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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
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2年目12月「誓いの死闘」


 こう着状態ってのはまさにこういうことなのだろう。


「"降り注ぐ火雨(インセンダリーレイン)"!」


「"爆裂花火(サマーナイトボム)"!」


 ブラストが放った無数の炎の矢に、俺が投じた幾筋もの花火が衝突して炸裂する。

 熱波と派手な衝撃音をまき散らし、双方の力は跡形もなく消滅した。


「ちっ……ガキのくせにやりやがる……」


 ブラストは大きく肩を揺らしている。

 疲労は見た目にも明らかで、ここは勝負を決する絶好のチャンスだ。


 チャンス、なのだが。


「……くそ。見た目どおりタフなやつだ……」


 息を切らしているのはこちらも同様だった。


 一進一退の攻防。

 今日の俺の調子は、どうやらこの大男の実力とピッタリ一致してしまったようだ。


 いわゆる神様の悪戯ってやつだろうか。

 いや、今日はこれで調子がいいほうなのだから、むしろその采配に感謝すべきなのかもしれない。


 さて。

 そんな感じで俺がブラストがやり合っている中、互いのパートナーはどうしていたかというと。


「……」

「……」


 ずっとにらみ合っていた。


 ミレーユがブラストを援護しようとすると雪がそれを牽制する。逆もまたしかり。

 それはそれでなかなかにシビアな女の戦いを繰り広げていて、結果、まるで俺とブラストの一騎打ちかというような形になっていたわけである。


 唯依が来るまで時間を稼ぎつつミレーユにはなるべく怪我をさせないという俺たちの方針からすれば、今のこの状況は願ってもなかった。

 雪のやつもそれはわかっているだろうし、俺がよほどのピンチに陥らない限りはこの状態を維持しようとするだろう。


 ここはまず俺が踏ん張るところだ。


(……来る)


 呼吸を整えていたのは数秒程度で、ブラストはすぐにまた仕掛けてきた。


 遠距離戦ではらちが明かないとしびれを切らしたのか、あるいはこっちが戦いを引き延ばそうとしていることに気づいたのか。

 接近戦ですぐに決着をつけようという算段だろう。


 ただ、簡単に思うとおりにはさせない。


 俺は右こぶしに力をこめた。

 膨大な熱が凝縮されそこに極小の太陽が生まれる。


 "太陽の拳(フレアナックル)"。

 俺が持ついくつかの技の中で、頭ひとつ抜きん出た威力を持つ接近戦専用の技だ。


 それを牽制するように向けると、ブラストは警戒したのか足を止めた。


(……やっぱただのバカってわけじゃないか)


 この"太陽の拳(フレアナックル)"の破壊力を離れた距離で察することができたのは、ブラストがそれなりの実力者であることの証明だろう。


 俺はそれを逆手にとって、不本意な接近戦を避けるための牽制材料として使わせてもらったのだ。


 接近戦自体にそれほど苦手意識はないし、一撃必殺のこの"太陽の拳(フレアナックル)"を叩き込むチャンスが出るのは歓迎だが、さすがにこの体格差だと一歩間違ったときのリスクが大きすぎる。

 敵の体術レベルも未知数なこの状況では、無理をするメリットがなかった。


 再び、間合いが開く。

 そうしてこう着状態へのループ。


 この状況はもうしばらく続きそうだった。




-----




「行くよ、メリエルさん!」


 開戦を宣言すると同時に、唯依はメリエルに向かってまっすぐに突進していった。

 間合いがみるみるうちに詰まっていく。


 が、その距離が半分ほどになったとき、唯依は両足に刺すような痛みを覚えた。


「ッ……」


 メリエルが唯依の足元を凝視している。

 氷眼による凍結が、一瞬で足首まで進んでいたのだ。


(けど、まだいける……ッ!)


 メリエルまでの距離はあと数歩。

 唯依は凍結をひとまず無視し、重くなった足を引きずるように突進した。


 いくら女皇と呼ばれた悪魔であろうとも、その体は舞以のものだ。

 腕力勝負で極端に分が悪いということはないだろうし、そもそも彼女の体からメリエルを追い出すためには、体に触れて力を送り込まなければならない。


 そしてメリエルも、とにかく接近戦に持ち込もうという唯依の思惑には気づいていたようだ。


「……」


 無言で視線を自分の足もとに落とす。

 すると、そこから先の尖った氷の槍が唯依に向かって何本も突き出した。


「くッ……」


 これではいったん足を止めざるを得ない。

 が、すぐに後ろから声が飛んだ。


「行け、唯依!」


 唯依の背後から無数の見えない糸がメリエルに向かって飛び、氷の槍に絡み付いてアッという間に破壊していく。


 躊躇なく。

 唯依はメリエルに向かって飛びかかった。


 ……しかし。


「唯依さん、甘いですね」

「えッ……」


 唯依が伸ばした右手は軽々とメリエルに避けられてしまった。

 さらにメリエルは唯依の手首をつかみ、体を引き寄せるようにして膝を振り上げる。


「ぐふっ……!」


 みぞおち付近にメリエルの膝がめり込み、唯依は苦痛の声をあげた。

 さらにつかまれた手首に針が突き刺さるような激痛が走る。


「……ぁぁぁぁぁッ!!」


 ゴォッ……!


