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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 決戦前夜
122/239

2年目12月「勝負(やくそく)」


 12月24日、クリスマスイブ。


 今年は去年と違って快晴だった。

 天気予報じゃ『今日は終日快晴で、残念ながらホワイトクリスマスとはいかないようです』なんてことを言っていたが、仮に降ったとしてもそれは雪じゃなくて間違いなく雨になるだろう。


 そのぐらいに暖かい日だった。


「ユウちゃーん。お風呂掃除終わったー?」


 ガァァァァァ、という掃除機の音が家中に鳴り響いている。


「あー! もうちょいだー!」


 明日の25日には瑞希と歩がこの家を離れるとあって、例年よりも数日早く始まった我が家の大掃除。


「しっかし、こういうときばかりは家の広さにうんざりするな……」


 洗剤でバスタブをゴシゴシ洗いながらひとりで愚痴る。

 と同時に、普段この家をしっかり管理している女性陣(歩をのぞく)のしっかりさ加減に、この日ばかりは敬意を表さずにはいられなかった。


 というか、よく考えるとそれらをなにひとつ手伝わない俺は本当にダメ人間である。


 家事は全部任せっきりだし、掃除ぐらいはこうしてたまに手伝ったりするが、それだってかなり珍しいことだ。

 料理はできないし(玉子や肉を焼くぐらいならまぁできるが)、洗濯機の動かし方も洗濯物のたたみ方もよくわからない。裁縫とかアイロンのかけ方に至ってはもう完全にお手上げの世界だ。


 男女平等、男も家事を、なんてことを声高に訴える連中にかかれば、きっと俺なんか生きる価値もないゴミクズとして認定されてしまうに違いない。


 とはいえ。

 自分が女だったら家事をやっていたかと考えると、それはないような気がする。

 要するに、俺がグータラなのは性別とは無関係なのだろう。


「あ。終わった?」

「おー、終わったぞー」


 風呂場から出て行くと、雪は台所の掃除をしていた。

 コンロの周りをやっていたせいか手が油で汚れている。


「で? 次はなにすりゃいい?」

「うーん、と」


 少し考える雪。

 掃除機の排気音は2階のほうから聞こえている。おそらくは歩辺りが鼻歌でも歌いながらやっているのだろう。


「じゃあお買い物、お願いしようかな」

「買い物? なんだ?」

「今日のパーティ用」


 ああ、そうそう。

 大掃除で頭がいっぱいになっていたが、今日はクリスマスイブ。昨年と同じくクリスマスパーティを我が家で催す予定になっていた。


 こんな状況でしかも明日明後日は決戦の日だというのに、我ながらのんきなものだと自分でも思うが、それでいいのだ。

 こういう日常があるからこそ、戦うことに意味が生まれるのだから。


 時計を見ると午後1時。

 あと1時間もすればぞろぞろといつもの連中がやってくるだろう。


「なにを買ってくりゃいいんだ?」

「えっとねぇ」


 雪はキョロキョロと辺りを見回す。


「……あ、瑞希ちゃん」

「うん? どうしたの?」


 玄関の掃除をしていたらしい瑞希がタイミングよくリビングに戻ってきた。


「お願いがあるの。ユウちゃんと一緒にお買い物に――」

「それは却下だ、雪」

「雪ちゃん。台所の掃除、私が代わるわ」


 雪の言葉をさえぎって、俺と瑞希はほぼ同時に同じ拒絶の言葉を発していた。

 こういうときだけは不思議と息がピッタリである。


 が、しかし。


 雪はまったく動じた様子もなく、俺たちにニッコリと微笑んでみせた。


「ふたりとも。行ってきてくれるよね?」

「……」

「……」


 穏やかなのに不思議と反論を封じてしまう雪の言葉に、俺たちはまったく無抵抗のまま。

 結局ふたりで買い物に出かけることになってしまったのだった。




「クリスマスイブに並んで歩く女が、よりにもよってお前とはなあ。不毛ってのはまさにこういうことを言うんだろうな」

「同じ言葉、そっくりそのままお返しするわよ」


 そこかしこにあふれる恋人の群れを横目に見ながら、俺と瑞希は並んで駅前通りを歩いていた。


「いや、そいつは違うな。不毛ってのは種を巻いてもなにも育たないってことだ。つまり、いつかかわいい女の子とクリスマスを過ごしたいと思っている俺と、そもそもそんなことに一切の興味がないお前とじゃ、天と地ほどの差がある」

