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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
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2年目12月「怒りの一撃」


「……"爆裂花火(サマーナイトボム)"!」


 俺の指から放たれた10本の花火は、いったんブラストを目掛けて飛んだ後、自ら目標を大きく外して土の地面に着弾した。


 狙いをミスったわけではない。

 もともとやつらの足を一瞬止めるための牽制だったのだ。


 そして俺は、攻撃と同時に地面を蹴っていた。

 ブラストに向かってではなく、ミレーユのほうへ。


 同じタイミングで、雪も動く。

 俺とは逆にブラストのほうへと。


 つまり、俺たちは持ち場を逆転させたのだ。


(……気ぃつけろよ)


 すれ違いざまにそんなことを心の中でつぶやくと、雪は一瞬だけいつもの笑顔をのぞかせた。

 任せて、と、そんな返事まで聞こえたような気がする。


 俺は離れていく雪の背中から視線を切り、声を張り上げた。


「唯依! お前はミレーユだけに集中しろッ!」


 そう言いながら、俺はミレーユに向けて炎の球を立て続けに放った。

 背後からも、さっそく雪の冷気とブラストの炎がぶつかり合う衝撃が伝わってくる。


「で、でも……」


 唯依は雪のほうに気を取られている様子で、


「雪さんひとりじゃ……それにあの男! あいつは亜矢のお義父さんを殺した男だ!」

「冷静になれ、唯依!」


 それは初耳だったが、今はそういう感情的な要素は極力排除しなければならない。


「お前の役目を思い出せ! それは雪に任せて大丈夫だッ!」

「! わ、わかりました!」


 唯依の顔に冷静さが戻る。

 俺はそれを確認して、ミレーユに突進していった。


「……」


 ミレーユは一瞬、正面の俺と背後の唯依のどちらに対処するか迷ったようだが、唯依の動きが止まっているのを見て俺と標的と定めたようだ。


 ミレーユの瞳が赤く輝く。

 衝撃波だ。


 俺は狙いを絞られないよう、左右にステップを踏みながらの突撃に切り替える。

 そんな俺の動きを見てミレーユは衝撃波での迎撃を諦めたのか、意外なほどの跳躍力で後ろに飛び間合いを広げると、背中を向けた。


 もちろんその先には唯依がいる。


「唯依! 行ったぞ!」


 俺が叫ぶと同時に、ミレーユも声を張り上げた。


「唯依くん、どいて! どかないと君でも容赦しないよ!」

「それはできない!」


 きっぱりとそう言い放ち、唯依がミレーユの前に立ち塞がる。


「なら……ッ」


 ミレーユも躊躇はしなかった。

 彼女の眼前の空間が歪む。


「唯依! 衝撃波だ!」

「衝撃波……!?」


 唯依はおそらく夜魔と戦ったことがない。

 衝撃波の特性については知識として事前に教えてあったが、それでも反応が少しだけ遅れてしまった。


「横に飛べッ!」


 俺がそう叫ぶと、唯依は弾かれたように横に飛んで地面に転がった。


 ……と同時に、唯依の右腕に宿っていた炎がミレーユに向かって伸びる。


「!?」


 ミレーユは驚いたように速度をゆるめたが、それも一瞬のこと。

 その瞳が赤く輝くと、唯依の炎がなにもない空間にピタリと停止した。


 そしてミレーユはそのまま、地面に転がる唯依には目もくれずにその横を走り抜けていく。


「ま、待てッ!」


 唯依が起き上がるために地面に手をついたのと、俺が唯依のもとまでたどり着いたのがほぼ同時。

 そしてミレーユは、そんな俺たちから10メートルほど距離を置いた場所で立ち止まり、こちらを振り返った。


(……なるほどな。挟みうちの状態を解消したかったってわけだ)


