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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
134/239

2年目12月「消えない憎しみ」


-----


「……ふぅん」


 悪魔狩り"御門"の本部入り口。

 普段、幹部たちが生活しているはずのその建物には人影がほとんどなく、辺りは閑散としていた。


「やっぱり私たちの襲撃は事前に知られていたみたいね」


 その光景を眺めながらアイラがそんな感想をもらす。


「急いで避難したにしても鮮やかすぎるわ。途中の兵隊たちも混乱なく動いていたし、奇襲のつもりが逆にワナにかけられたのかもね」

「しかし、それならばなおさら解せんな」


 そんなアイラの疑念に答えたのは隣のクロウだった。


「ワナだとすると、我々の最大の目標がこうして無防備に姿をさらしているのはどういうことだ? まさかこれもワナだというのか?」


 と、その盲目の瞳を真正面に向ける。


「……」


 そんなふたりの目の前には、黒と白の戦闘装束に身を包んだ沙夜が立っていた。

 彼女を守ろうとする人影はなく、近くになにかが隠れているような気配もない。


 疑念を抱くふたりに対し、沙夜が静かに口を開いた。


「覚悟してください」


 白黒装束のそでからのぞく細い手が小さく光を放ち、やがて光り輝く刀の形を成す。


 アイラが眉を大きく動かし、目を細めた。


「ふふ……懐かしいわね。いくら子どもとはいえ、光刃を名乗る以上は持っているのね、その力」

「神刀、"きらめき"か」


 クロウはそう言いながら一歩後ろに下がって、


「アイラ。お前ならそう手こずる相手ではなかろう。さっさと片をつけてしまえ」

「冗談じゃないわ、クロウ」


 だが、アイラは心外と言わんばかりの表情で答えた。


「この娘を簡単に死なせてやれというの? 他の有象無象ならともかく、光刃の名を継いだこの小娘には簡単に死なれちゃ困るわ」


 クロウが眉をひそめる。


「……アイラ。我々の目的を忘れるな。恨みつらみは今は忘れろ」

「我々? それはあなたの目的でしょう? 私にとってはその恨みつらみこそが目的よ」


 パリッ、と、アイラの腕に白い電流が走った。

 そこに浮かんでいた微笑が消え、そのまま沙夜をにらみつける。


「あの男でないのは残念だけど、光刃であることに変わりはない。生まれてきたことを後悔するぐらいに痛めつけて、それから殺してやるわ。ポンプで空気を送り込むように、ゆっくり、ゆっくりとね」