「なに勝手に決め付けてるの。誰もそんなこと言ってないでしょ」


 不服そうに瑞希が反論してきたので、俺は突っ込んでやった。


「なんだよ。だったら誰か紹介してやろうか? 俺の周りは物好きぞろいだからな。お前みたいのでもいいって連中は結構いるみたいだぞ」

「いえ、結構よ。あんたの知り合いなんてどうせロクなのが……まぁ直斗くんはまともだけど」

「直斗がいいのか? 確かにフリーだけど、あいつは競争激しいぞ」


 まあ、身長差さえを考慮しなければ(直斗162センチ、瑞希171センチ)なかなかお似合いだと割と本気で思うのだが。


「だから余計なお世話よ。恋愛なんてまだ必要ないわ」

「それって要するに興味ないってことだろ」


 俺が笑いながらそう言うと、瑞希は返す言葉がなかったのかそっぽを向いた。


 高校生ってのはむしろ恋愛をするのに一番旬な時期だと思うのだが、こいつは今やらないでいつするつもりなんだろうか。


「……そういえば、香月くんは結局来られないのね」


 反論できないのが悔しかったのか、瑞希は話題を変えた。


「ああ。よくわからんが家のことが忙しいらしい」


 と、適当な言い訳をしておく。


 すると、瑞希はちらっと横目でこっちを見て、


「優希。あなた、私になにか隠しごとしてるでしょう?」

「へ?」


 あまりにも唐突な切り込みに、俺は一瞬取りつくろう言葉も失くしてしまった。


 一拍置いて、すぐに言葉を繋げる。


「……そりゃ数え切れないぐらいにな。男ってのはミステリアスなほうが魅力的だろ?」

「その言い訳の仕方、パパにそっくりよ」

「うげ」


 それは不覚だった。


「私だってバカじゃないの。最近のこと、いろいろ不自然だってことぐらいわかるわ」

「……」


 まあ、俺だってすべて完璧にごまかせていたとは思っていない。

 ただ、もちろん本当のことを言うわけにはいかなかった。


 ……さて、どう切り抜けるか。

 この言い方をみると適当な作り話じゃ納得しそうにない。


 と、思ったのだが。


「別に深く追及する気はないわ」

「ん?」


 意外にも瑞希はそんなことを言い出した。


「あなたが隠れて警察に捕まるような悪いことをしてるとは思えないし」

「……なんだ。意外に信用されてるじゃないか」

「そんなこと疑うようならこうして一緒に歩いてないわよ」


 ピタ、と、瑞希が足を止める。

 俺もつられて立ち止まった。


「とにかく。いま私が言いたいのはひとつよ」


 そう言って、瑞希は細い人差し指を俺の顔に突きつける。


「教えないつもりならそれでもいいから。その代わり、最後まで私に迷惑をかけないようにしてちょうだい、ってこと」

「迷惑?」

「そう。特に」


 瑞希は眉間に皺を寄せて真剣な顔をした。


「向こうから帰ってきたら突然いなくなってたとか、そういうのだけは無しにして」

「……なんだそりゃ」


 笑う。……微妙に頬が引きつっていたことに気づかれただろうか。


 瑞希の発言はあまりに突拍子なく、普通に考えれば笑い飛ばせる類のものだ。

 だが、今回に限っていえばそれは決して的外れではない。


 取りつくろうように口を開く。


「意味わかんねーや。そんなのあるわけねーだろ」

「わかってるって。たとえばの話よ。急にそんな風に思っただけだから」


 どうやら瑞希も根拠があって言ったわけではないらしい。

 ただ、表情は真剣なままだ。


 ……これが女の勘というものだろうか。

 だとすると侮れない。


「とにかく。もし約束できないのなら今すぐ私にすべて話して。じゃないと安心して年も越せないわ」

「……あのなぁ」


 あまりに真剣な表情だったので少し心が揺れてしまったが、そこはもちろんこらえた。


「なにを心配してるのか知らねーけど、どうして俺がいきなり失踪しなきゃなんねーんだよ」

「だから、たとえばって言ってるでしょ」


 茶化すような俺の口調に、瑞希は不機嫌そうな顔をする。


