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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 決戦前夜
121/239

2年目12月「父と母」


-----


 時刻は午後の7時半。

 不知火家の台所では雪と瑞希のふたりが並んで夕食の片づけをしていた。


 歩は先ほど風呂から上がっていったん部屋に戻ったところだったし、優希と唯依のふたりは突然訪れた客人――沙夜の相手をしている。


 そして、夕食に使った大皿を泡立てたスポンジで洗いながら、ふと瑞希が疑問を口にした。


「ねえ、雪ちゃん。沙夜ちゃんって優希とそんなに仲良かったっけ?」


 並んで食器を洗っていた雪がそれに答える。


「どうかな? ああいう子、案外ユウちゃんの好みのタイプかも?」

「そういう意味じゃなくてね」


 本気か冗談かわからない回答に瑞希は苦笑したが、ふと思いついたように、


「でも、そういえば沙夜ちゃんって私のママにちょっと雰囲気似てるし、優希のやつ、小さいころはママにベッタリだったから案外そうかも」

「うん」


 沙夜と瑞希の母である宮乃は血のつながった姪と叔母の関係だから、似ていることは不思議なことでもなんでもない。

 ただ、瑞希はまだその事実を知らないし、雪は知ってはいたがもちろん口にしなかった。


「小さいころはユウちゃんと瑞希ちゃんでよく伯母さんを取り合ってたよね」

「そんなことあったかしら」


 瑞希は少しバツが悪そうにしながら話題を変える。


「でも……最近なんだかおかしいわよね、優希のやつ。香月くんを泊めるようになった理由もちゃんと説明しないし、またなんか厄介なこと始めてなきゃいいんだけど」


 ひとり言のようにそうつぶやいた瑞希に、雪は一瞬だけ手元を見つめたまま申し訳なさそうな顔をしたが、結局はなにも答えることなく洗い物へと戻っていった。



-----



「……で?」


 ごかますように笑いながら部屋に入ってきた歩を、俺は声を低くしながら問い詰める。


「なんで立ち聞きしてたんだ? いつから?」


 歩はやや挙動不審な態度で視線をななめ下にそらした。


「ええっと……それは、今さっき来たばっかりでー」

「うそつけ」


 コツン、と、頭を小突いてやる。

 濡れたままの髪は冷たくなっていた。おそらくはかなり長い時間廊下にいたのだろう。


 俺はベッドの上の唯依を振り返って、


「唯依。悪いけど下の洗面所からドライヤー持ってきてくれるか?」

「あ、はい」


 唯依がうなずいて部屋から出て行く。

 俺は椅子から立ち上がり、クローゼットの中からあまり着ることのない厚手の半てんを取り出して歩に着せると、暖房を強くしてベッドの上に座らせた。


 歩は恐縮した様子で、


「うぅ、ごめんなさい。ホントはかなり最初のほうから……」

「……ま、いい。お前みたいなドジっ子に盗み聞きされちまう俺もマヌケだった」


 雪と一緒にいると思って油断していたこともあるし、それ以上に神村さんの話に集中していたせいだ。


「ドライヤー持ってきました」


 唯依はすぐに戻ってきた。

 ひとこと礼を言ってそれを受け取り、歩に背中を向けさせる。


「あ、自分で――」

「いいから。お前に風邪ひかれちゃこっちが迷惑すんだって」

「……あはは。どもです」

「おい。叱られてんのに嬉しそうな顔してんじゃねーよ」

「いたっ……たはは、すみません」