 上ずった声。

 引きつった笑み。


「アイラ……」


 彼女がエキサイトしていることに気づいたクロウは、仕方なさそうにため息をついた。


「……わかった。好きにするといい」


 こうなった彼女にはなにを言っても無駄だとわかっていたのだ。

 彼女のワガママを止められる者はいまだかつてひとりしか存在しておらず、そしてそのひとりも、もうこの世のものではない。


「じゃあ……」


 アイラは満足そうにうなずいて、帯電した指先をゆっくりと沙夜のほうへ向けた。


「まずは挨拶代わりよ」


 ちっ、と、辺りが白く光ってアイラの指先から電流がほとばしる。

 沙夜は動かずに刀を正眼に構え、真正面からその雷を受け止めた。


 バチバチと音がして、電流が飛沫のように辺りに飛び散る。


「ッ……!」


 沙夜は顔をしかめた。

 全身に力を込め、"きらめき"の力を最大限にまで解放してアイラの攻撃を受け止める。


 時間にして、10秒程度だろうか。

 ふ、と、雷撃が止んだ。


「やるわね。並の悪魔なら一瞬で壊れるぐらいの力は入れていたのに」


 アイラはにやりと笑いながらそう言った。

 その指先はまるで弄んでいるかのように細かい放電を繰り返している。


 アイラの表情にはかなりの余裕があった。

 一方の沙夜の額には大量の汗が浮かんでいる。


 はた目にも、両者の力量差は明らかだ。


「……」


 沙夜は刀を正眼に構えたまま、じっと動かなかった。

 自ら動こうとしなかったのは、もちろん彼女自身も力の差を理解していたからに他ならない。


 この場における沙夜にとっての勝利条件とは、死んではならないという、ただその一点のみである。

 ひたすら守りに徹し、時間を稼ぎさえすれば必ず誰かが加勢に来る。それは楓かもしれないし、青刃や緑刃、あるいは優希たちかもしれない。


 それまで持ちこたえるのが彼女の役割だった。

 自ら仕掛ける必要は一切ない。


「じゃあ、少しだけ本気を出そうかしら」


 アイラが半身になって左腕を沙夜へ向けた。

 先ほどの一撃が本気でなかったことはわかりきっている。次の攻撃は当然にそれを上回ってくるだろう。


「っ……!」


 沙夜の背中に冷たいものが流れた。


 受けられるのか。

 あるいは避けるべきか。


 アイラの指先からほとばしるまばゆい雷撃を見た瞬間、沙夜はためらうことなく地面を蹴っていた。

 いかに神刀の加護があろうと、真正面からまともに受けられる攻撃ではないと、そう判断したのである。


 白い雷が轟音とともに沙夜の立っていた場所を撃った。


「よけた? 案外素早いわね」


 意外そうにつぶやきながら、アイラは立て続けに2発、3発と攻撃を放っていく。


「ふぅっ……!」


 短い呼吸。

 沙夜はアイラとの間合いを一定に保ったまま、極力無駄のない動きでその攻撃を避け続けた。


 アイラが目を細める。


「やるわね。だったら、これはどうかしら」


 指先からほとばしる白い帯がその数を増やした。

 1つが2つ、2つが4つ、4つが8つに。


「……ッ」


 最初の攻撃を身軽に避けた沙夜だったが、着地のタイミングを狙うように複数の雷撃が彼女に押し寄せてきた。

 すべてを避けるのは物理的に不可能な状況だ。


 思考停止したのはほんの一瞬。

 沙夜はすぐに手にした神刀を振るった。


 光に包まれた刀身が弧を描き、まず右手から押し寄せた雷撃と激突する。


 並の悪魔の雷撃ならその一振りで瞬時にかき消せていただろう。

 しかし、雷皇のそれは段違いだった。


「うぅ……ッ!」


 轟音。

 衝撃と振動が神刀を持つ沙夜の両腕を襲う。


 全力で抵抗し、かき消せないまでもどうにか攻撃の方向をそらすことに成功すると、次は左から迫る雷撃に対応していく。


「ふふ、苦しそうね」


 そんな沙夜の必死の抵抗を愉悦の笑みで眺め、アイラはその指先から次々に雷撃を作り出していった。

 すべての攻撃を同時に行えば沙夜が対応できなくなるのは目に見えているが、アイラにそのつもりはないようだった。


 沙夜にとっては不幸中の幸い。


 しかし――


