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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
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2年目12月「空間の支配者」


 現在、大事なことはふたつある。


 ひとつ目は、なるべく早めに決着をつけて一刻も早く神村さんのところへ向かうこと。

 唯依の話によるとすでに青刃さんが救援に向かったようだが、相手が相手だしそれで充分とは言いがたい。


 ふたつ目は、唯依をできる限りダメージの少ない状態で向かわせること。

 目の前のミレーユは決して楽な相手ではないが、アイラはそれ以上の相手だという。唯依がここで消耗しきってしまうようでは彼女を倒すのが難しくなってしまうだろう。


 そうなると、ここでミレーユに対して取る作戦はある程度限られてくる。


 作戦その1。

 俺がミレーユを全力でボコり、動けなくなった彼女に唯依を差し向ける。


 この案には問題点がふたつあって、力加減を誤ると真柚の体に重大な損傷を与えてしまう可能性があるということと、そもそも彼女をボコるだけの力が俺にあるのかということ。

 後者の問題がかなり深刻だ。現実的ではない。


 作戦その2。

 ふたりで協力しながら戦い、ミレーユが隙を見せるのを待つ。


 これが一番無難な作戦だ。

 ミレーユの"不可侵領域(イノセントワールド)"の特性を考えると、2対1となった現状はある程度こちらに分がある。持久戦に持ち込めば雪もそのうち加勢してくれるだろうし、結果的に勝てるだろうという自信はあった。


 ただ、この作戦の最大のネックは戦いが長引いてしまうということだ。

 守りの堅いミレーユに守勢に回られては3人がかりでも押し切れるかどうかわからない。負けることがないとしてもタイムアップの危険が常に付きまとう。


 無難ではあるが、時間的に余裕のない今の状況ではむしろ下策だろう。


 作戦その3。

 俺が派手に攻撃してミレーユの気を引き、その隙を唯依に狙わせる。


 すべての条件を満たすとすればこれだろう。


 もちろん簡単なことではない。ミレーユは唯依が自身のウィークポイントである幻魔の力を持っていると知っているし、よほどのことがない限り、俺よりも唯依に注意を向けるはずだ。


 それでもなお、意識を向けさせようと思えば、俺の力が脅威的だとミレーユに思わせなければならない。


 となると、遠距離攻撃ではダメだ。

 威力の高い"太陽の拳(フレアナックル)"を使った接近戦しかない。


 いくら"不可侵領域(イノセントワールド)"で"太陽の拳(フレアナックル)"を打ち消せるといっても、一歩間違えば致命傷になる破壊力はミレーユにとってわずかなりとも脅威になるだろう。


 俺は心を決め、後ろの唯依に言った。


「俺が突っ込む。お前は援護に徹しつつ隙を見つけろ」

「はい」


 唯依はすぐに俺の意図を理解したようだ。

 あるいは緑刃さんのところでも似たようなことをやってきたのかもしれない。


 いずれにしても好都合だ。

 力を込めた手の中心に熱が生まれ、こぶしが小太陽と化す。


 俺はそのまま地面を蹴った。


 そんな俺に対するミレーユの反応は早かった。

 こちらに向けた瞳が赤く輝く。


 衝撃波。

 何度も言うように、夜魔の衝撃波は威力が高い反面、攻撃のタイミングがわかりやすく、直線的な動きしかしないため、目の動きさえ注視していれば避けることは難しくない。


 ……と。

 そう思っていたのだが。


「……うぉッ!?」


 完全に軌道を外したはずが、余波にあおられて体のバランスを崩してしまった。

 衝撃波自体の威力も、どうやら並の夜魔とはケタ違いのようだ。


 そこへ次の衝撃波が飛んでくる。


「優希先輩、危ないッ!」

「ちっ……」


 体勢を崩したために足の踏ん張りが利かず、俺は仕方なく地面に転がるようにして衝撃波を避けた。

 2回、3回と転がって素早くその場に起き上がると、左手からミレーユに向けて牽制の炎を放ち、さらに先に放たれていた3発目の衝撃波を横に飛んでギリギリかわす。


 一方のミレーユは、俺の放った牽制にようやく攻撃の手をゆるめてくれた。

 赤い瞳が大きく輝き、俺の炎がピタリと空中に停止して消滅する。


 さらに俺の後方からは唯依の援護射撃が飛んでいたが、それも俺の炎と同じ場所で動きを止めてしまった。


「無駄だよ。ふたりとも」


 俺たちを赤い瞳で見据えるミレーユ。


(……やっぱ反則だよな、あの能力)


 だからこそ女皇などという大層な呼ばれ方をされたのだろうが、それにしても。


 防御面はいうまでもなく完璧。そして攻撃面も一歩間違えば即ゲームオーバーの威力。

 捨て身を覚悟しないと、近づくことすらできそうにない。

 いや、近づいたときにどうなるのかも、現状では定かではなかった。


(……こんなことなら俺も伯父さんになにか習っときゃよかった)


 瑞希ぐらいの格闘術があれば、まだなんぼかマシだったんじゃないかと思えるだけに。


 しかし、今そんなことを言っても仕方がない。

 間を置かず、俺は再び地面を蹴った。


 もちろんミレーユもすぐに反応する。

 瞳が赤く輝き、巨大な衝撃波が辺りの木々をざわつかせた。


(……まずは相殺を試してみるか!)


