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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 決戦前夜
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2年目12月「火蓋は落とされた」


-----


 翌12月26日。

 夕焼けに染まる町の一角で、早くも優希たちにとっての想定外が発生しようとしていた。


「別に戦う気ぃないんや」


 肌を突き刺すような寒風と、はるか遠くに聞こえる自動車のエキゾーストノート。

 そのほかにはなにも聞こえない寂れた公園の中、5人の人間が長い影を引いてそこに立っていた。


 いや、5人というよりは、ひとりと4人と表現したほうがより正確だろうか。


「あんたには時間までここで黙っていて欲しいだけ。簡単やろ?」


 そう言ったのは4人組の中のひとりだった。

 さらにその隣にいた少女が続ける。


「いくらあなたが強くても、4人相手に勝てるとは思わないほうがいいわ」


 4人は全員が力を持つ少年少女たちだ。


 炎魔の力を持つ純。

 水魔の力を持つ晴夏。

 風魔の力を持つ紅葉。

 そして、人間でありながら特殊な力――超能力をあやつる少年、氷騎。


 彼らはそれぞれが上級悪魔に匹敵する力を持つ、"自称"秘密結社のメンバーだった。


 そして、彼らと対峙するのは背の低い少年。


「……誰かと思えば」


 ジーパンのポケットに両手を突っ込んだまま、見下すような視線を4人に向けていたのは楓だった。


「そっちのやつは、こないだ半べそかいてたガキじゃねぇか。おしめは氷騎にちゃんと換えてもらえたのか?」

「……!」


 その言葉に、紅葉の顔が紅潮する。

 だが、すぐに晴夏がその肩を強くつかんだ。


「紅葉。安い挑発に乗らないで」


 そしてすぐに視線を楓のほうへ向ける。


「無駄よ、楓くん。私たちだってひとりひとりで敵わないのはわかってるわ。でも、あなたがいくら強くても私たち4人を一度に相手にはできない」

「……」


 楓はまるで聞こえていないかのように晴夏の言葉を無視し、4人の顔に順番に視線を移動させた。


 4人のうちふたりは見知った顔だ。

 紅葉には以前いきなり襲撃されて撃退したことがあるし、氷騎はもっと古くからの顔見知りである。


「無駄、ねぇ」


 そして楓は、先ほどの晴夏の言葉をあざ笑うかのように冷笑を浮かべた。


「……なに?」


 晴夏も不快そうに眉を動かす。


「ち、ちょい待ち、晴夏」


 彼女までもが挑発に乗りそうになったのを見て、割って入ったのは純である。


「なぁ、楓くん。ぶっちゃけ俺らもあんま物騒はしたくない。ここは穏便に行こぅや」

「穏便? ……おい、エセ関西弁」

「エセって……まぁ間違っとらんけど……」

「聞いてやる。言ってみろ」


 楓の声はあくまで挑発的だったが、4人の中で最年長の純はその挑発を笑顔で流した。


「今日は余計なこと考えんで、深夜までうちらと談笑しといて欲しいって、ただそれだけや。それで互いにけが人なし。平和に解決、めでたしめでたしってことで」

「……なるほど。つまりお前らは今夜のことを知ってて、それで俺をこの先へ行かせたくねぇってことか」


 今夜は女皇たちによる悪魔狩り"御門"への襲撃がある。

 楓はその対抗戦力としてこれから神社へ向かうところだったのだ。


「単に連中の仲間ってわけでもなさそうだし、お前らの企みにもそこそこ興味はあるが……一方的で不愉快な話だな」

「従って……もらえんか、やっぱ?」


