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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
136/239

2年目12月「戦いの陰で」


-----


 白い閃光が満ちる。

 小柄な楓の体が横に駆け出すと、白い帯は軌道を変えてその後を追った。


「さっきの暴言、後悔させてあげるわ」


 口の端を大きく吊り上げて、アイラが腕を振るった。

 彼女の全身は凄まじい量の電流に包まれ、バチバチと放電して周囲の夜闇を光のもとに暴き出していた。


「ちっ……」


 楓は追ってくる雷撃に舌打ちし、左手を背後に向けてそこから流線型の闇の波動を放った。

 轟音とともに、白い帯と黒い波動が激突する。


 それが相殺されるのを見届けるより早く、楓は方向を変えてアイラに向かった。

 その右腕が闇色のオーラに包まれる。


 しかしアイラは口もとに浮かべた余裕の笑みを消すことなく。

 むしろ思い通りという表情を見せた。


「飛んで火に入る夏の虫、というやつね」


 アイラの全身を包んでいた膨大な電流が弾け飛ぶように体を離れる。


「!」


 四方八方から襲い掛かる雷撃に、楓は足を止めた。


 ……尋常な攻撃ではない。

 本能が危険を知らせ、すぐに攻撃を諦めて後ろに飛ぶ。


 が、やはり雷撃が速かった。


「ちぃ……ッ!」


 避けることを断念した楓は両腕を体の前で交差する。

 その全身が黒い闇の防護壁に包まれた。


 雷撃が楓を直撃する。


 バリバリバリ! という凄まじい音が夜の森に響き渡った。

 楓の体は空中を舞った後、先ほどの沙夜と同じように地面へと落下していく。


 ……いや。


「直撃……だったと思ったのだけど」


 つぶやいたアイラの表情が少しだけ険しくなる。


「理解したわ。クロウがあなたを警戒していたわけをね」

「……ふん」


 そんなアイラの視線の先で、楓は地面に叩きつけられることもなく悠然と着地していた。


 直撃であったことは間違いないし、彼がノーダメージでないことも服のあちこちに焼け焦げた跡が残っていることから明らかだ。


 だからこそ驚きなのである。

 彼がこうして今、自分の両足で地面に立っていられることが。


「私の本気の攻撃に耐えられるのなんてミレーユぐらいだと思っていたけど、やっぱり世界は広いわね」


 そんなアイラの言葉に、楓は鼻を鳴らして答えた。


「世界が広いんじゃない。俺が特別なだけだ」

「言ってくれるじゃない。この状況でその態度。褒めてあげるわ」


 アイラはおかしそうに声をあげて笑う。

 その余裕は、楓のポテンシャルを目の当たりにしてもなお、自分が優勢であることを疑わないものだった。


 そして、それは事実でもある。


(……雷皇の二つ名は伊達じゃねぇな)


 楓の内心には若干の焦りが生まれていた。


 ちら、と、後ろに視線を送る。

 負傷した沙夜は巻き添えにならないよう少し離れた場所に避難しているようだ。


(あいつが手も足も出なくて当然か……)


 楓にとってはどうやっても勝てない相手というわけではなかった。

 しかし問題は、彼が氷騎たちとの戦いですでに大きく消耗してしまっているという点だ。


 体のダメージはさほどではないが、魔力の残量は最大の強みである魔力ブースト"虚空の闇(アカシック)"を発動できるレベルにまで回復していない。


 この状況ではアイラのほうが一枚も二枚も上手だ。


 ただ。


(……面白い)