 両手に力を集めると、そこにそれぞれ野球ボールサイズの火球が生まれた。


「"炎の直球(ヒノタマストレート)"、2連発!」


 時速200キロを越す炎の剛速球が、ミレーユの放った衝撃波に正面からぶつかっていく。

 火球はいずれも一瞬にして衝撃波に飲み込まれてしまったが、これは予想通り。


 衝撃波を横に避ける。


 ……先ほどと比べると余波が小さい。


(多少威力は落ちているな……これなら)


 いける、と、俺は再び"炎の直球(ヒノタマストレート)"を両手に生み出し、そのままミレーユに向かって走り出した。


「……」


 ミレーユが眉をひそめる。

 その瞳から再び衝撃波が放たれるが、俺はさっきと同じように"炎の直球(ヒノタマストレート)"を叩きつけ、横にステップを踏んでギリギリで衝撃波を避けた。


(……これなら!)


 今度は余波に体をあおられることなく、ほとんどスピードを緩めずに再突進する。


「っ……」


 俺の意図に気づいたのか、ミレーユが少し後ずさった。

 その時点で、俺と彼女の距離は10メートルほど。


 いける、と、俺は確信した。


 ミレーユの瞳に集中する。

 おそらく最後に至近距離で放ってくる一撃さえ回避できれば、肉弾戦に持ち込むことができる、と。


 ……そのときだった。


 みし、と。

 背後でなにかのきしむ音。


「!」


 嫌な音。

 そう感じた直後、唯依の叫びが聞こえた。


「優希先輩! 後ろですッ!」

「……ッ!?」


 振り返ると、眼前にいくつもの巨大な影が迫っていた。

 こちらを目掛けて倒れてくる、何本もの巨木だ。


(さっきよけた衝撃波が当たったのか……!?)


 偶然にも。 

 ……いや、違う。


(……最初からこれが狙いかッ!)


 ミレーユの衝撃波はすべて、それぞれの木の根もとをえぐるように当たっていた。

 きっちりと俺のほうに倒れるように計算されていたのだ。


 そう気づいたときには、もう遅かった。


「……ッ!」


 大木を避けようとした俺のわき腹に、巨大な鉛玉をぶつけられたかのような衝撃が走った。

 隙を見せた俺に、ミレーユの本命の衝撃波が直撃したのだ。


「ぐ……ふっ……!」


 衝撃は体の表面と内部を同時に伝わり、脳みその奥にまで突き抜けていった。


 体が浮き上がる。

 肺に溜まっていた空気が口から押し出され、視界が一瞬真っ白になった。


 あばら骨が砕けたか。内臓は――いや。


「……"炎の直球(ヒノタマストレート)"……ッ!」


 枯れ葉のように宙を舞いながら、俺は考えるよりも先にミレーユに最後の攻撃を放っていた。


「!」


 ミレーユは驚いた顔をしたが、苦し紛れの攻撃がまったく見当違いの方向に飛んでいることに気づくと、こちらを見切って唯依のほうへ注意を向ける。


 俺はそのまま背中から地面に叩きつけられた。


「ぐぅ……ッ!!」


 背中の鈍痛。

 わき腹を襲う激痛。


 呼吸ができない。脂汗が浮かぶ。

 あばら骨が折れて内臓に刺さったんじゃないかなんて悪い想像が頭を過ぎった。


 そして、


(……あ、やべぇ)


 意識が急速に遠のいていく。


「優希先輩!」


 ぼやける視界の中、唯依がこちらに駆け寄ろうとするのが見えた。


「……唯依ッ!」


 のどの奥にこみ上げたものを無理やり押し込めて、声を振り絞る。


「俺なんかに気を取られてんじゃねぇ……ッ! お前はお前の仕事をしろ……ッ!」

「えッ、でも……」

「お前はミレーユに集中しろ!」


 口の中に広がる血の味。

 体に力が入らない。本格的に意識が遠のいてきた。


 もう、動けない。


「……唯依!」


 だからもう一度。

 意識がなくなる前に俺は叫んだ。


「こっちに構うなッ! お前の役目を思い出せッ!」

「!」


 唯依が足を止め、視線を動かす。


 そして。


「……!」


 なにか気づいた表情。


 ……どうやら俺の思いつきは無駄にならなかったようだ。


 その後の唯依の反応は早かった。

 地面を蹴ってミレーユに突進していく。


「……ミレーユさん! 真柚を返してもらいますッ!」


 俺の耳に届く唯依の声はどこか遠く。


 ……ああ、いや。

 これは俺の意識がこの世界から離れ始めているのだろう。


 走っていく唯依の背中。

 そして、みしっ、という、なにかのきしむ音。


 ミレーユの驚く声がかすかに聞こえた。


(あとはどうにかうまくやってくれよ……!)


 敵と同じ作戦というのはどうにもシャクだったが、あの状況でとっさに意趣返しされるとは逆にミレーユも考えなかっただろう。

 そう考えると少しは溜飲が下がる。


 木の倒れる音。

 唯依の叫び声。


 それらの音を遠くに聞きながら。

 俺の意識は急速に暗闇の底へと落ちていった。


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