 唯依の叫びに呼応したように右腕から"狂焔"が立ちのぼり、メリエルに襲い掛かる。


「もしも私を傷つけずに済まそうと思っているのなら――」


 メリエルはその攻撃を予測していたように、迷うことなく唯依の手首を離して後ろに飛んだ。


「……それは不可能なことです。そしてユミナの狂焔があなたの味方をするのだとしても、それはあなたが優位に立っているということではありません」

「っ……うぅ……ッ」


 つかまれた唯依の手首は皮膚の表面が完全に凍りつき、感覚がなくなっていた。


 ……いや、その程度で済んだことをむしろ感謝すべきだろうか。

 これが普通の人間だったなら一瞬で細胞が壊死し、手首から先がもげ落ちていたはずだ。


「唯依さん、忘れましたか? 舞以が学んでいたのは弓道だけではありませんよ」

「……そういや、そうだった」


 みぞおち付近の鈍い痛みに顔をしかめながら、唯依はどうにか顔を上げてメリエルを見た。


 舞以は高校でこそ弓道部に所属していたが、もともとはそれ以外、つまりは接近戦の武道もたしなんでいるのだ。悪魔に変化したことによる身体能力の上昇が同じ割合だとすると、接近戦で唯依が勝てる見込みは少ない。


 とはいえ、遠距離での魔力比べでもやはり分は悪いだろう。

 純粋に女皇としての力のすべてを継承している相手に対し、唯依はあくまで力の一部を引き出して使っているに過ぎない。


 それにそもそも、接近しなくては舞以を元に戻すことができないのだ。


(なんとか羽交い絞めにでもできれば……)


 いくら舞以が武道をたしなんでいるとはいえ、単純な腕力勝負ならまだ勝ち目はある。

 それも10秒程度、力を送り込む間だけでいいのだ。


(……だけど、どうやって……)


 唯依が考え込んだ、そのときだった。


「……唯依」

「!?」


 まるでささやくような小さな声が急に耳元で聞こえて、唯依は驚いた。


「……あまり大きなリアクションは取らないでくれ。声も出さなくていい。相手に気付かれる」


(……緑刃さん?)


 耳元でささやくように聞こえたその声は、数メートル後ろにいるはずの緑刃の声だった。


「君は気づかないだろうが、今、私の糸を君の鼓膜に直接繋いで音を送っている。もちろんそっちの言葉はこちらに届かないから、ひとまずこの声が聞こえていたら右足を少しだけ外側に開いてみせてくれ」

「……」


 唯依はその指示通り、ゆっくりと右足を開いた。


「よし。……私に考えがある。協力してくれるか?」


(考え……?)


 それは次の一手に悩んでいた唯依にとっては願ってもない申し出だった。

 うなずく代わりに右足をさらに大きく外側に開く。


「なら、まずは――」


 そして緑刃は、やや早口に詳細を説明した。


(……! でも、それじゃ緑刃さんが……!)


 唯依は思わず声を上げそうになったが、すぐに緑刃の言葉が続く。


「心配ない。私とて光刃様の護衛、緑刃の名を継いだ人間だ。相手が女皇とはいえ、多少の無茶をしても命まで落とすことはない。……同意してもらえるなら今度は開いた右足を閉じてくれ」

「……」


 迷いで、唯依の体はすぐに反応できなかった。

 が、しかし。


「君の任務はまだ長い。目の前の彼女のほかに、あとふたり助けなければならないんだぞ? 今の君にとって一番大事なことがなんなのか、よく考えてくれ」

「……」


 そんな緑刃の言葉に、唯依は決心した。


「……はぁぁぁぁぁッ!!」


 声を上げ、全身に力を込めながら右足を閉じると、唯依の両腕に炎がともる。


「……それでいい」


 ぷつ、と、緑刃の声が途切れた。


「真っ向勝負、ですか」


 辺りの暗闇がオレンジ色に照らされた。

 熱波でメリエルの長い銀髪がふわっと舞い上がる。


「行くぞ……メリエルッ!」


 唯依の炎が大きく成長し、メリエルの視界を覆い尽くすほどにふくれ上がった。

 しかし、それを見てもメリエルは冷静なまま。


「……唯依さん。まだ手加減をしているのなら、考えを改めたほうがいいです」


 メリエルは、唯依が身にまとう巨大な炎が見かけだけの張りぼてであることを即座に見抜いていたのである。


「そして、もしそれが全力だとするなら」


 冷気がメリエルの周囲で渦を巻く。

 それは静かでありながら、唯依の巨大な炎を確実に上回る魔力を内包していた。


「あなたに、私たちを倒す力はありません。……残念ですが」

「……」


 唯依はなにも答えず、両手をメリエルに向けた。


(まずは、できるだけ派手に攻撃する!)