 良くも悪くも、楓は戦いを好む闇の悪魔、妖魔族の性質を色濃く受け継いでいた。

 沙夜や緑刃はいつも『相手を甘く見すぎる』という評価を下していたが、それは実のところ正確ではない。


 楓はただ、相手が自分より強かったとしても簡単には引き下がらないだけなのだ。


「来い」


 体勢を立て直し、真正面から対峙した楓の全身が再び黒い光に包まれる。

 口もとには挑発的な笑みを浮かべたまま。


「正真正銘の最強の力を見せてやる。後悔するなよ、雷皇」

「……」


 そしてアイラも、そんな楓の挑発に余裕の笑みで応えてみせたのだった。






 そのころ、戦いの場から少し離れた深い森の奥。


「紫喉様。本当によろしかったのですか?」


 そこに隠れるようにひっそりと建ついくつかの小さな建物は、戦闘能力のない重要人物、たとえば光刃の血族でまだ戦う力を身につけていない子どもやその家族、すでに年老いて一線から退いた幹部の人間などが、有事の際に身を隠すための場所だった。


 そこにたどり着くまでの道にはいくつもの結界が張られ、知識のない者は近づくことさえ難しい。


 そこには今、高齢の幹部たちや前述のように戦闘能力を持たない子どもたちが避難しており、その中のひとつの建物には紫喉と彼に近しい数名の幹部の姿もあった。


「今さら言っても仕方あるまい」


 取り巻きの発言に対し、紫喉は穏やかな口調でそう答える。


「光刃様があれだけ強い意志を示されたのは初めてのことだ。被害を最小限に抑えたいという光刃様の考えは決して間違っているわけではないし、その前提においては青刃の作戦も理にかなっていないわけではない」

「しかし、紫喉様に従わない楓や、素性の知れない悪魔どもの力を借りるというのは……」

「もちろん腹立たしいことではある。ただ、それでも楓の実力は確かだ。光刃様の盾としては申し分ない存在だし、青刃と緑刃もついている」

「楓のヤツが裏切る可能性はないのですか?」


 ふむ、と、紫喉は少し考えてみせて、


「その気があるならこれまでにいくらでも機会はあった。あやつは我々の邪魔をすることはあっても、光刃様に危害を加えることはあるまい」


 淡々とそう言った。


 もちろん紫喉も今回の作戦に全面的に納得しているわけではない。

 今回協力を求めた悪魔――優希たちについても、この作戦が終わった後は二度と関わらせるつもりはなかったし、光刃に近づけないようにと画策するつもりでもあった。


 とはいえ。

 紫喉は別に優希たちを特別に危険視しているというわけでもない。


 彼はただ、悪魔という存在そのものを絶対に信用できない人間だったのである。

 強い力を持つ悪魔はそれだけで危険と考えているし、過去にはその疑いだけで罪のない悪魔を排除したこともある。


 もちろんそこには彼なりの理由――環境、教育、経験などの要因があったが、彼が今さらそれを周りに語ることはないし、ここで言及する必要もないだろう。


 ただひとつはっきりしているのは、光刃の身を案じる気持ちだけは本物であるということだ。


 現在の光刃、沙夜は紫喉にとって長兄の娘、つまりは姪にあたる。

 その長兄が命を落とした後、彼は父親代わりとして、そして後見人として、沙夜の成長を見守ってきた。

 組織の一員であるということ以上に、彼女の身を案じる理由があったのだ。


 悪魔に対しては理不尽な仕打ちを見せる紫喉も、近親としてほぼ唯一の存在である沙夜に対しては、献身的な養育者であり、模範的な教育者でもあった。

 今回、不本意ながら沙夜の意志を尊重したのもそのためで、将来、全国でもっとも由緒正しい悪魔狩りであるこの"御門"をしっかり束ねて欲しいと願っているがゆえの判断だったのだ。


 ……と。


「ん?」


 そんな紫喉と、その場にいた数名の幹部たちが異変に気づいたのは、話題がいったん途切れた直後のことだった。


「……どうした? 外が騒がしいぞ」

「紫喉様。私が様子を見てきましょう」


 ひとりの幹部が席を立つ。

 が。


「待て」


 紫喉が表情を険しくした。

 と同時に、手もとにおいてあった刀に手を伸ばす。


 ……みし、と、建物全体がきしんだ。


「!」


 幹部たちがなにごとかと周囲を見回す。


 ……ゴォン!!


