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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
128/239

2年目12月「狂焔」


-----


 唯依は森の中を駆けていた。

 髪は真っ赤に染まり、外見はすでに炎魔のそれへと変化している。


 体にあふれていたのは自らに眠る母の力。

 それもこれまでとは比べ物にならない強大な力だ。


(……もしかしたら、僕に力を貸してくれてるのかな)


 走りながら唯依はそんなことを考えていた。


 ユミナという名の実母がどんな人間だったのか、唯依はほとんど知らない。

 ただ、沙夜たちから聞いた話や、歩の精神感応(テレパス)を受けているときにのぞき見た記憶によって、わかったことがふたつだけあった。


 彼女は、唯依が現在敵対している悪魔たちとは家族同然の仲間だったということ。

 そしてどうやら、女皇の力と記憶を子どもに移植する今回の計画には反対だったらしいということである。


(だから、母さんもきっと僕のことを応援してくれている……)


 会ったこともない母親ではあったが、その事実が不思議に唯依を勇気づけていた。

 戦うことにもうためらいはない。




 ……そして視界が開ける。


「唯依!」


 茂みから飛び出した唯依の姿を真っ先に発見したのは緑刃だった。


「……ようやく来たか」


 続いて、敵らしき銀髪の悪魔と刃を交えていた青刃がそうつぶやく。

 その悪魔がルカという名の上級氷魔であることは唯依の頭にも入っていた。


 そしてもうひとり。


「来ましたか、唯依さん」


 氷のような、だけどどこか温もりを感じさせる眼差し。


 4人の女皇のひとり、"氷眼"のメリエル。

 唯依の両親の昔なじみで、舞以の体を乗っ取った彼女の母親。


(メリエルさん……)


