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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 決戦前夜
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2年目12月「作戦」


 俺と雪は迎えに来た美矩に案内され、悪魔狩り"御門"本部内の本殿と呼ばれる会議室のようなところにやってきた。


 冬至を過ぎたばかりでまだ日も短く、そこに到着したころには辺りはすっかり暗くなっていて、建物の入り口には風情のあるかがり火がともっている。


「中で皆さんがお待ちです。じゃ、あたしはこれで」


 相変わらずの軽い調子でそう言い残し、美矩が去っていく。

 どうやら彼女は話し合いには参加しないらしい。


 辺りは妙に静かでまるで人の気配がない。


 ちらっと隣の雪に視線を送った後、俺は5段ほどの短い階段を上がって本殿の扉に手をかけた。

 なんの抵抗もなく開いて視界が開ける。


 だだっ広い広間。

 前回ずらっと並んでいた年寄りたちはひとりもおらず、そこにいたのはたったの4人だった。


「あ、優希先輩」


 知り合いの顔を見つけてホッとした表情の唯依。

 上座ではなく唯依の隣に正座している神村さん。

 その少し後ろに緑刃さんが控えていて。


「来たか。じゃあさっそく今回の作戦を説明するとしよう」


 その3人と向かい合うように、まるで忍者のような格好の男性がいる。

 口もとまで隠しているので一瞬誰かと思ったが、声でどうにか青刃さんだとわかった。


 どうにも時代錯誤な格好だが、あるいは神村さんや緑刃さんが着ている巫女服のような戦闘服の男性バージョンなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、後ろ手に扉を閉めて中へ入る。

 今日はどうやら青刃さんが講師役、残りは生徒という構図でやるらしい。


 俺と雪は唯依や神村さんの後ろを通り、緑刃さんのすぐそばに座ることにした。


 床はひんやりと冷たい。

 ついでに青刃さんの格好について緑刃さんに密かに聞いてみたが、どうやらただの趣味らしかった。


「あの、これだけ、ですか?」


 と、まず不安そうな声を発したのは唯依である。

 どうやら俺が入ってきたときに感じたのと同じことを唯依も考えていたようだ。


 今回の作戦、軸となるのは確かに唯依やそのサポートをする俺たちだが、かといって悪魔狩りの協力がまったく必要ないというわけではない。


 敵はそれほど大規模ではないらしいが、女皇たちの他にも複数の悪魔たちがいるのだ。

 そういう連中の相手をしてもらわないと、亜矢たちを元に戻すどころの話ではなくなってしまう。


 ただ、青刃さんはそんな俺たちの疑問をすでに予測していたらしく、


「ああ。前ここにいた幹部の方々には安全な場所に移動してもらったし、部下たちにはすでに指示を出してある。つまりこっちの準備はとっくに整っているというわけだ。そんな感じで納得してもらえるかな?」


 緑刃さんがそこに付け加えた。


「ここにいた幹部の方々は多くがお年を召されていて、いずれにしても戦いには参加できない。今回はこの近辺が戦場になると予想されるので、あらかじめ違う場所に避難してもらったのだ。もちろん今回の作戦についてはすでに了解をいただいているし、万が一のことについてもすべて考えてある。とにかく中枢が全滅という事態だけは絶対に避けねばならないのでな」