 いきなり部屋の金属製の扉が大きく歪み、閉じていた鍵とともに弾け飛んだ。

 外から月明かりが差し込んでくる。


「なにものだッ!」


 幹部のひとりが声を張り上げた。

 もちろんその乱入者は彼らの部下ではない。


「……悪魔狩り幹部の方々、それに」


 そこから姿を現したのは、おそらくは20代半ばほどと思われる線の細い女性だった。

 厚手のコートにロングスカート。出で立ちは町の中を歩いているごく普通の女性と変わらない。


 ただ。


「それにあなたが紫喉様ですね。はじめまして」

「……夜魔、か」


 紫喉は刀に手を添えたままで目を細めた。


 そう。

 女性の瞳は夜魔の証である赤い輝きを放っていたのである。


「どうやってこの場を知った?」


 動こうとする他の幹部たちを視線で制しながら、紫喉は女性にそう問いかけた。


 そうしながら状況の把握に努める。


 その夜魔は身にまとう魔力の強さから、おそらく上級夜魔だろうと予測できた。

 となると、紫喉やこの場の年老いた幹部たちだけでは太刀打ちできない。


 外の状況がどうなっているのか確認はできなかったが、ともかく周辺に展開している護衛役の悪魔狩りたちが異変に気づいて駆けつけるまで時間を稼ぐ必要があった。


「ここは貴様のような素性のわからぬ悪魔が簡単にたどりつける場所ではない。どうやってたどり着いた。いや……」


 紫喉が声を低くする。


「誰に案内された?」

「それは答える必要のないことです、紫喉様」


 女性は赤い瞳で紫喉を見据えたままそう答えた。


 紫喉は小さく鼻を鳴らして、


「わかった。ならば目的を聞こうか」

「その前に自己紹介をさせてくれませんか?」

「自己紹介だと? ……聞こう」


 紫喉は素直にうなずいた。

 もちろん興味はない。ただ、会話を続けることが時間稼ぎになると判断したゆえの返答だった。


 そんな紫喉の思惑とは関係なく、女性は言葉どおり自己紹介を始める。


「私の名前は瑠璃るりといいます。見てのとおりの夜魔です」

「瑠璃?」


 紫喉には聞き覚えのない名前だった。過去に関わった記憶もない。

 が、わざわざ名乗ったからにはなにか理由があるはずだ、と、紫喉がそう考えた直後。


 瑠璃は続けた。


「紫喉様。あなたには珊瑚さんごの妹だと言えばわかりますか?」

「……!」


 紫喉の顔色が変わる。

 いや、紫喉だけではない。その場にいた幹部の数名もまったく同じ反応を見せた。


「珊瑚というと……先代の、あの……」

「まさか、どうしていまごろ……」


 ややざわつきをみせた後ろの幹部たちを手を振って鎮め、紫喉は動揺を隠すように強く瑠璃を見据えて問いかける。


「……あの珊瑚の妹が、なぜいまさらここに現れた?」

「わかりませんか?」


 そう言って瑠璃は微笑を浮かべる。

 どこか曖昧な笑みだった。楽しそうにも見えるし悲しそうにも見える。


 紫喉はハッとした。


「……貴様、まさか竜夜に!?」

「ええ、そうです」


 瑠璃は小さくうなずくと、


「竜夜さんにはすべてをお話ししました。そして彼は私に協力を申し出てくれたのです。……それももう、10年も前の話ですけれど」

「10年、だとッ!?」


 かろうじて平静を保っていた紫喉がついに声を乱す。


「バカな! だったらあやつはなぜこの10年間――」

「紫喉様! これはいったい……!」


 周りの幹部たちがざわめく。


「慌てても遅いですよ」


 そんな喧騒の中、ただひとり冷静な顔をした瑠璃は、その場にいる全員を赤い瞳で威圧した。


