間合いをキープしながらこちらを牽制していた。


 俺は構わずに前に出る。

 雪のもとへ。

 今はとにかくあいつの安全を確保するのが先だ。


 男たちは雪のことまで気にする余裕はなかったらしい。

 近づいていくと、間合いを保ったまま黙って俺に道を譲った。


「ユウちゃん……」


 雪は震えながら泣きそうな顔をしている。

 その顔を見てホッとした。


「……バカ野郎」


 ポコッと雪の頭を叩いて、


「俺のことがどうとか言ってる場合かよ。殺されちまったら全部終わりなんだぞ」

「でも……こんなことしたらユウちゃんも……」

「だからバカなんだよ、お前は」


 振り返ってふたたび男たちと対峙する。


「お前がこんな風に目の前で殺されて、俺がそのまま静かに暮らしていけるとでも思ったか?」


 男たちも退く気配はない。

 たぶん戦いは避けられないだろう。


「どんな手段を使ってでもお前の仇を討つに決まってんだろ。どうせ戦わなきゃならないなら、お前が生きてたほうがなんぼか得だろーが」

「ユウちゃん……でも、私……」

「あー、もう。うるせーからしゃべんな」


 左手を雪の頭に添え、胸に抱き寄せる。

 温もりと震えが伝わって、雪は無言になった。


(……さて、と)


 ひとまず雪の安全を確保したことで、状況を再確認する余裕がでてきた。


(戦うとなると気になるのは周囲の目だが……この様子だと大丈夫か?)


 これだけ激しくやっているにも関わらず、目と鼻の先にある住宅はまったくの無反応だった。

 これはもう、辺りに騒ぎが及ばないようにあいつらがなんらかの手段を講じていると考えたほうがいいだろう。


 そして、それはこちらにとっても好都合だ。

 雪と違い、俺は静かに戦うのが苦手な性質だから。


「……」


 相手は動かない。

 退く気配もない。

 応援でも待っているのだろうか。


(……試してみるか)


 俺は右手に力を集め、放射状に炎を放った。

 本気の攻撃ではなくただの牽制だ。


「!」


 3人の男たちはその炎を避け、あるいは手にした小太刀で払って軽々と防いでみせた。


 向こうから仕掛けてくる様子はないが、俺の力を見て怯んでもいない。

 こちらが脅して逃げ出すような連中でもないのだろう。


 どうするべきか。

 できれば殺したくはないが、さっきはその考えがアダとなった。


 なら、やるしかないのか。

 応援が来て、また追い詰められるようなことになってしまったら目も当てられないだろう。


 やらなきゃ殺される。

 殺すのと、殺されることと、どちらかを選択しなければならないのなら――


(……やるしかない)


 決意とともに、こぶしを握り締める。


 今こそが、生きてこの場を切り抜けられる最後のチャンスかもしれないのだ。

 妹が目の前で殺されそうになって、それでも神頼みしかすることができないなんて、そんな情けない状況におちいるのは二度とゴメンだった。


(覚悟を決めろ、優希……っ!)


 奥歯をかみ締める。

 こぶしに力を込める。

 そっと胸にそえられた雪の手が、微かに震えたのがわかった。


 おそらくは俺の覚悟が伝わったのだろう。


 3人。

 それも相手は悪魔ではない。人間だ。


 それでも。

 それでも、やるしかない。


 なにも言わず、ただ腹の中心にゆっくりと力を込めていく。

 魔力が全身を駆け巡る。

 全身を包む炎が爆発的に膨れ上がった。


「……」


 男たちが目配せし、同時に身構えたのがわかる。

 俺の意思は向こうにも伝わった。


 もう、殺すか殺されるかしかない。


「雪……」


 雪の視線が俺を見上げる気配がわかった。


「なにも考えなくていい。ここから先は全部俺の言うとおりにしろ。いいな?」

「……」


 返事はなかったが、反論の声が上がることもなかった。


 あふれ出した炎が攻撃の形を取る。

 もう後戻りはできない。


 先に動いたのは、相手だった。


 小細工は必要ない。

 こちらも真正面から迎え撃つつもりだった。


 俺の手の中の業火は、おそらく人間を一瞬で焼き殺すだけの力を秘めている。

 悪魔狩りの男たちがどんな訓練を受けているか知らないが、たぶん死をまぬがれるのは難しいだろう。


 男たちが小太刀を構える。

 そんな彼らを包み込むように、俺の炎が伸びていった。


 真っ赤に染まった夜の闇。


 轟音。


 そして


 漆黒の夜空――


「え……!?」


 その異変は一瞬のできごとだった。


(空が……)


