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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 決戦
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2年目12月「もうひとつの戦い」

「……メリエルから聞いてはいたけど、でもなるべくなら戦いたくなかった」


 それは本当に不本意そうな声だった。


 今、俺の目の前にはふたりの悪魔がいる。


 片方は大柄な、見るからに炎魔とわかる俺と同じ赤髪の男。

 こいつがブラストとかいうやつらしい。


 そしてもう片方。

 とがった大きな耳と赤い瞳だけが俺の記憶にあるそれと違っているが、それ以外はよく見知った顔の少女。


 真柚……いや、ミレーユ。

 意外にも、子供っぽいお団子頭は以前のままだった。


「それにしても、ずいぶんあっさりとアイラたちを通したんだね。この先には光刃がいるんでしょ? 守らなくていいの?」

「そりゃ、さすがに4人も相手にはできねーよ」


 そんなミレーユの問いかけに、俺はとぼけながらそう答えた。


 もちろん戦闘態勢は万全だ。

 一番不安だった魔力の調子も、海水浴のときのような絶好調じゃないにしろそれに近いレベルだった。

 相手が相手だけに充分とは決して言えないが、やりようによってはどうにかなる。


「真柚ちゃん。最後にひとつ確認させて」


 隣にはやはり悪魔化した銀髪の雪がいた。

 この姿になったときはいつもそうだが、普段からは考えられないような冷たい目でミレーユを見据えている。


「戦うなら私は手加減しないよ。真柚ちゃんが相手でも、手加減できない」

「手加減する必要なんて……」


 ミレーユは平然とそう答えた。


「だって私はもう、狩部真柚じゃないもの」

「そう……?」


 雪は目を細める。


「私には、そうは見えないけど?」

「……そんな無駄なおしゃべりしてる場合じゃないよ」


 ミレーユの言葉が険を帯びた。

 気にさわったというより、図星をさされてごまかしたようにも見えた。


「私はこれから君らを殺さなきゃならないんだから」

「……それなら」


 ミレーユの言葉に、雪の口調がはっきりと変わった。

 背筋が凍りつくような冷徹な声。


「私もためらわないよ。あなたがそのつもりなら、私もあなたを殺さなきゃならない」

「……できるならね」

「できるよ」


 物騒な言葉を交し合うふたり。


 唯依の言葉が本当なら、ミレーユは真柚の記憶をほぼ完全に残している。

 だから、俺たちとの戦いを望んでいなかったという発言はおそらく本心だろう。


 ただ、ここまでの言葉を聞く限り、説得でこの場を収めるというのはやはり無理そうだ。

 最初の作戦通り、時間を稼いで唯依に任せるしかないだろう。


 そう。

 まずは時間を稼ぐ。それが第一だ。


 もちろんこうして言葉を交わすことも時間稼ぎに一役買ってくれているし、雪もそのことは充分に承知の上で話をしているはずだった。


 緑刃さんたちのところへ向かった唯依がここに戻って来るまで、向こうの戦況にもよるが、事がうまく進んだとして20~30分といったところだろう。


 この相手に30分も粘るのは正直きついが、青刃さんによるとミレーユの"能力"はどちらかといえば防御面に効果を発揮するものらしい。


 やってやれないことはない。

 ついでに、隣にいる大男をそれまでに排除しておければそれがベストだ。


「おい、ミレーユ。無駄口はその辺にして、そろそろ始めたらどうだ」


 その大男がしびれを切らしたようだった。


「わかってるよ、そんなこと」


 と、ミレーユが不機嫌そうな声を出す。


 大男――上級炎魔ブラスト。

 楽な相手じゃないが、青刃さんの言葉を信じればミレーユよりは圧倒的に格下のはずだ。


 俺は小声で言った。


「雪。まず俺があの大男の相手をする。お前は体力を温存しながらミレーユの動きを牽制してくれ」


