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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
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2年目12月「援軍」


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 つい先ほどまで激しい戦いの音が鳴り響いていたその公園も、今は静寂が支配していた。

 深淵の闇に覆われていた場所には街灯の明かりが戻り、そこで対峙するふたりの少年の姿を浮かび上がらせている。


「勝負あったな」


 そう口にしたのは、男にしてはやや長めの髪を後ろでひとつにまとめた童顔の少年。

 その額には大きな汗が浮かんでおり、決して余裕のある状況ではなかったことを物語っていた。


 ただ、それでも彼は自分たちの勝利を確信していたのである。


 ちっ、という舌打ちの音。

 その正面に立つもうひとりの少年は、肩で大きく息をしていた。


 氷騎と楓。

 今、その場に立っているのはそのふたりだけだ。


「お前にはもう、俺の束縛を破る力は残っていないはずだ」


 氷騎は詰めていた息を大きく吐き、そしてゆっくりと足もとに視線を送る。


 そこには純、晴夏、紅葉の3人がそれぞれうつ伏せに倒れていた。

 かすかに呼吸音は聞こえてくるが、全員意識を失っていてピクリとも動かない。


 氷騎はかすかに眉をひそめ、再び正面に視線を戻すと、


「お前の力をあなどっていたわけじゃないが、ここまでとは思っていなかった。3人が全力で守ってくれなかったら、俺だってどうなっていたか……」

「……ふん」


 楓にとってはまさにそのこと――あの一瞬に、3人が同時に氷騎を守るためだけに動いたことが最大の誤算だった。それぞれが自分の身を守るための行動をしていれば、おそらくこの場に立っていられた者はひとりもいなかっただろう。


 もちろんそんなことを示し合わせる時間などなかったはずだから、彼らは氷騎さえ残っていれば大局で負けることはないと、全員が一瞬でそう判断したということになる。


 結果は彼らの予想どおりになった。

 切り札を使用した楓にはもう氷騎の強力な念動力(テレキネシス)に抵抗する力は残っていなかったし、一方の氷騎は冷や汗こそ浮かべていたものの、実際のダメージはゼロに等しい。


 氷騎は一歩前に足を踏み出した。


「この3人が倒れた以上、お前が回復するのを黙って眺めているわけにはいかなくなった。不本意だが、少し痛い思いをしてもらう」

「痛い思い? この機会に殺しておかなくてもいいのか?」


 圧倒的に不利な状況になってもなお、楓は態度を変えず、口もとにはやはり自信満々の笑みが浮かんだままだった。


 氷騎がいったん足を止める。

 楓になにか企みがあるのかと疑ったためだったが、すぐにハッタリと判断して地面を蹴った。


「……ちっ」


 楓の体はやはり動かない。

 鈍い音がして氷騎の蹴りがその脇腹に吸い込まれていく。


「っ……!」


 楓が大きく表情を歪めた。

 その蹴りは特別に強烈だったわけではないが、ガードどころか体を引いて力を逃がすこともできない状態ではかなりのダメージになる。

 