 もう一度頭を小突かれて、それでも歩は嬉しそうに笑った。


「ったく。……で」


 ごぉぉ、というドライヤーの音が少し邪魔だったが、俺はそのまま話を進めることにした。


「神村さん。こいつを呼んだのは理由があるんだろ?」


 話を振ると、歩の表情を観察するように見つめていた神村さんが、ゆっくりと視線を動かしてこっちを見る。


「はい。神崎さんの精神感応(テレパス)を使って、香月さんが持つ本当の力を確認するのです」

「そんなことできるのか?」

「無意識層までのぞくことができれば可能です」


 平然とそう答える神村さん。

 歩と唯依がそれに戸惑いの声を上げる。


「沙夜さん、それって……」

「無意識層って……?」


 ほぼ同時に上がったふたつの声に、神村さんはまず唯依に対して答えた。


「香月さんが普段意識していない心の深層の部分です。神崎さんには心に干渉する力がありますので、そこに入り込み、眠っている力がどのようなものか見てくるのです。……もちろん」


 次に神村さんは歩を見た。

 歩は戸惑った顔をしている。


「その過程で、神崎さんは香月さんの無意識下の感情や性質、香月さん自身が覚えていないほど過去の記憶にまで触れる可能性があります。それを承知の上でおふたりが協力してくれるなら、という前提になります」

「……」


 唯依は即答しなかった。


 それはそうだろう。自分しか知らないはずのことや、自分が覚えてすらいないことまで他人の歩にのぞかれてしまう可能性があるというのだ。


 唯依も人間である以上、絶対に見られたくない部分はあるはずだし、それを承諾するにはかなりの勇気が必要になるはずだった。


「神崎さん。協力してもらえますか?」


 神村さんはまず歩にそう尋ねた。


 歩にとってもそれはきっと愉快なことではない。

 こいつはもともと他人の心をのぞくことに軽いトラウマを持っているようだし、他人の秘密を知って喜ぶような性格でもないから。


 ただ。


「私は、その……」


 歩は言葉に詰まったが、ちらっと俺を見てから、すぐに決意の目を神村さんへ向けた。


「唯依さんがいいのなら……私にできることならなんでも協力したいです」

「わかりました」


 俺の目には歩が少し無理をしているようにも映ったが、なにも言わないことにした。


 こいつは俺たちが悪魔狩りの本部に行くときにも一緒についてきたがったように、今回の件ではずっと、自分に協力できることがなにかないかと探してきたのだ。


 そこにきて、こいつにしかできない役目がこうして転がり込んできたのだから、たとえ俺が反対したところで聞きはしないだろう。


 それに、状況的にも反対という選択肢はない。

 俺はもちろん、唯依にとってもそうだろう。


「わ、わかりました」


 唯依は歩以上に思いつめた顔をしていた。

 心の奥底をのぞかれるというのがどういうことなのか、ちゃんと理解はしているのだろう。


 その上で決断したことなら、やはり俺に言えることはなにもない。


「では、さっそく始めましょう」


 ふたりの回答を受けて、神村さんがゆっくりとベッドから下りる。

 俺はドライヤーのスイッチを切って歩の背中を軽く押してやった。


 ベッドの上には唯依と歩のふたりが向かい合う形で残る。


「香月さんは神崎さんの精神感応(テレパス)に抵抗しないよう心がけてください。……あまり緊張せず。無意識下をのぞくといってもなにもかもが見えるわけではありません。可能な限りリラックスしてください」