 その説明に、唯依は納得した様子だった。


 勝手につけ加えるなら――これは俺の勝手な推測だが、この作戦が失敗しそうになったら神村さんだけでも逃がすような体勢が整えられているのだろう。

 緑刃さんはあえて詳細を語らなかったが、『万が一のこと』というのはおそらくそういう意味だ。


 もちろんそのとき俺たちは捨て駒になるのだろうが、それについては文句はない。

 半ば個人的な戦いである俺たちと違い、彼らは組織としての戦いなのだ。最悪の場合のリスクヘッジを考えるのは当然で、むしろそうでなければならないだろう。


「そういや光刃様。楓のやつがまだ来てないが、もう始めてもいいのか?」


 と、青刃さん。

 敬語と素の言葉がごちゃ混ぜになっていて、緑刃さんがたしなめるように青刃さんをにらんだが、神村さんは気にした様子もなかった。


「はい。楓さんは明日こちらに来られます。作戦の概要はすでに伝えました」

「オーケー。んじゃ概要から行くかな」


 前置きが終了し、青刃さんがいよいよ作戦の説明を始める。


「まず敵の主力は5人と見られている。アイラ、ミレーユ、メリエルの3人については君たちもよく知ってると思うが、他にふたりの上級悪魔の存在が確認されている。上級悪魔の説明は……必要ないか? とりあえずここにいる全員、1対1で戦えば命を落とす危険がある相手と考えてくれ。で、そのふたりだが、まずは上級炎魔のブラスト」

「亜矢が連れて行かれたときの、あの大男ですね……」


 唯依が神妙な顔でそうつぶやいた。

 どうやら面識があるようだ。


 そうらしいな、と、青刃さんはうなずいて、


「その他に上級氷魔のルカってのがいる。ブラストは新参だが、こいつはかつて女皇たちと一緒に戦っていたことのある男だ。……けどま、その辺は別に覚えておかなくてもいい。3人の女皇のほかに上級炎魔がひとり、上級氷魔がひとりいるとだけ覚えてくれ」


 と、言った。


 5人ということは、今ここにいるメンバーよりもひとり少ない。

 さらにこちらには楓が加わるから7人。

 数の上では有利ということだ。


 ただ、青刃さんはそんな俺の単純な考えを読んだらしく、


「もちろん敵の戦力はそれだけじゃないぞ。下級悪魔たちもそこそこの数で来るはずだ。ただ、君らはそいつらのことは基本的に気にかけなくてもいい。雑魚の相手はこちらの部下の役目だ」

「少しいいか?」


 俺はそこで手を上げた。


「敵の狙いは"ゲート"だ、ってな話をずっと聞いてるんだが、その"ゲート"ってのは具体的にどこにあってどういうものなんだ? つまり、どうなったらこっちの負けなのかがわかんなくてさ」

「いい質問だ」


 青刃さんは腕を組んで少し考えながら、


「"ゲート"って呼び方から勘違いするやつが多いんだが、実は魔界に通じる門と扉があるとかじゃなくて、魔界とつながりやすい"場所そのもの"を"ゲート"って呼んでいる。つまりこの山のとある一角に魔界とつながりやすい場所があって、敵はそこを押さえたがってるってわけだ」

「場所そのもの? じゃあ、あんたらはどうやってそこの出入りを制限してるんだ?」


 俺がさらに突っ込んで聞くと、青刃さんは小さくうなずいた。


「それもいい質問だな。やり方は各地の"ゲート"を管理する悪魔狩りごとに違っていて、優希くんがいま言ったように来た悪魔をそのつど強制的に送り返すってやり方もある。ただ、ここの"ゲート"はこちら側から強い結界を張って魔界とつながることそれ自体を抑制してる。まあ"ゲート"って名称どおりにたとえれば、扉を閉めてこっちから鍵をかけているって状態だ。結界の乱れで悪魔が入ってくることもたまにあるんだが、それは個別に対処してる。いずれにしろ自由に行き来することはできない」


 つまりその結界とやらを破られた負け。

 そういうことだろう。


「その結界を破る方法は?」

「私が死ねば結界は消えます」


 そう答えたのは神村さんだった。

 俺は少し驚いて彼女の顔を凝視する。


「死ねば消える? どういうことだ?」


 相変わらずの綺麗な正座で俺のほうに向きなおった神村さんは、ひとつ息を吐いて右手をそっと自分の胸の上に置いた。


「その結界というのは光刃の名を持つ者が代々受け継ぐ力なのです。光刃の生命が失われるか、あるいはここから遠く離れると結界は消滅してしまいます」

「遠く離れたら? けど神村さん、修学旅行には来てただろ?」

「そのときは周期ではありませんでしたから」

「ああ、そういうことか」


 つまり周期の前後だけは結界を維持するためにここにいなければならないということだ。

 今回の例で考えると、1週間前には周期の訪れを察知できるようだし、1週間もあれば地球上のほとんどの場所から帰ってくることができる。それほど行動は制限されないということだろう。


