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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
137/239

2年目12月「真意」


-----


 唯依は再び駆けていた。


 周囲は深い森。いくら進んでも似たような景色が続いていたが、その辺りは事前に確認のため何度も往復した道だ。目的地に近づいていることは疑いようもない。


 走りながらぎゅっと手を握り締める。


(……待ってて、亜矢)


 緑刃の助けを借りて舞以を、優希の助けを借りて真柚を助けることができた。


 あとひとり。


 彼にとっては2番目の姉にあたる――いや、この騒動によって彼女たちが本当の姉でないことはすでにわかっているが、それは唯依にとってさほど重要なことではない。


(僕が絶対に助ける……!)


 胸の奥が熱くなり、鼓動が激しさを増す。

 これだけの熱が自分の中からあふれてくることに唯依自身が驚いていた。


 夏休みのあのときとはもう違う。

 今は相手が誰だろうと怯むことはない。


 視界が開けた。


「亜矢ッ!」


 飛び出すと同時にそう叫ぶ。

 その場にいた全員が動きを止めて唯依の存在に注目した。


 そこにいたのは3人。


「……あなたは」


 アイラ。

 亜矢の母親であり、今は彼女の体を乗っ取っている、かつて"雷皇"と呼ばれた女性。


「唯依……といったかしら。ユミナの息子」

「唯依、だと?」


 アイラの後方で驚きの声をあげたのは盲目の男。

 それがクロウという敵のリーダーであることを唯依は事前に聞いていた。


 そしてもうひとり。


「……」


 無言のまま唯依に視線を送った背の低い少年。

 闇の力をうっすらとまとったその姿から、彼が沙夜や緑刃たちの話に出てきた楓という人物であろうことを唯依はすぐに察した。


 つまり、その少年だけは味方だ。

 今の唯依にはその情報だけで充分だった。


「亜矢。……いや、アイラさん」


 ゆっくりと歩み寄った唯依は、アイラまで10メートルほどの距離でいったん足を止めると、牽制するように右腕を彼女へ向けた。


「今度こそ亜矢を返してもらいます。絶対に」

「こりない子ね。やっぱりあのとき殺しておくべきだったかしら」


 そう言いながらアイラは視線を横に動かし、少し離れた場所にたたずむ楓を見た。


「勝負は一時中断ね。といっても、もう戦うほどの力は残ってないでしょうけど」

「……ちっ」


 楓の目にはまだ戦意が残っていたが、どうやら体のほうはそうはいなかったようだ。

 あちこちには雷撃によるものと思われる傷が多く刻まれ、大きく上下する肩はその疲労の大きさを物語っている。


 結局、楓は動くことなくその場に片ひざをついた。

 唯依の登場によって緊張が途切れてしまったのか、あるいはこの機会に最後の力を温存しようとしているのか。


 それを見たアイラが唯依に視線を戻す。


「というわけだから、仲間の助けは期待できないわよ? それでも戦うつもり?」

「もちろんです。僕はそのためにここに来たんですから」

「……この亜矢とかいう娘がそんなに大事なのかしら」


 と、アイラはバカにしたような調子で笑った。

 その言葉に唯依の胸がチクリと痛む。


 彼女の態度はまるっきり他人ごとのようだった。

 メリエルとミレーユはそれぞれに舞以や真柚を気遣う様子を言葉の端々にのぞかせていたが、アイラは本当に、亜矢が自分の娘だという認識がないのかもしれない。


 大きく息を吐いて、唯依は答えた。


「当然です。亜矢は僕の大事な家族ですから」

「家族? 確かにそうやってカモフラージュしていたようだけど」


 ちら、と、アイラは後ろのクロウを一瞥して、すぐに視線を戻す。


「それはこちらの都合でそうしていただけよ。この子はあなたの家族でもなんでもないわ」

「そんなことは関係ありません」

「関係ない?」


 アイラが不可解そうな顔をした。

 唯依は左足を少し後ろに引いて、半身の体勢をとる。


「確かに血のつながった姉さんじゃなかったけど、でも亜矢は僕の家族です。大事な仲間です。……だから」