 魔力は俺よりも雪のほうが明らかに上だし、敵もそれはすでに感じているだろう。

 雪が牽制に回っていればミレーユもそう好きには動けないはずだ。


 俺があのブラストとかいう上級炎魔を全力で叩き、相打ちでもいいから倒すことができれば、あとは雪と唯依でどうにかできるだろう、という計算だった。


「うん」


 意図はすぐに伝わったらしく、雪が素直にうなずく。


「……いいか。絶対にやり合おうとは思うなよ? 目的を忘れるな」

「うん。大丈夫」


 雪の返答は冷静だった。

 先ほどミレーユに返した言葉から、あるいは悪魔化して好戦的になっているんじゃないかと思ったが、中身はいつもどおりの雪のようだ。


 ひとまず安心して視線を正面に戻す。


 ミレーユは夜魔だから主な攻撃手段はやはり衝撃波だろう。

 この攻撃は一撃で戦闘不能になるほどの高い威力を誇るが、放つ前に必ず目が赤く輝くという特徴がある。雪に牽制させておけば不意打ちを食う心配はまずない。


 一歩、前へと歩み出る。

 体の奥から膨大な熱がふつふつとこみ上げて全身へ広がっていった。


 俺の体が、戦うのにもっとも適した状態へと変化する。

 全力といっていいのかわからないが、少なくとも今の状態での最高の力は出し切れそうだった。


 あとは――


(ちゃんと間に合わせろよ、楓……!)


 雷皇アイラと盲目の男クロウは、すでに神村さんが待つ本殿へと向かっている。


 楓や青刃さんが駆けつけるまで、神村さんがどうにか耐え抜いてくれること。

 俺はそれを祈るばかりだった。




-----




 日が沈み、暗闇が公園の大半を支配していたが、そこには変わらず5人の人影があった。


「こ、のぉっ!」


 風をまとった紅葉の右足が、棒立ちになった楓を襲う。


「ふん……」


 楓は左腕をかすかに動かし、最低限の動きで攻撃を止めると、右手首を軽く動かして紅葉へと照準を定めた。


「あかん、紅葉ッ!」


 気づいた純が腕を振るう。

 そこから飛んだのはムチのような炎の帯だ。


「ちっ……」


 楓は舌打ちして攻撃を中断し、やはり小さな動きで後ろに飛んでその攻撃を避けた。


「こいつ……ッ」


 怒りに顔をゆがめて踏み込もうとした紅葉に、晴夏の鋭い声が飛ぶ。


「ダメよ紅葉! いったん離れて!」

「え……」


 紅葉が足を止めた、その瞬間。


「……!?」


 紅葉の眼前、およそ数センチ。

 上空から音もなく幾筋もの黒い光が降り注ぎ、地面に突き刺さった。


「……」


 ごくり、と、のどを鳴らす音。


 まさに紙一重。

 紅葉は冷や汗を浮かべながら目を見開き、そして楓をにらみつける。


 楓は見下す視線でつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「相変わらず運のいいやつだ。仲間の助けがなかったら2回死んでたな」

「……こいつ、なんでッ!」


 悔しそうに叫びながら、紅葉が間合いを取る。


「なんでこんなに力がもつの! こいつ、氷騎兄ちゃんの力で動けないはずなのにッ!」

「……落ち着きなさい、紅葉」


 そんな紅葉の左右に晴夏と純が並んだ。

 ふたりとも言葉は冷静だったが、肩がわずかに上下し、疲労が顔に表れはじめている。


「自信満々なだけのことはあるわ。ここまできたら認めないと」

「氷騎の力を受けて、ここまで粘れるもんか……」


 苦々しげに純が楓を見つめる。


 楓はずっと棒立ちだった。その全身は、純たちの後ろにいる氷騎の念動力によってしばられている。

 紅葉たちがしかけたときにのみ体の一部をどうにか動かして身を守り、やはり最低限の動きでカウンターを放つのが精一杯の状況だった。


 しかしそれでも。

 一歩間違えば命を落としかねない強烈なカウンターと、その状態で2時間近くも攻撃に耐え続けている精神力に、圧倒的に有利な状況にいるはずの純たちが逆に押しつぶされそうになっていたのである。