 唯依が発言する。


「じゃあ、基本としては神村先輩をみんなで守るということになるんでしょうか?」

「残念ながらそうはいかない」


 青刃さんはすぐにそれを否定した。


「まず覚えておいて欲しいのは、まともにぶつかったらこっちが圧倒的に不利だということだ。さっきも言ったがブラストやルカも充分強敵だし、女皇たちの力はそれをはるかに上回る。この戦力でもまともにやり合ったら勝算は薄い。それにそんな乱戦になったら、唯依くんの目的を達成することも困難だろう?」

「それはそうですけど、じゃあ……」


 考え込む唯依。

 だが、俺にはなんとなく青刃さんの作戦が読めてきていた。


「……敵を分散させるためにはどうすればいいか、ってことだろ? つまり」


 俺がそう言いながら神村さんを見ると、青刃さんはにやりと笑みを浮かべた。


「正解。さっきも言ったが、敵の目的は沙夜――ああいや、光刃様であり」


 緑刃さんににらまれて言いなおす。


「敵は光刃様に逃げられ、結界が維持できる程度の場所に潜伏されることを一番嫌がるはずだ。ここの"ゲート"が周期で開いているのはせいぜい3日、長くても1週間。せっかくここを占拠しても、その期間中に光刃様を見つけられなかったら骨折り損になってしまう。だから今回の襲撃も、光刃様のもとへ向かうことをなにより優先するだろう。そこで――」


 と、青刃さんは丸めて手に持っていた紙を床の上に広げた。


 見ると、それはどうやら神社からこの総本部周辺にかけての地図らしかった。


「まず、俺と緑刃は、部下たちとともに前線で敵の足を止める」


 青刃さんはふところから白と黒の碁石を取り出して地図の上に置いた。


 白が7個。黒が5個。

 おそらく敵と味方の主力の人数を表したものだろう。


「敵の雑魚の大半と主力の一部をここに止めて、残りはわざと突破させる。ここに止める主力の目安はふたりだ」


 と、黒の碁石をふたつ、最前線の位置に止めた。


 俺は質問する。


「敵がもし奥に進むことを優先しないであんたたちを全力でつぶそうとしたらどうする? 戦力を分散するのが愚策なのは向こうもわかってるはずだろ?」

「そんときは俺と緑刃、ふたり仲良くあの世行きさ」


 あっけらかんと笑う青刃さん。

 そんな青刃さんの態度に緑刃さんは渋い表情をしながらも、俺たちのほうをまっすぐに見て、


「やすやすとやられるつもりはないが、すべて承知の上だ。いずれにしろ前線での部下たちの指揮も必要になるし、これは我々にしかできない」


 つまりある程度は賭けになる、ということだろう。


 俺は納得して、青刃さんに話の続きを求めた。


「優希くんと雪くんのふたりはその少し先、この辺りの森にひそんでもらう」


 青刃さんはそう言って本部にかなり近い場所に白の碁石をふたつ置いた。

 さらに黒い碁石を3つ、地図の上を走らせながら続ける。


「こっちの思惑どおりに進んでいれば、敵の主力はおそらく3人になっているはずだ。君らふたりならそう簡単にやられることはない。もしかしたら敵のリーダーのクロウも一緒にいるかもしれないが、こいつはすでに盲目で戦いに参加できる体じゃない」

