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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
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2年目12月「メリエルの想い」


-----


「ッ……唯依、さん……! それ以上はさせません……ッ!」


 メリエルが苦しそうに眉間にしわを寄せ、その体から冷気が立ちのぼる。

 最後の抵抗。


 だが、しかし。


「っ……力、が……ッ!」


 その魔力は女皇と呼ばれた悪魔のものにしてはあまりにも弱々しく、周囲に霜を降らせる程度の効果しか生み出さなかった。


 確実に、効いている。

 唯依はそのことに自信を深め、さらに力を込めた。


「舞以!」

「ッ……!」


 メリエルの体が大きく震え、全身から力が抜けていく。

 周囲を覆っていた冷気が四散し、強大な魔力はその姿を薄めていった。


 もう疑う余地はない。

 唯依の力は間違いなく、舞以の体からメリエルを追い出そうとしていたのだ。


「唯依、さん……」


 メリエル自身もそのことがはっきりわかったのだろう。

 抵抗しようとする力はやがて消え、唯依に背中を預けるようにしてうなだれた。


「どうやら、私の負けのようです……」


 そんなメリエルの言葉にハッと我に返り、唯依は力を流し込むのを止めた。

 そしてぐったりとした彼女の体を抱き止める。


「あの短期間でちゃんと力を操れるようになったんですね……立派です……」

「……ごめん、メリエルさん」


 自然と謝罪の言葉が口をついたが、なにに対して謝ったのかは唯依自身にも理解できていなかった。

 ただ、複雑な心境であったことは確かだ。


 亜矢が雷皇として覚醒したあの夜、まるで助けを求めるようにアパートに姿を現し、そして唯依が父親に似ていると、背中を向けておそらくは涙を流していた彼女。


 結局のところ、唯依がここまで来られたのも彼女の言葉によるところが大きかったし、こうして戦うことにも葛藤があったのだろうと想像すると、どうしても彼女を単純に敵として見ることができなかった。