 ゴォ……ッ!

 唯依の手を離れた炎がさらに大きく広がり、四方八方から包み込むようにメリエルに向かっていく。


「……唯依さん。この程度では」


 メリエルは片手を正面に向け、コンタクトレンズのような形の薄い氷の盾を作り出した。

 ふたつの力が激突する。


「まだ……まだだッ!」


 放った炎はメリエルの盾に完全に阻まれていたが、唯依はさらに攻撃を続けた。


(敵の視界を奪うことに成功したら、炎にまぎれて……!)


 炎がメリエルの身に届くことがないのは唯依もわかっている。

 が、大きく広がった炎は彼女の前方の視界を完全に遮断していた。


(ここで接近戦を挑む……ッ!)


 さらに派手な炎を見舞う。


 それに対し、メリエルは冷静に対処していた。

 その攻撃は彼女を焦らせるほどのものではなかったし、おそらくこの派手な攻撃に乗じてなにか仕掛けてくるだろうということも予測していたからだ。


 案の定、派手さを増した唯依の炎の陰に人影が浮かび上がる。


「無駄ですよ、唯依さん」


 そう言って、メリエルはその炎に映った影に視線を集中させた。


 氷眼が両足の機能を急速に奪い、突進力を鈍らせる。

 たとえ唯依が捨て身で向かってこようとも、動きが鈍った状態で彼女を捕らえることは不可能だ。


 さらにメリエルは手のひらを正面に向ける。

 そこに冷気が集中した。


 と、そこへ。


「ッ!?」


 炎の陰から飛んでくる無数の気配。


「緑刃の糸……!」


 ただ、その攻撃もメリエルを慌てさせるほどのものではなかった。

 すぐに氷眼を発動し、その動きを止める。


 しかしさらに。

 どこから回り込んだのか、後方からも緑刃の糸がメリエルに襲い掛かってきた。


「ッ……」


 これはメリエルにとって少々予想外の攻撃だった。

 氷眼による対応が間に合わないと悟り、メリエルは前方に向かって地面を蹴る。


 向かった先にあるのは唯依の影。

 右手を正面に向ける。


「これで終わりです、唯依さん……ッ!」


 その右手に集まったのは、目の前の炎をかき消し、なおかつ唯依を戦闘不能にするのに充分な魔力。


 同時に、唯依の影が炎の向こうから飛び出してきた。

 メリエルの力が放たれる。


 ……が、しかし。


「な……ッ!?」


 漏れたのは、驚愕の声。

 それを発したのはメリエルだった。


「緑刃……ッ!?」


 炎の中から飛び出してきたのは、唯依ではなく緑刃だった。


「まさか、捨て身で――!」

「ちッ……!」


 メリエルの攻撃に、緑刃はまるで繭のように糸を体の周囲に張り巡らせてガードした。

 が、それでも冷気は繭のガードをたやすく突き抜け、緑刃の全身を凍り付かせていく。


 それでも緑刃は叫んだ。


「唯依! 今だッ!」

「メリエルッ!」

「!」


 頭上から影。

 それがメリエルの背後に飛び降りる。


「唯依さん……ッ!」


 振り返ろうとしたメリエルの体を、唯依の両腕ががっしりと捕らえた。

 そして、


「舞以! ……戻って来いッ!!」


 つかんだ唯依の両腕から、力が放たれる。

 炎ではなく、彼本来の力。


 亡霊を追い払う、幻魔の力――。


「ッ……!?」


 羽交い絞めにされたメリエルが両目を見開いた。


「これは……あの人の……ッ!?」


 その力はまるで染み込むようにメリエルの内部へと侵入していく。


「戻って来い! ……戻ってくるんだ、舞以!!」


 唯依の両腕から流し込まれたのはイメージだった。

 彼自身が知る限りの、白河舞以という少女に関するあらゆるイメージの波。


 この町に来て初めて出会ったときのこと。

 おとなしそうな外見にもかかわらず毎日のようにからかわれ、最初は苦手に思っていたこと。

 部活で弓を引いている姿に見とれたり、たまに気遣ってくれることに密かに感謝していたこと。

 

 そしてさらに強いイメージ。


 "戻って来い"と――。


「く……あっ……!」


 メリエルの体が大きくのけぞった。

 あごが上がり、のどが震える。


「唯依、さん……これ以上は……ッ!」

「舞以、頼む――ッ!」


 渾身の力を込めて。

 唯依はメリエルの中にそのイメージを流し続けた。


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