「大事な……仲間?」


 アイラが一瞬だけ呆けたような顔をした。

 見つめる視線が遠くなる。


 唯依は言った。


「だから僕は亜矢を取り戻す! 覚悟してください、アイラさん!」

「……アイラ、気をつけろ!」


 クロウの叱咤の声が飛んだ。


「それはユミナの力だ! 侮ってはやられるぞッ!」

「ユミナの……?」


 アイラのつぶやきとほぼ同時に、唯依の右腕から炎がほとばしった。


「!?」


 アイラが驚きの表情を浮かべる。

 しかしすぐに平静を取り戻すと、避けようとはせずに真っ向から雷撃をぶつけた。


 閃光が走る。


「う……ッ!」


 その輝きに唯依は思わず目を背けた。

 直後、炎と雷撃が激突し、辺りに衝撃と轟音が波及していく。


 唯依は肝を冷やしたが、目を開くと、双方の力は意外にも完璧に相殺されていた。


(……互角? 僕の力が通じるのか?)


 怪訝に思い、半信半疑のまま唯依は正面のアイラを見る。


「ユミナの、力。狂焔……か」


 アイラは動揺しているようだった。

 自分の力が相殺されたことにショックを受けたのか、あるいは動揺していたから唯依の力で相殺できたのか。それはわからない。


「……アイラさん」


 唯依はそんな彼女に呼びかけた。


「あなたたちが戦う理由、全部じゃないけどミレーユさんから聞きました」

「……ミレーユに?」


 怪訝そうに眉をひそめるアイラ。


「ええ。あなたたちは僕の父さんに今も縛られてるんだって。そのために一度命を落としてからもこうして戦い続けてるんだって」

「……」


 アイラの表情がかすかに歪んだ。

 怒りか、それとも別の感情か。


 かまわず唯依は続けた。


「でも、あなたたちが戦う理由なんて本当はどこにもないんです。父さんはもうこの世にはいません。それにそもそも、父さんはあなたたちがこうして戦うことを望んでいなかったはずです」

「……なにをバカなことを」


 口もとを小さく歪めてアイラが反論する。


「彼は私たちの記憶と力をこの体に残したわ。それはつまり、私たちが復讐を果たすことを望んでいたからよ」

「それは……多分違います」

「違う? なにをバカな……あなたは彼のことも私たちのこともほとんど知らないでしょうに」

「それでも」


 声がわずかに熱を帯びた。

 唯依には確信があったのだ。


「僕の父さんが、あなたたちの尊敬に値する人だったんなら。……父さんが本当にあなたたちのことを大事に思っていたのなら!」


 思わず声が大きくなった。

 息を吸い込み、ぶつけるようにさらに声を張り上げる。


「……そんなこと望むはずがないじゃないか! 死んでからも自分の復讐をしろだなんて、そんなひどいことを遺していくはずがない! そうは思いませんか!?」

「じゃあ……なんだというの?」


 言葉は強気のままだったが、アイラは唯依の言葉に確実に動揺していた。


 ……いや、彼女を動揺させたのはその言葉の内容だけではないだろう。


 アイラの視線は、唯依の顔を、その表情の動きを、ひとつも見逃さないように凝視していた。

 そこに、この場にいない誰かの姿を幻視しようとしているかのように。


「……答えてみて。彼はなんのために、私たちの記憶と力を残したの?」

「それはきっと……」


 それについて、唯依はずっと考えていた。


 女皇たちがそれほどに信頼していた父、クレインという人物のこと。

 その真意。


 女皇を含む彼らは、本当の家族のような仲だったという。

 そこに今の自分たちの境遇を重ね合わせて、思う。


 自分だったら、どうなのか。

 もし自分がその力を持っていて、その状況に至っていたとしたら、最後になにを願うだろうか、と。


 顔をあげ、唯依はアイラをまっすぐに見つめて言った。


「父さんはきっと、あなたたちにもうひとつの人生をプレゼントしたかったんだと思う」

「……もうひとつの、人生?」


 アイラが驚いた顔をする。

 彼女の心が大きく揺れたように見えた。


「そうです。父さんが実現できなかったこの世界での幸せな生活を、叶えてあげられなかったもうひとつの生を、体験して欲しかった。だから父さんは、あなたたちの人格をその体に残したんだ」