「要するに、私たちに心配かけるようなことするなって言ってるの」

「へー、お前が? 心配? 俺を? 今日はこの天気なのに雪が降りそうだ。温かい雪ってのはなかなかにポエミーだな」

「……もういいわ」


 はっきりと怒りをあらわにして瑞希は足を先に進めた。

 それでも、いつものように怒鳴ったり手や足が飛んできたりすることはなく。


 やはり、なにかを感じているのだ。


「あー……っと。おい、瑞希!」


 さすがにやりすぎだったかもしれない、と、俺はすぐに瑞希の後を追った。


「なによ」

「いや、なんだ。心配してくれてんのに茶化して悪かった。……まあ、お前がなにを心配してんのか俺にはよくわからんけど、とりあえず約束はしてやるよ」

「なにを?」

「だから。お前に心配かけねーってやつ」

「あ、そう」


 自分から話を持ち出したくせに、瑞希の返答は限りなく素っ気ないものだった。

 足を止めることもなく、そのままさっさと行ってしまう。


 完全に怒らせてしまったか、と、俺はさらに弁解の言葉を考えた。


 ……が、しかし。

 しばらく歩いた瑞希はピタリと立ち止まり、


「……ああ、一応。勘違いしているようだから言っておくわ」


 振り返って目を細めた。


「私が心配しているのはあんたじゃなくて、あんたと一緒にいる雪ちゃんのことだから。あんたのことなんか1ミリほども心配してないわ」

「……」


 思わず返す言葉を失う。

 そんな俺の反応を見て、瑞希はしたり顔で微笑んだ。


「あら、どうしたの? もしかして心配して欲しかったのかしら、ユーキくん?」

「……てめぇ」


 かわいくない。

 100歩譲って美人だとしても、1ミリたりともかわいくない。


 言いすぎたかもしれないなんて、珍しく反省してしまった俺がバカだったということか。


 怒りに震える俺を見て、瑞希はおかしそうに笑った。


「でも、約束はちゃんと守ってもらうわよ。雪ちゃんを危険な目に遭わせないこと。これだけは絶対」

「お前に言われるまでもねーよ。……ま、そもそも危険なことなんてしねーけど」

「あら、だったら勝負にしましょうか? 約束を守れたらあんたの勝ち。守れなかったら私の勝ち。いいわよね?」

「望むところだ、コノヤロー」


 表面上は適当に。

 だが、心の中ではその約束を守り抜くことを強く誓っていた。


 無事に戻ってくる。

 雪を危険な目に遭わせない。


 瑞希の本心がどうであれ、その勝負やくそくは俺自身の決意をさらに強くしたのだ。


 それはいわゆる条件反射のようなものだろう。

 こいつと張り合うとなんでも本気になってしまうのは、初めてケンカをしてボロボロに負けた日以来の、俺のサガなのである。


 今はもちろん、本気で殴り合いのケンカをすることなどなくなったが――


「じゃ、行きましょうか」


 と、瑞希が俺の手を取った。


「おい……」


 突然のことに戸惑うと、瑞希はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「泣き虫のユーキくんが迷子になったら困るからね」

「てめ……」


 はるか昔、実際に言われたセリフ。


「……ふざけんなっつーの」


 すぐにその手を振り払い、今度は俺がひとりで先に歩き出す。

 クスクスと、おかしそうな瑞希の笑い声が背中に聞こえた。


 ……まさか瑞希ごときに弄ばれるとは。

 俺の心は敗北感でいっぱいだ。


「来年借りを返してくれることを期待しているわ、優希」


 背中に瑞希の声。


 約束を守れば俺の勝ち。

 それでチャラ。そういうことだ。


「言われるまでもねーよ」


 不機嫌な声を返しながら、思わず笑みがこぼれる。

 少しだけ心に引っかかっていたものがきれいさっぱり消えたような気がして。


 俺は数ヶ月だけ年上の従姉に密かに感謝しながら、足取り軽く近くのスーパーへ向かったのだった。


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