 視界の端に映った違和感。


 遠く、遠くにあったはずの夜空が"落ちて"くる――。


「!」


 それに驚いたのは俺だけじゃなかった。 


 悪魔狩りの男たちが足を止める。

 雪が息をのんだ。


 落ちてきた夜空は、俺が放った炎を真上から押しつぶすように包む込み――

 あっという間に飲み込んでしまった。


 炎のオレンジに染まっていた景色が、一瞬にして闇色に戻る。

 そして、静寂。

 音さえも、その闇に飲み込まれてしまったのだろうか――と。


「やれやれ。間に合ったか」


 それが錯覚であると気付いたのは、誰もいない場所からそんな声が聞こえたからだった。

 この場にいる誰のものでもない少年の声。


 誰もいない場所から?

 いや、もちろんそうではない。


(……いつの間に?)


 俺の炎を飲み込んだ闇の中心に、その少年は立っていたのだ。


 左手をポケットに突っ込み、右手を牽制するように悪魔狩りの男たちに向けている。

 暗くて顔はよくわからないが、それほど長くはない金色の髪。身長は俺よりだいぶ低くて160センチぐらいだろうか。

 黒いTシャツにジーパンという、普通の格好だった。


 そして、


「おい、優希」

「!」


 驚いたことに少年は俺の下の名前を口にしたのである。


「それと、雪。ふたりとも後ろに下がってな」

「え……」


 雪も驚いた様子だ。

 俺は我慢できずに問いかけた。


「おい、お前はいったい……」

「下がってろ」


 問答無用の口ぶりで、少年はそのまま悪魔狩りの男たちに歩み寄っていった。


「……かえで。いったいなんの真似だ?」


 少年に問いかけたのは悪魔狩りのリーダー格の男だ。

 どうやら知り合いのようだった。


 が、俺はその事実よりも先に、悪魔狩りの男が発したその名前に驚いていた。


(カエデ、だって……?)


 記憶の奥が刺激される。

 そこにぼんやりと浮かび上がったイメージ。


 それと目の前の少年の後ろ姿を重ね合わせてみた。


(楓……あいつ、まさか)


 それは数日前、登校時に話題に上った謎の少年――"カオル"のイメージだったのである。


「楓……? 楓……ちゃん?」


 驚いたような雪の声。

 それで俺は確信した。


(楓……そうだ"楓"だ)