「ぅ……ッ!」


 沙夜の表情が大きく歪む。

 次から次へと襲い来る雷撃に、対応が後手に回り始めた。


 アイラがひときわ大きな笑みを浮かべる。


 直後。

 これまででもっとも強烈な雷撃がその手から放たれた。


「ッ!?」


 神刀と雷撃が衝突した直後、その威力に沙夜の体は地面から浮き上がりそうになる。

 奥歯をかみ締め、全身に力を込めてどうにかその場にとどまった。


「くっ……うぅっ……!」

「いつまで耐え切れるかしら」


 残忍に歪むアイラの笑み。

 雷撃はさらに威力を増した。


「うっ……あぅっ……!」


 沙夜の額に大粒の汗が浮かぶ。

 地面を踏みしめた両足は少しずつ後ろに押し込まれ、神刀を支える両腕の骨がきしんだ。


 少しでも力を抜けば一気に突き破られる。

 方向を変えて受け流すことも不可能だった。


 耐える。ただ、ひたすらに。


 が、しかし。

 彼女に限界が訪れるのに、それほど時間はかからなかった。


「ッ……!?」


 さらに一段階ギアを上げた雷撃に、ついに神刀が弾かれる。

 その防護を突き破り、雷撃が沙夜の体をとらえた。


「ッ――……ッ!!」


 声にならない叫び声が沙夜の口からもれた。

 白い帯にとらわれた体は弾かれたように宙を舞い、数メートル後方へと吹き飛ばされていく。


「ぐ……ッ!」


 背中から地面に叩きつけられ、うめき声をあげて沙夜はぐったりと横たわった。


「あら。それでもう終わり?」


 鼻で笑いながらアイラは腕を下ろし、1歩2歩と沙夜に近づいていく。


「あなたの父親……あの男はこのぐらいじゃ悲鳴を上げなかったわよ」

「うっ……!」


 近づいてくるアイラに沙夜は必死に身を起こそうとしたが、体の自由が利かない。

 それもそのはず。彼女が受けたのは普通の人間なら即座にショック死するほどの雷撃であり、彼女がこうして命を落とさずにいるのは身を包んでいる対悪魔用装束と神刀の加護が合わさったおかげである。


 ただ、それもかろうじて、だ。


 身にまとっている装束は右肩の部分が大きく裂けて血がにじみ、綺麗にまとめられていたお下げ髪は片方がほどけて泥にまみれている。


 アイラがさらに近づいても上半身を起こすことすらできない。

 雷撃が沙夜に与えたダメージの大きさは、その状況を見れば一目瞭然だった。


 そしてアイラの足が、地面に伏したままの沙夜の眼前までやってくる。


「ブザマなものね。悪魔狩りを束ねる者がこの程度だなんて」


 見下ろす冷笑。

 沙夜はなにも答えず、ただ無言でアイラを見上げた。


「あら、まだ気力は失っていないのね。見かけによらず気丈だこと。……でも」


 すぅ、と、アイラの目が細くなる。


「もっと恐怖に歪む顔が見たいわ」


 つぶやくように言うと、その指先から放たれた小さな雷撃が抵抗できない沙夜の体を撃った。


「ッ……!!」

「いい姿ね、光刃。でも足りないわ。もっとよ。……もっとブザマにのたうちなさい!」


 アイラの声がヒステリックに歪んだ。

 雷撃が威力を増す。


「うっ……ああッ!」


 耐え切れずに、沙夜が悲鳴を上げた。


「……そんなものじゃない」


 雷撃が止まる。


「ぁ……ぅぅ……」


 沙夜の手にあった神刀の輝きは消え、横たわった体は陸に上がった魚のようにぐったりとしていた。

 それでもかろうじて意識はあるようで、片目だけ薄っすらと開いてアイラを見上げている。


 そんな沙夜を見下ろしたまま、アイラは下唇をかみ締めた。


「……仲間を殺されたときの彼の苦しみは、そんなものじゃなかった。あなたたちにだまされ、裏切られたと知ったときの彼の悲しみは!」


 振り上げたアイラの右足が、力なく地面に横たわった沙夜の左手を踏みつける。


「……ッ!」


 沙夜の顔が痛みに歪んだ。


「……私はね、光刃。別にこの世界で平穏に暮らすことなんて望んでなかったの。住む場所がないなら奪ってしまえばいいと思っていたし、仲間たちも一部を除いてそう主張していたわ。……でも彼は違った。争いを嫌って、多くの仲間の反対を押し切ってまであなたたちと話し合おうとしたの」