「どちらにしてもあなたたちは全員ここで死ぬことになります。助けを待っているのなら無駄ですよ。周囲を固めていた護衛たちは排除済みですから」

「っ……」


 紫喉は苦々しい表情で下唇をかみ、それでも声を振り絞るようにして質問を続けた。


「……珊瑚はかつて女皇たちの仲間だった。ならお前たちもやつらと手を組んでいるのか」

「いいえ」


 瑠璃は小さく首を振る。


「私たちの、竜夜さんの理想は彼らと違います。……今の彼らとは違う、と言ったほうが正確でしょうか。空刃の後継者の足止めなど、多少の協力はさせていただきましたが……」

「……」


 紫喉が視線を泳がせる。突破口を探っていたのだ。

 そんな紫喉の動きを見つめながら、瑠璃は一歩前に進み、続けた。


「紫喉様。すべてはあなたの過ちが生んだ悲劇です。あのとき、あなたは周りのすべての人間をあざむいて姉を手にかけた。あのできごとさえなければ、女皇たちも、私たちも、こんな形で戦うことにはならなかったでしょうに」

「……目的は肉親の復讐か」

「私個人の目的ということであれば、そうなります」

「ならば」


 紫喉は刀から手を離し、目を細めて瑠璃を見据えた。


 戦ってもまったく勝ち目はない。

 それを悟ったのだ。


「ここに避難した悪魔狩りの幹部は我々だけだ。他は戦うことを知らぬ女や子どもばかり。貴様の復讐の対象にはなるまい。手を出すな」

「……」


 瑠璃は一瞬目を閉じ、うっすらと開いて視線を伏せる。

 その目は心の底から悲しんでいるようにも見えた。


「そうやって彼らの身を気遣うことのできるあなたが、どうして。……悪魔だから。姉は本当に、ただそれだけを理由に殺されてしまったのですか? 愛した人に裏切られたと思い込んだまま……そんなの、あまりにもひどすぎます」

「組織を守るために止むを得ないことだった。私の立場としてはな」

「姉が彼をたぶらかし、なにか悪だくみをしていたとでも?」

「あの状況では、その可能性があるだけで私にとって脅威だった」


 そんな紫喉の回答に視線を上げ、瑠璃がやりきれない顔をする。


「その思い込みが女皇たちとの決裂を生み、あれだけ大きな戦争の引き金になったというのに。あなたはそれを少しも後悔していないのですか?」

「結果は確かに不本意だったが、後悔などするものか。その程度の覚悟なら、最初からそのような指示など出さん」

「……そうですか」


 それ以上は話しても意味がないと悟ったのだろう。

 瑠璃が決意の瞳を紫喉に向ける。


「でしたら因果応報です、紫喉様。かつて姉の仲間だった女皇たちの、その仲間の悲しみ。怒り。私と竜夜さんの分と一緒に償ってください」

「……女や子どもには」

「安心してください。最初から手を出すつもりはありません」


 その場にいた幹部たちが最後の抵抗を見せるべく、それぞれに動き出す。

 だが、瑠璃はまるで動じることはなかった。


 ……勝負は一瞬。




「ああ、竜夜さん……」


 真っ赤に染まった部屋の中。

 瑠璃は震える声でそうつぶやき、天井を見上げる。


「復讐はこんなにも空しいものでした。……因果応報。これで私も憎しみの輪の中に。あとは、あなたが」


 真っ赤に染まる彼女の視界が、小さく揺れた。


「でも今の光刃はあなたの――。……早まらないでくださいね、竜夜さん……」


 言葉と同時に。

 遠い夜空に閃光が走る。


 それを視界の端にとらえて。

 瑠璃は身じろぎひとつせず、しばらくの間、ただ天井を見上げていた。


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