 カオルではなく、カエデ。

 そして目の前にいるのは、おそらくは俺たちの知っているその楓だ。


「ふん……」


 楓はリーダー格の男と相対し、小バカにしたように鼻を鳴らした。


「なんの真似か、だと? それはこっちが聞きたいぜ。あんたらが一体なにをやらかそうとしているのかを、な」

「わかりきったことを。我々は光刃こうは様の命に従い、有害な悪魔を退治しようと……」

「いいや、違うね」


 楓はすぐに言葉を遮って、


「"光刃様"じゃなくて"紫喉しこう"の命令だろう?」

「同じことだ。紫喉様は光刃様の後見役。その紫喉様の命令は光刃様の命令も同然だろう」


 男は表情を変えずにそう答える。

 わからない単語ばかりだったが、俺は黙ってその話の行方を見届けることにした。


「ま、お前ら下っ端はそう解釈するしかないか。だがな」


 楓はそれでも小バカにしたような口調を崩さなかった。


「有害な悪魔を退治、って辺りはちょっと違うんじゃないか?」

「楓。いったいなにを……」

「いいから聞けよ。雪、お前も聞いておけ」


 楓は一瞬だけ肩越しに雪に視線を送ると、すぐに男たちのほうに向き直る。


「雪が殺したっていうそこの路地に転がっている男の素性な。ま、色々あって調べさせてもらっていたんだ」


 楓はフフッと笑って、


「そもそも人間じゃないんだぜ、あの男」

「……なんだと?」


 リーダー格の男が、隣の仲間――死んだ男の検分をした部下を見る。


「……」


 視線を向けられた男は何も答えない。

 楓はその男をちらっと見て、


「で、さらに調べてみるともっと面白いことがわかった。……紫喉さん直属のあんたなら知ってるんじゃないのか?」

「なにをだ。俺はなにも知らないぞ」


 男は強気に聞き返したが、声にはわずかに動揺が見てとれる。

 楓は淡々と続けた。


「そいつは少し前、あんたらの組織で捕まえていた混血の悪魔だよ。たいした力も持たない下級のやつさ。確か、そういった連中は紫喉さんのほうで管理してるはずだな」

「……」


 男は答えない。


「ま、あの紫喉さんが"なにか条件をつけてわざと逃がす"なんてことをするはずがないし、自力で脱走したんだろうな、おそらく」

「当たり前だ!」


 男はようやく反応したが、それが焦りを隠すためのものだというのは俺にもわかる。

 それほど動揺している様子だった。


「脱走だと? そんな話、私は聞いていないぞ」


 リーダー格の男が憮然とした顔をする。


「らしいな。……じゃあ問題だ」


 楓はそんな男たちの様子を楽しそうに眺めながら、人差し指を立てた。


「あんたらの組織が凶悪な悪魔として捕らえていた男が、あんたらのずさんな警備の隙をついて脱走した。脱走した男は、正体を隠しながらこの町で暮らしていた、人間に極めて友好的な悪魔の少女に"たまたま"襲いかかった。少女はとっさのことで混乱し、自分の身を守るために反射的に力を使ったため、反撃を受けた悪魔の男は死んでしまった。……さて、この場合一番悪いのはいったい誰かな?」

「……」


 男たちの間に沈黙が訪れる。

 やがて、リーダー格の男が口を開いた。


「少なくとも……我々にも落ち度というものはある」

「よかった。あんたは常識人だ」


 楓は視線を横に動かして、


「さっきから挙動不審にしてるあんたはどう思う? 襲われた少女がひとりで責任を被るべきか?」

「っ……それは、お前の言っていることが正しいという前提の話だ! あの死んだ男が悪魔だったなどという証拠は――」

「それは私が保証しよう」

「!」


 背後から聞こえた突然の声に、俺と雪は驚いて後ろを振り返った。


「りょ、緑刃りょくは様……」


 そこに立っていたのは背の高いすらっとした女性だった。


 年齢は20代半ばぐらいだろうか。

 服装は悪魔狩りの3人と良く似ていて、彼らの仲間であろうことはすぐにわかった。


 女性は俺たちの横を通り過ぎると、チラッとこちらを一瞥し、そのまま楓や男たちのそばまで行って立ち止まった。


「紫喉様の配下の者がずいぶんと慌てて死体を片付けようとしていたのでな。少々待たせて私のほうで確認させてもらった。あれは間違いなく私たちが一時抑留していた悪魔だ」


 楓が続ける。


「……と、いうわけだ。納得したか?」


 その言葉に反論はなかった。






 俺たちに理解できない話が終わり、その場にいた人物は楓以外全員が立ち去っていた。


 その間、俺と雪はただなりゆきを見守っていただけ。

 ただ、とりあえず危険な場面を切り抜けることはできたようだ。


 そして、


「楓って……お前、あの楓なのか?」

「……楓ちゃんなの?」


 俺たちは当然のようにそう問いかけていた。


「お前らの言う楓がどの楓かは知らんが、少なくとも俺はお前らのことを知ってるぜ」


 楓はポケットに手を突っ込み、電柱に寄りかかった体勢でそう答えた。


(……ああ、間違いない。こいつはあの楓だ)