 両足で踏ん張ることもできず、楓の体はそのまま地面に転がった。


 と、その瞬間。


「っ……!?」


 氷騎は顔色を変えて体をのけ反らせた。

 直前まで氷騎の顔があった位置を、黒い閃光が貫いていく。


「ち……」


 楓の舌打ち。

 固定されたままの手の平が、地面に転がった弾みで偶然氷騎のほうを向いていたのだ。


「油断ならないな……」


 氷騎がにらみつけると、楓の両腕が勝手に体の後ろへと回った。


 そのまま氷騎は攻撃を続ける。

 蹴りが1発、2発と楓の体へ叩き込まれていった。


「ぐ……ッ!」


 最初はうめき声すらあげなかった楓の口から、やがて苦しみの声がもれ出した。

 いかに強靭な肉体を持つ妖魔族とはいえ、無防備なまま攻撃を受け続けていれば平気ではいられない。


 一方、攻撃を続ける氷騎も顔をしかめていた。


「楓、無駄な抵抗はやめろ。俺だって動けない相手にいつまでもこんなことを続けたくはない」

「……ふん」


 そんな氷騎の言葉に、楓は口もとににじんだ血をなめながら挑発の口調で言い放つ。


「寝言を言うヒマがあったら続けたらどうだ? 俺の力が回復しないうちにな」

「……なら、仕方ない」


 氷騎は眉をひそめ、自分のこぶしを見つめた。


「お前が気絶するまで続けるしか――」


 そうしてこぶしを振り上げた、そのとき。


 ……ひゅぅ、という、風を切るかすかな音が氷騎の耳に届いた。


「!?」


 顔色を変え、すぐにその場から飛びのく氷騎。

 そして驚きの表情で視線をさまよわせた。


「……今のは」

「なんだ、これは……?」


 驚いていたのは楓も同じだった。

 風を切って飛んできたそのなにかは、動くこともままならない楓の体にぐるぐると絡みつき、そのまま彼の体を空中に持ち上げたのである。


「糸、か……ってことは」


 楓はすぐに気づいた。

 それは緑刃が武器として使っている、魔界の虫が吐き出す透明かつ強靭な糸だった。


 ただ、死闘の真っ最中であるはずの緑刃がこのタイミングでここに現れるはずはない。


 が、しかし。

 楓にはもうひとり、その糸を使う人物に心当たりがあった。


「すとぉっぷ。そこまでよぉ」


 公園内に設置された小さな植樹スペースの木々の陰から、おっとりとした声とともにひとりの小柄な女性が姿を現した。


 ダボダボの厚手のジャンパー。

 パッと見では学生のように見える顔立ちだが、まとっている雰囲気は少なくとも未成年ではない。


「お前……」

「あなたは……」


 楓と氷騎が同時に声を上げる。


「氷騎くん、お久しぶりねぇ。元気だった?」


 その場の緊張とはあまりにもアンマッチなのんびりとした口調。

 氷騎が動きを止めている間に、楓の体は空中を浮遊するように移動して女性のもとへ到達していた。


「……なんの真似だ」


 楓がまるで非難するような口調で女性を詰問すると、女性はにっこりと笑いながら答えた。


「だめよぉ、楓。あなたは沙夜ちゃんのところに行ってあげないと。ねぇ?」

「そうはいかない」


 我に返った氷騎が牽制するように足を一歩前に踏み出し、女性に向かって言い放つ。


「楓は連れて行かせませんよ。緑刃だったころの現役のあなたならともかく、今じゃ俺とは勝負にならない」

「あらぁ。私が現役のころなんて、氷騎くんはまだ生まれてなかったんじゃなかったかしらねぇ」

「話には聞いています。……いえ、今はそんな話は。俺もあなたも、もう悪魔狩りとは縁を切った身のはずだ。なぜ邪魔を」

「なぜって」


 女性は微笑みをもらして楓を見る。


「いくら私でも息子の危機を黙って見てはいられないわよぉ。でしょぅ?」

「さっきも言いました。あなたが出てきたところで戦況は変わらない」

「そぉ?」


 女性はそう言ってチラッと後ろを振り返る。


「確かに私ひとりならそうかもしれないわねぇ。でも」

「!」


 氷騎の目が驚きに見開かれた。


 女性の後ろ、木の陰にもうひとつの人影があったのだ。


 楓も怪訝そうな顔をする。

 その人物の存在は楓にとっても知らぬものだった。


 ただ――

 その人物の背中に薄っすらと透けて見える、2枚の輝く翼。


 それを確認した氷騎の表情が、さらに驚きにそまる。


「まさか……光魔族か……?」


 目を見開いたままの氷騎に対し、その謎の人物が口を開く。


「ここは引くべきではありませんか。人間の子よ」


 低くハスキーな声だったが、どうやらこちらも女性のようだ。


「っ……」


 氷騎は動けない。


 光魔族はその名のとおり闇の妖魔族と対を成す、最強と呼ばれる悪魔の一種だ。

 かつて緑刃と呼ばれた女性に光魔族、さらに手負いとはいえ楓の3人を相手にしては、いかに氷騎といえども分が悪すぎた。


 そして数秒。


「……わかった」


 氷騎の口から観念したようなため息がもれ、楓の束縛が解かれる。


「いい子ねぇ」


 楓がゆっくりと身を起こしたのを見て、小柄な女性はやはりのんびりとした口調で言った。


「さぁ、楓。ちょっと急いだほうがいいかもよぉ」

「言われなくてもわかってる。……余計なことを」


 楓は手首を軽く回しながら氷騎を一瞥したが、それ以上はなにも言わず、すぐにその場に背を向けた。

 氷騎も一瞬だけピクリと反応したが、それ以上の動きを見せることはなく。


 そのまま、楓の姿は夜の闇の中へと消えていった。


「……」


 それを見送った氷騎は小柄な女性に向き直ると、


「……あの光魔族の女性は?」

「役目も終わって帰ったみたいねぇ」


 その場に残っていたのはふたりだけだった。


「それよりも氷騎くん。後ろの子たち、そろそろ介抱してあげたほうがいいわよぉ」

「……」


 氷騎はすぐには動かなかった。まだ女性の動きを警戒していたのだ。

 が、しかし。


「心配しなくても、私ももう帰るから。ふわぁぁぁ……」


 口もとに手を当てて小さくあくびをしながら女性は無警戒に背中を向けた。


 氷騎は油断なく視線を向けていたが、追おうとはしない。

 追う理由もなかった。


 やがて女性の姿が遠ざかって消えていく。

 それでもしばらくはその方角を見つめていた氷騎だったが、やがて気を取り直したように息を吐くと、地面に倒れている3人のもとへ歩いていった。


 まずはうつぶせに倒れている晴夏の背中に手を当てる。


『晴夏。起きてくれ』


「うっ……」


 氷騎の精神感応(テレパス)に晴夏はすぐに反応を見せた。


 彼女の能力は他のふたりに比べると防御面に効果を発揮する。

 ダメージは3人の中ではもっとも少ないはずだった。


「氷騎……? っ……どうなったの……?」


 全身の痛みに顔をしかめながら、晴夏がゆっくりと身を起こす。


「邪魔が入って逃がした。……すまない」

「……そう。ま、仕方ないわね」


 晴夏の反応はあっさりしていた。


 もともと今回の作戦は、彼らにとって命を賭けてまで遂行するほどのものではなかった。

 氷騎が最終的に引き下がったのも、間違っても犠牲を出すわけにはいかなかったためである。


「歩けるか、晴夏」


 ええ、と、立ち上がり、晴夏は服についた泥を払った。

 平気そうな彼女の様子を見て氷騎は続ける。


「純と紅葉はダメージが深い。純は俺が背負う。紅葉は念動力(サイコキネシス)で浮かせるから、背負うフリだけしてくれ。人目がある」

「わかったわ」


 晴夏がうなずいたのを見て、氷騎は自分の腕時計に目を落とす。


「8時10分、か」


 それはちょうど優希とブラストたちが戦い始めたころだった。

 移動時間を考れば、楓が間に合うかどうかはかなり微妙な時間だ。


「あとは竜夜たち次第、だな……」


 小さくそうつぶやいた氷騎の言葉は、すぐそばにいる晴夏の耳にすら届くことはなかった。


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