 純の表情が緊張する。

 それは晴夏も紅葉も同様だった。


「寝言ならあの世でつぶやいてくれ」


 辺りに満ちる圧迫感。

 瞬時にふくれあがった楓の闇の魔力は、純たちが公園全体に展開した結界が悲鳴をあげるほどの力だった。


 晴夏がとっさに声を張り上げる。


「純! 紅葉! 離れて! ……氷騎、お願い!」


 純が後ろに飛びのき、紅葉もゆっくりと後ずさる。

 と同時に、晴夏を含めた3人は自らの姿を悪魔のそれへと変化させた。


「どうにか、穏便に済まんかな……」


 つぶやいた純の首筋にはじっとりと汗が浮かんでいる。


 それに答えたのは、3人とは逆に一歩前に進んだ氷騎だった。


「……だから無理だと言ったんだ。あいつの性格で、戦わずに済ませることなんてできるはずがない」

「氷騎か。……あのときの結論、ここで出してみるか?」


 そんな氷騎に、楓が邪悪な笑みを向けて言い放つ。


「お前の力が本当に俺の動きを封じられるかどうか。……昔の悪魔狩りたちも興味津々だろうよ。"右の翼"と"左の翼"、果たしてどちらが強いのか」

「……」


 氷騎の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 後ろに下がった紅葉の周りでは意志をもった風が渦を巻き、純と晴夏のふたりも臨戦態勢に入っている。


 緊張はまるで湖の薄氷のような危うさで、ごくささいなきっかけであっけなく割れてしまうほどに張り詰めていた。


 実際のところ、その場の力関係は純たち4人が優勢だっただろう。

 氷騎の力は、以前そうであったように楓と甲乙つけ難いものだし、そのほかに上級悪魔クラスの力を持つ純、晴夏、紅葉がいる。


 が、しかし。

 そんな不利な状況であるにもかかわらず、戦うことをまるで迷わない楓の態度は、対峙する4人の内面に強烈なプレッシャーをかけていたのだった。


 無言の対峙が続いて約30秒。


 どこか遠くで鳴り響いた自動車の急ブレーキの音。


 まるでそれが合図だったかのように、戦いの火蓋は、戦場となるはずだった神社方面よりも一足先に切って落とされたのだった。




-----




「……いきなりの想定外、か」


 悪魔狩り"御門"の総本部本殿。

 そこに集まった俺たちは青刃さんの言葉に一斉に時計を見つめていた。


 まもなく午後6時になる。


 青刃さんが続けた。


「周期が始まるのはおそらく午後10時ってとこだろう。戦いの決着がつくまで2~3時間と考えると、そろそろ敵が動き出してもおかしくはない」


 この場にいるのは青刃さん、俺、雪、唯依、神村さんの5人だけ。

 緑刃さんは哨戒任務も兼ねて、すでに前線についている。


「にもかかわらず――」

「楓さん、遅いですね」


 と、神村さんが青刃さんの言葉に続けた。


 そう。それが青刃さんの言う"想定外"のできごとだった。

 最後の戦力である楓が、まだこの場に到着していないのである。


 さすがの青刃さんも困り顔だった。


「楓が今回の状況を把握してないとは思えませんし、急に手伝う気をなくしたのでなければ……」

「それはありません」


 神村さんが即座に否定した。

 青刃さんはそんな神村さんの言葉にちょっと苦笑しつつ、


「ま、あいつのことだ。その気がなければ最初から手伝うなんて言わんでしょうしね。とすると、向こうでもなにか想定外のできごとが起こっているとしか」

「楓さんの家へは?」

「連絡しましたが、すでに外出したとのことです。今、町のどこかに不自然な結界が発生してないか確認させてますが、まあ間に合わないでしょう。あいつが来ない場合のことも考える必要がありそうです」