「……戯言ね。なんの根拠もないわ」

「いえ、根拠はあります」


 引くことなく、唯依は続けた。


「僕の中にはほんの少しですけど、母の記憶が残っているんです」

「母? ユミナの記憶……?」

「ええ。……あれはたぶん、あなたたちに術を施した直前か直後でしょう。父さんは母さんとの会話の中で、しきりにあなたたちに謝っていました。こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないと」

「……!」


 アイラがさらに揺れる。


「そんなこと……あるはずないわ。彼が謝る理由なんて。……だって、あの戦いは私が先走って……彼はギリギリまで戦わないように――」


 右手でこめかみの辺りを抑える。

 動揺はもはや隠し切れないほど大きくなっていた。


「でも、父さんは確かにそう言っていました。巻き込んでしまったから、あなたたちにはせめて子どもたちと一緒に、もう一度……って」


 確信を込めて言い切った唯依に、アイラは目を大きく見開いた。


「……彼は、復讐を望んでいなかった……それが真実なの?」

「少なくとも僕は、そう思っています」


 いくつかの要素を集めて考えれば、結論はそれしかない。

 証拠のようなものはないが、唯依には確信があった。


 そして、


「……あの人が、そんなことを。あの人が――」


 アイラの表情が信じられないほどの変化を見せた。

 高圧的な仮面が見る見るうちに剥がれ落ち、その下からまるで子供のような幼さがのぞく。


「あ……」


 それを見て、唯依は思わず息を呑んだ。


(亜矢と、同じだ……)


 普段クールな亜矢が、養父の来訪を知って見せた浮かれた表情と同じ。


 母娘なんだ、と、思った。

 そして同時に、アイラにとっての唯依の父がどれほどの存在だったのかということも思い知る。


 だからこそ揺れたのだ。

 実の息子である唯依の言葉に。


「……アイラさん」


 唯依は再び右手を彼女に向けた。


 今度は戦うためではない。

 差し伸べたのだ。


「もう戦う必要はないはずです。僕は今のあなたとは戦いたくないし、なによりこれ以上戦ってほしくない」

「……」


 アイラは困惑したように唯依を見た。

 その視線は、まるで唯依の言葉の奥の奥までを見透かそうとするかのように。


「僕が父さんなら同じことを言います。自分の大事な人を危険な目に遭わせたいなんて、そんなこと思うはずがないですから」

「……」


 アイラの視線が空中をさ迷う。


 一瞬の空白。

 そして。


「……ふ」

「アイラさん?」


 戸惑いが消えた。

 その後に浮かんだのは笑み。


 ゆっくりと顔を上げ、そしてアイラはすべてに納得したような表情を見せた。


「ふふ……そう。なるほど、ね」


 これまでに見せていた薄笑いとは違う。

 本当に楽しそうな笑みだった。


「最初は気づかなかったけど、そっくりなのね、あなた……」

「父さんに、ですか?」

「見た目だけじゃない。言葉を聞けば、言うこともそのまま。そうやって説得するときの必死そうな顔も。……そんな顔されちゃ、嘘だと思っててもだまされてしまうわ」

「嘘じゃありません。父さんはきっと――」

「わかってる」


 と、またおかしそうに小さく笑った。


「あなたの言うとおりなのかもしれない。考えてみれば確かに彼はそういう人だったわ。……ねぇ、クロウ」


 そして肩越しに盲目の男を振り返る。


「あなたは彼の真意を知っていた。知っていながら、私たちに復讐を勧めたのね?」

「……」


 クロウは沈黙していた。ただ、光を失った瞳を彼女に向けただけだ。


「いいのよ。気持ちはわかるわ」


 アイラはそれでも愉快そうにしながら、再び唯依のほうへ視線を戻した。


「実弟のあなたでさえ同じだったのだから。……私たちはみんなそう。彼に惹かれ、彼と行動を共にして。程度の違いはあったけれど、みんな同じ」


(……みんな、同じ?)