「さすがはあの人たちの子どもです……唯依さん」


 身を預けたまま、メリエルはゆっくりと唯依に顔を向ける。

 その表情は弱々しくも穏やかで、どうやら彼女の人格は徐々に消えつつあるようだった。


「……ミレーユとアイラのことも、よろしくお願いします。それと――」


 いったん口を閉ざすメリエル。

 なにかをためらっているようだ。


「なんでも言ってください」


 唯依が促すと、メリエルは安心したように息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。


「舞以のこと……娘のこともお願いしていいですか、唯依さん……?」

「……もちろんです」


 その言葉に唯依の胸はいっぱいになった。


 メリエルはやはり、舞以のことを娘として想っていたのだ。

 生まれた経緯はどうであれ、舞以はちゃんと母親に愛されていたのだ――、と。


 彼女らの生まれた理由を聞かされて以来、胸の奥に引っかかっていたものがスッと溶けてなくなったような気がした。


「……あなたは」


 そんな唯依の表情を見て、最後にメリエルは小さな笑みをこぼす。


「やっぱりそっくりです。……あの人も、他人の幸せをまるで自分のことのように」

「それって――」


 唯依は聞き返す。


「……僕の父さんのこと、ですか?」


 しかし問いかけに答える声はなく。

 代わりに聞こえてきたのは、静かな寝息。


「あ……」


 そして唯依は感じた。

 おそらく彼女は消えてしまったのだろうと。


「……メリエルさん」


 無意識につぶやいた名前とともに、涙があふれてくる。


 それは唯依自身の涙か、あるいは彼の中に眠る母親のものだったのか。


「っ……!」


 だが、唯依はすぐに涙を拭った。


 彼女たちは元はといえば15年も前に亡くなっている人物だ。

 こうなるのが自然で、そして彼女にとってもそれが一番良いことだったのだ、と、そう言い聞かせて。


 寝息を立てる舞以をゆっくりとその場に横たえると、唯依は後ろを振り返った。


「……緑刃さん! 大丈夫ですか!?」

「ああ……」


 囮となってメリエルの攻撃をまともに受けた緑刃は、その場でうつぶせに倒れていた。

 体中に巻きついた糸は真っ白になって凍りつき、緑刃自身の体もあちこちが凍り付いている。


「糸も服も、対魔用の特殊なものだ。この程度なら……!」


 緑刃は強がって起き上がろうとしたが、どうやらうまくいかないようだ。


「無理はしないでください」


 唯依は慌てて緑刃に駆け寄っていく。


「情けないな。この程度で……しかし」


 唯依に助け起こされながら、緑刃は寝息を立てる舞以に視線を送った。


「どうやら……上手くいったらしいな」

「はい。いえ、本当のところは舞以が目を覚ましてからじゃないとわかりませんけど」

「いや、おそらくは大丈夫だろう。……そこの木の根元まで連れて行ってくれ」


 顔をしかめつつ、緑刃は唯依に指示して近くの太い木に背中を預ける体勢になった。

 そして唯依の顔を見上げて言う。


「唯依くん。君はすぐに次の場所へ向かってくれ。疲れているかもしれないが、優希くんも君の到着を待っているはずだ」

「はい。でも、緑刃さんと舞以は……」

「彼女は私に任せてくれ。……なに。少し休めば動けるようにはなる」

「……わかりました」


 心配ではあったものの、モタモタしている時間がないのは唯依も理解していた。


「じゃあ、緑刃さん。舞以をよろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」


 その言葉を背に、唯依は森の奥へと走っていく。

 緑刃の捨て身の作戦のおかげで、体力的な消耗はそれほどでもなかった。


「……頑張ってくれよ」


 そんな唯依の背中を見送った後、緑刃は深く息を吐き、体を引きずるようにして寝息を立てる舞以の元へと向かう。


「くぅっ……!」


 そのままどうにか舞以のそばまでたどり着くと、彼女の体を抱きかかえるようにして再び近くの木にもたれかかる。


 寒空の下で舞以の体は少し冷えていた。

 緑刃は互いの体温を分け与えるように強く舞以の体を抱きしめながら、


「……光刃様。どうかご無事で……」


 小さくつぶやくと、そのままゆっくりと目を閉じたのだった。




-----




「おい、ミレーユ!」


 ついにブラストが焦れて大声を張り上げた。


「てめぇ、いつまでその小娘とにらみ合ってるつもりだ! やる気あんのか、あぁッ!?」

「わかってるよ、ブラスト。でも」


 そんなブラストのいらだちにも、ミレーユは雪から視線を外さないままで答える。


「いいの? 私が動いたら、きっとふたりでそっちを狙うよ」

「だったら、その小娘をさっさと片づけりゃいいだろうがッ!」

「……できるならやってる。できないからこうなってる。そのぐらいわかって」


 言葉の端々に浮かぶ緊張感。

 ミレーユは、俺が思っていた以上に雪のことを警戒している様子だった。


 これまでは明確な基準がなかったから断言できなかったが、女皇と呼ばれるほどの悪魔をここまで慎重にさせるのだ。雪の力もまた、悪魔としてかなり上位にあるということだろう。


 そして俺はこの段階にきて、作戦がきっとうまくいくだろうという確信を得た。


 ミレーユは俺たちの思惑にまだ気づいていない。おそらく彼女は、アイラたちを先に行かせたことによって、最低でも俺たちを足止めできればいいと考えているのだろう。

 ついでにこれは希望的観測になるが、俺たちと積極的に戦いたいとも思っていないはずだ。


 だったら――。


 右手に灯した炎をブラストに向けて放つ。

 ブラストが応じ、再び炎の応酬が始まった。


(問題はこの大男だけだ……)