「……」


 沙夜の目は変わらずにアイラを見上げていた。

 言葉には無反応だったが、その内容についてはすでに承知済みのようだ。


「あなたにわかる? それを裏切られたときの、あの人の気持ちが」


 かかとでさらに沙夜の手を踏みにじる。

 骨の砕ける鈍い音がして、悲鳴があがった。


「許せない。彼の思いを踏みにじり、あまつさえ大事な仲間をだまし討ちにしたあなたたちを」


 アイラの断罪の言葉。

 ずっと無言だった沙夜の口が、そこで初めて言葉を紡いだ。


「……申し訳ありません」


 ピタリ、と。

 アイラの動きが。表情が固まる。


「……今、なんと言った?」


 驚きと困惑を交えながら問いただすアイラ。

 沙夜は多少せき込みながらもはっきり答えた。


「申し訳ありません、と、そう言いました」


 再びの沈黙。


「なにを……なにを謝るというの?」


 アイラの言葉が震える。

 困惑とともに渦巻いていたのは、おそらく怒りだろう。


 沙夜もアイラの感情の動きを敏感に察知していたが、それでも淡々と答える。


「先代の光刃や当時の幹部の方々が行ったその行為については、私は間違いであったと思っています。だから謝りました」

「……ふざけたことを!」


 アイラの右足に再び力がこもり、沙夜が顔を歪める。

 それでも沙夜は言葉を止めようとしなかった。


「私にはそれ以上どうしようもありませんでした。光刃としてこの町を守るため、あなたたちに"ゲート"を明け渡すわけにはいきません。……だから私にできるのは、過ちを正すように努力すること。ただ、それだけです」

「……!」


 アイラの眉が吊り上がった。


「だったら……」


 怒りに声が震える。


「だったら……死になさい、光刃。それがせめてもの。せめてもの手向けになる……」

「……」


 沙夜はなにも答えず、ただ目を閉じた。

 抵抗する手段はなかった。


 不甲斐ない。

 情けない。


 そんな感情が胸の中に渦巻く。


「これで、最後よ……!」


 アイラの右手が雷をまとった。

 今度こそは本気で殺すつもりだろう。


 ただ、その段階になってもなお、アイラはすぐに決着を付けようとはせず、ゆっくりと力を集めていた。

 まるで沙夜の恐怖心をあおろうとするかのように。そうすることが死んでいった仲間たちへの供養になるのだと、そう信じているかのように。


 ……結果的には、そのこだわりが紙一重で沙夜の運命を分けることとなった。


「……?」


 聞こえてきたその音は、遠くを飛ぶジェット機のような音だった。

 その段階では、アイラも沙夜も一瞬気を取られた程度にすぎない。


 ……が、しかし。


「なに、これ……?」


 音は、みるみるうちに大きさを増して。

 アイラは左右を見回した。


 木々がざわめく。

 空気が震える。


「……これは」


 アイラはその音と振動の正体に気づき、沙夜から離れて上空を見上げた。


「気をつけろ、アイラ」


 クロウがいまいましげに吐き捨てる。


「ヤツが来た。かつて我々を苦しめた一翼。空刃の力を継ぐわっぱが」

「!」


 アイラが見上げた先にあったのは、夜空のすべてをも飲み込まんとする漆黒の闇。

 その中心に、ひとりの少年がいた。


「ッ……」


 アイラが飛びのく。

 と同時に、闇をまとった少年がアイラと沙夜の間に舞い降りた。


 それを見た沙夜が弱々しくつぶやく。


「……楓、さん……」

「沙夜」


 楓も彼女の名を呼んだ。


 顔を見て、血に染まる右肩と泥にまみれた黒髪。

 そして先ほどまでアイラに踏みつけられていた左手。


 それらをひとしきり眺めた後、楓は言った。


「派手にやられたな」


 表情は変えず。気遣う様子も見せず。

 ただ、いつもの鋭い視線をアイラに向けながら。


「あとは任せろ。すぐに終わらせてやる」

「……そう。あなたが楓とかいう子どもね」


 そんな楓の視線を真っ向から受け止めて、アイラは余裕の笑みを浮かべた。


「ここにたどり着くのにずいぶんと手間取ったようね。その状態で私の相手が務まるのかしら? まあ、私は邪魔がひとり増えようとふたり増えようと大して気にはしないけれど」

「よくしゃべる亡霊だな」


 楓は片手をポケットに突っ込んだまま、あざ笑うように口もとを歪めて言い放った。


「哀れを通り越してもはや喜劇だ。くだらん未練でこの世にしがみつこうとするお前らのその姿はな」

「……」


 アイラの顔から表情が消えた。


「……殺してあげる。神薙楓」

「やってみろ」


 魔力が満ちる。


 雷と闇。

 それぞれが持つ、常軌を逸した圧倒的な魔力。


 最強同士の戦いが今、始まろうとしていた。


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