 その言葉に唯依は不吉なものを感じた。

 つい先ほど、別の人物の口からも同じ言葉を聞いていたからだ。


 アイラはゆっくりと両手を広げ、懐かしそうに夜空を見上げた。


「彼は、私に広い世界と太陽の光を与えてくれたわ」


 そこには太陽の代わりに清廉と輝く月が浮かんでいる。


「彼と出逢わなければ、私は暗い闇と湿った石の冷たさしか知らずに死んでいたでしょう。だから、そう。私にとって彼は太陽。私の世界そのもの。私のすべて。私が存在する意味そのもの」


 ゆっくりと、深呼吸。

 笑みが止まった。


「……だから」


 パリ、パリ、と。

 白い帯が彼女の全身にまとわりついていく。


「たとえ彼の真意がそうだったとしても、なにも変わらない」

「アイラさん!」


 アイラの視線がゆっくりと下り、澄んだ目で唯依を見つめる。


「唯依。クレインとユミナの子。彼の真意に気づかせてくれたことには感謝するわ」


 その全身が再び電流を帯びた。


「でも、私を止められるのは彼だけ。彼自身の言葉だけ。それは今も昔も変わらない。たとえ実の息子であるあなたの言葉であっても。あなたが彼の代弁者であろうと。……太陽を失くしてしまった私はもう、こうするより他にない!」


 周囲で強烈な放電が巻き起こる。


 体が浮かび上がりそうになるほどの強大な魔力。

 "雷皇"の威圧感。


 唯依は思わず一歩、後ずさっていた。


(……この人も、やっぱり同じなんだ)


 メリエルやミレーユと同じ。もう自分の意思で止まることはできない。

 彼女たちは本当にしばられているのだ。


(……なら、戦うしかない)


 唯依はすぐに気持ちを切り替えた。

 両足のかかとにグッと力を込め、それ以上下がらないようにと抵抗する。


 どちらも望まない戦い。

 それは唯依もアイラもわかっている。


 それでも戦わなければならないのなら、力ずくででも止めるしかなかった。


(母さん……力を貸してくれ!!)


 唯依の右腕が"狂焔"をまとう。

 ほとばしる熱波が雷皇の圧力を緩和する。


「15年も経ってから、あなたとやりあうことになるとはね」


 アイラは目を細めて唯依を懐かしそうに見つめていた。

 ……いや、彼女が見つめていたのは唯依ではなく、彼の右腕に宿っていた炎だ。


「最後に現れたくせに、いつもあなたが一番に彼のことを理解していた。……悔しかった。だから私は子どものようにいつもあなたをねたんでいたわ。……でも、これでようやく吹っ切れる」


 白い指先が、ゆっくりと唯依に向けられる。


(……来る)


 唯依も力を振り絞った。


 楓との戦いで多少なりとも消耗しているアイラは長期戦を望まないだろう。

 おそらくこの一撃で決めるつもりだ。


 それは唯依も同じ気持ちだった。

 戦いを長引かせるつもりはない。後のことを考えるつもりもない。


 一撃だ。

 ただ、その一撃にすべてを込める。


 全身から炎が立ちのぼり、それがすべて右腕に収束した。


「行くよ……アイラさんッ!」


 キッと正面に強い視線を向ける。

 アイラは無言だったが、一瞬だけうなずいたようにも見えた。


 そして、直後。


 轟音を響かせながら、お互いの渾身の一撃がその手からほとばしった――


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