 逃げだすなんてことはありえないと思っていたが、彼女の"不可侵領域(イノセントワールド)"の特性を考えればその行動は妥当だろう。

 たとえ相手が複数でも、同じ方向から攻撃なら同時に対処することができるのだから。


「平気か、唯依」

「はい」


 起き上がった唯依と並び、改めてミレーユと対峙する。


「……」


 赤い瞳が油断なく俺たちを見据えていた。


 一瞬の沈黙。

 そしてミレーユが口を開く。


「唯依くん。まさかキミまで悪魔狩りに協力していたなんて。それに」


 視線を唯依の右腕に移し、少しだけ懐かしそうに目を細めた。


「さっきのはユミナの能力だ。"狂焔"……近づく敵を自ら迎撃する、意志をもった炎。ちょっとビックリした。キミにユミナの力が宿っていることは知ってたけど」


 そう語るミレーユの口調は、まるで旧知の友と再会したかのようだった。


「……唯依くん。キミは私を殺しに来たの?」

「違う」


 俺の隣で唯依はきっぱりとそう答えた。


「僕は君たちを元に戻すために来た。僕にはそのための力があるんだ」

「元に戻す? ……力?」


 ミレーユは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い当たったようだ。


「そっか。キミはユミナだけじゃなくてクレインの力も受け継いだんだね。……じゃあ、メリエルは」

「メリエルさんは……」


 唯依はわずかに表情をくもらせた。

 その反応を見て、俺は向こうでの作戦が失敗に終わってしまったのかと不安になったが、どうやらそれとは違う意味だったらしい。


「メリエルさんは消えてしまった。僕の力で」

「そっか」


 つぶやくように目を伏せたミレーユは、仲間がやられたにしては穏やかな表情だった。


「キミの……あの人の子どもの手にかかったのなら、メリエルはそれで幸せだったのかもしれないね」

「……」


 唯依が目を伏せる。

 ミレーユが小さく笑った。


「その表情を見ると、メリエルにいろいろ聞いたのかな? まあ、今は関係ないことだけど」

「……メリエルさんは僕に、君たちのことも頼むって言い残していったんだ」

「そう……」


 ミレーユは少しだけ視線を泳がせる。

 唯依が続けた。


「できれば戦わずに済ませたいんです。真柚を返してくれませんか?」

「……」


 ミレーユは答えない。


 きっと無駄だろう、と、俺は今までの彼女の態度にそのことを確信していたが、ここはひとまず唯依の好きにやらせることにした。


 ……いや、本当は唯依もわかっているのかもしれない。

 これはいわば儀式のようなもの。やることをやった上でなければ割り切って戦うことができないのだろう。


 やがて。


「メリエルは、抵抗しなかった?」


 微笑を浮かべてミレーユは唯依にそう問いかけた。


「……」

「そうだよね」


 答えない唯依を見て、ミレーユは満足そうにうなずく。


「私たちはみんな怨霊みたいなもの。この憎しみも悲しみも決して消えることはないし、自分の意志で止まることもできない。今はこの恨みを晴らすことだけが私たちの存在理由だから」

「そんな……」

「アイラもクロウも同じ。今もみんなキミのお父さんの影にしばられて……彼は私たちにとってそれほどの存在だったから」

「そんなのおかしいよ……」


 唯依が困惑した表情で唇をかみ締める。


「父さんがどんな人だったのか知らないけど、でも、本当にあなたたちのことを大切に思っていたなら、こんなことを望んだりするわけがないんだ」


 ふふっ、と、ミレーユが笑った。


「私もそう思うよ。彼が施したこの術も、結局は彼というよりも集団の総意だった。アイラはどうだったか知らないけど、私もメリエルも、それにキミのお母さんもそのことは知ってた」


 そう言ってゆっくりと目を閉じる。


「でも、これはもう私たちの心の問題なの。彼の意思は関係ない。だからもし、キミが本気で私を止めたいのなら……」


 言葉が途切れて。


 ……来る。


「ミレーユさんッ!」


 明らかに場の空気が変わった。

 ミレーユの体から殺気が立ちのぼる。


「……キミがあの人の代わりに止めるしかない。力ずくでね」


 ゆっくりと開いた両目は、まがまがしい深紅の光をまとっていた。


「っ……」


 息を呑む音。

 唯依が身構える。


 意外に慌ててはいないようだ。


「唯依。……準備はいいのか?」

「……大丈夫です」

「そうか」


 やはり最初からわかっていたのだろう。

 唯依は横目で俺を見て、それから少し申し訳なさそうな顔をした。


「すみません、余計に時間を使ってしまって。早く勝負を決めて雪さんの加勢に行かなきゃいけないのに……」

「ああ、そんなことか」


 そこに気を回す余裕があるのならきっと大丈夫だろう。

 こいつは俺が思う以上にたくましく成長しているのかもしれない。


「雪のやつは心配いらねーよ」


 俺はさらりと答えた。

 唯依が怪訝そうな顔をする。


「え? でもあのブラストは上級炎魔で……」

「ああ、確かに強かった。最初から1対1、互いに全力での殺し合いをしたら俺は敵わないかもしれない」


 これは謙遜じゃない。

 それに今日の俺は調子がよかった。それでずっとこう着状態だったのだから、その辺も考慮すると10回やれば9回は負けると考えていいだろう。


 唯依が眉間に皺を寄せる。


「じゃあなおさら、早く加勢に行かないと……」

「お前、なんか勘違いしてんな」


 まあ、気持ちはわからなくもないが。

 さらに混乱した様子の唯依に、俺は答えた。


「雪のやつはああ見えて俺よりよっぽど強いんだぜ。俺でいい勝負ができる相手なら、あいつにとっちゃ……それに、あのブラストってのが亜矢の親父さんの仇なら尚更だ。あいつが負けるはずがない」