 唯依の心の中でなにかが震える。


 彼の中に眠る母ユミナもまた、メリエルに対してはなにか特別な思いを抱いているようだ。

 記憶の映像でも、彼女に対しては他の仲間以上に信頼を寄せている様子だった。


 そして同じく、その記憶の中にあった母の言葉。


『メリエルも口には出しませんが、私と同じ思いでいるようです――』


 唯依はぎゅっと唇を結んだ。


「メリエルさん。……約束どおり、僕はあなたの敵になった」


 他の3人には目もくれず、まっすぐにメリエルを見据える。


「僕はこれから、その体からメリエルを追い出します。そして舞以を取り戻す」

「それなら私も手加減はしません。唯依さん」


 そんな唯依の決意に、メリエルは微笑で応えた。


「さあ……はじめましょう」


 対峙する唯依とメリエル。

 刃を弾く甲高い音がそこに重なって、青刃がルカとの間合いを大きく取った。


 緑刃が叫ぶ。


「青刃! お前は光刃様のもとへ!」

「わかってる。あとは任せたぞ」


 青刃がルカに背を向ける。


「なんだって? この僕から逃げようというのか……」

「ルカ。追う必要はありません」


 メリエルが静かにルカを制止した。


「いまさら戻ったところで、どうせクロウたちに追いつくはずもないのですし、追いついたところで彼ひとりではどうしようもないでしょう」

「……そうか。それもそうだね、メリエル」


 納得した様子で、ルカはいったんメリエルの隣に戻った。

 その視線が、ゆっくりと新たな敵である唯依に注がれる。


「炎魔か。たいした力は感じないけど?」

「……」


 メリエルは無言だ。

 一方の唯依のもとへは、緑刃が歩み寄っていく。


「……唯依くん、すまない。できればあのルカという氷魔だけでも片付けておきたかったが」


 しかし唯依は首を横に振った。


「いえ。僕のほうこそ遅くなってすみませんでした」

「いや。……しかしメリエルの氷眼は思った以上に厄介だ。特に私との相性はよくないな」

「僕に任せてください。緑刃さんは援護をお願いします」


 そう言って唯依が前へ出る。

 緑刃は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めてうなずいた。


「ふふ、その程度の力で僕らの相手をしようというのか? ……メリエル。引き続き僕にやらせてくれないか? 身のほど知らずの子どもに思い知らせてやりたいんだ」

「任せます」


 メリエルは短く答えて後ろに下がった。


「そんなに待たせないよ」


 ピキ、ピキと音がして、ルカの右腕に再び氷剣が形成されていく。

 その足が地面を蹴った。


 唯依も動く。

 躊躇なく前へ。その右手に炎がともった。


 間合いが詰まる。


「死ね……ッ!」


 ルカの氷剣が唯依を襲う。

 唯依は大きく横にステップしてそれを避けた。


 ルカが怪訝そうな顔をする。

 予想していた以上に唯依の動きが速かったためだ。


 ……が、しかし。

 驚きはそれだけでは終わらなかった。


「……なんだ、これはッ!?」


 ゴゥッという音が鳴り響き、巨大な熱波が周囲に広がった。

 唯依の右腕に灯っていた炎が、突然ガソリンを注いだかのように大きく燃え上がったのだ。


「くっ……」


 その炎が秘める力の巨大さに気付き、とっさに飛びのくルカ。

 炎がそれを追いかける。


「ち……」


 舌打ちし、自らの冷気をぶつけながらルカはさらに間合いを広げていった。

 唯依の炎は勢いを弱める気配はなかったが、ふたりの間合いが5メートルほどに広がったところでルカを追いかけるのをやめ、再び右腕へと戻っていく。


 それを見たルカが呆然とした声をもらした。


「……バカな」


 彼の手にあった氷剣は熱波を浴びただけでドロドロに溶けて使い物にならなくなっていた。


「この力、見たことがあるぞ。……この力はッ!」


 ルカは左手に2本の氷の矢を作り出し、それを唯依に向かって放つ。

 その矢はまっすぐに唯依の心臓とのどをめがけて飛んだ。


 が、しかし。

 氷の矢が唯依の体に近づくと、右腕でくすぶっていた炎が再び燃え上がり、まるでそれ自体が意志を持っているかのように氷の矢を飲み込んでいった。


「……踊り狂う炎」


 メリエルは驚いた様子もなく、懐かしいものを見る目でそれを見つめていた。


「あなたはやはり彼の味方ですか、ユミナ……」

「……まさか」


 メリエルのつぶやきに、ルカは驚きの表情で彼女を振り返った。


「この子ども、まさかあの"狂焔"の――」


 その、一瞬の隙。


「……なにッ!?」


 気配を感じ取ったルカが再び正面に向きなおったとき、唯依とその右腕から噴き上がった"狂焔"は、すでに回避不能な距離にまで近づいていた。


「はぁぁぁぁぁッ!」

「くぅッ……」


 避けきることが不可能と悟ったルカが、全身に冷気をまとって防御の姿勢を取る。

 しかし唯依の炎はそのガードをやすやすと突き破り、まるで蛇が獲物に巻きつくようにルカの全身を覆いつくした。


「ぐ……ぉぉぉぉぉ――ッ!!」


 ルカが地面に倒れこみ、黒い土の上をのたうつように転げまわる。

 苦痛の絶叫が暗闇の森に響き渡った。


「っ……」