 こいつさえ押さえておけば、問題ない。


「ちっ……らちがあかねぇ!」


 ブラストはだいぶストレスが溜まってきたのか、先ほどまでよりも明確に接近戦を狙うようになっていた。


 あまり休ませると一気に押し込まれる可能性がある。

 距離をたもったまま適度にやりあっておく必要があるだろう。


「この……ガキがッ!」


 派手な炎の陰に隠れて接近したブラストの腕をかいくぐり、間合いを広げながら炎を叩きつける。

 じゅっ、と音がしてブラストの右腕を少し焼いたが、大きなダメージではない。


「野郎、ちょこまかと……!」


 ブラストの手に巨大な炎の塊が生まれる。


「"降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)"!」


 強烈な炎の雨。

 だが、その攻撃はこれまでにも何度も目にしていた。


 しかも焦りからか、今回は狙いが甘い。


「ふぅ……ッ!」


 俺は腹を据え、乱雑にばら撒かれた炎の弾幕の薄い一角を狙い、初めて自ら間合いを詰めていった。


「!?」


 ブラストが驚愕に目を見開く。

 予想外の俺の動きに対応できていない。


「……ワンパターンなんだよ! この単細胞がッ!」


 慌てて大きく振るったブラストのパンチを難なく避け、俺はそのふところに潜り込んだ。


「こいつ……ッ!?」


 腹の底に力を込める。

 あらかじめ準備しておいた"太陽の拳(フレアナックル)"が右こぶしに宿った。


「はぁ……ッ!」


 左足で地面をかむように踏みしめ、体の回転で右こぶしをブラストのがら空きのボディ目がけて打ち込んむ。

 ブラストはすぐに体を離そうとしたが、もう遅い。


「……くらいやがれぇぇぇぇッ!!」


 そして俺が直撃を確信した、そのときだった。


「ユウちゃん!」


 雪の警告が飛ぶ。


 そして突然、俺の右こぶしから"太陽の拳(フレアナックル)"の熱が消えた。


「!?」


 右こぶしに鈍い感触。

 炎の消えたこぶしはブラストのわき腹にクリーンヒットしていたが、そこは強靭な肉体を持つ相手のこと。多少のうめき声をあげて離れただけで大きなダメージにはなっていない。


 間髪入れずブラストが反撃に出る素振りを見せたが、俺の周囲で冷気が渦を巻いたのを見て、舌打ちしながら間合いを広げていった。


 俺も自ら間合いを取り、すぐに視線を横に投げる。


 ……案の定。


「……」


 ミレーユが右の手のひらを雪に向けて牽制しながら、その赤い瞳をこちらに向けていたのだ。


 その視線の先。

 俺のこぶしにあったはずの小太陽は消えたわけではなく、そこ――つまりは空中に"止まって"いた。


 その不可思議な現象がミレーユの力によるものだということに疑う余地はない。


 空中に止まっていた小太陽は徐々に輝きを失い、やがて自然消滅した。

 その様を間近に見ながら、俺はゆっくりと首筋の汗を拭う。


(……これがあいつの力、"不可侵領域(イノセントワールド)"か)


 "支配者"という二つ名が示すとおり、ミレーユのレア能力は空間を支配する力らしい。


 正確に言うと、"どんな強大な魔力も決して通過できない空間"を作り出す能力。

 その能力についての説明は事前に青刃さんから聞いていたが、目の当たりにするのはもちろん初めてだった。


 どんな魔力も通用しない。

 反則的な能力といっても言い過ぎではないだろう。


 ただ、そんなミレーユの"不可侵領域(イノセントワールド)"にもちゃんと弱点があるそうだ。


 第一に、その空間が拒むのは魔力によって生み出された力だけで、肉体の進入を拒むことはできないということ。それは先ほど俺の右腕で証明されたところだ。


 第二に、複数の支配空間を同時には生み出せないということ。

 無制限ならそれこそ雪の動きを牽制する必要はない。つまりまったく違う方向からの同時攻撃には対処できないのだ。


 ……さて。


 そんなこんなで、再び戦局はこう着状態となった。

 時間もかなり経過している。敵の攻撃が始まって1時間半以上、俺たちがここで戦い始めてから30分近くは経っているだろうか。


 ただ、そう考えると、そろそろ。


 と、俺がそう思った、まさにそのときだった。


「……優希先輩ッ!」


 暗い森に響いた声に、ミレーユとブラストがそれぞれに反応を示す。

 唯依が姿を現したのは、ミレーユのちょうど真後ろだった。


「雪!」


 瞬時に頭の中で作戦を決定し、雪に目配せする。

 視線を交わしただけだったが、わかってるよ、という声が聞こえた気がした。


 直後、こう着していた戦局が動く。


 炎が。冷気が。

 赤い瞳と。粗野な怒鳴り声。


 全身からマグマのように力があふれ出してきた。


 さあ。

 いよいよ、ここからが本番だ――


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