「……どういうことですか?」


 油断なくミレーユの動きを注視しながら、唯依がそう聞いてくる。

 俺は軽く肩をすくめて、


「気分屋なんだよ、あいつは。基本的に戦うこと自体向いてないし、なかなか本気じゃ戦えない性格だ。……だからこそ」


 そして、断言した。


「あの男が相手なら雪は勝つ。なんの問題もなく、な」




-----




「……ちっ。ミレーユのやつ、案外使えねぇな」


 優希たちとミレーユが移動した方角を眺めながら、ブラストは不服そうにそうつぶやいていた。


「……」


 雪はずっと無言で、そんなブラストを見つめている。

 その冷たい瞳は氷魔らしいといえばそのとおりだが、彼女のことをよく知る人物であれば、それがどれだけ"彼女らしくない"表情だったかすぐにわかっただろう。


 もちろんブラストはそんなことを知らなかったし気づかなかった。

 いや、たとえ彼女が"本気で怒っている"ことを理解したとしても、それが彼の行動に影響を及ぼすことはなかっただろう。


 ブラストは殺しあうことにためらいを一切感じない性格だったから、そういった感情によって実力が上下する相手がいるということにそもそも考えが及ばないのである。


「ま、いい。こっちはこっちで楽しませてもらうか」


 ブラストはようやく雪のほうに視線を戻した。


「お前もさっきのガキぐらいはやれんのか? 多少は戦いがいのあるほうがありがたいんだがな」


 若干ではあるものの、戦いそのものを楽しんでいるようなニュアンス。

 その言葉もまた、雪の感情を刺激する結果となった。


 そして雪がゆっくりと口を開く。


「さっきの唯依くんの言葉、本当なの?」

「あん?」

「あなたが亜矢ちゃんのお義父さんを殺したって」

「なんだそりゃ。そんなの、今なんか関係あんのか?」

「……本当なんだね?」


 銀色の髪が揺れる。

 体の周りを静かに冷気が渦巻いた。

 地面に霜が降りる。


 徐々に、徐々に。

 夜が、氷に侵食されていく。


「許さない」

「……はっ!」


 ブラストが大きく口を開けて笑い声をあげた。

 その右手に巨大な炎の塊が生まれる。半身になり、左手で弓を引き絞るような仕草をした。


「許さないだぁ!? どー許さないってんだ、あぁッ!?」


 右手に集まった巨大な炎が拡散し、無数の矢となって雪の頭上から降り注いでいく。


 "降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)"。

 優希に対して使っていたのと同じ攻撃だった。


「……」


 雪はその場を動かず、ただ眉をひそめて炎の矢を軽く見上げる。


 一瞬の後。

 激しい爆音が周囲にとどろいた。


 熱風と土煙。


「へっ……なんだ、無抵抗かよ」


 ブラストの口もとに浮かんだのは勝利を確信する笑み。

 実際、普通の人間なら跡形もなく消し飛んでいただろうし、たとえ上級悪魔であっても直撃を受けて死を免れることは難しい威力だった。


 が、しかし。


「……理解、できないんだね」

「!」


 静かな言葉とともに、一陣の吹雪。

 土煙の中にキラキラと舞う細氷。


 その場を支配していたはずの炎は、一瞬にしてその火勢を弱めていた。


「な……にぃ……!?」

「大事な人を失う辛さが、あなたには理解できない」


 炎と土煙の跡から姿を現した雪には焦げ跡ひとつついていなかった。


 右手だけを前に向け、その氷の視線は変わらずにブラストを射抜いたまま。

 煙を嫌うように軽く首を振ると、冷気が地をはうように広がり、周囲にかすかに残っていた炎もすべて消し飛ばした。


「っ……こいつ……!」


 そんな雪の姿を見て、ブラストの背筋を悪寒が駆け上がった。


 決して素人ではない。

 これまでずっと戦場に身を置いてきた彼が、ひと回りも年下の少女に戦慄を覚えていたのだ。


「こいつ、まさか……女皇どもと同じ類の――」


 後ずさろうとしたブラストの足が止まる。


 ……いや、動かない。


 パキ、と、足もとで氷の割れる音。


「! こんな……バカな……ッ!」


 視線を落としたブラストの表情が驚愕に歪んだ。


 月の明かりを反射する地面。

 木々や草むらには霜が降り、周囲を無数のダイヤモンドダストが取り囲んでいる。


「"白銀の世界(ホワイトクリスマス)"」


 冷気がその巨大な手で、夜の森を包み込んでいた。


「抵抗しても無駄。あなたの周りはもう全部私の世界」

「……バカげてる! こんな小娘がッ!」


 ブラストは声を振り絞り、両腕に力を込めた。


 これまで無数の相手を葬ってきたその両腕の炎。

 "降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)"。


 が、しかし。


「両腕が……凍って――ッ!?」


 そこに炎が灯ることは二度となかった。

 そして氷結が彼の肉体を急速に駆け上がっていく。


「ッ……!」


 ほとんど動かなくなった頬の筋肉を引きつらせ、ブラストは恐怖にのどを震わせた。

 細氷の風の中、ゆっくりと歩み寄った雪が目を細める。


「……さようなら」


 冷気がさらに強さを増す。

 かすかに悲しげな色が、その表情を過ぎって。


 ポツリ、と。


「もし生まれ変わったなら探してあげて。あなたにもきっと、命を捨ててでも守りたい大事なモノがどこかにあるはずだから――」


 その言葉は最後までブラストの耳に届くことはなく。

 なにかが割れる甲高い音がして。


 氷の世界に、静寂が訪れた。


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