 唯依はわずかに頬を引きつらせながら、火だるまになったルカを見下ろしていた。


 ……胸中に生まれる葛藤。


 今、力を収めれば助かるかもしれない。

 命まで奪わなくてもいいのではないのか、と。


 唯依にとって、人の形をしたものの命を奪うのはこれが初めてのことだ。

 それゆえのためらいだった。


 が、それでも。


「……」


 唯依は結局、動かなかった。


 脳裏に浮かんでいたのは、亜矢が連れ去られた夜のこと。

 アイラを目覚めさせるために、彼女の養父を無残にも殺害した彼らの仲間の姿だった。


 ためらってはいけない。

 そういう相手なのだ、と、強く自分に言い聞かせたのである。


「メ……リエル……助けてくれぇッ! 君の力で……この炎を――ッ!」


 のた打ち回りながら、ルカはメリエルに向かって必死に手を伸ばした。


 が、しかし。


「不可能です。いえ、そこまで浸透してしまっては消したところで助からないでしょう」


 助けを求めるルカを、メリエルはその二つ名のとおりの氷の瞳で見下した。


「運がなかったですね、ルカ。あの世でかつての仲間たちが待っています。先に行っていてください」

「……!」


 炎の中で、ルカの頬が引きつったように見えた。


 伸ばした手がゆっくりと、力なく地面に落ちる。

 真っ赤な明かりが、徐々に、徐々に、その強さを弱めていって。


 やがて炎が木霊を響かせながら消えると、そこにはうつぶせに倒れるルカの姿だけが残されていた。


 微動だにしない。


「……」


 メリエルはそんなルカの遺体を一瞥すると、正面の唯依に視線を向けた。


「……ユミナがあなたに協力するのであれば、彼には荷が重くて当然でしたね」


 眉ひとつ動かすことはなく。

 むしろ敵対している唯依のほうが、初めて他人を殺したことによる動揺を隠しきれずにいた。


「……メリエルさん。仲間がやられたのに……平気そうなんだね」

「その男は仲間などではありません」


 と、メリエルは目を細め、ルカを見下ろす視線に侮蔑の色を浮かべる。


「かつて、彼は仲間たちに最大の危機が訪れたとき、自分の命惜しさにそこから逃げ出した男です。それ以来、彼のことを仲間だと思ったことは一度もありませんでした」


 その口調はひたすらに淡々としていた。


「ただ、今の私たちのリーダーであるクロウが、どうしても戦力が欲しくて再び仲間に迎え入れてしまったことと……」


 ゆっくりと目を閉じる。


「白河舞以にとっては血縁上の父親でしたから。だから、これまで目をつむっていただけのことです」

「舞以の……お父さん……!?」


 驚きに、ルカの遺体を見つめる唯依。


「慌てる必要はありませんよ、唯依さん」


 そんな唯依の反応に、メリエルは先ほどまでの冷たい視線が嘘のように表情を和らげた。


「ただ血がつながっているというだけのことです。その男に父親の資格などありませんし、舞以にとっての両親は育ててくれたあの人たちだけですから」

「……」


 そんなメリエルの言葉に、沙夜から聞いた話が唯依の頭を過ぎった。


 亜矢、舞以、真柚の3人は、おそらく母親の入れ物となるためだけに、体外受精によって誕生した子どもたちなのではないかという話だ。


 確かにメリエルの態度からは、舞以の父であるルカに対する愛情は微塵も感じられなかったし、舞以の両親が育ての親だけだという発言は、メリエル自身、自分に母の資格がないことを自覚しているようにも受け取れる。


 そしてそんなことを考えてしまうと、唯依は質問せずにはいられなくなった。


「メリエルさん……あなたは、舞以のことはどう思っているんですか?」

「……」


 メリエルは答えなかった。

 その代わりに返ってきたのは、打って変わった冷たい声。


「……唯依さん。今のあなたにはそんなことを気にしていられる余裕はありませんよ。舞以を助けたいと思うのなら、私と戦うしかありません」

「!」


 唯依の背筋に冷たいものが走る。

 気づくと唯依の足もとはいつのまにか凍りつき、体を登るように足首近くまで氷結が進んでいた。


「ッ……氷眼……!」

「唯依くんッ!」


 周囲で空気が渦を巻く。

 唯依の背後から幾筋もの透明な糸がメリエルに向かって伸びた。


 が、メリエルが視線を小さく動かすと、糸はこれまで同様、すべて空中で凍り付いて動きを止めてしまった。


「……やはりダメか!」

「メリエルさんッ!」


 唯依がのどの奥から声を振り絞って叫ぶ。

 緑刃が作ったわずかな時間に唯依は自らの炎で足もとの氷を溶かし、そこから脱出することに成功していた。


「全力で行くよ! たとえ2対1でも!」

「どうぞ、唯依さん。いえ、そうでなければあなたたちに勝ち目はないでしょう」


 そうつぶやくメリエルの表情にはすでに笑みはなく、氷の視線が唯依の体を射抜いていた。


 話し合いによる解決の道はない。

 唯依は腹をくくった。


「緑刃さん! お願いします!」

「任せておけ!」


 唯依が前衛、緑刃が後衛。

 そうしてふたりは付け焼き刃のコンビネーションで、女皇のひとり、"氷眼"のメリエルに挑んでいった。


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