 ……が、しかし。


「紅葉。純、晴夏も、無理しちゃダメだ」


 そんな楓をやはり2時間近くも拘束し続けている氷騎はまだ冷静だった。

 力を使い続けてかなり疲労しているはずだが、表情には出ていない。


「俺たちの目的は足止めだ。このままでもいい。無理をして攻撃を受ければひとたまりもないぞ」

「ここまで来て作戦会議か? 悠長なことだな」


 楓が相変わらずの挑発的な口調でそう言い放つ。

 一部の攻撃を避け切れず、体のあちこちには裂傷ができて血がにじんでいたが、劣勢であるということを感じさせない態度だった。


「見てのとおり俺は動けない。チャンスじゃないのか? 氷騎の力がいつまで続くかなんてわかったもんじゃねぇぞ。……いや、もしかすると」


 楓の口もとが冷たく歪む。


「もう動けるレベルにまで落ちてきているかもな。動けないふりをして攻撃の機会をうかがっているかもしれん」

「ッ……!」


 紅葉がとっさに動こうとする。

 が、氷騎がそれを制した。


「落ち着け、紅葉。俺の力はまだあいつをしばっている。多少動けるとしてもこの距離での攻撃ならたかが知れている」

「……」


 楓は密かに舌打ちする。

 氷騎の言葉は事実だった。


 一瞬であれば束縛を跳ね除けることもできたが、動ける時間はせいぜい1~2秒。

 この距離で攻撃するのはほぼ不可能に近い。


 だからこそ最小限の動きで済むカウンターに賭けていたのだが、それも彼らが攻撃してこなければ意味がなかった。


(神崎の力がここまでとはな……)


 性質は違えど、楓と氷騎の力はほぼ互角といっていいだろう。

 さらに上級悪魔に匹敵する能力の3人を相手にしたのでは、さしもの楓も思い通りに戦いを進められるはずがなかった。

 挑発しても乗ってくるのは精神的に幼い紅葉だけで、純も晴夏も簡単には動かない。


(……さて)


 楓も内心は焦っていた。

 日が沈んですでに2時間近くが経過している。ここからの移動を考えると、女皇たちの襲撃時間にはどうやら間に合いそうにない。


 今回の悪魔狩りの作戦が、楓の力をアテにした上でのギリギリの状況であることは理解していた。

 彼抜きでは、誰かがよほど頑張らない限り敗北はまぬがれないだろう。


 タイムリミットが近い。


「……やはりこちらから仕掛けるしかないか」

「!」


 あえて口に出した楓のその言葉に、対峙する4人の顔色が変わった。


 楓が右腕を動かす。水平に。さらに垂直に。

 手のひらを向けたのは上空。


 そして楓の体が、これまでとは違ったさらに深い闇色の魔力をまとう。


 と同時に、周囲を照らしていた街灯の明かりが急に弱まった。


 ……いや。光が弱まったのではない。

 楓を中心に広がった闇が、光を飲み込んでいるのだ。


「……"虚空の闇(アカシック)"か」


 氷騎が目を見開き、静かにそうつぶやいた。


 "虚空の闇(アカシック)"。

 それはごく一部の妖魔族だけが操る、通常の何十倍にも凝縮された特殊な闇の魔力だ。


「なんか……やばいで、氷騎!」


 地の底から響いてくるうなり声のような低音に、純がせっぱくした声をあげた。


「なに、これ……」


 晴夏が周囲を見回す。


「結界内に闇の魔力が充満して……この場所自体を飲み込もうとしてるみたい……」

「……まさか」


 さらにふくれあがっていく魔力に、さすがの氷騎も信じられないという表情をした。


「いくらなんでも……広範囲攻撃でこれほど魔力を放出するつもりか……」


 周囲は闇。一面の闇。

 街灯の明かりも、遠くに見えていた町の灯も、周囲の景色ですら、そのすべてが闇の中に飲み込まれようとしていた。


 大地を揺らす、まがまがしい冥府の足音。


「……いけない」


 氷騎が初めて声を張り上げた。


「純! 晴夏! 紅葉! すぐにこの場から離れろッ!」

「もう遅い、神崎」


 冷笑を浮かべたまま、楓がまっすぐに氷騎を見据える。

 体は棒立ちのままだったが、その目はおぞましい金色の光を放っていた。


 これ以上ないほどに明白な、わかりやすい力。

 暴悪の力。


「背中を見せるよりは、耐え抜くほうが生き残る確率は高いぞ。俺もこの状況じゃ全力というわけにもいかん。……もちろん逃げきる自信があるなら止めはしない。生きるか死ぬか、その判断もすべては貴様らの自由だ」


 淡々と言葉を並べていく楓。

 が、その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。


 これは楓にとっても賭けなのだ。

 氷騎の力に抵抗を続けながら、これだけの魔力を一気に放出するのはかなりのリスクだった。


 ただ、そんな内心はおくびにも出すことはなく。


「ッ……」


 氷騎たちは結局その場から動かなかった。


 いや、動けなかったのだ。

 他の悪魔をはるかに凌駕する、その圧倒的な暴悪の魔力を前に。


「受けてみろ。これが破壊を司る最強の悪魔の証だ」


 掲げた楓の右腕が闇色に輝く。


「決して逃れられない死の恐怖を味わえ。"虚空へ誘う深淵(アビスストライク)"――」


 周囲のあらゆる光をすべて飲み込んで。

 渾身の一撃が、楓の右手からほとばしった。


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