「3対2か……」

「もちろん君らも敵全員を足止めしようとは考えないでくれ。ふたり、いや、相手がアイラならひとりだけでもいい。残りは俺たちと同じようにここを素通りさせてやってくれ」


 と、黒い碁石をその場所にふたつ残した。


「最後に、光刃様と楓のふたりはここ、本殿付近に待機する。計算どおりならここにたどり着くのはアイラひとりか、あるいは他のメンバーがふたり。ここは楓に頑張ってもらう」

「楓は大丈夫なのか? アイラってのは相当強いんだろ?」


 思わず俺はそんな質問をした。


 実のところ、俺はあいつの力を一度しか見たことがなかった。

 それも俺と悪魔狩りの仲裁に入っただけで、本気で戦った姿は見たことがない。


 そんな俺の問いかけには、緑刃さんが答えてくれた。


「アイラとほぼ同等と考えてもらっていい。もちろん実際のところはやってみなければわからないがな」

「……へぇ」


 少し驚きはしたものの、納得できなくもない。

 一度だけ目の当たりにしたあいつの力は、片鱗とはいえ確かにかなりのものだった。


 それが事実であるからこそ、あいつがこっちの王将である神村さんを守る役目なのだろう。


「さて、配置が決まったところで大事なのはここからだ」


 青刃さんは残ったひとつの白い碁石を手の中でもてあそびながら、地図上の前線――神社付近に視線を戻した。


「俺と緑刃にしろ、優希くんと雪くんにしろ、どっちにしても分が悪い戦いだと認識していたほうがいい。少なくとも俺と緑刃に関してはまともにやりあって勝つ自信はない」


 と、少し笑う。

 本気なのか冗談なのかわからない口調だったが、話の流れからすると本心なのだろう。


「で、大事になるのが残った彼の存在だ」


 と、最後の白い碁石を地図上の中途半端な場所に置く。


「唯依くん。君には臨機応変に動いてもらいたい」

「り、臨機応変……?」


 戸惑う唯依に、青刃さんはゆっくりとうなずいて言った。


「言うまでもなく、君の仕事は女皇たちを元に戻す、つまりは無力化することだ。これだけ分散させれば女皇たちも二手に、いや、上手くいけば全員がバラバラになっているはず。そこで、俺たちや優希くんたちが時間を稼いでいるうちにそれぞれの場所を回って、そこにいる味方と協力して女皇たちをひとりずつ無力化していってもらいたい。森には正規ルートのほかに抜け道や近道がたくさんある。詳しい部下をひとりつけて案内させよう」


 息を呑む音。

 唯依が緊張している様子は、その表情を見なくとも充分に伝わってきた。


 が、それでも。


「……わかりました」


 かすかに上ずった声で、それでも唯依は力強くそう答えた。

 心の準備はとっくに整っていたようだ。


 青刃さんは満足そうに口もとをゆるめて、


「オーケー。ただ、もちろんすべてが思惑どおりにいくとは限らない。なにか想定外のできごとが発生したときはそれぞれが自らの役割をよく考えた上で、あとは各々の判断で動いてもらうことになる。その辺りは君らの資質にゆだねたい。……こんなところか」


 最後の最後は適当というべきか、あるいは信頼されているのだと考えるべきか。


 いずれにしろ青刃さんの作戦は単純でわかりやすかったし、こっちとしても異論はなかった。

 少年マンガでいうところの『ここは俺に任せて先に行け』を敵のほうにやらせて、俺たちはそれを待ち受ける悪役を演じればいいというわけだ。


「了解。……いいか?」


 俺はうなずいて隣の雪に目を向けたが、雪も特に異論はないようだった。

 こいつと一緒に行動できるってのも、俺としては心配ごとがひとつ減ってありがたいことだ。


 青刃さんはさらに10秒ほど質問を待ったが、特に発言する者はなく。


「では、明日に備えて。夕食は少し豪勢なものを用意させた。今晩はしっかり食べてゆっくりと休んでくれ」


 と、作戦会議の終了を宣言した。


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