 神村さんはそう言って今度は歩を見た。


「神崎さん。やり方はわかりますか?」

「はい」


 緊張の面持ちで、歩は右手を軽くにぎったり開いたりしていた。


「では、お願いします」


 神村さんの言葉に、歩はきゅっと唇を結び、右手を唯依の体に伸ばしていく。


「じゃあ……行きますね、唯依さん」

「う、うん。いつでもどうぞ」


 そうして歩の右手が唯依の左手に触れた――。




-----




 唯依のまぶたの裏には、不思議な光景が浮かんでいた。

 見覚えのない服を着た自分が、見覚えのない景色の中に立っている。


 いや。

 それはどうやら唯依ではない。よく似てはいたが、髪形も顔の形も少し違う。


『……すまない』


 唯依によく似たその誰かが、唯依に謝った。


『すべては、あのときアイラを止めることができなかった僕の責任だ。あのとき彼女を止めていれば、こんな大事にはならなかった』

『あなたのせいじゃない』


 唯依がそう答える。……いや、それは唯依と同化した別の誰かだった。

 その証拠に、声はどう聞いても女性のもの。


『あのときはみんなが彼らを憎んでいた。あなたひとりが反対してもどうにもならなかったわ』


 女性の中にいた唯依は、すぐに状況を理解した。


 目の前にいるのが自分の実父であり。

 自分と同化しているのが母親で。

 そしてこれは、自分の中にある母の記憶なのだ、と。


『ただ、この子たち……』


 母が言う。


『この子たちに業を背負わせてしまうことだけが残念です。メリエルも口には出しませんが、私と同じ思いでいるようです』

『すまない。でも僕は――』


 父が言う。


『……こんなことに巻き込んでしまった。君たちにはせめて、この子たちともう一度――』


 映像が乱れる。

 音声がちぎれる。


『アイラはまだ子供だから……君とメリエルがなんとか……ミレーユは、クロウに――』


『……僕は一足先に、彼女に謝ってくるよ――』


 映像は、そこで終わった。




-----




「……では、その日まで香月さんは私たちが預かることにします」


 すべてが終わった後、俺は神村さんを玄関まで見送っていた。


「ああ。よろしくな」


 歩の精神感応(テレパス)による調査の結果、唯依の中にはめでたく幻魔の力が存在していることが判明した。

 ただ、本人はその力を一度も使ったことがないため、今度は神村さんのもとでその力を覚醒させるための訓練を行うことになったのである。


 玄関にいるのは俺と神村さん、それに歩の3人だけ。

 唯依は雪と瑞希に挨拶をしに、リビングの中に入っていた。


「大丈夫か、歩」

「大丈夫だよー」


 少し疲れた表情の歩。


 どこまで唯依の内面を感じたのか本人は言わないし、聞くつもりもない。

 ただ、終わった後の接し方を見る限りだと、嫌なものはなにもなかったようだ。


 リビングから唯依が戻ってくる。

 少し遅れて雪も一緒に出てきた。


「瑞希は?」

「ちょうどお風呂に入ってる。唯依くんのことは、後で私から説明しておくから」

「頼む」


 あいつが今この場にいないのは少し都合がいい。


「どうもお世話になりました」


 靴を履き、ぺこっと頭を下げる唯依。


「元気でね。またいつでも遊びに来て」


 神村さんのところに行くことになった詳しい経緯は雪もまだ知らないはずだが、それでも余計なことを聞こうとはしなかった。


「つか、こいつ別に遊びに来てたわけじゃねーぞ」

「そうだったっけ?」


 俺の突っ込みに、雪はとぼけた顔をして微笑んだ。


「また遊んでやってくださいねー」


 これは歩。


「うん。雪さんも、神崎さんもお元気で」

「では、行きましょう。香月さん」


 神村さんがいつものごとく無音の動きで背中を向ける。


「あ、はい……優希先輩」


 唯依が最後に俺を見た。


「いろいろ、ありがとうございました。先輩がいなかったら僕、どうなってたか……このお礼はいつか、必ず」

「俺はほとんどなにもしてねーよ。周りが勝手に動いてくれただけだ。……でもま、なんにせよ全部終わった後の話だろ。まだこれからだぞ」

「はい」


 力強くうなずく唯依。

 その目には強い意志の炎が灯っていて、軟弱な少年の影は薄くなっていた。


 唯依が背中を向けて神村さんを追う。


 俺はその背中に心の中でそっとエールを送った。

 がんばれよ、と。


 バタン、と、ドアが閉じて。

 次に会うのはおそらく12月25日の夜だろう。


 そして俺は、雪、歩とともにリビングへと戻る。


 ……これで事前にやるべきことはすべて終わった。

 あとはただ、そのときを待つだけだ。


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