 その言葉だけで俺は確信を得る。

 このクソ生意気なしゃべり方に覚えがあったのだ。


「久しぶりだな、とでも言えばいいか? ま、俺のほうはあまり久しぶりって気はしてないんだが」

「ま、久しぶりなのは久しぶりなんだが……」


 正直、久しぶりの再会を素直に喜べる状況じゃなかった。


「さっきのはなんだ? ぜんぜん状況がわからんねーんだが」


 未だに現状を把握できていない。

 色々なことが起こりすぎて、なにに対して反応すればいいのかわからなくなっているのだ。


 楓はそんな俺の質問に小さく息をもらして、


「とりあえず忘れな。お前らはあの組織のくだらん内輪もめに巻き込まれただけだ」


 そう言って今度は雪のほうを見る。


「雪。あの男は最初からお前に殺させるために用意されたんだ。気に病む必要はこれっぽっちもないぜ」

「う……うん」


 うなずきながらも整理しきれてはいないらしく、雪は複雑な顔をしていた。


「あ……それで、楓ちゃんは今なにをやってるの?」


 それでも気持ちを切り替えようとしているのか、少し口調が和らげて雪がそう尋ねる。

 楓が鼻を鳴らして答えた。


「ちゃん付けはやめな。もう子供じゃないんだぜ」

「身長はまだ子供だがな」

「……なに?」


 楓が少し驚いたようにこっちを見たが、俺自身、いきなり自分の口を飛び出した憎まれ口にびっくりしていた。


 ――条件反射。


 そんな単語が頭の中に浮かんできて、無性に笑いがこみ上げる。


 そう。

 10年ほど前、俺たちはこんな風に憎まれ口の叩き合いをしていたのだ。


 楓が鼻を鳴らす。


「背の高さごときで、くだらん。お前みたいに頭の中身が子供よりよっぽどマシだ」

「なに言ってんだよ、お前。俺は精神的にも充分大人だっての」

「辞書をひくことをお勧めするぜ。もっともお前の幼稚な辞書に載ってるかどうかは疑問だがな」

「……ちっ、相変わらずむかつくやつだな、お前」

「お互いにな」


 そんな俺たちのやり取りを見て、雪がくすくすと小さく笑い声を漏らす。

 昔とあまり変わらない、楓とのこういうやりとりはとてつもなく懐かしかった。


「でも……楓ちゃん。どうしてそんな遠くにいるの?」


 雪が思い出したようにそう尋ねた。


 疑問に思うのは当然だった。

 楓は俺たちから10メートルぐらい離れた街灯の下に立っていたのである。


 おかげでこうして話してはいるものの、周りの暗さのせいでお互いの表情がほとんど識別できないのだ。


「近付くと身長低いのがばれるからだろ」


 俺が茶化すと楓は少し考えて、


「ま、そんなところだ。……さて、無駄話はこんなものだな」


 と、背中を向けた。

 その言葉に雪がびっくりして、


「え? 待って楓ちゃん。楓ちゃんは今どこに住んでるの? 学校は?」

「あまり質問はするな」


 楓はそんな雪を手で制して、


「俺にも事情があってな。お前たちにこれ以上近づけないのもそのせいだ」

「待てよ、楓。もしかしてこれっきりってことか?」


 そう尋ねると楓は少し笑った。


「機会があればまた会える。……それと今日のことは忘れていいが、あの組織のことは忘れるなよ。これから嫌でも関わらなきゃならないときがあるかもしれんからな」

「それってどういう――」


 俺が質問しようとすると、楓はそれを遮って続けた。


「この世界に住む悪魔はみんなそうさ。あの組織はお前たちにとって敵でも味方でもあり得る。ま、なにか困ったことがあれば、そうだな……」


 楓は少し考えて、


「神村沙夜って女に相談しろ。知っているだろ?」

「神村さん?」


 意外な名前に戸惑って聞き返すと、楓はうなずいた。


「あいつはあの組織のこともお前たちの正体も知っている。ま、難しいことは考えるな。困ったことがあれば、だ」

「神村さん、か……」


 頭の中にあのお下げの少女の姿を思い浮かべる。


「……俺、嫌われてるんだよな、確か」


 ちょっと嫌なことを思い出してしまった。


「嫌われてる? だったらお前得意のずうずうしさでなんとかしな」

「ありがてぇアドバイス、どーも」


 楓はフッと笑って、


「じゃあな、優希、雪。機会があれば、また会おうぜ」


 ポケットから出した手を軽く上にあげて楓は立ち去ったのだった。


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