 と、青刃さんは少し難しい顔をする。


 楓の役目はこの本殿で神村さんとともに敵を迎え撃つことだ。

 このままだと神村さんひとりで敵の相手をすることになってしまうから、もちろん作戦の変更が必要になるだろう。


「前線を緑刃ひとりに任せて、俺がこっちに回るって手もありますが……」


 青刃さんがそう提案すると、神村さんがすぐに反論した。


「それはいけません。前線は一時的に敵の全軍と対峙することになります。そこを削ると最初の足止めとしての効果さえなくなる恐れがあります」

「でしょうね。んじゃどうします?」


 と、青刃さんがお手上げのポーズをする。

 緊急事態にもかかわらずその態度は相変わらず軽薄だった。


「じゃあ……」


 俺がひとりで、と言おうとしたが、隣にいる雪がとっさに服のすそを強くつかんできた。


 見ると珍しく真剣な表情で俺をにらんでいる。

 無謀だ、と、そう言いたいらしい。


(……いや、危険なのはわかってるけどさ)


 もちろん俺だってひとりで敵の主力何人かと戦えるなんてうぬぼれているわけじゃない。

 ただ、今回の目的は撃破ではなく時間稼ぎだし、それならやりようでどうにかなるんじゃないかと思ったのだ。


 危険は危険だが――


 と、俺がそのことを雪に説明しようとしたところで、神村さんが口を開いた。


「いえ、そもそも作戦を変える必要はないです」

「……どうするつもりで?」


 と、青刃さん。

 俺も彼女のほうへ視線を向ける。


 神村さんは小さくうなずいて、


「楓さんは来ると言いました。ですから、必ず来てくれるものとして考えます」

「……」


 一同が言葉を失った。


 神村さんにしては非現実的な回答だ。

 が、見方を変えれば、楓のやつにそれほどの信頼を置いているということか。


 もちろんそれ以外にも、緑刃さん、あるいは俺をひとりで戦わせる状況にしたくないという彼女なりの配慮もあるのかもしれない。


「もし来なかったらどうするんです?」

「心配いりません」


 青刃さんの問いかけにも、神村さんはいつもの調子で淡々と答える。


「私はそのための力を先代から受け継ぎました。悪魔狩り"御門"の当主光刃として、その名に恥じぬ戦いはできるつもりでいます」

「いざとなったらひとりで、ってことですか。……ま、実際のところそれしかないでしょうが」


 青刃さんは少々困った顔をしながらも、どこか好意的な目で神村さんを見ている。


 この人は相変わらず腹の底が見えなくてあまり好きにはなれないが、神村さんに向ける目だけは純粋に優しい。そこだけは緑刃さんと同じで、まるで本当の兄と姉のようだった。


「じゃあこういうことにしましょうか。まず、基本的な作戦は変えない。それぞれの担当場所もそのまま。ただし」


 青刃さんは床に広げたままの地図の上に視線を落とし、中途半端な位置に置いてあった唯依の白い碁石を最前線付近へと移動させながら、


「唯依くんには俺と緑刃の支援を最優先にやってもらう。で、ここでの戦局にメドが立った時点で……」


 次に、最前線に置いてあった別の白い碁石を本殿まで動かした。


「俺が秘密の近道を使って、最速で光刃様の救援に向かう。……こんなもんでどうです?」


 神村さんがうなずこうとしたところで、俺は口を挟んだ。


「なあ。その秘密の近道っての、昨日も聞いて気になってたんだが、敵に使われる可能性はないのか?」


 青刃さんは笑って答えた。


「それならむしろ楽になる。少なくとも周期が終わるころまでは道に迷っていてくれるだろうからな」

「……そんなに複雑な道なのか?」

「道が複雑というより、そういうおまじないがかかっているのさ」


 青刃さんは曖昧な言い方をしたが、意味はなんとなくわかった。

 つまりなんらかの特殊な力が働いている場所で、かつ詳細は部外秘ってことなのだろう。


「光刃様。こんな感じでどうです?」

「はい。それで結構です」


 改めて問いかけた青刃さんに、神村さんはそう言ってうなずいた。


 12月26日、午後6時10分。

 こうして俺たちの作戦は直前になって、微変更を余儀なくされることとなり。


 そして、それから約1時間10分後。

 午後7時23分。


 青刃さんが予想していたのとほぼ同じ時刻に、女皇たちによる悪魔狩り襲撃が始まったのだった。


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